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東条英機・歴史の証言 - 2 ( 今上陛下の「お言葉」 )

2016-12-09 16:43:20 | 徒然の記

 天皇陛下の開戦責任について、東条元首相が供述している内容は大切なことなので、書き残したくなった。なるべく忠実に写したいと思う。息子たちが、いつか読んでくれると願いつつブログに向かう。

 「所定の手続きにより決定したる国策については、内閣及び統帥部の補弼 ( ほひつ ) の責任者において、その全責任を負うものでありまして、天皇陛下に御責任はありませぬ。」

 「この点につきまして、私はすでに一部分供述いたしましたが、お立場に関して、寸毫の誤解の生じる余地をなからしむるため、ここに更に詳述いたします。これは私にとりて、真に重要な事柄であります。」

 「天皇陛下が、内閣の組織を命じられるに当たっては必ず、往時は元老の推挙により、後年は重臣の推薦、及び常時補弼の責任者たる、内大臣の進言によられたのでありまして、陛下が、これらの者の推薦及び進言を退け、自己の欲せらるる者に組閣を命ぜられたというごときは、前例としても、未だかってありませぬ。」

 「陸軍にありては、三長官、すなわち陸軍大臣、参謀総長、教育総監の意見の合致により、陸軍大臣の補弼の責任において御裁可を仰ぎ、決定を見るのであります。」「海軍のそれも、また同様であります。」「天皇陛下が手続きによる上奏を排して、他を任命せられた実例は記憶いたしませぬ。」

 「以上は、明治、大正、昭和を通しての、長い間に確立した慣行であります。」

 「国政に関する事項は、必ず右手続きで成立した内閣、統帥部の補弼によって行われるのであります。」「これらの助言によらずして、陛下が独自の考えで、国政または統帥に関する行動を遊ばされることは、ありませぬ。この点は、旧憲法にもその明文があります。」

 「これを要するに天皇は、自己の自由意志をもって、内閣及び統帥部の組織を、命じられませぬ。」「内閣及び統帥部の進言は、拒否せらるることはありませぬ。天皇陛下のご希望は、内大臣の助言によります。」

 「ご希望が表明せられました時においても、これを内閣及び統帥部において、その責任において審議し、上奏します。」「この上奏は、拒否せらるることはありませぬ。これが、戦争史上空前の重大危機における、天皇陛下のお立場であられたのであります。」

 「現実の慣行が以上のごとくでありますから、政治的、外交的、および軍事上の決定責任は、内閣および統帥部に在るのであります。絶対的に陛下の、ご責任ではありませぬ。」

 長い供述なので半分を省略したが、天皇が国政や軍事を決定される仕組みについて、どれほど細心の注意が払われているのか、自分でも初めて知った。「君臨すれども、統治せず」と、イギリスの立憲君主制を手本にしたと習ってきたが、ここまで徹底していたのかと知る驚きもある。

 死を覚悟した上で陛下に類を及ぼすまいとした、元首相の懸命な気持ちが伝わってくる。その彼を昭和天皇は、終生忘れられなかったと何かの本で読んだ。激動の昭和を生きられた陛下は、天皇の地位の重さを理解され、軽はずみなことをされず、私事を語られることもなかった。

 天皇の立場から発される言葉の重みを常に考えられ、国民の安寧と幸福を願われた陛下だった。敗戦後の全国行幸に国民が感激し、廃墟と化した国の再建を頑張った、戦後の復興の真ん中に昭和天皇がおられたと、これは私の実感である。

 長文であることにもめげず、東条元首相の言葉を引用したのは、昭和天皇について言及したかったからだ。そしてここからが、本日のブログの最大のテーマだ。

 どうしても私の話は、ここにつながってしまう。

 「しかるに今上陛下は、内閣も政府も無視され、自己の思いをNHKごときにリークされた。」「何という短慮か。」「憲法無視、内閣無視、皇室の伝統も無視で、ただ自分のご都合と気持ちだけを、NHKの電波で発せられた。」

 東条元首相が、命をかけて守ろうとした皇室の尊厳と伝統を、どれほど傷つける行為か。今上陛下は、おそらく考えておられないし、気づこうともされていない。 

 陛下と美智子様は、お二人で力を合わせ、「開かれた皇室」を作ってこられた。昭和天皇の時代にはなかったことで、皇室の私事にわたる事柄が、マスコミに出るようになったのはこのせいだ。偉大な昭和天皇に負けない天皇像を新たに作るため、お二人が努力を重ねられたのだと、朝日新聞編集委員の岩井氏が語っていた。文藝春秋の対談記事の中で、氏がここまで語るのも「開かれた皇室」の一つであろう。

 「皇后様の発信能力、リテラシー能力というのは凄い。」「今の両陛下は、言って見れば共働きであり、皇后様は皇室生まれの人の目に届かないものを補おうと、常に努力されているし、〈 最強の副官 〉のような存在だと思うんです。」

 精神科医香山氏の次の質問に、岩井氏が答えていた言葉だった。  

 「両陛下のお気持ちを忖度する、行幸啓のプロデューサー的な方はいないのですか。」

「プロデューサーは、両陛下ご自身でしょうね。」「昭和でしたら、侍従長の入江相政さんが、そういう立場だったでしょうけれど。」

 一度ブログで取り上げたので、何度も引用したくないが、今回陛下が「お言葉」の中で述べられたご公務というのは、被災地へのお二人での視察と、戦前の激戦地への慰霊の旅の二つだ。陛下は公務と称せられるが、これらは昭和時代になかったもので、美智子様とご一緒に考案された「新しい皇室お仕事」だ。

 被災地の住民は感激したのだろうが、私は作為の視察や慰霊に嫌悪さえ覚える。昭和天皇を越えようなどと、今上陛下は本気で思われたのだろうか。それとも美智子様のご意見に従っておられるだけなのか。

 事実は知る由もないが、いずれにしても愚かなことだ。

 息子たちが、世間の評判を気にかけ、親を乗り越えようと努力していると知ったら、自分なら情けなくなる。もちろん私は何の取り柄もない凡人なので、子供にそんな思いをさせるはずがないので安心だが、今上陛下と美智子様のことは、知るほどに悲しみとなって心を重くする。

 東条元首相も、こんなことでは浮ばれまい。

コメント
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