山と溪を旅して

丹沢の溪でヤマメと遊び、風と戯れて心を解き放つ。林間の溪で料理を造り、お酒に酔いしれてまったり眠る。それが至福の時間。

雪中泊

2010-02-07 17:10:09 | 山歩き.散歩
雪が降るとなぜだか不思議とわくわくしてしまいます。

週初めに降った雪が溶けてしまわないかとハラハラして迎えた土曜日
案の定、南面の入山口からの道はすでに溶け始めておりました。

今日は初めからピ−クを踏む積もりなどさらさらないのです。
雪の中で幕営し酒をやりながら日がな一日本を読む、
そんな一日もたまには良いではありませんか?

途中、登山道をそれて雪が残っているであろう北面にトラバ−スし
踏み跡のない急な斜面を稜線に向けて登って行くと僕のお気に入りの天場に辿り着くのです。






1時間ほど歩いたでしょうか、木々に囲まれた丁度テント一張り分のスペ−ス。
登山道から外れたこの場所では誰一人として人に出会うことはありません。
熊だって今は冬眠中ですもの、襲われる心配もありません。

ほんの2〜3分、9時過ぎに設営を終えテント内を整えたらとりあえずビ−ルですな。
孤独の一夜を過ごすにはなかなかよさげな雰囲気でこざいましょ?






テント内から見える風景はこんな感じです。






『邂逅の森(熊谷達也著、文藝春秋)』
今日はこの読みかけの書を531頁まで一気に読了しました。

阿仁の打当(うっとう)に生まれ14才でマタギとなった富治は
運命の糸に引きずられるように故郷を追われ、一人前の採鉱夫として鉱山を渡り歩く。
それでも、湧き立つマタギの血を抑えきれない富治は採鉱夫としての職を捨て
余所者として八久和の集落に定住しマタギの頭領としての人生を再び歩み始める。

歳も50になろうとする冬、富治は山形と新潟県境の雪深い山で
森の主とも言える老獪な大熊と一対一の、それが運命であるかのような壮絶な死闘を繰り広げる。
体中に傷を負い右足を咬み砕かれながらも死闘の末に森の主を仕留め
傷ついた足をかばいながら妻の待つ集落へと帰っていく。
その臨場感にまるで自分がマタギになりきったかのように右足の激痛に耐え、
血の匂いを感じ、のしかかる大熊の重みに押しつぶされる息苦しさにもがいてしまった。

山歩きの技術や山で生き延びるための技をマタギの本で学んでいた僕は
改めてマタギの生活、山や獣たちへの畏敬の念を強く感じさせられた書でありました。






本を読み終えて午後4時、変哲ない酒肴でビ−ルと熱燗をゆっくりと楽しんで体を温めた。
午後5時半、日が陰ってくると山の気温は急激に下がって耐え難くなる。

早々に暖かいシュラフに潜り込んだ。
思いどおりの一日を終えて眠りに就く前の、今日を振り返るひと時がたまらない。






さして風もなかったのに木々の小枝にはちらほらと霧氷がついている。
いかに低山とは言え、冬の山の夜は極寒になると言う証左であろうか?





自然に触れていないと気が狂いそうになる。
これもまたマタギと同じように体に染みついた性(さが)なのかもしれません。

ほぼ1ヶ月ぶりの山遊び、雪と木々と冷たく澄んだ大気に浄化されて充たされた一日となりました。

さあ僕も、妻の待つ家に帰ろうか!
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司法の正義は?

2010-01-31 23:05:44 | 独り言
5年前、僕は法科大学院で行政訴訟、主に税務訴訟に関する訴状の書き方や
準備書面の作り方、模擬裁判での証人尋問などを学んでおりましてね。


さて皆さん、我々国民が国や自治体を相手取った行政訴訟でどのくらい勝訴しているかご存知ですか?
実は原告側の敗訴がほぼ99%という結果なんですがね、その大きな理由は何だと思います?
当時、教授や弁護士さん、元裁判官の方々からその理由を聞かされて愕然としたこを記憶しています。

今でもそうでしょうが、裁判所と検察庁との間では『司法交流』とか『判検交流』と言いましてね
裁判所の判事が定期的に検察庁に出向して、行政訴訟での検察官(訟務検事)の仕事をし、
検察庁からは検察官が裁判所に出向して、行政訴訟の裁判官の仕事をする訳なんですね。

