初恋

2006年07月03日 | 映画

元ちとせが主題歌を担当した映画『初恋』を観に行った。原作は中原みすずの「初恋」、主演は宮崎あおい。

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みすずにはどこにも居場所がなかった。新宿ゴールデン街にあるジャズ喫茶"B"の前で佇む彼女に声をかけたのはユカだった。"B"には亮がリーダーの不良グループがたむろしていた。

「何かあったらここにおいで。でもなるべくなら来ないほうがいい」

子どもの頃に別れた兄の亮はそう言って"B"のマッチ箱を渡した。母親はみすずを捨てた。兄の亮だけ連れて家を出て行ったのだった。

亮もみすずも何も喋らなかった。
亮の相棒の岸はランボーの詩集を読んでいた。
「子どもが何のようだ」
暗い目をした岸はそう言った。

「大人になんかなりたくない」

みすずはまっすぐにそう言った。
「合格だ」
岸はみすずの目を見てそう言った。

1968年。全共闘や新左翼諸派の学生運動が日本中に広がった。安保闘争だ。世の中を変えようとデモに参加するタケシやテツ。しかしヤスが機動隊にやられて下半身不随になってから、仲間はバラバラになってゆく。

そんな時、岸がみすずにある計画を持ちかけた。現金輸送車から三億円を強奪する計画だ。「お前が必要だ」という岸にみすずは心を決める。

何度もシュミレーションを繰り返して迎えたその日。度重なるアクシデントにみすずは「間に合わない...何も変わらないのかよ...」と諦めの気持ちになってゆくのだった...
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映画の舞台は1960年代後半の新宿。ゴールデン街にあるジャズ喫茶"B"だ。実は村上春樹の『ノルウェイの森』も同じ年代の物語なのだが、この小説の中にも新宿のジャズ喫茶が登場する。紀伊国屋書店の裏手の地下に実在したジャズ喫茶でDUGという。

DUGの経営者中平穂積についての本がある。『新宿DIG DUG物語?中平穂積読本』だ。「東京カフェマニア」というサイトでこの『新宿DIG DUG物語?中平穂積読本』を特集していて、1975年当時、国分寺でピーターキャットという名のジャズ喫茶を経営していた村上春樹がジャズ音楽誌に寄稿した「JAZZ喫茶のマスターになるための18のQ&A」の一部が掲載されている。

新宿のジャズ喫茶"B"がDUGのことなのかどうかはわからない。
もっと言うと、それは大して重要なことではないのかもしれない(笑)。

体制に抗う若者たち。亮がリーダーの不良グループに小説家志望のタケシがいる。このタケシは実在のモデルがいて、それは中上健次なのだという。そういえばタケシは関西弁を喋っていた。

70年安保闘争の時に学生だったらどうしていたのか。あの時代に多感な時期を迎えていたなら... 考えても仕方ないことだが、それは僕の心を今もビートし続けている。まぁ、きっと僕は傍観者だったのだろうと思う。

「大人になんかなりたくない」
その言葉は僕を打った。十代の頃、僕もそう思っていた。反抗の旗を掲げるのはいつも十代だ。学校も家もツマラナイ。大人になんかなりたくない。その孤独な叫びはかつての僕の声のようだった。

三億円事件というのは実際に起きた現金強奪事件なのだが、'60年代後半の民間伝承による都市伝説だったのではないかと時々思ってしまう。犯人は誰一人として傷つけずに現金を奪った。三億円には保険がかけられていたために誰も損はしなかった。そしてモンタージュの男はその後、事件とは全く無関係であったとマスコミによって暴露された。その男は銃刀法違反で捕まったことがあり、事件の何年か前に死んでいたのだ。奪われた三億円は現在の貨幣価値にするとおよそ10倍の三十億になるという。犯人は盗んだ紙幣を1枚も使用していない。1975年に刑事事件の時効が成立、1988年には民事事件の時効を迎えたが、犯人は未だ不明のままだ。

「何も変わらないのかよ...」
その諦観にも見覚えがあった。やっぱり何も変わらないのだろうか。ほんの少し力があったら、勇気があったら。ああ、でも何も変わらないのかもしれない。そうやって逡巡して、そして何かを失うのだ。

塙幸成(はなわゆきなり)監督は、大人の顔をスクリーンに出さなかった。ただ一人、顔のある大人は三億円強奪の共犯者だった。しかし、彼が共犯だとみすずが気が付いたとき、彼の姿を我々は確認できなかった。それはとても洗練された手法だと思った。

映像というとみすず(宮崎あおい)がバイクで街を駆るシーンが素晴らしかった。この映画のヒロインは暗い女の子で、かわいい顔をしていても性格が悪いといった像を、監督は思い描いていたらしい。宮崎あおいはかわいらしく透明感に溢れていたので、最初「みすず」の役には向いてないと思ったそうだ。しかし撮影が進むにつれて、とてもポテンシャルの高い演技をする彼女を見て、当初の「みすず」のイメージが監督の中で変わっていったのだという。バイクで街を駆るシーンは宮崎あおいだからこそ表現できたのかもしれない。

"それは夢のようにまるで嘘のように
残酷な朝はすべてを奪い去った"

この映画の主題歌は元ちとせの「青のレクイエム」だった。確かに映画の内容と合っている。作詞/作曲は岡本定義。COILのメンバーとして活動している。そしてこの映画の音楽はCOILが担当している。実は映画音楽があまり印象に残ってない。この「青のレクイエム」が映画でどんなふうに使われているのかが『初恋』を観る動機のひとつだったのだけど。

パンフレットには1968年12月10日の朝日新聞の夕刊のコピーが封入されている(画像)。

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