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ウイグル語の音声調和

2011-05-10 23:13:43 | ウイグル語
ウイグル語の音声調和

ウイグル語の音声調和には3つの成分がある。①有声無声、②後舌前舌、③円唇非円唇である。

1、有声無声調和

 有声音は声帯の振動によって発せられる。(指を喉仏の上のくぼみに当てて、bit と発音すると b で声帯が震えている。一方 pit の p は無声音で声帯は震えない)。以下にウイグル語の有声音と無声音を示す。
有声音:b, d, g, gh, j, z, r, l, m, n, ng, w, y, そして全ての母音
無声音:p, t, k, q, ch, s, sh, f, x, h

 有声無声調和は接尾辞の語幹との融合に関わることである。プロセスは簡単だ。語幹の末尾が有声音の時は、接尾辞は(もしあれば)有声の変異形が使われ、語幹の末尾が無声音の時は、接尾辞は無声の変異形が使われる。母音は有声音に数えられる。gh も有声音に数えられる。

 有声無声調和の例に、位格の接尾辞 -DA を用いる。
語幹の末尾が有声音
   öy +DA  →  öyde  「家で」
   su +DA  →  suda  「水上で」
   tagh +DA →  taghda 「山で」
語幹の末尾が無声音
   at +DA  →  atta  「家で」
   mektep +DA → mektepte 「学校で」
   bash +DA  → bashta 「頭で」

2、後舌前舌調和

 後舌前舌とは舌の盛り上がりの口腔内における位置のことであり、母音と子音の両方に適用される。たとえば a のように、舌が口腔後部で盛り上がっていれば、その母音は後舌とみなされ、また e のように舌が口腔の前部で盛り上がっていれば、その母音は前舌とみなされる。後舌前舌調和は子音については k, g, q, gh についてのみ適用される。k と g は前舌とみなされ、q と gh は後舌とみなされる。まず母音について見よう。

母音の後舌前舌
  後舌母音:a o u
  前舌母音:e ö ü
  非調和:i é (母音子音の調和に影響も与えないし影響されることもない)
(ウイグル語の iى  は前舌の変異形 i と後舌の変異形 ɨ の両方を表す)

テュルク語語源の単語の中では前舌と後舌の母音はまれにしか混在しない。
後舌母音単語:moma 「祖母」  Uyghur 「ウイグル」
前舌母音単語:qeder 「まだ」  köwrük 「橋」

 i は語幹の中で前舌母音と後舌母音、どちらとも混在することができる。
後舌母音単語:qoychi 「羊飼い」 qisqa 「短い」  tashliq 「岩だらけの」
         térimaq 「種蒔きをする」
前舌母音単語:xéli 「すっかり」  chilek 「バケツ」  derexlik 「樹林」

i や é を含む単音節の単語は一般に後舌とみなされる。
it-lar「犬(複数)」(後舌母音の接尾辞 -lar が付くので、語幹は後舌に違いない)
il-ghu「留め金」(後舌母音の接尾辞 -ghu が付くので、語幹は後舌に違いない)

しかし、いくつかの例外もある。
bil-mek「知る、知っている」(前舌母音の接尾辞が付くので、語幹は前舌に違いない)
kiy-me !「(それを)着るな!」( me が付くので、kiy- は前舌であるに違いない)

複合語と借用語は単語内調和の例外となる
1、二つ以上の単語が結び付いた複合語は前舌と後舌の母音が混在しうる。ただし、成分間は一般にハイフンで区切られる。
gül-giyah 「草花」  hal-ehwal 「健康状態」
2、借用語はしばしば「非調和」で、前舌と後舌が混在する。
mu’ellim 「教師」  téléfon 「電話」

これらの例外単語に付く接尾辞の大まかな目安は「語幹の最後の母音に調和する」ということである。たとえば téléfon は後舌母音の接尾辞を採って、複数形は téléfonlar となる。ただ、最後の母音が i のときは、i の前の母音で判断する。たとえば mu’ellim は i の前は e(前舌母音)だから、複数形は mu’ellimler となる。

子音の後舌前舌
後舌前舌調和は軟口蓋音 k g と口蓋垂音 q gh にのみ適用される。k と g は舌が軟口蓋に接触して発せられ、q gh と比べて口腔の前部で生じる音である。したがって、k g は前舌音とみなされる。q と gh はより後ろの口蓋垂に接触して発せられる音なので、後舌音とみなされる。

子音の後舌前舌調和の例として与格(~へ、~に)の -GA を示す。
与格の接尾辞には上記の語幹の有声無声と後舌前舌に基づき4つの変異形がある。
            │ 語幹の末尾が無声音    │ 語幹の末尾が有声音
語幹の最後の母音が後舌 │ -qa                    │ -gha
語幹の最後の母音が前舌 │ -ke(語幹末尾が q の時?は -qe )│ -ge

