東京都23区内であればどこにでも在る児童遊園。桜の季節だということと公衆トイレがよく目立つ場所に設置されているということで、通り掛りに撮りました。実はこの種の都内の公園は災害時はとても貴重です。
私は阪神淡路大震災(1995年1月17日)のときは震源地の淡路島に居ました。地震が発生したのは、父の葬儀を済ませた翌早朝で、東京はもう明るくなっている時間ですが、淡路島は朝5時過ぎはまだ真っ暗。災害の状況はその後の報道の通り。家が倒れなかったのが不幸中の幸いでした。電車が不通だったので、船で関西空港に向かい、飛行機で家内と羽田空港経由で帰ってきました。
その後数年間は9月1日の「防災の日」を意識して暮らしましたが、ある金曜日夕刻のこと、当時の勤務先のフジタがあるJR代々木駅至近の「大戸屋」で同僚と会食した帰りに、災害で電車が不通になった時を想定し「松戸の自宅まで歩いて帰ってみよう」と思い立ち、午後9時ごろから歩行開始。歩行中一番困ったのが「トイレ」。ビールをかなり飲んでいたから「トイレが近いこと近いこと」。その時に発見したのが、都区内は小さな公園にもトイレがあるということ。それが江戸川を渡って千葉県に入ると状況が一変。仕方なく終夜営業のデニーズで用を足しました。翌朝5時頃徒歩帰宅を終えました。
そして不意に迎えた東日本大震災(2011年3月11日)。この時は今の会社の銀座からの徒歩帰宅を即断しましたが、帰路、御徒町の取引先に立ち寄り、安否を尋ねる余裕がありました。地震がもっと大きくて、橋が壊れて渡れないときはどうするか、一考を要する場面ではあります。