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徐友漁:転換期中国における社会思想の分化と発展

2010-06-29 19:48:06 | 中国異論派選訳
徐友漁:転換期中国における社会思想の分化と発展

改革開放の30年間、中国の社会転換は急激かつ深刻であり、多くの問題・利益・矛盾・要求を反映した社会思想が豊富に現れた。妨害を排除し、改革開放の円滑な進行を保障するために、小平は「論争しない」という指示を出した。「万言書」(一万字を超える長い政策提言)はときどき出てきたし、「社会主義か資本主義か」問題は蒸し返され続けたが、全体として見れば論争は体制内ではなく民間で行われ、思想文化の大枠はもう従来のイデオロギーのステレオタイプには陥らなくなった。現代中国の社会思想の分化と発展は人々の独立した観察と自発的思考に源を発する。主流メディアではあまり見られないが、それが映し出すのは真実の存在であり、中国の現代化の前途と未来の社会の方向に大きな影響を与えるだろう。


思想の起点と80年代の「文化ブーム」

中国の改革開放には一つの前提条件が必要であった。それは思想解放だ。思想解放の背景は中国人民が文化大革命の桎梏から抜け出したことだ。文革は個人崇拝を大々的に行い、法制度は完全に破壊され、数え切れない冤罪と誤判を生み、人民に対しファシズム独裁をおこない、国民経済を破産のふちに追い込んだ。その痛みを思い起こして、中国人はトップリーダーから一般民衆まで、徹底的に文革と決別することを決心した。

文革のどこが間違っていたのか、どうして文革の大破壊と大悲劇が生じたのか? 以前の観念によれば、答案は階級闘争、路線闘争と、いわゆる「資本主義の復活」の中に求めることになるが、もしそうすれば中国は旧来の道を歩むしかない。葉剣英、胡耀邦、李維漢、小平らのリーダーが左傾思想の長期支配と文革の手痛い教訓から得た結論は、「封建」専制主義の悪影響を排除すべきだということだった。葉剣英は「四人組」をはっきりと「『封建』ファシスト」だと指摘した。彼は、「我々の思想解放の重要任務の一つは、『封建』主義思想の残渣の影響を克服することだ。レーニンは、科学的社会主義の思想を宣伝するだけでなく、民主主義思想も宣伝しなければならないと言った。我々は『封建』主義が生み出す様々な迷信を打破し、縛られた我々の思想を解放しなければならない」と言った。この認識は知識層の共鳴と広範な大衆の支持を得て、全人民の共通認識となった。

思想解放の道は長く、曲がりくねっている。「封建」専制思想の影響を克服し、左を防ぐよう注意する方針も、「ブルジョア階級の復活反対」の騒ぎが時々起るのを防ぐことはできなかった。1980年代の思想文化建設は、直接もしくは間接に「封建」専制思想の残渣反対という目標を中心とし、啓蒙と新知識、世界に目を向けることを基調として展開された。

80年代の「文化ブーム」の中から多くの民間の思想学術団体が現れた。その中で影響力の大きい代表的な団体と流派には次のものがある。一、国学復興を任務とする中国文化書院。二、雑誌『新啓蒙』に集まった理論家。マルクス主義の人間性とヒューマニズムの原型の回復をはかった。三、自然科学研究者を中心とする『未来に向けて』編集委員会。科学精神と方法の振興に力を入れ、最新の科学成果と結び付けて新しい歴史観と世界観を構築することをめざした。四、北京大学と社会科学院の青年学者を主体とする『文化:中国と世界』編集委員会。これは専ら現代西側人文思想の輸入と紹介に努めた。五、『二十世紀文庫』などの編集委員会。西側社会学、経済学、法学、政治学、歴史学、文化学などの書籍を大量に翻訳出版した。

80年代の「文化ブーム」では各種の「主義」(マルクス主義、存在主義、フロイト主義など)に濃厚な興味を示され、精神と文化の偏愛は制度配置の探求を大幅に上回った。人々は深遠性、基礎性、系統性を追求し、現実性、直接性に対する渇望はあまり示さなかった。当時人気の学問は美学だった。これは理解できる。文革の非人間的状況から抜け出して、まずはっきりさせなければならないのは、人はいかにして人たりえるのか、何が心のよりどころなのかといった究極的な大問題だったからだ。


社会転換と思想転換

80年代の改革開放はさまざまな抵抗と曲折の中でも頑強に進行を続けた。国有企業に対しては、権限・利益の譲渡、活力・効率の増大をメインとする会社化、株式化改革が緩慢に進んだ。民営企業が地面から顔を出し、民営経済が急速に発展し、各種所有制の経済がともに発展するという枠組みが形成された。東南沿海のいくつかの都市は経済特区に指定され、対外開放の橋頭保になり、海外からの投資が徐々に増加した。

80年代末の騒動〔六四天安門事件〕の後、改革開放は一時政治情勢の突然の変化に直面した。それは小平の南方での視察という大きな行動と一連の改革開放支持の演説によって、復古の勢いを強制的に止め、改革開放は再び力を得て、タガが外れたような勢いでどんどん前進している。

改革の最初の駆動力が理想や歴史的責任などの理念であったとすれば、二回目の駆動力は利益だった。改革はすでに後戻りのきかない勢いとなったが、改革の理想の輝きと道義的訴求力はあらかた消えてしまい、特殊利益集団は肥え太り、社会の不公正が顕在化し、「改革すべきか否か」という問いは意味を失い、「どのような改革をすべきか」が重要となった。貧富の格差が拡大し、医療、教育、住宅、生産、安全、食品安全など多くの問題が山積している。人々が毎日直面し、議論し、論争するのはみな「問題」である。これは80年代の盛大な「主義」議論と著しい対照をなしている。もし80年代の代表作を李沢厚の『美の歴程』と『批判哲学の批判』だとすれば、90年代の代表作は何清漣の『現代化の落し穴』と孫立平の社会階層分化に関するいくつかの著作だろう。

