そして妙手はよみがえる 真部一男vs豊島将之 2007年 第66期C級2組順位戦

2020年11月08日 | 将棋・好手 妙手

 「幻の名手」というのが存在する。

 将棋には実際に盤上だけでなく、その水面下の読みや、本当はあったのに対局者が気づかなかったことによって、実現しなかった手というのがあるのだ。

 前回は米長邦雄永世棋聖の「ゼット」をめぐる妙手を紹介したが(→こちら)、今回は指されなかったかもしれない、それについて。

 話をはじめる前に、まずこの局面を見ていただきたい。

 

 

 

 2007年C級2組順位戦

 真部一男八段豊島将之四段との一戦。

 まだ序盤で駒組の段階だが、ここで後手の「次の一手アンケート」を取ってみると、どんな手が考えられるだろうか。

 角交換型の将棋は打ちこみがあるから、気をつかうんだよなあ。

 ふつうは△32金かな。次に△44銀から△33桂とか。

 △85歩と突くのもあるけど、▲同桂、△同桂、▲86歩の筋には気をつけないと。

 あとは△14歩とか、△55歩は1手の価値がないか。となると、飛車を動かして千日手狙いで……。

 なんてあれこれ考えてみるけど、知らないで答を当てた人は、いないのではないか。

 正解は「投了」。

 なんとこの場面で、真部八段は次の手を指さずに、投げてしまったのだ。

 と聞くと、

 

 「すわ! 八百長か!」

 「おいおい、無気力試合とかマジ勘弁」

 

 なんて苦笑いする人がいるかもしれないが、これには事情があって、このとき真部の体はに蝕まれ、すでに将棋が指せる状態ではなかった。

 事実、一月後に亡くなることになり、この将棋が絶局になるのだ。

 このエピソードには続きがあり、入院中の真部のもとに、弟子である小林宏六段が訪れた。

 このとき真部は投了図からのある一手を示し、それで自分が有利になると語ったという。

 なら、なぜ指さなかったのかと問うならば、そうすると間違いなく豊島四段は大長考に沈むはず。

 自分の体調では次の手を待てないから、ここで投げるしかなかったと。

 真部はその手を引き継いでもらいたかったそうで、小林が居飛車党なのを残念がったとか。

 そんなことがあって、真部による「幻の手」はプロ間で少しばかり話題になったそうだが、このエピソードにはまだ続きがあったというか、ここからが本番である。

 その一月後のC級2組順位戦大内延介九段村山慈明四段との一戦。

 なんとそこで、あの真部-豊島戦と同一局面が出現したのだ。

 しかも、この日は真部の通夜が営まれていた。

 また、弟子の小林宏は対局で、この日将棋会館にいた。

 さまざまなが絡み合うようなシンクロニシティで、これだけでも一遍の短編小説のようだが、話はここで終わらない。

 なんとそこで大内は、真部が小林に語った「幻の一手を指し控室は騒然となるのである。

 

 (続く→こちら

 

 

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