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何清漣:中国民衆の「愛国主義」思想形成過程

2008-05-22 21:48:32 | 中国異論派選訳
中国民衆の「愛国主義」思想形成過程――中学校政治教科書の分析
(「人與人権」5月号より)
何清漣

中国当局が絶え間なく繰り出す愛国主義スローガンにこめられた内容は実質的には決して愛国ではなく、暴政に対する無条件の擁護と熱愛にゆがめられている。

3月中旬にチベット事件が発生して以降、オリンピック聖火リレーには不可避的にチベットと中国の人権問題がまとわりついた。国内では、中国当局は「国境なき記者団」など国際人権組織の報道の自由と中国の人権状況に対する抗議と批判を隠すことに努め、「チベット独立」の抗議の声を目立たせることによって、一部の民衆の「反分裂」の「愛国主義」的熱情をあおった。そのクライマックスは中国の在外公館に組織された中国人留学生と在留中国人が各国で行った「愛国主義」国家ゲームであった。この行動は民衆の中国当局に対する「支持度」を示しただけでなく、大幅に外部からの政治的圧力を軽減させた。このように、中国当局にとっては「愛国主義」という黄ばんだ旗には各種の政治的効能がある。

「愛国主義」は中国当局が窮地を脱するための手段になった

サミュエル・ジョンソン(1709~1784)は「愛国主義はごろつきの最後の避難所である」と言ったが、この名言ほど適切に今日の中国当局を形容する言葉はない。1990年代末以降、中国当局は絶え間なく民族主義(愛国主義)に訴える「国家ゲーム」を演出し続けてきた。その目的はいずれもいわゆる「人民外交」を通じて切り札を強化し、特定の国に対する圧力を強め、苦境を脱するためである。たとえば、1998年の駐ユーゴスラビア大使館爆撃事件と2000年の中国と米国の軍用機衝突事件のあとの「反米愛国デモ」、2005年3~4月の日本の安保理常任理事国入りに反対する反日デモなどである。さらには米国・欧州連合との繊維戦争(2005年)においてさえ、中国政府は惜しみなく民族主義の旗を持ち出して、「米欧の中国繊維製品に対する制限の強硬な態度にはある隠された、口に出すことのはばかられる意図がある。それはつまり中国の勃興を遅らせることである。……繊維産業はまさに米欧が見つけ出した中国勃興を遅らせるための突破口である」。加えて、繊維産業は農村労働力移転の主要ルートであることから、「欧米が中国繊維製品に制限を設けることは、社会矛盾を生み出すことに他ならない」。

すべての「愛国主義」国家ゲームのなかで、重要な演技者は青年グループ、とりわけ大学生である。たとえば、2005年6月2日米国商務長官グティエレスが繊維製品貿易摩擦を協議するために訪中したとき、中国当局は60数名の清華大学学生を組織して、シンポジウムの席で米国商務長官を上述のような観点で「爆撃」した。中国の青年世代はなぜ甘んじて政府に駆り立てられるのか? 国民性の中にある政治的権威を畏敬するという天性のほかに、彼らが長年にわたって学校教育を通じて身につけた「愛国主義」理念がもう一つの原因である。ゆえに、中国の中学校政治教科書が国民の政治理念を形づくる上で果たしている役割を分析することは、青年世代の愛国主義観念がいかに形成されたかを知るのに役立つであろう。

中共の愛国主義教育はなぜ90年代に捲土重来したか?

中国の中学校政治教科書(以下教科書と略称)は生徒の「集団主義と愛国主義精神」育成を最も重視している。この両者は最終的には一つに具体化される。すなわち、中国共産党に対する無条件の服従と熱愛である。愛国主義教育を再び持ち出して、学生の民族主義精神を育成し始めたのは1990年代の初期である。これは当時の中国政府の直面していた困難に関係している。

「冷戦」終結後、中国は国外においても国内においても新たな政治的困難に直面した。国際社会においては、ソ連の崩壊が中国の国際政治における戦略的地位を大きく低下させた。中国は「冷戦」時代のようにバランスゲームに乗って自らの力を拡張し、国際社会に影響を及ぼすことができなくなった。国内は、「冷戦」の終結により、外からの政治的圧力に対して以前よりも脆くなった。