もし80年代の思想文化の主流が肯定と現代化の追求であったとすれば、90年代に一時騒々しかったのはポストモダニズムだった。それは80年代に中国に上陸していたが、この時初めて気候にあって急激に膨張した。五四新文化運動で提唱され、80年代「文化ブーム」で再び盛んになった啓蒙・科学・民主・理性などの価値は批判否定され、意義やルールは消し去られ、前衛的な青年は中国が基本的にプレモダンの状況にあるという事実を無視して、無理に現代を飛び越えて西側の最新潮流につながろうとした。さいわい、この種の思潮は一時のブームに終わった。

80年代の思想文化の基調が急進的(および理想主義的、革命的)であったとすれば、90年代は一種の批判的反省であった。ある人は徹底的に壊した上で新しいものを作り、天地をひっくりかえすという革命の破壊性、急げば目的を達しえないことの自己批判を始め、保守・伝統尊重など以前はマイナスとみなされた価値を肯定した。ある人は「革命との決別」〔李沢厚と劉再復の対談集の題名〕というスローガンを叫び、ある人は革命党はこの機に乗じて政権党に変るべきだと提言した。論争の結果は出なかったが、いずれにせよ反省するのは良いことだ。

ヒューマニズムの喪失が大議論を巻き起こした。ある人は喪失の原因は知識人がその言論によって投獄されるなどの様々な弾圧により人格が委縮し、精神が小人化・動物化し、一方主流イデオロギーは教条に固執し、専制政治と結び付いたイデオロギーがヒューマニズムを排斥し、思想の硬直化を招いているとみなした。ある人は原因は市場経済化がもたらした商品の氾濫、大衆消費文化や低俗化にあるとみなした。またある人は現実逃避により、近いものを捨てて遠い物を求めるようなヒューマニズム喪失の主張は明末清初にさかのぼると述べた。王蒙はヒューマニズムの喪失の原因を市場経済に帰することに反対し、中国の近現代においてヒューマニズムは全く承認されたことはなく、まして実行されたこともないとみなした。王「だから私は、これまで持ったことのないものを何で失うことができるのか分からない」。「もしいま『喪失』したというなら、喪失以前に我々のヒューマニズムはどんな状態だったんだね? 中天の太陽のようだったのかね? 時代を牽引していたのかね? 伝統もしくは『主流』になっていたのかね? 盛りを過ぎて衰えたのかね?」。残念ながら、のちの人はほとんど一致して、ヒューマニズムの喪失の原因を市場経済に求めている。


いわゆる「自由主義と新左派」の争い

転換期の新しい問題、ジレンマ、誘惑と圧力は、80年代に共通認識を持っていた知識人の立場や観点の分化をもたらし、対立と論争が生じた。

一部の人々が「新左派」と呼ばれる理由は、一、彼らの思想理論資源が完全に現代西側新左翼のものだからである。例えば、サミール・アミン、イマニュエル・ウォーラーステイン、グンダー・フランク、エドワード・サイード、ドス・サントス、ノーム・チョムスキーなどである。ある人の文章と言論はしばしば西側新左翼の雑誌に発表されている。二、彼らは中国の旧左派同様、資本主義と市場経済にだけ反対し、専制主義に反対しない。三、旧左派同様、彼らも毛沢東の左傾的やり方を肯定する。例えば大躍進、人民公社、文化大革命などなど。これら「社会主義の遺産」を継承すべきと主張している。

もう一方の、自由主義派と呼ばれる人々は西側自由主義思想、ロック、モンテスキュー、アダム・スミスの学説の援用に重きを置く。その基本的主張は簡単にいうと以下の三点だ。一、市場経済、自由・公正な競争、二、個人の自由と権利の保障、たとえば言論の自由や財産権。三、立憲政治と法治主義、政府権力は監督と相互けん制を受けなくてはならない。

今日の中国のほとんどすべての重大な政治・社会・文化問題について、わけても「社会の弊害、社会的不公正が生ずる根本原因」について答えるときは双方はあい対立する意見を持っている。

新左派は問題が市場経済自体から起こったのであるとみなし、それに対して批判と抵抗をすべきであるとみなす。別の一派は原因は市場が旧権力体制の統制を脱しておらず、未成熟・不適正であるため、解決策は市場経済の適正化と改善であるとみなす。

それに関連するのはグローバル化とWTO加盟に対する態度だ。自由主義者の基本的立場は、中国は積極的、肯定的な態度でグローバル化時代の到来を迎えるべきだとみなす。だが新左派はそうしたら中国は不公正な世界資本主義システムに組み込まれるとみなす。彼らの中のある人は、第三世界諸国は現在の歴史的条件下での発展は不平等な発展、ないし自殺的な発展しかないから、第三世界諸国の現在の唯一の任務は、地球規模の反資本主義闘争を展開することであり、新しい、公平な経済システムができるのを待ってグローバル化に参加すべきだと言っている。

中国の国情について、新左派のある人は、中国は現在すでに資本主義もしくは市場経済であり、世界資本主義システムの一部であり、「中国の問題はすでに同時に世界資本主義市場の問題であるから、中国問題に対する診断は同時にグローバル化する資本主義およびその問題の診断でなければならない」と断言する〔汪暉「現代中国の思想状況と現代性の問題」1997〕。もう一方は、この意見に反対し、改革開放と市場経済化は根本的には中国の社会制度とその性質を変えていないとみなす。