これ、どう考えてもおかしくありませんか?
国側の検事が行政訴訟の判事になったら、国側に不利な判決なんて出すわけないでしょ。
裁判官だって国側の立場に立って国民に敵対する検事の仕事をさせられたら洗脳されてもおかしくありませんわね。

国会、内閣、裁判所、これ小学生でも分かる三権分立。
つまり厳格にして完全に独立した侵すべからざる聖域であるわけですよね。

ところが、内閣(行政機関)の一組織である検察と裁判所がこんな人的交流をしている。
これ自体がそもそも三権分立と司法の独立性を侵している訳で公平公正な裁判なんて出来るわけがないのです。


              


『検察捜査(中嶋博行著、講談社文庫)』
当時読んでいたこの本をもう一度読み返してみました。

現役の弁護士さんが著しただけあって弁護士会の内幕、検察の権力闘争や捜査手法など
実にリアリティのある仕上がりで読み応えのある司法サスペンスです。

検察捜査や汚職事件にまつわる様々な書物を読んでいると、そこには日本や米国の
エスタブリッシュメント(古くからの支配階級)の強い意志が働いていることが感じられます。

例えば、元福島県知事の収賄事件。
小沢事件にも登場する水谷建設会長、この会長に県知事への贈賄を偽証させて
強引に逮捕した訳ですが裁判で検察のねつ造が暴露されて県知事が勝訴。

県知事は晴れて冤罪が立証された訳ですが、この時すでに政治生命は絶たれていたんですね。
いくつかの本を読んで感じることは、検察は勝訴でも敗訴でも良かったということ。
時の政府の方針に楯突いて原発の建設をがんとして受け入れなかった県知事を抹殺すれば良かった。

こんな話しはまだまだあるようである。

善良な国民の最後の拠り所である筈の司法、その司法に真の正義は果たしてあるのだろうか?




   
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世論は作られる!

2010-01-25 22:48:07 | 独り言
小沢4億円問題の報道を観て皆さんはどんな風に感じているだろうか?

小沢なんて、結局は金権体質どっぷりの悪の権化みたいな汚れた政治家じゃないか。
メディアを疑うことを知らない多くの国民はこんな感情を抱いているのかも知れない。

もう少し掘り下げて考える習慣が身に付いている人ならばこんな風になるのかも知れない。
検察はなぜこの時期に、この程度のことで、執拗なまでに小沢さんを攻撃するのだろうか?

検察はなぜ供述内容をリ−クし、メディアはその信憑性の裏付けもないまま安易に報道するのだろうか?
検察はメディアを通して世論操作を画策し、メディアはその片棒を担がされているのではないのか?

更に、歴史を知る者ならば

なぜ田中角栄、竹下登、金丸信、橋本龍太郎など経世会(旧田中派)メンバ−だけが逮捕抹殺され
岸信介、佐藤栄作、森喜朗、小泉純一郎など清和会メンバ−が無傷で安泰だったのか?
アメリカCIAが日本の中枢深くに結びついて今まで何を画策し、いままた何を画策しているのか?

村上ファンドの村上さんやホリエモンが逮捕抹殺されたとき、同じ穴のムジナであった
小泉政権の竹○大臣やその補佐役であった木村某にはなぜ司直の手が入らなかったのか?
こんなことが良く見えてくるのかも知れない。


             


どんなときでもそうであるが、少なくとも観る側の私たちはメディアの報道を鵜呑みにしてはならない。

今のメディア、特に記者たちには取材能力や真実を見極める判断力が殆どないと言っていい。
ぶらさがりで得た情報を分析し裏を取る努力も能力も無いに等しいと考えて間違いはない。
そのことを良く知ったうえで検察は、事実でないことまでリ−クしてメディアを世論操作に利用する。

先般、逮捕された石川議員の顧問弁護士が報道機関に対して『供述内容の報道は事実無根』
との抗議文を送ったのはその証左であろう。

ではなぜ検察はここまで執拗に小沢さんに攻撃を仕掛けるのか?
今なお隠然として残る旧支配体制や官僚体制に取って小沢さんや民主党が邪魔な存在だからなのか?
そして検察は、旧体制維持派の急先鋒であると考えられないか?