1989年の「六四天安門事件」以降、中共は「経験」を総括した。すなわち80年代に愛国主義(実際は愛党主義)が学校教育の中で弱まったことが、自由主義思潮が知識人と大学生の間に広がる機会を提供し、そのことが80年代末の政治的動揺を招いたという総括である。このような場面に遭遇して、中国共産党は愛国主義教育を再開した。1991年4月、国家教育委員会事務局は「小中学生に一層愛国主義活動を広めることに関する意見」を公布した。1994年8月23日、中共中央は「愛国主義教育実施綱要」を公布し、愛国主義教育の目標を「民族主義精神を奮い立たせ、民族の結束力を強化し、民族の自尊心と自負心を確立し、最も広い愛国統一戦線を打ち固め発展させ、人民大衆の愛国的熱情を中国の特色ある社会主義建設という偉大な事業に誘導し団結させる」ことであると定めた、またそのために「綱要」は各種の愛国主義教育の新しい手法を編み出した。たとえば、愛国主義教育基地の建設、愛国主義教育の社会的雰囲気の醸成、国旗・国家・国章への崇敬の念を持たせるための儀式の奨励、愛国主義先進モデルの大々的な宣伝などである。1)

1989年以降、中国当局側の「民族主義」解釈の3つの要点は、「経済の発展、政治の安定、国家の統一」である。当時「国家の統一」で強調されたのは主に台湾独立反対である。中国共産党は自分が中国を代表し、中国人民を代表し、中華民族を代表し、はては中華文化を代表していると公言している。ゆえに、中共の学校での政治教育の中のいわゆる「愛国主義」には非常に明確な含意がある。すなわち、社会主義中国を熱愛し、中国社会主義制度の創設者である中国共産党を熱愛することである。中共のイデオロギー談話のなかでは、愛国主義は以前から集団主義と結びついており、国際主義が共産主義と結びついていた。教科書には「愛国主義は我々の社会主義国家が一貫して提唱してきており、法律で確定されている。『中華人民共和国憲法』には、国が祖国を愛し、人民を愛し、労働を愛し、科学を愛し、社会主義の公衆道徳を愛することを提唱し、人民の中で愛国主義・集団主義・国際主義・共産主義の教育を推進すると定められている。憲法はさらに国民の国に対する各種の義務を定め、祖国愛の義務を具体化している。」2)

このような愛党愛社会主義中国の思想注入は政治教科を中心とし、歴史教科でそれを補い、国語では都合のいい文章を選んで、エピソード方式によって学生に中共のリーダーは凡人とは違って――質実剛健、下層人民への気遣い、「天下の憂えるべきことは、人民に先だって憂い、楽しむ時は人民よりも後になって遅れて楽しむ」という心がけなどの――優れた資質を備えていると教え込む。思想注入は、エピソード方式による方が概念注入方式と比べると直接的過ぎず、生徒に受け入れられやすい。

共産党と人民の関係を母親と子供の関係にたとえる

中学1年生用『思想政治』(上下二分冊)の重心は愛国主義教育である。この教科書の名前はあたかも愛国主義とは無関係のようだが、実際は「愛国主義」教育でいっぱいである。第7課を例にとると、この課の表題は「自尊自負の増強」であるが、中で語られるのは人が個人としての他人及びその他の社会関係における自尊自負ではなく、個人の民族的自尊と自負である。例えば、第7課の最初のエピソードは、中国の生物学者童第周がベルギーに留学していた若いころベルギーの同級生から差別された経験であり、童第周の強烈な民族的自尊心と民族的自負心が、彼の学業の上での成功を助けたことが強調されている。3)

教科書は次のようにはっきりと要求している。「われわれは中華民族の光栄ある伝統を継承・発揚すべきであり、一言一行のすべてにおいて祖国の利益を考慮すべきであり、外国人との交際においては自尊自愛し、へつらわずえばらず、いかなる状況下にあっても自分の言行で祖国の栄誉と民族の尊厳を傷つけてはならない。これがすべての中国人がもつべき民族的自尊心と民族的自負心である」。4)