双方のラベル〔理論〕はどちらも西側のものだが、直面しているのは中国の現実問題である。市場経済はけっしてプラスだけもしくはマイナスだけの単純な作用ではない。重要なのは市場経済よりも効果的で、より実行可能な方法があるかということだ。汚職・腐敗の主な原因は何か? 反腐敗第一線で長期間戦ってきた湖南省前紀律検査委員会書記の楊敏之の見方は非常に筋が通っている。「我が国の現在の深刻な腐敗現象は古い体制に依存している。10年間苦しかったことと言えば、旧体制の妨害だ。反腐敗とは実質的には旧体制、旧メカニズムとの力比べの繰り返しだった……。要するに、いまある体制問題を根本的に解決するには、改革開放の徹底と社会主義市場経済体制のたゆまぬ改善によるしかない」〔湖南省前紀律検査委員会書記インタビュー、初出『南方週末』2006年〕。


民族主義の勃興

90年代から、重大な国際事件や国際衝突の発生に伴って、中国の民族主義感情が高まり、ときに熱狂にまで高まった。

民族主義は90年代初めに隙に乗じて入ってきた。80年代末の国内の巨大な事変〔天安門事件〕とそれに続くソ連東欧の巨大な変化が、人々の信仰の空白を生じさせ、イデオロギーの上で民族主義の助けを借りる必要があった。ある人は、「特に中華民族精神と文化伝統を宣揚する愛国主義、民族主義を現代政治イデオロギーの中核的内容として宣揚すべきである。全人民、とりわけ知識人と公務員に対して国家民族利益を崇高な精神の本体とする愛国主義政治イデオロギーを注入することに重点をおくべきである」と主張した〔何新「イデオロギー問題についての考察」1992年7月8日〕。

ある学者は「民族主義と中国転換期のイデオロギー」と題した文章〔萧功秦。李世涛編『知識人の立場』2002年所収〕において、「中国の今の現代化においては儒教主流文化を基礎とする民族主義を社会的一体化と統合の資源として使うことができる。旧来の社会主義イデオロギーと経済発展の実績は政治的合法性の基礎の一つだが、それだけでは足りない。それだけでは民族的伝統の豊富な歴史と文化資源が欠けている」と述べた。

1996年に出版された『ノーと言える中国』は民族主義感情の熱狂と非理性の一面を代表している。この本は愛国を反米とイコールとしている。その立論の基礎は、米国人は邪悪であるだけでなく愚昧であるということだ。作者は、「大多数の中国の高校生の米国の歴史文化に関する知識は、米国の大学生よりずっと多い。米国の青年の堕落の証拠である薬物乱用、セックス、テレビゲームの背後に、人類文明に捨て去られる予兆が現れている」と述べている。1999年に出版された『グローバル化の影の下の中国の道』の考え方も同じだ。「中国は過去長年にわたって、『いい子』になろうと努力してきた。その結果腕力しか知らない米国に中国の実力を忘れさせた」。作者は中国も国際イメージの悪化を気にせず「悪ガキ」になるよう提案する。作者が心配するのは「今の中国人はすでに『悪ガキ』になる男らしさを失っている。このような退廃的な社会風潮は急いで改めなければならない」ことだけだ。

2008年3月、オリンピックの聖火リレーがパリで襲撃〔妨害〕されたことで、国内でカルフールのボイコット事件が勃発し、再び狭隘な民族主義の大波が渦巻いた。ボイコット騒ぎはカルフールの大株主がチベット独立を支持しているといううわさがきっかけになったが、その後それがデマであることが証明された。

民族主義の勃興は、一部の学者が理性的態度でその作用を研究することを促した。ある人は、民族主義には二面性があり、現代中国ではマイナスがプラスより多いと指摘した。第一に、民族解放運動に推進力を提供し、国家に統合力を提供すると同時に、しばしば自由民主思想を排斥・抑圧する。第二に、帝国主義の圧迫と侵略に反対すると同時に、排外主義にも結び付く。第三に、それはしばしば同一化対象のすり替えをもたらす。それは文化主義の代替政治原則を用いて、国家防衛を伝統文化防衛と位置付ける。それは愛国と特定政党への愛を混同させる〔王中江「現代中国民族主義の誤謬」『中国社会科学季刊』1993年第3期〕。また一部の学者は理性、立憲民主主義、法治主義に基づく愛国主義と民族主義を提唱した。


文化民族主義と「国学ブーム」

現代中国の民族主義には一つの際立った特徴がある。それは一部の知識人や学者が中国文化の西側文化に対する優越の証明に熱を上げていることだ。この種の文化民族主義の基本思想は、「西側文明はまさに解決不可能な精神と文化の危機に直面しており、中国伝統文化だけが世界を危機から救い出すことができ、21世紀は中国文化の世紀である」というものだ。有名な学者の季羨林北京大学教授はその代表の一人だ。彼は「各種の文化はみな盛衰のプロセスをへるのであり、西側文明が支配的地位についてから何世紀にもなるから、三十年河東、三十年河西〔世の無常を表すことわざ〕、いま東方文化が支配的地位を占めるときが巡ってきた」と言っている〔季羨林『三十年河東、三十年河西』2006年〕。

彼はまた、次のように主張している。中国哲学の本質は「天人合一」観であり、人類と大自然が一体であると信奉するが、西側思想の核心は「知識は力なり」〔フランシス・ベーコン〕という言葉に表れており、人類が知識を利用して自然を征服すべきことを主張する。現代の人類が直面する環境問題、生態系の危機などなど、みな人と自然との関係をうまく処理しなかったことによってもたらされた弊害である。彼は「『天人合一』だけが人類を救える」〔雑誌『東方』1993年創刊号〕の中で、「我々は現在のこの危急存亡のときに臨んで、東方の中国倫理道徳思想に助けを求め、人と自然の関係を正しく処理しなければならない。……東方の倫理道徳思想だけが、東方の哲学思想だけが、人類を救うことができるのだ」。だが、季さんはここで「天人合一」の意味を曲解している。「天人合一」は現代の生態学的哲学などではない。