法律も、適正に公平に執行されるならば存在価値はある。
しかし、執行する権力側がよこしまで特定の力によって動くとすればこれほど怖いものはない。

今やメディアも世論を操作し煽動するという意味では最大の権力の一つと言えよう。
いつもそうだが情報の扱いも報道の仕方も極めて一方的で怖さを感じる。

取材力を発揮して、もう少し独自の取材をしていれば糾弾する対象も違ってくるはずであろうに。
報道のキャスタ−もコメンテ−タ−も、検察やメディアの一方的なやりかたに異議を唱える者は
少なく、視聴者受けする小沢攻撃に終始する者が殆どであるのも見識がない。

こんな風に観ていると検察もメディアも昔の恐怖政治の時代に逆戻りしているようで背筋に寒くなる。

そんな時代に逆戻りさせないためにも、報道に煽動されないように、メディアを疑い
真実を見極めるチカラと考える習慣を身につけておきたいものである。

小沢が嫌い、そんな低次元の視点ではなく、いま起きている事象はこれで良いのか?
そんな見方、反応の仕方をすべきであると考えている。



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山谷ブル−ス

2010-01-17 23:38:08 | 独り言
年末に録画しておいた岡林信康のDVDを観た。

フォ−クの神様と言われた岡林は還暦を過ぎて今、カッコ良くなったなあと思う。
昔の岡林とは打って変わって、言葉も表情も生き方も実に穏やかな印象を受けた。
歳を重ねるごとに、あんな風に自然体で穏やかになれたらいいのにとつくづく思う。

僕が岡林の歌を知ったのは中学生の頃であろうか?
新宿地下道で反戦安保の集会に集まった若者たちの歌う姿が夜ごとテレビに映し出されていた。

♪ 友よ 夜明け前の 闇の中で
  友よ 戦いの 焔を燃やせ 
  夜明けは近い 夜明けは近い
  友よ この闇の 向こうには
  友よ 輝く あしたがある  ♪

反戦安保の何たるかを殆ど理解できなかった僕も、
あの轟くような歌声と強い意志の籠った歌詞には感動したものである。
その後の受験勉強やあてどない未来を思うとき、どれだけ勇気をもらったことだろうか。



               



♪ 今日の仕事はつらかった
  あとは焼酎を あおるだけ ♪

録画したDVDから最初に流れたのは『山谷ブル−ス』であった。

この曲にも想い出がある。
大学に入った年の夏、僕は高校時代からの友達Sと千葉の工事現場にいた。
どうしてもまとまった金が欲しかったからである。

その年の春、僕とSは海外旅行を企ていた。
それも無銭旅行である。

『遺骨収集団に参加すれば只でグァムへ行けるぞ!』
Sが持ってきたのは、こんな企画であった。
こんなチャンスは二度とない、無一文の僕たちの結論であった。

ところがである、そんなに甘い話しはないのであって。
よくよく調べてみると参加費用の数万円が必要であった。

この軍資金稼ぎに件の工事現場へと言うわけである。
口入れ屋のおっさんに連れられて辿り着いたのは千葉の姉ヶ崎であった。

へばらない程度に働く、土方の仕事術を知らなかった僕とSは遮二無二働いてへとへとになった。

飯のあとの焼酎をあおりながら岡林の『山谷ブル−ス』を歌ったものである。
飯場には得体の知れぬ25人ほどのならず者がいて寝起きを共にしたのだけれど
それはそれでおもしい日々でもあったのだが辛い仕事は1週間とはもたなかった。

食費やら口入れ屋の手数料を引かれて2万円ほどの金を握りしめて
東京へ帰ったのだけれどグァム行きの船には到底乗れない金額である。

泣く泣く諦めて僕ひとり二泊三日の槍ヶ岳山行へと旅立った。
これが丹沢以外で初めての本格的な山との出会いとなり山に通い詰める切っ掛けになった。

人生は、どこでどう転ぶか分からない。
だからまたおもしろいのだけれど、あと何年かで還暦を迎えようとしている僕も
肩肘張らずに自然体で山や溪を楽しんでいる姿は岡林と重なるような気がしてならない。

そんな風に思ってくすくすと含み笑いなどをしている自分に
また可笑しさが込み上げてしまう今日この頃なのでありました。



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山を舐めたらアカン!