後舌母音+無声音 tamaq 「食べ物」 +GA  → tamaqqa
後舌母音+有声音 Aqsu 「アクス(都市名)」+GA → aqsugha
前舌母音+無声音 ders 「レッスン」 +GA  → derske
(前舌母音+無声音 sherq 「東」    +GA  → sherqqe )
前舌母音+有声音 mu’ellim 「教師」 +GA  → mu’ellimge

最後の例の mu’ellim では、最後の母音は i だが、これは調和に作用しない。この場合、語幹の中の手前の母音を見る。ここでは e だから、mu’ellim が前舌調和の接尾辞を要求することがわかる。もう一つ、univérsitét (大学)の場合は、é も i と同様、調和に関与しないので、さかのぼると先頭の u に行きあたる。これは後舌母音なので、後舌(そして末尾の t に対応して無声)の与格変異形の接尾辞を付けて、univérsitétqa(-ke ではない)としなければならない。追記(2011/9/22):ただし、shinjangningki+GA「シンジャンのに」は語幹の中に a があるにもかかわらず、-ghaではなく、-geである。これはshinjangが外来語(漢語からの借用)だから判断の対象からはずして、後綴(-ningki)を対象に下記のように判断するためだろうか?それとも直前の k の方が遠くの a より音便への影響力が大きいからだろうか?
 もしある単語が中性の i (および é )以外になければ、軟口蓋子音( k, g )と口蓋垂子音( q, gh )によって語幹の後舌前舌を判断する。Qirghiz のように口蓋垂子音であれば後舌単語であり、常に後舌調和接尾辞が付く( Qirghizgha 「クルグズへ」)。反対に、軟口蓋子音の単語であれば、gézit → gézitke 「新聞に」のように前舌調和となる。

3、円唇非円唇調和:母音に適用される

 ウイグル語の母音は唇が丸いか丸くないかで区別される。
円唇: o  u  ö  ü
非円唇:a  é  e  i

円唇非円唇調和:語幹最終母音が円唇であれば、円唇母音の接尾辞を採る(もしそのような変異形があれば)。
円唇非円唇調和の例として、動詞由来名詞(不定詞)接尾辞 -(I)sh を示す。-(I)sh は語幹最終母音の円唇非円唇と後舌前舌による違いにより4つの変異形がある。もし、語幹末尾が母音であれば -sh だけが付く。
          │ 語幹の最終母音が円唇 │ 語幹の最終母音が非円唇
語幹の最終母音が後舌 │ -ush         │ -(i)sh
語幹の最終母音が前舌 │ -üsh         │ -(i)sh

後舌+円唇母音  oqut-「教える」+(I)sh → oqutush
前舌+円唇母音  öt-「通る」+(I)sh → ötüsh
後舌+非円唇母音 xala-「欲する」+(I)sh → xalash
前舌+非円唇母音 éyt-「話す」+(I)sh → éytish

動詞語幹が母音で終わるとき( xala- のように)は、単純に -sh を付けるだけである。

要約:
●3つの調和プロセス(有声無声、後舌前舌、円唇非円唇)は現代ウイグル語における音声調和の一般原則を構成する。
 ○有声無声:接尾辞の有声変異形(もしあれば)は有声音で終わる語幹に付く。無声音で終わる語幹には無声変異形の接尾辞が付く。
 ○後舌前舌:接尾辞の後舌変異形(もしあれば)は後舌母音語幹に付く。前舌変異形の接尾辞は前舌母音語幹に付く。
 ○円唇非円唇:接尾辞の円唇変異形(もしあれば)は最後の母音が円唇の語幹に付く。非円唇変異形の接尾辞は最後の母音が非円唇の語幹に付く。
●全ての接尾辞が音声調和するわけではない(たとえば対格(~を)の -ni には変異形が存在しない)。
●調和接尾辞について言えば、全ての接尾辞に円唇変異形があるわけではない。たとえば、位格接尾辞の -DA には(クルグズ語と異なり)上述の -(I)sh のような変異形はない。
●ウイグル語の調和接尾辞は3種類の調和が様々に組み合わされる。たとえば、位格をつくる -DA は有声無声調和と後舌前舌調和の組み合わせであり、動詞由来名詞をつくる -(I)sh は後舌前舌調和と円唇非円唇調和の組み合わせである。どのタイプの調和が個々の接尾辞に適用されるのか確認しよう。

"Greetings from the Teklimakan: a handbook fo Modern Uyghur Volme 1" より抜粋翻訳(翻訳にあたり一部変更あり)
原文出典:http://kuscholarworks.ku.edu/dspace/handle/1808/5624