現代の「国学ブーム」の第一の波は1993年北京大学に端を発する。だが正統を自任する人物が政治面から発動した大々的な批判により、マルクス主義に取って代わろうと図るものだと非難され、おびえて黙り込み、中断してしまった。第一の波は10年後におこった。2003年の夏、湖南省長沙で「全国児童経典詠唱経験交流会」が挙行された。当時すでに60都市500万家庭の少年が儒教経典詠唱の列に加わっていたという。「読経」スローガンの出現と『甲申文化宣言』〔2004年雑誌『大地』掲載〕の発表があったので、2004年は「文化保守主義年」と命名された。続けて、人民大学に国学院が設立され、人民大学の校長がそのために発表した講演の中で五四新文化運動を猛烈に批判したことが論争を呼んだ。その後、孔子を祭ることの是非、儒教を国教とすることの是非などを巡っても、大きな論争があった。

儒学思想の宣揚には明らかに二つの傾向が含まれている。一種は文化儒学である。それは半世紀間儒学を「封建」主義のカスとして完全に否定、批判してきたことの是正であり、伝統文化の中の優秀な成分を選んで継承発揚し、現代生活の中で一定の日常の人倫維持の役割を発揮させることを主張する。これは合理的かつ当然の主張である。我々は伝統文化に対して大きな借りがあるから、補習は大々的に進めなければならない。

もう一種は政治儒学の唱道である。「儒家の政治的知恵と指導原則を使って、中国政治の原則を転換し、中国において天道性理に起源を持つ合法的な政治秩序を構築し、中国自身の文化的伝統の基礎の上に中国の政治文化を再建する」。この種の観点は法の前の平等、一人一票の現代民主政治に反対し、「上智下愚」、「君子小人」、そして聖人は生まれながらにして庶民を教え諭すのであり、普通の人は理性を用いて事理を弁識する権利はないという主張に固執する。この種の非常識な主張は伝統文化の継承と宣揚にとって足を引っ張ることにしかならない。

中国の今後の発展にも思想解放が必要である。30年の思想文化の発展と変化は一元から多元への流れであった。対立と論争が我々にもたらすのは豊富化と革新である。

出典:http://www.chinese-thought.org/zwsx/008240.htm
初出『南方週末』2008年12月11日
〔 〕内は訳注。
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徐友漁:移行期中国の社会思想の分化と展開(2)

2010-06-27 22:44:13 | Weblog
所谓“自由主义与新左派” 之争
 
社会转型期新的问题、困境、诱惑以及压力,使得在80年代具有共识的知识分子立场、观点发生分化,产生对立和争论。

一些人被称为“新左派”是因为,一、他们的思想理论资源完全来自当代西方新左派,如萨米尔•阿明、沃伦斯坦、贡•弗兰克、爱华•萨依、多斯桑托斯和 乔姆斯基等,有人的文章和言论常常发表在西方新左派刊物上;二、他们和中国老左派一样,只反资本主义和市场经济,不反专制主义;三、与老左派一样,他们肯定毛泽东的左倾做法,如大跃进、人民公社、文化大革命等等,号称要继承这笔“社会主义遗产”。

另一方面,被称为自由主义派的人偏重于援用西方自由主义思想,洛克、孟斯鸠和亚当•斯密的学说,其基本主张简单说来有,一、市场经济,自由、公正的竞 争;二、保障个人的自由和权利,比如言论自由和财产权;三、宪政与法治,政府权力应该受到监督与制衡。

双方在今日中国几乎每一个重大的政治、社会、文化问题上都有不同看法,特别是在回答“社会弊病、社会不公正产生的根本原因”的时候。

新左派认为问题出在市场经济本身,从而要对其批判和抵制;另一派认为原因在于市场没有摆脱旧权力体制的控制,不成熟、不规范,因此出路在于规范和完善市场经济。

与此相关的是对于全球化和加入世贸组织的态度。自由主义者的基本立场是,中国应该以积极的、正面的态度来迎接全球化时代的到来。而新左派认为这样会把中国纳入不公正的世界资本主义体系,他们中有人说,第三世界国家在目前历史条件下的发展只能是一种不平等的发展,甚至是自杀性的发展,第三世界国家现在的唯一 任务,就是开展全球范围内的反资本主义斗争,等有了一种新的、公平的经济体系之后再参与全球化。
 
关于中国国情,新左派有人断言,中国现在已经是资本主义或市场社会,是世界资本主义体系的一部分,“中国的问题已经同时是世界资本主义市场中的问题,因此 对中国问题的诊断必须同时也是对日益全球化的资本主义及其问题的诊断”;另一方不同意这种观点,认为改革开放和市场经济并没有从根本上改变中国的社会制度 和性质。

两派的标签都来自西方,面对的却是中国的现实问题。市场经济肯定不是单单具有正面或负面一种作用,关键是有没有比市场经济更有效、更可行的方法?贪污、腐败的主要根源在哪里?长期战斗在反腐第一线的湖南前纪委书记杨敏之的看法很有道理,他说:“我国目前严重存在的腐败现象是依附在旧的体制上的,如果说十年艰辛的话,苦就苦在旧体制的困扰。反腐败实质上就是和旧体制、旧机制的反复较量……总的来说,从根本上解决目前存在的体制问题,还要靠改革开放的深入和社会主义市场经济体制的不断完善。”