2010-01-13 00:40:05 | 山歩き.散歩
呑みすぎたあとの山歩きは辛いものがある。
雪の山を予定していたのにどうもやる気が湧きません。

それでも山を歩きたい。
そんな時、単独行の身軽さが幸いするのです。

深雪の山もいいけれど、灰色に冬枯れた山の侘びもまたいいものです。

毎年4月には『春の女神』が舞う石砂山(いしざれやま)
靴が埋まってしまうほどふかふかに積もった落ち葉を踏みしめて歩くのもまた郷愁をそそります。




すわっ、これは夢か幻か?
ミツバツツジの狂い咲き、季節はずれのもの悲しさよ。





今日の目的は、、、、、春の女神を育むカンアオイ(寒葵)に逢いたい!
石砂山の天然記念物『岐阜蝶』の幼虫の貴重な餌になる植物なんですね。

杣道から外れて道なき林に入って行くと落ち葉に埋もれるようにカンアオイが其処此処で目に入ります。
このカンアオイが沢山あると言うこと、それは春の女神の棲息が約束されていると言うこと。

嬉しくて地面を這い蹲るように探しまわって写真に納めていると、
いつしか今居る自分の位置が分からなくなってしまいます。





落ち葉の下には色々なものがあるのです。
産み付けられた岐阜蝶の卵、木の実、カタツムリの抜け殻。
おもしろくて周りの風景など目に入らなくなってしまうのです。




入山してから4時間、落ち葉の下を探索しているとつい時間を忘れてしまいます。
ところが、腹時計というヤツは優れたもので時計を見ると丁度お昼の時間です。

ビ−ルで喉を潤して熱々のラ−メンで〆る、ほっとする時間ですね。
日だまりの落ち葉の上でのんびりとした時を過ごすことができました。




どっこいしょっと!
さて、それからが大変だったのでした。
少し歩き始めたとき、、、、待てよ?
そうなんです、自分の居る位置が全く分からなくなっちゃった。

この山は東西南北四方八方縦横無尽に杣道獣道が連なっているのです。
山の中腹に居ると周りの風景も全く見えないし、勝手知ったる山なので地図もコンパスも持って来ていない。
勝手知ったる山だからこそ舐めていたんですな、これには参りました。

先ずは斜面を下って杣道を探し、しばらく歩いてみたけれどどうも違う。
また登り返してトラバ−スしてまた下って登っての繰り返し。
2時間ほど山中を彷徨ってホトホト疲れてしまいました。
外から眺めるととても穏やかな山なのに迷路に迷い込むと抜け出せなくなるのです。





そこでマタギの言い伝え。
道に迷ったら腰を下ろして一服し水を飲んで冷静になること。

もし下山できなかったら?
ビバ−クするしかありません。
ザックの中にはツェルトもシュラフカバ−もダウンインナ−も雨具もあるから凍え死ぬことはありません。
水も焼酎も食糧も充分にある、楽しいプチ遭難の一夜は約束されているようなもので焦ることはありません。

とにかく稜線に登って周りの景色から方角がつかめれば何とかなるでしょ。




さて、稜線からの景色で方角は掴めました。
入山口への道は判然としないけれど沢の方角は分かりました。
沢まで下りれば林道が平行して走っています。





沢までは確信を持って下り3時半に林道へ辿り着きました。




この山に40年以上も入っていると言うのにこうして迷うこともあるのです。
とりわけ低山は登山道と杣道の見分けが難しく、しかも有名な山と違って指導標もほとんどありません。
しかも市販の山地図には登山道1本しか表示されておりません。

ひとたび杣道や獣道に迷い込むと抜け出せなくなってしまいます。
特に冬の山は日没が早く、焦りが生じて深刻な事態にもなりかねません。
夜の寒さも半端ではなく、日帰り装備では凍死のリスクも残ります。
低山のワンデイハイクだからと甘く見るのは禁物です。
くれぐれも予備の食糧と水、防寒具とヘッドライトくらいの準備は怠りなく。

