ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

金正日 最後の選択

2016-09-26 21:52:53 | 徒然の記

 加瀬英明氏著『金正日 最後の選択』(平成11年刊 祥伝社)を読了。

 氏は昭和11年東京に生まれ、享年80才だ。慶応義塾大学卒業後、エール大学、コロンビア大学に留学し、父君はミズリー号上で署名をした、全権団に随行した外交官である。福田、中曽根内閣で首相特別顧問、福田、大平、鈴木内閣では外相特別顧問をし、現在は外交評論家として活動している。

 時々チャンネル桜の座談会に顔を出しているので、見ず知らずの他人ではない。同じ北朝鮮を扱っても、神浦元彰氏の著作より有意義だった気がする。著作を読むのは初めてだが、知らないことを沢山教えてもらった。文章に限って言えば、神浦氏の方が巧いのかもしれないが、加瀬氏の言葉には心に響くものがあった。

 氏の本によれば平成11年の7月、北朝鮮は当時の小渕首相と主要閣僚に次のような書簡を送ったとのことだ。「日本は国際的に公認された敗戦国、戦犯国であり、」「過去の罪業を認めることも、謝罪することもせず、」「今も恥ずかしくも、" 敵国 " の汚名を拭えないでいる。 」

「日本が朝鮮民族に対して、歴史的に犯した、千秋に渡って許せない罪状は、百回ひざまづいて許しを乞い、」「日本列島すべてを売りはたいて返しても、償いきれない。」

「朝鮮民族は、代を継いで、日帝から受けた侮辱、不幸と苦痛、」「災難の代償を、必ずや取り立てる。」。よくもまあ、ぬけぬけとこんな三百大言が言えるものだ。これでは、韓国や中国同様の反日・敵対国と言われて当然だろう。

  目次の前の「まえがき」に、氏が書簡の抜粋を載せているが、読むほどに怒りと嫌悪が高まる。このような憎言を送りつけてくる北朝鮮に対し、国交回復して賠償金を支払うべしという管沼氏や、北の主張にも一理あると言うネアントニオ猪木氏に、言葉に表せないほどの嫌悪を感じる。

 本は神浦氏の著作より、4年前に出版されているので、亡くなった叔父は加瀬氏の著作を先に読んでいたことになる。本のページの端が小さく折られている部分を見つけたが、これはきっと、叔父が注意深く読んだ箇所という印だろう。「まえがき」の北朝鮮書簡と合わせて読み返すと、叔父の憤りが垣間見える気がする。

 このページの加瀬氏の叙述を引用してみよう。

「私の親しい、韓国の元高官がこう語ったことがある。」「金正日がクーデターによって、自殺を強いられるときは、」「日本へ向けてミサイルの発射ボタンを押したうえで、」「日本と無理心中を図る可能性がある。」「金正日が日本に核攻撃を加えてから、自らの手でこの世を去ったとすれば、」「憎い日本を罰した英雄として、」「向こう1000年、1500年と、韓民族からは " 英雄 " として崇められるでしょう。」

 韓国・北朝鮮がどれほど深い憎しみを日本に抱いているのか、ここでもまた嫌というほど知らされた。先日、参議院の委員会でアントニオ猪木氏が、無断で北の訪問した言い訳をしていた。「対話の窓口は、閉ざしてはなりません。」「北朝鮮の高官に、言われました。」「北の核は日本へ向けているのでなく、アメリカへ向けているのです。」

 国際情勢に関する何の常識もないプロレスラーらしい、おめでたい説明に呆れてしまう。北朝鮮はこれまで、米国大統領クリントンを騙し、カーター元大統領を手玉に取り、ペリー国務長官を裏切り、アメリカ政府をさんざん翻弄してきたことも知らず、猪木氏のこの馬鹿さ加減をなんといえば良いのか。

 加瀬氏の書で目から鱗の思いをさせられたのは、北朝鮮に弄ばれているのが日本の外務省だけでなく、米国大統領や政府高官だったと知ったことだ。立派だと思っていたクリントンやカーター大統領が、実は無能な政治家だったと教えられたことも有意義だった。外交に無知な政治家がトップになると、国は腑抜けになり国力を失うということも知った。

 クリントンやカーター氏がまさにそうだったのであり、オバマ氏もそうだ。「普天間は最低でも県外」といって、日米関係を崩壊させ、国内政治を混乱させた無能な鳩山氏も、外交音痴だった。こうしてみると、米国も民主党が大統領を出した時、国力を減退させているし、日本も民主党の時に政治が大きく乱れ、混乱を高めていたことを思い出す。

 加瀬氏は心に留めるべき多くのことを語っているが、次の言葉は特にそうだった。

「今日では、少なからぬ国民が、日清、日露戦争を侵略戦争だったとみなしている。」「しかし日本は、日清、日露とも、国の存亡をかけて戦ったのだ。」「どのような国であれ、国の存亡をかけて侵略戦争をすることはあり得ない。」

「日本が日清、日露戦争に辛うじて勝ち、独立を全うすることができたのは、」「国民が、日本に誇りを持っていたからだった。」「自らを尊んだからこそ、国民が団結して戦った。」

 国内の平和主義者や人道主義者、左翼反日活動家たちは、氏のような主張を「軍国主義」と非難し、「危険な右翼」と攻撃するが、そろそろ私たちは、反日・亡国の徒と決別をする時が来ている。加瀬氏の言葉には、真剣に考えなくてならないものがあるでないか。

「54年前のアメリカの占領によって、日本語の中の多くの言葉が廃棄されてしまった」「戦前に多くあった" 愛国通り" という道の名が、」「 " 平和通り " と改名された。」「 " 軍人 " は、 " 自衛官 " に、" 兵站 " は、" 後方支援 " に、" 戦争 " は、" 有事 " になった。」 

「特に国の存立がかかっている、防衛の分野でこのようなことが多い。」「今日でも自衛隊では、" 軍 " とか " 兵 "という言葉を使ってならないので、 」「砲兵を特科というし、歩兵を普通科と呼んでいる。」「戦車は、特車だ。」「その結果、現実が曖昧なものとなり、国民は現実を見極める能力を失った。」

「嘘と誤魔化しで現実から逃げてきた敗戦後の日本だ。」と氏は言うが、その通りだと思う。自虐と嘘と誤魔化しで、国全体が経済第一と励んできた結果が、今日の有様だ。中国と韓国と、北朝鮮が、そんな日本の「平和ボケ」に、突然背後から熱湯を浴びせてきた。

 はらわたの煮え返るような怒りを覚えたが、尊大で横暴な、このゴロツキ国家が、日本人を夢から覚まさせてくれたと、私は今でもそう思っている。「言葉が事実を伝えなくなった国は、病んでいる。」と氏は語るが、まったくその通りだ。「敗戦の日」を「終戦記念日」などと言い、「平和平和」と念仏を唱えていれば世界が平和になるなどと、そんな寝言も、言葉が事実を伝えなくなった日から、日本が罹っている重い病だ。 

 300ページ足らずの本だから、一回で終わると思っていたが、それでは済まなくなった。80才という氏の年齢を思うと、もしかするとこの著書の言葉は、氏の遺言と捉えてもおかしくない気がして来た。

 最近の外務省は日本人の矜持を失っているが、氏の御父君が健在の頃はきっとそうでなかったのだろう。だから親の背中を見ながら、右翼とか軍国主義者とか非難される、氏のような息子が育ったのだろう。親中、親韓、自虐史観の小和田氏一派から、外務省を追われたのも、うなづける気がする。

 中途半端を承知の上で、今晩はこれで終わりとする。

 

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