 
民族主义的崛起
 
从90年代起,随着一些重大国际事件和国际冲突的发生,中国的民族主义情绪时有高涨,有时达到狂热程度。
 
民族主义在90年代初乘虚而入,是因为80年代末国内巨大事变和紧接着的苏联东欧巨变,使得有些人感到出现了信仰真空,意识形态上有求助于民族主义的需 要。有人主张,“特别应当把弘扬中华民族精神和文化传统的爱国主义、民族主义,作为现代政治意识形态的核心内容。应当着重向全民特别是知识分子和国家公务人员灌输以国家民族利益作为崇高精神本体的爱国主义政治意识形态。”

一位学者在题为“民族主义与中国转型时期的意识形态”的文章中提出,中国当代的现代化可以启用以儒家主流文化为基础的民族主义作为社会凝聚力与整合的资 源。原有的社会主义意识形态和经济发展的实绩是政治合法性的基础之一,但还不够,还不具有民族传统那么丰富的历史和文化资源。

1996年出版的《中国可以说不》代表了民族主义情感中狂热和非理性的一面,此书把爱国等同于反美,其立论基础是:美国人不但邪恶,而且愚蠢。作者说,大多数中国高中学生对美国历史文化知识的了解都比美国大学生还要多得多,美国青年一代堕落的迹象,在吸毒、性爱和电子游戏机背后,已经显现出被人类文明抛弃 的端倪。1999年出版的《全球化阴影下的中国之路》的思路相同,其中说:“中国在过去许多年中,一直力图做一个‘好孩子’,这使得美国这样只懂得力量的 国家忘记了中国的实力。”作者建议中国也要做“坏孩子”,不要怕影响国际形象。作者担心的只是“现在的中国人已经失去了做‘坏孩子’的阳刚之气,这种社会风气之中的颓废之风亟需扭转。”

2008年3月以来,由于奥运火炬在法国巴黎传递遭到袭击而在国内爆发的抵制家乐福事件,使得极端民族主义浪潮再次汹涌澎湃。抵制风潮起源于一则传言,说家乐福的一个大鼓动支持藏独,事后证明这是谣言。

民族主义的崛起促使一些学者以理性的态度来研究它的作用,有人指出,民族主义具有两面性,在现代中国起的作用是负面多于正面,第一,在为民族解放运动提供推动力和为国家提供凝聚力的同时,往往又拒斥、压抑自由民主思想;二,在反对帝国主义的压迫和侵略的同时,又和排外主义相联系;三,它常常导致认同对象的 错置:它用文化主义代替政治原则,使保卫国家落脚于保卫传统文化,它把热爱国家与热爱某一个政党相混淆。还有学者大力提倡一种基于理性、宪政民主和法治的爱国主义和民族主义。
 

文化民族主义和“国学热”
 
当代中国的民族主义有一个突出特点,就是一些知识分子、学者热中于证明中国文化比西方文化优越。这种文化民族主义的基本思想是:西方文明正面临不可解脱的精神和文化危机,只有中国传统文化能够把世界从危机中解救出来,因此,21世纪是中国文化的世纪。著名学者、北京大学教授季林是一个代表,他说,每种文明都有兴盛衰亡的过程,西方文明占主导地位已经好多世纪,30年河东,30年河西,现在轮到东方文化占主导地位的时候了。

他还论证说,中国哲学的本质是“天人合一”观,信奉人类和大自然是一体,而西方思想的核心体现在“知识就是力量”这句话中,主张人类要利用知识认识和征服 自然,现代人类面临的环境问题、生态危机等等都是没有处理好人与自然关系而产生的弊端。他在文章“‘天人合一’方能拯救人类”中说:“我们在目前这危急存 亡的时候,只有乞灵于东方的中国伦理道思想,来正确处理人与自然的关系……只有东方的伦理道思想,只有东方的哲学思想能够拯救人类。”其实,季先生在这里曲解了“天人合一”的含义,“天人合一”并不是现代的生态哲学。
 
当代“国学热”的第一波在1993年发端于北京大学,但受到以正统自居的人士从政治方面发动的大批判,被指责为企图取代马克思主义,因此仓皇消退、无疾而 终。第二波复发于10年之后,2003年夏天,在湖南长沙举行了“全国儿童经典诵读经验交流会”,据说当时已有500万个家庭,60多个城市的少年儿童加 入到诵读儒家经典的行列;由于“读经”口号的出现以及《甲申文化宣言》的发表,2004年被命名为“文化保守主义年”;接下来,人民大学成立国学院,人大校长为此发表的讲话猛烈批评五四新文化运动而引发争论;此后,关于祭孔,关于是否应该立孔教为国教等等,也有很大的争论。

弘扬儒学的思潮明显包含两种倾向,一种提倡文化儒学,是对半个世纪把儒学完全当成封建主义糟粕加以否定、批判的拨乱反正,主张有选择地继承和发扬传统文化中的优秀成分,使其在现代生活中发挥一定的维持日常人伦的作用,这是合理和应该的。我们对于传统文化欠债甚多,补课的工作需要大力进行。

另一种是鼓吹政治儒学,“就是用儒家的政治智慧和指导原则来转化中国的政治现实,在中国建立起源自天道性理的合法的政治秩序,使中国政治文化的重建建立在中国自己文化传统的基础上”。这种观点反对法律面前人人平等、一人一票选举的现代民主政治,坚持区分“上智下愚”、“君子小人”,以及圣人天生教诲百姓, 普通人无权运用理性辨析的蒙昧主义。这种荒谬的主张只会给继承和弘扬传统思想文化帮倒忙。

中国的下一步发展还需要思想解放,30年思想文化的发展变化是从一元走向多元的历程,对立和争论带给我们的是丰富与创新。


出典:http://www.chinese-thought.org/zwsx/008240.htm

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徐友漁:移行期中国の社会思想の分化と展開(1)