ただ幸運なのは冬山の木々は葉が落ちて周囲の見通しが利くということ。
地図もコンパスも無いときは稜線に登って四方の景色を眺めれば何とか方角を掴むことは可能です。





久しぶりにヒヤリとさせられた一日でした。
GPSが欲しいと、ちょっとだけ考えた一日でした。

石砂山を歩く皆さん、くれぐれも登山道からそれないように気をつけて下さい。
そして、のんびりと穏やかな山旅を楽しんで欲しいと思います。
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川原乞食が一堂に会して、、、、。

2010-01-10 23:36:50 | 川飯.B級グルメ
丹沢山塊を挟んで西と東に川原乞食の一団が棲息しています。
東の一団は僕と熊さんとへなちょこNさん、源流をガシガシ攻める自称強者集団である訳ですが。

対して西の一団は釣り師の風上にもおけないアルチュハイマ−集団で
とにかくこの酒好きの面々は釣り場に向う林道で既に一丁上がりの男たちなのでございます。

今回は新年会を兼ねて東西の川原乞食が一堂に会し川原乞食の将来を大いに語り合おうではないかと言うことで。
と言うのは口実でただただ釣りのできない禁漁中の憂さを晴らさんとするために集まったという次第で、、、。

新丸子の『三ちゃん食堂』、なんと昼の12時から呑めるお店なんですな。


                  


午後3時に暖簾をくぐると大勢の男たちで大にぎわいではありませんか。
よくもまあ昼日中からこんなに呑んだくれが集まるものだと感心しきりですが
僕たちもこの程度の熱気に気圧されるほど柔な川原乞食ではありません。

なんとか席を譲ってもらって陣取ると、みな幸せそうに頬が弛んでしまうのです。
しかしまあ、この画像をアップした途端にもう食傷気味でコメントを入れる気力が失せてしまいました。

皆さん、このゲップが出そうなB級グルメの数々を我慢してお楽しみあれ!








いやあ、しかし呑みも呑んだり喰いも喰ったり。
なのに勘定はひとりたったの3000円弱、お見事!



     


2軒目、楽しくて旨かった。




西の集団は、このあともふらつきながら3軒目へとなだれ込んだような、、、。
翌日の山行予定のある僕はここで退散いたしました。
府中に帰って『青葉』の醤油豚骨に下ろしニンニクをたっぷりぶち込んで〆と相成りました。

    

彼らと一緒に釣行することは3年に一度あるかないか?
なのに酒は幾度となく、、、、これって釣友と言えるのかしらん?
でもまあ何はともあれ酒は親交を深めると言うことで、、、、、。
この日、何を語り合ったのか、殆ど記憶にございません。
ただただ楽しかった、それで充分ではありませんか。

さて、翌日の山行はちょっと予期せぬことが起こりまして、その顛末はまた後日。

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2010年に幸あれ!

2010-01-01 11:48:42 | 独り言
♪ 君の行く道は 果てしなく遠い    
  だのになぜ 歯をくいじばり
  君は行くのか そんなにしてまで ♪

♪ 君の行く道は 希望へと続く
  空にまた陽がのぼるとき
  若者はまた 歩きはじめる ♪

あれは確か中学の卒業式のあと、クラスに集まった僕たちは
誰ともなしに肩を組み合って『若者たち』を歌ったものでした。
教室を離れ難く涙を拭いもせずに繰り返し繰り返し歌ったものでした。

新しい道へと踏み出すこと、それは幼なじみと離ればなれになる寂しさ
新しい道へと歩き始めること、それは未知の世界と未知の自分に出逢える期待

あれから僕たちはそれぞれに頑張って夢を叶えてきたのだと思います。

そして40年余りの歳月が過ぎました。
それでも『若者たち』を歌ったあの時の気持の昂ぶりは今でも色あせる事がありません。

今年もまたチャレンジして行きます!