大多数の愛国の例証に用いられているエピソードはほとんどすべてが中国人と外国人の衝突を背景とし、主人公の愛国精神が提示されている。中学1年生『思想政治』下巻の第11課の冒頭では数学者の華羅庚のエピソードで彼の愛国主義精神が提示される。エピソードの概要は、華羅庚が1979年にイギリスを訪れたとき、ある米国の女学者が1950年に彼が中国に戻ったことを後悔していないかと挑発するように聞いたのに対し、彼は確固としてかつ礼儀正しく答えた。「いいえ、私は少しも後悔していない。私が帰国したのは、自分の力で祖国のために貢献したかったからで、楽をしたかったからではない。生きるのは個人のためでなく、祖国のためだ」5)。これらのエピソードが本当かどうかは確かめることができないが、教科書に載ったことにより世間に広く知られている。明らかになっているいくつかの嘘もある。たとえば、人民教育出版社の2001年版中学国語教科書第五冊の文章「悲壮な二時間」は、1967年4月23日ソ連の宇宙飛行士コマロフが宇宙船の中で死亡したエピソードである。この教科書によると、1967年ソ連のソユーズ1号で大気圏に突入したとき、パラシュートが開かないため減速できず、2時間後に墜落するだろうことを発見した。このとき全国のテレビ視聴者はみな宇宙船が戻ってくる実況を見ていたが、コマロフはその生命の最後の2時間、全国の視聴者が見守る中で指導者に任務の報告をし、国の指導者からソ連邦英雄称号を授与され、母親、妻、娘にそれぞれ死後の事を託し、その遺言は非常に感動的だったという。

中国教育部が配布した教師用指導書では生徒が真剣にこの宇宙飛行士の英雄主義と愛国主義の精神を学ぶよう要求している。多くの中学でこれを重点学習対象文章に指定し、多くの国語教育のインターネットサイトでこの文章の教育経験と感想が溢れている。しかし、このエピソードは捏造の痕跡がはっきりしすぎていたので、ついにこの歴史に詳しい人に暴かれてしまった。いわく「この感動的な物語は完全に根拠のない捏造であり、歴史の事実に合わないばかりか、科学的根拠もない。事実は、ソユーズ1号の飛行は冷戦中のソ連と米国の月面到達競争のために極秘で進められ、ソユーズ1号帰還過程のテレビ実況放送などなかった。事故後数時間たってはじめてタス通信が不幸な事故を公表した。しかも、コマロフが帰還船のパラシュートが開かないことを発見したときから、墜落して死亡するまで、わずか十数分の時間であり、「悲壮な二時間」ではなかった。当時の空軍現場指揮官が救急措置が必要だと報告したあと、通信が途絶し、コマロフは何も遺言を残していない」6)。中国の言論環境が自由でないことを考えれば、このような暴露は中国の革命指導者や英雄に及ぶことはありえない。

似たようなエピソードを、教科書は飽きることなく何十篇も取り上げ、教科書全体にもぐりこませている。この種のエピソードはほとんどすべて一つの手順に沿っている。異なった場面と異なる時代背景の中で、意地の悪い外国人がさまざまなやり方で中国人に対する偏見を表出し、それに対しさまざまな政治的身分の中国人――例えば共産党の指導者、科学者、将軍、教授、中学生、留学生など――が、その機敏さ、賢さと自尊心で自分と中国の尊厳を守ると言うものである。『思想政治』下巻第11課「愛国的情操の育成」では全編がこのようなエピソードで愛国者の崇高さを強調している。しかし、この「国」は中国共産党が作った「新中国」である。教科書では繰り返し愛国者が国旗や国章を神聖化するエピソードを使い、共産党の中国を熱愛することは称賛すべき崇高な品性であると説明している。7)

これらすべてのエピソードが強調するのはただ一つのことである。それは中国共産党の統率の下でのみ、中国人民が国際社会で尊敬され、自尊心と自負心を持つことができるということである。

「海外の孤児と祖国の母親」――在外中国人と中共政府の関係の比喩

中国の国家イデオロギー文化の中では、全世界の在外中国人は海外をさまよう旅人であり、台湾・香港・マカオは「各種の歴史的原因により祖国の母親から離れてしまった」「孤児」である。彼ら「旅人」や「孤児」の生活状態は「祖国の母親」の懐に抱かれた中国人よりはるかに良いにもかかわらず、教科書の中では、彼らは社会主義中国を熱愛していると描かれる。教科書ではたびたび香港・マカオ・台湾人民と海外華僑の愛国エピソードが語られる。