2010-06-27 22:41:25 | Weblog

徐友渔:转型时期中国社会思想的分化与流变

作者:徐友渔  时间:2010-6-20

改革开放30年来,中国的社会转型急剧而深刻,反映各种问题、利益、矛盾和诉求的社会思想相当丰富。为了排除干扰,保证改革开放的顺利进行,邓小平发出 “不争论”的指示,虽然“万言书”不时出现,“姓社姓资”问题不断挑起,但总的说来争论不在体制内而在民间,思想文化的大格局已经不落传统意识形态窠臼。当代中国社会思想的分化与流变发源于人们的独立观察和自发思考,虽不显见于主流报刊,但反映的是真实的存在,对于中国的现代化前途和未来社会的走向将有深 远影响。


思想起点和80年代的“文化热”

中国的改革开放需要一个前提条件,那就是思想解放,而思想解放的背景是中国人民刚从文化大革命的桎梏中解脱出来。文革大搞现代个人迷信,法制荡然无存,制造了数不尽的冤假错案,对人民实行法西斯专政,使国民经济濒临破产边缘,痛定思痛,中国人从最高领导到广大百姓,都决心彻底告别文革。
 
文革错在哪里,什么原因造成了文革的大破坏和大悲剧?按原来的观念,答案要从阶级斗争、路线斗争和所谓“资本主义复辟”中去寻找,若是这样,中国只能走老 路。叶剑英、胡耀邦、李维汉、邓小平等领导人从左倾思想的长期统治和文革的惨痛教训中得出结论:应当肃清封建专制主义的流毒。叶剑英明确指出,“四人帮” 是“封建法西斯分子”,他号召说:“我们解放思想的重要任务之一,就是要注意克服封建主义思想残余的影响。列宁说过:不仅要宣传科学社会主义思想,而且要宣传民主主义思想。我们要破除封建主义所造成的种种迷信,从禁锢中把我们的思想解放出来。”这种认识得到了知识界的共鸣和广大群众的支持,成为全民的共识。

思想解放的道路是长期、曲折的。克服封建专制思想影响、注意防左的方针并未贯穿始终,“反资产阶级复辟”的声浪不时兴起。上世纪80年代的思想文化建设,直接或间接地围绕反封建专制思想残余这个目标,以提倡启蒙和新知识、面向世界为基调展开。

在80年代“文化热”中涌现了许多民间性的思想学术团体,其中影响较大,有一定代表性的团体和派别是,一、中国文化书院,以复兴国学为己任;二、围绕《新启蒙》杂志的理论家,力图恢复马克思主义的人性和人道主义原貌;三、以自然科学研究者为核心的《走向未来》编委会,大力弘扬科学精神与方法,努力结合最新 科学成果构建新的历史观和世界观;四、以北大和社科院的青年学者为主体的《文化:中国与世界》编委会,专门引介和阐释当代西方人文思潮;五、《二十世纪文库》等编委会,大量翻译出版西方社会学、经济学、法学、政治学、历史学、文化学等方面的书籍。

80年代“文化热”对各种“主义”(比如马克思主义、存在主义、弗洛伊主义)兴趣浓厚,对精神和文化的偏爱大大超过对制度安排的探索,人们追求深刻性、基础性、系统性,而较少表现出对现实性、直接性的焦虑,那时的显学是美学。这可以理解,刚从文革的非人状况下解脱出来,急需弄清楚的是人何以为人,何以安 身立命等终极关怀的大问题。

 
社会转型和思想转型
 
80年代的改革开放在重重阻力和反复曲折中顽强行进。对国有企业,以放权让利、大活力、加效益为主线的公司化、股份化改制缓慢推进;民营企业破土而生,民营经济快速发展,多种所有制经济共同发展的格局开始形成;东南沿海一些城市被划为经济特区,成为对外开放的桥头堡,来自海外的投资逐年加。

在80年代末的风波之后,改革开放一时面临风云突变的形势。是邓小平到南方视察这一大动作,以及一系列支持改革开放的讲话,强行中止了复旧的势头,改革开放重新获得动力,以一发不可收拾之势滚滚前进。

如果说改革的第一次启动是以理想和历史责任等等为感召的话,那么这第二次启动的动力源是利益。改革已成不可逆转之势,但改革的理想光辉和道义感召力大为消退,特殊利益集团羽翼丰满,社会不公正日渐明显,问“要不要改革”已经没有意义,重要的是“要什么样的改革”。贫富差距日渐加大,医疗、教育、住房、生产 安全和食品安全等方面问题成堆,人们每天面临的、谈论的、争论的都是“问题”,这和80年代大谈“主义”形成鲜明对比。如果说80年代的代表作是李泽厚的《美的历程》和《批判哲学的批判》,那么90年代的代表作是何清涟的《现代化的陷阱》,以及孙立平关于社会阶层分化的若干著作。

如果说80年代的思想文化主流是肯定和追求现代化,那么90年代喧嚣一时的则是后现代主义,它早在80年代就登陆中国,但此时才有合适的气候急剧膨胀。五四新文化运动所提倡,80年代“文化热”又重新拾起的启蒙、科学、民主、理性等价值被批判和否定,意义、规则被消解,前卫的青年学人不顾中国基本上处于前 现代状况的国情,硬要跳过现代,与西方的最新潮流接轨。幸好,这种思潮只时髦了一阵。

如果说80年代的思想文化基调是激进的(以及理想主义的、革命的),那么90年代则有一种批判性反思。有人开始检讨大破大立、天翻地覆的革命的破坏性,欲 速则不达的后果,保守、尊重传统等以前被视为负面的价值得到肯定。有人喊出了“告别革命”的口号,有人建议革命党应不失时机地转变为执政党。争论没有结 果,但反思肯定有好处。