人の成長は、仕事の中でこそ培われるもの
この確信は今も変わることがありません。
学び続け、実践し続け、人として成長し続けたいと思います。


遊びもまた人生に至高の豊かさをもたらしてくれるもの。

山や溪に浸るひとときの何たる至福
そこで出逢う友と酌み交わす酒と語らいの何たる至福

山と溪に親しんでいて本当に良かったとつくづく思います。


 


今年も心穏やかに新しい朝を迎えました。

一年という歳月は、必ずしも充実した喜びの日々だけではありません。
悲しいこと、やるせないこと、辛い日々も綯い交ぜにやってくるものです。
それを乗り越えて、より多くの喜びを感じて生きられるのは一重に友がいてくれるからこそ。

この一年、変わらぬお付き合いを頂ければ幸いです。

皆様の仕事が順調に運びますように
山と溪での日々が安全に心ゆくまで満たされますように心から願っています。




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クリスマスプレゼント

2009-12-24 23:23:09 | フライフィッシング
メリ−クリスマス!
な〜んかシラケてしまいますな、この年になると。

それでも我が家では今年もロ−ストチキンを9本焼きました。
もちろんグレイビ−ソ−スも自家製であることに変わりはありません。

ロ−ストチキンが大好きだったモモにも丸ごと1本供えました。
残ったチキンは翌日、肉をばらしてオ−プンサンドにして味の余韻を楽しむのです。


さて、今年もアメリカに住む釣友Satoshiからクリスマスカ−ドを添えてプレゼントが届きました。
ドライフライスペシャリスト?の僕のためにオイルタイプとパウダ−タイプのフロ−タントでした。

さっそく来シ−ズンにテストしてみようと思います。





そう言えば、Satoshiとの出逢いの切っ掛けはモモが作ってくれたものでした。
我が家の前にある農工大学の実験農場、ここの原っぱが大のお気に入りであったモモは、
この原っぱに駆けだして全力疾走することから散歩が始まるという毎日なのでありました。

あの日も僕は、矢のように駆けだして行くモモを追って原っぱに行くと、そこにSatoshiが居たのでした。

農工大学の学生だったSatoshiは21才、モモは6才、僕は45才になっていたでしょうか。
Satoshiはそこでルア−ロッドを手にキャスティングの練習をしていました。

釣り人同士が打ち解けるのは早いもので、フライに転向した彼とはその後、
一緒にフライを巻いたり渓流に出かけたりと、いつしか釣友の関係になっていたと言う訳なんですね。

その後、Satoshiがアメリカの大学院に進み、牧場でカウボ−イ生活を送り、
そしていま牛の繁殖のスペシャリストとしてフリ−ランスで活躍していることは前のブログでご紹介したとおりです。

もちろんフライフィッシャ−マンとしても、イエロ−スト−ンをメインフィ−ルドに
大物の鱒と格闘する羨ましい日々を送っていることは言うまでも無いことです。

Satoshiは今年ブログを始めました。
僕のブログからもリンクしていますので是非覗いてみて欲しいと思います。

http://leftyangler.blogspot.com/

二回りも年の離れた釣友ですが、モモが引き合わせてくれたこの関係をいつまでも大切にしていきたいと思います。

そしていつの日にかモンタナで一緒にロッドを振ってみたいと、夢のような夢を見ています。

Satoshiちゃん、今年もありがとうね!


人と人、不思議な縁(えにし)でつながっているものなのですね。
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圓生を聴きながら

2009-12-20 23:37:31 | 独り言
えぇ〜、むかしから忙しすぎるのも考えものなんてえことを申しますが

100年経った今でも慌ただしい世の中には変わりがありませんでな

おまけに12月にもなりますと『師走』なんてえことで師匠ばかりか

熊さん八つぁんバケベソまでもが訳もなく走り回るなんてえことになりまして

あたくしなんぞは事務所に缶詰でもう『ぎうぎうのぎゅぎゅぎゅっ』





そんな時こそ昔懐かしい『圓生師匠』を聴くのが何よりの楽しみっちゃう訳でして

軽快な語り口につい吸い込まれてブヒャヒャっと笑いごろげてスッとした瞬間に

今までやっていた仕事をすっかり忘れちまって、あれっいま何やってたんだっけ

なんてえことになる訳で

いやあ年は取りたくないものでございますな



圓生『おまえ、カネが欲しいかい?』

弟子『そりゃあ欲しいです、はい』

圓生『いまの若い者はすぐカネだ。いいか、カネというものは芸ができりゃ
黙ってても向こうから払ってくれる。まずい芸で銭をとろうと思うのは大間違いだ!』



いま大金があったら何をしたいかという話しになったとき

『もし金で買えるものなら、あたしは時を買いたい。ひと月でもいい。
だめなら一日、一時間でもいい。あたしの年になると、うらやましいのは若さです。
あなた方はカネで買えない若さをお持ちなんです。せいぜい大事にお使いなさい』