北京オリンピックの誘致に成功したことは中国当局によって愛国主義の熱狂的祝典として大げさに宣伝されている。全世界の中国人が狂喜して祝う場面が教育の中にも愛国主義教育の模範として取り込まれている。北京市教育局が推薦する愛国主義教育の優秀授業計画では次のように形容されている。「熱狂の波が神州大地そして在外中国人の居住地、中国人の住んでいるところすべてにくまなく及び、歓喜の大海となった。各地のさまざまなスタイルで行われた祝祭は、ただ一つの気持ちを表現している。それは偉大な祖国に対する深い愛である。これは心と心の結束であり、偉大な力の結束であり、偉大な感情の結束である」8)。教科書は一人の台湾の教授の「オリンピック金メダル」に対する考え方を借りて言う。「我々中国は成果を切望している。人にぬきんでた成果を切望している!」9)。中学1年生『思想政治』下巻は、全体を貫く「われわれはわが民族を熱愛する。それは我々の自信の源である」という基調のもとに、末尾に小平の次の文章を際立たせている。「中国人民には民族的自尊心と自負心があり、祖国を熱愛し、すべての力をささげて社会主義祖国を建設することを最大の光栄とし、社会主義祖国の利益・尊厳・栄誉を傷つけることを最大の恥辱とする」。

この愛国主義教育の特徴は現在中国政府が十数年をかけて続々と全国に作っている愛国主義教育基地にも体現されている。中国政府は1997年と2002年の2回に分けて200ヵ所の全国的な愛国主義教育基地を公布した(この数には地方版は含まない)。各学校は必ず定期的に学生を学校の近くの基地に連れて行って愛国主義教育を受けさせなければならない。この200ヵ所の愛国主義教育基地の中で、わずか38ヵ所が中国の歴史文化関係であり、その他162ヵ所はすべて中国共産党史関係である。例えば、共産党指導者の記念館、共産党の内戦犠牲者の烈士記念館、かつての共産党指導者の会議場跡などの活動拠点である。10)

中共の愛国主義教育の特徴

どの国もその国のやり方で国民に愛国主義教育を行っている。中国の政治教科書が国家と個人の関係の上で、国家の前途・運命と個人の前途・運命が密接不可分であることを強調していること自体は間違いではない。問題は中国の愛国主義教育に次の二つの前提が欠けている事である。

第一、中国共産党のいう愛国主義的熱情は人民の国家に対する義務と責任のみを強調し、国家(政府)の人民に対する義務と責任を回避している。そして人民がこの国家の中でいかなる権利を有するのかは語らない。

例えば、教科書は国民の国家に対する納税の義務は語るが、「納税者」という概念は全く取り上げない(中共中央宣伝部は1999年にメディアに対して「納税者」という概念を宣伝してはならないと通知している。私はこの命令を直接聞いている。)ので、大多数の中国人は現代的意味における納税者の含意を全く知らない。まともな政府であれば教育を国固めの基本におくとともに、国民に義務教育を提供する政治的責任を負うべきであるが、中国政府は納税者の金を使って、堂々と教育を蓄財の道具にしている。初等中等教育は2002年から連続5年間中国十大暴利産業の上位5位に入った。11)中国政府は教育予算増額を拒否すると共に、オリンピックの金メダルという表面的な成果をもって中国の強大化の指標としてきた。しかも、そのためにたびたび愛国主義の全国民的動員を行いながら、金メダル1枚のために数千万元ひいては億を越える資金を使っていることは知らせない。12)ましてやオリンピックの金メダルのために予算を大量に投入する一方で、中国にはどれだけの青少年が貧困のために学校に行けないかという事実を教えようとはしない。

第二に、中国政府は人民の知る権利など各種権利を剥奪している。中国政府が50数年にわたって犯してきた国家の犯罪――反右派闘争、3000万人を餓死させた大飢饉〔訳注:大躍進後の「三年自然災害」〕、文化大革命、1989年の六四事件など――を隠蔽したままで、人民に対して犯罪を繰り返してきた独裁政府を一方的に愛することを要求している。このように「愛国主義」は実際には政府の権威主義支配を維持するための口実になっている。

上述の二つの基本的前提に欠けるために、中国当局が絶え間なく繰り出す愛国主義スローガンにこめられた内実は実際には決して愛国ではなく、この国家政権を掌握している支配グループに対する熱愛にすりかえられ、ついには人民の暴政に対する無条件の擁護と熱愛にゆがめられてしまっている。チベット事件とオリンピック聖火リレーの過程で、中国憤青が表現した愛国主義がまさにこれであった。

注は原文を参照のこと。
原文:http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/0aa010207111da425240d5ae4ea03e25
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/6fc7d2c8d35552cb1f2df674448e86ba

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