人文精神的失落引起一场大讨论,有人认为失落的原因是知识分子由于文字狱和种种摧残而导致的人格萎缩、精神的侏儒化和动物化,主流意识形态坚持教条,与专制政治结合的意识形态排斥人文精神,导致思想僵化;有人认为原因是市场化导致的商品大潮、大众消费文化和低俗化;还有人避实就虚、舍近求远地主张人文精神 失落始于明末清初。王蒙反对把人文精神的失落归诸于市场经济,认为在中国的近现代,人文精神从来没有被承认,更没有大力实行,“所以我不明白,一个未曾拥 有过的东西,怎么可能失落呢?” “如果现在是‘失落’了,那么请问在失落之前,我们的人文精神处于什么态势呢?如日中天么?引领风骚么?成为传统或者‘主流’么?盛极而衰么?”可惜,后来者几乎一致以为,那场讨论已有定论:人文精神失落于市场经济。

 

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中国最新検閲削除文言集

2010-06-23 09:22:50 | Weblog
2010被和谐语录大全

1 、在北京买1套60平米150万元住房,各阶层的代价是:农民种三亩地1000年,工人上班100年,公务员工作35年,抢劫犯作案1500次,妓 女接客7500次

2 、只要他们想干什么,先弄个“新闻”扔出去,看看网民的反映。2,只要网民不吭声(或少数人反对),他们就放手去干。3,只要网民多半反对,他们就否认。4,网民全部反对,他们就喊出“报道不实”。

3 、中国人不解地问蒙古国海军:“你们蒙古国有没有海,为什么还成立海军?”蒙古人说:“你们中国不也有文化部吗?”

4、 金融法老师说:你们这群未来渺茫的人有什么资格嘲笑在500强工作的凤姐…

5、 今年诺贝尔和平奖提名有六位中国人,他们的共同点是:他们的名字都是敏感词。

6、 一个8岁小女孩在《我的理想》作文中写道“如果我是一个城市管理者,当看到我的母亲在街边卖红薯时,可以慢慢她走……”。

7、 去年十月我在希腊雅典的宪法广场边上的一家酒店露台上吃饭欣赏卫城夜景时,一个老美要死不死的跑来说:你是中国人吗?你们的国庆阅兵很壮观。我气不打一处来的破口大骂:独裁者强征了老子的税款,然后耀武力…

8、 有一个人走到tian~an-door广场,大声且愤怒的高喊:“这个go-vern-ment烂透了!!!”旋即被公共安全专家带走。那人辩解道:“我又没说哪个go-vern-ment烂”。公共安全专家说:“我在这工作了多少年了!你以为我不知道哪个go-vern-ment烂啊

9、 吃不吃地沟油,吃多少地沟油,以及怎么吃地沟油,应该由中国人民,依据中国自己的国情,来自行决定;任何干涉中国人民在自己国土上食用地沟油的图谋,都是注定要失败的。

10、 有网民昨称,他上午去万达影城看《孔子》,结果“全场只有我和老婆两个人”,更称“这是什么烂片啊,简直是侮辱先人!”据说官方正通过包场方式进行救亡。但也有网友表示,唯一抢救《孔子》的方法:立即再开始一场批判孔子的运动,并且把《孔子》列为禁片,头号扫黄…

11、 西点军校发言人称,西点军校没有雷锋的任何画像与塑像,雷锋语录也没有被印在任何正式的学员出版物中。希望中国媒体予以澄清。希望澄清的原因是西点军校两年多来接待了一万余位前来寻找雷锋像的中国游客,花费大量人力物力进行辟谣,已经筋疲力尽。

12、 光棍日报》评论员文章指出:光棍节被少数别有用心的人员煽动利用,使苦逼情绪迅速蔓延。在提倡自由恋爱的今天,光棍节是对社会主义制度优越性的诋毁。消灭光棍,必须通过深化改革、解放妇女思想来解决。希望妇女**们不折不扣地贯彻落实“救一个光棍,献一夜爱心”..

13、 王朔说,有次在国外的时候碰到个台湾老兵,问他为什么不回国看看,那个老兵说,当年打仗没打好,对不起祖国人民

14、 一哥们儿隔壁新搬来个老外,一天晚上老外敲门求助,说:“我的电视坏了,不能换台。”这哥们儿低头看了眼表,很镇定的说:“全国的电视在晚上七点到七点半都会发作这种病毒的。

15、 有消息说日本人有地沟油回收,经过处理后作为汽车燃料推向市场,中国人也有地沟油回收,经过处理后作为食用油推向市场,百年之后,中国人幸运的全面进化为汽车人

16、话说沙尘暴吹到台湾。许多老人走上街头,张开双手,45度仰望天空,泪流满面,深呼吸,激动地说道:60年了,60年了,终于闻到家乡的泥土味了

17、 让下一代人知道,我们并不只是平凡的、被感情和竞争所困扰的年轻人,为了让他们知道,我们为了能够建造一个更美好的未来而付出了一切,为了让他们知道,他们的先人曾被阿拉伯人征服、曾被蒙古人征服、却从未被专 制所征服! ——一位伊朗女学生

18、 他拿着枪,你买把水果刀就算凶器;他日夜宣淫,你下载个黄片就算流氓;他大发横财,你摆个摊就算违法;他住高楼别墅,你搭个窝棚还要被强拆;我在想,他这么牛逼,为什么还如此恐惧?