カネは後からついてくるもの
これは仕事の何たるかを知るにつれて分かるもの

健康の大切さも時間の大切さも、直面するまで分からない

人間と言うものは何とも浅はかな生き物でございます


圓生さんは外で呑むことを好まず
夜は家でウィスキ−を舐めながら落語を深める読書三昧であったとか

あたくしも少しは圓生さんの生き方を学びたいと思う日々でございます。
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親指の想い出

2009-12-14 00:48:23 | 独り言
節足動物や爬虫類が脱皮することは良く知られている。

フライフィッシングを趣味にしてからと言うもの、水生昆虫の成長過程というか変態過程というか
幼虫から亜成虫、成虫へと成長するステ−ジごとの形態がイヤでも気になるようになる。

セミや水生昆虫の脱皮を最初から最後まで目にしたことはあるだろうか?
あれこそまさに神の造り賜うた精巧緻密で厳かな儀式に思えてくるのは僕だけであろうか?

さて、実は今日、僕も晴れて脱皮を果たした。

今年の9月、野呂川源流の右俣を遡行中に左親指を潰していた。
その親指の爪が3ヶ月余りを経てようやく抜け替わったと言うわけである。






親指の爪を剥がしたのは実は今回が初めてではい。
学生時代、僕は住み込みの牛乳配達で生計を立てていた。

大学4年の時のことである。
前後左右に大量の牛乳を積み込んだバイクを発進させようと
スタ−タ−をキックしたその時、誤って右親指の爪を剥がしてしまったのだ。

ゴム草履を履いていたのがいけなかった。
出血する指に包帯を巻いて激しい痛みに耐えながらいつものように2時間半、
マンションや団地の階段を駆け上がり駆け下りて失神しそうになったものである。

拷問のような配達が終わって駆け込んだ外科医院がまた拷問であった。
その医者は事もあろうに麻酔もせずに剥がれかけた爪を大っきなピンセットで引き抜いたのである。

その医者は、付き添ってくれた今のカミさんにこう言って僕を褒め称えてくれた。
『君の彼氏は我慢強い男だねえ、うめき声ひとつ漏らさなかった』
声なんて出るわけねえずらよ!
こちとら今にも失神しそうだったんだから!

だが、それだけでは終わらなかった。
抜かれた爪の下にはもう一枚、半月状の薄い爪のようなものがあった。

『これも抜くよ、これ抜いておかないと新しい爪がキレイに生えてこないからねえ』と事も無げに言い放つのである。
しかもである、『麻酔をすると治りが遅いから麻酔はしなくていいね、君は我慢強い男からね』

バッカヤロ!
『治りなんか遅くったっていいから兎に角麻酔だけは打ってくんろ』
そう言って懇願したかったのだが傍には今のカミさんが居る。

『痛いの嫌だから麻酔だけは打ってくだせえまし』、こんなこと意地でも言えなかった。
見つめていると、薄爪と生肉の間にピンセットをグッと差し込んで、ゆっくりとそうっと引き抜いている。

『バカッ、頼むから一気に引き抜け!』
僕の心の叫びなどとは無関係に、その医者は僕への拷問を楽しむかのようにゆっくりと引き抜いたのである。

『彼の我慢強さは只者ではないねえ、良い旦那になるよ』
身の毛のよだつような拷問に耐えた僕は『こんなのナンチャないさ〜』と強がりの笑顔を向けたのである。
そのときの笑顔が引きつっていたのかどうかはカミさんにしか分からないことである。






『その爪、抜いておかないとキレイな爪が生えないよ』
両俣から帰った僕にカミさんはそう言ったのだが、身の毛もよだつようなあの時の記憶が蘇って医者には行けなかった。

生え替わった爪は、このとおりヘンテコな形であるが全然かまわない。
右の爪には学生時代の想い出が、左の爪には両俣の純血ヤマトとの再会の記憶が深く刻まれている。

脱皮しても昆虫のように次のステ−ジへと成長する訳ではないが、この爪には大切な記憶が深く刻み込まれている。

ただそれだけで僕には充分なのである!



別ブログ『歯科医院成長戦略100連発』
興味のある方は是非ご覧下さい。
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