19、 当中国把停止征收农业税视为对农业的一大恩惠时,却忽略了:世界上所有发达国家和世界上绝大多数国家,一直在对农业实行高补贴或补贴的政策。——时寒冰

20、 西南五省连续干旱,半亿人受灾。秋旱上国家大庆,冬旱上祥和的春节,春旱上两会。终于没大事儿了,温匆匆过去,大家才发现原来已经旱了半年多了……

21、 让一部分人先富起来,再通过地沟油、苏丹红、福寿螺、毒大米、瘦肉精、人造蛋、避孕药黄鳝把没富的人消灭,再通过三聚氰胺、毒疫苗把没富的人的后代消灭。最终共同富裕了

22、大家好,和谐号列车提醒大家:乘客谷歌因不遵守列车规定已被驱逐下车,请车上乘客务必遵守规定,拉紧窗帘,不得观看窗外风景。列车即将调头行驶,下一站:平壤.

23、 我想告诉我爱的姑娘,我不是舍不得钱去买房子,有那50–100万,我们把全世界玩个遍好不好?为啥要买房子呢。就50年使用权,仔细想想跟租房子一样,还要多拿20多万的首付

24、 中华牙膏也是外企周亦婉: 别以为印着“中华”就是中国转自郭宝锋: 百度是美国上市公司,李彦宏持美国护照 转自汪帆: 转自方达明: GOOGLE 退出中国市场后还有百度,但是你么都忘记了百度也不是中国企业,它伪装的很好。前者是真汉子,后者是伪娘。

1、中国总理jiabao.wen去年在官方座谈会上号召,“知无不言,言无不尽,言者无罪,闻者足戒”,C.P理论刊物《学习与研究》日前发表jiabao.wen谈话全文时,该句话被删除。

2、你如果希望了解你的祖国,你已经走上了犯罪的道路。

3、一国两制:屁民上网实名制,官员财产隐藏制。

4、西太后可以用3000W两军费去修颐和园,今儿挡中央可以用4000亿去办世博会.两相对比,西太后的3000W是给自己乐呵,挡中央的4000亿是给洋人乐呵.果然是退步不小

5、黄@被判刑的上诉于2月8日被驳回。2000年以煽@颠@罪被判5年刑,是世界上第一个在网上因言获@罪的人。汶@川地@震后他17次率天网义工到灾区救灾,并揭露学校豆腐@渣@工程,又被以“非法持有国@家机@密罪”判刑三年。

6、高行健,法籍华人,唯一一个获得诺贝尔文学奖的“中国人”。1983年《车站》被禁演,1986年《彼岸》被禁演,1990年《逃亡》被禁演,并因作品触犯当局,被开除party籍、公职。1997年退出中国国籍加入法国国籍,2000年因《灵山》,《一个人的圣经》等作品获得诺贝尔文学奖。。。。

7、西南五省连续干旱,半亿人受灾。秋旱上国家大庆,冬旱上祥和的春节,春旱上两会。终于没大事儿了,温匆匆过去,大家才发现原来已经旱了半年多了……

8、CCTV1,小崔说事,一个卫生部副部长,说免费为一农村大妈做白内障手术,说:“摘下纱布,她看见了,确实得感谢Communistparty感谢go-vern-ment。靠她自己,她一辈子也做不起手术。”问题是:辛苦一辈子,连个白内障手术都做不起,得恨谁?

9、某网友:“亚洲约20%人口无社保。中国13亿人,农村人口8-9亿,80%没社保,城镇4-5亿10%没社保;中国为亚洲无社保人口贡献了95%;扣除中国人口,亚洲不到3%的人没社保!”(

10、金良Ⓐ: 你妈逼,老子一晚炒饭要11块!转自殷隋: 转自尹婉儿: 浙江省委食堂部份菜谱如下:一盅炖人参鸡汤收人民币两元五角; 茄汁明虾一盘收人民币三元; 清蒸鲈鱼收一元五角人民币; 炒时蔬收五角人民币; 鸡大腿一只收人民币五角; 三丝汤面(粉)收人民币二元

11、香港是什么都可以做,除了法律不允许的;新加坡是什么都不能做,除了法律允许的;台湾是什么都可以做,包括法律不允许的;大陆是什么都不能做,包括法律允许的。——唐从圣在《全民大闷锅》里模仿李敖

12、外交部发布会上,一位日本记者用不熟练的汉语说:“您说让我们询问有关部门,可是我们给有关部门打电话,不接,发传真,不回,我们应该怎么办呢?” 马朝旭沉着地说:“我十分同情你的遭遇”。

13、上了巴士。看见一个抱孩子的裙钗,我主动让了座。她激动的说:“谢谢你!”我其时怒吓道:“先谢国家!”

14、郎咸平:说出来你别睡不着!人均工资,第1名是国,30美金/小时;第2名是美国,22美金;泰国是2美金;我们是8毛钱/小时!也是全世界最后一名。

15、  最有中国特色的新闻常用语:(1)群众情绪稳定/伤者情绪稳定/家属情绪稳定;(2)广大干部群众纷纷表示;(3)不明真相的群众;(4)一小撮别有用心的人;(5)发表重要讲话;(6)会议一致认为;(7)代表;(8)说三道四;(9)干涉中国内政;(10)有关部门。

16、江苏泰州街头标语:“和谐社会花似锦,科学发展势如涛”。网友加了个横批:一派胡言

17、群众都过河了,干部还在那里假装摸石头。

18、好学生是毕不了业的(韩寒),好老师是会被停课的(萧///瀚),好律师是会被陷害的(高//智//晟),好公民是会进监狱的(谭//z/u/o//人)

19、关于萧瀚,中国政法大学法学院院长何兵这样评价他:“萧瀚不是好员工,却是一个好教员。他开会经常不到,表格基本不填,经常批评领导,主张教授专权。但却是一个纯正的知识分子……是一个对学生和教学出奇负责的知识分子……一个多小时的课程,他至少在家里闭门一天..

20、中学读历史书每每读到农/民/起/义的时候都没什么感觉,现在再读农民起义才突然感觉到真TMNB,竟然敢起义!

作者不详

出典: http://bit.ly/cKXlWG
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