二草庵摘録

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朽ち木が発する燐光のようなもの ~ホーソーン「緋文字」を読む

2023年03月15日 | 小説(海外)
 (ポストイットをやたら挟んだ光文社古典新訳文庫版)


■ホーソーン「緋文字」小川高義訳 光文社古典新訳文庫2013年刊

たいへん評価のむずかしい小説である。四苦八苦しながら、一か月ばかりかけて、ようやく読み了えることができた。以前に、二回ほど挫折している。今回も10ページあたりで、挫折しかけたので、冒頭の「税関」を後回しにし、ストーリーが始動する第一章「獄舎の扉」から読みはじめた。
初心者にはそれが正解かもね(;^ω^)

なぜ評価がむずかしいのかというと、韜晦につぐ韜晦、作者の“本音”がどこにあるのかわからなくなってしまうから。イライラさせられる。今回も、「もういいや、やめてしまおう」と、3~4回は思った。キリスト教の教義問答に類するものが、延々と展開される。
しかも舞台がニューイングランドのため、厳格な教えで知られるピューリタン。そこに心理学的な自問自答がくわわる。
「うわお、もうやめてくれ」といいたくなったよん(ノω`*)

小川高義さんの、新しいこなれた訳のおかげで、最後の1ページまでたどりつけたのかもしれない。そういう意味では古典新訳文庫に感謝だなあ。
原本が刊行されたのは1850年。歴史の浅いアメリカ文学では、メルヴィルの「白鯨」と並び称される古典である。これまで何種の訳書が存在するのやら(^^? )

ストーリーを読み了えたあとで「税関」に戻って読んでみたら、これがおもしろい。
現実とフィクションのあいだを架橋するため、作者はこの“おまけ”ともいえる1章を巻頭に据えたのである。400字詰め原稿用紙換算で約90枚の長さだそうである。
税関でガラクタをあさっていて、そこで傷みのひどい緋文字を発見する。そのいきさつが縷々述べられているのだが、それだけではない。
「税関」があるからこそ、おもしろいと訳者の小川さんが解説で書いているが、その通りだと思う。

登場人物はいたって少ない。
へスター・プリン(女性)・・・主人公
パール(女性。へスター・プリンの子)
アーサー・ディムズデール(牧師)
ロジャー・チリングワース(へスターの元夫)

この4人に注意を向けておけばよい。ほかには影のうすい脇役が数人。
とりわけ、行動的なヘスターとパール母子が魅力的に描かれている。

地に足のついた、新天地ニューイングランドの現実と、稀有な悪夢の交錯の物語・・・といったらいいのだろう。

《真夜中の浅い眠りからはっと目ざめて、まだほとんど自分をとりもどしはじめていないその最初の瞬間とは、なんと不思議なものであろうか? まことに突然に目をあけたために、ベッドのまわりいっぱいに集まっている夢の人物たちを驚かして、彼らが闇のなかにすいと消えてしまう前にその姿を無遠慮に一瞥するような思いだ。》(短編「憑かれた心」冒頭。大橋健三郎訳)

ホーソーンはここで、はからずも、自分の創作方法の一端を語っている。ただし“一瞥”どころか、へスター・プリンのあとを執拗に追いかけて、物語を紡ぎ出す。
このヘスターが胸につけることを強いられたAの文字の緋色(四角い3インチほどの布)。それが刑罰として課せられたにもかかわらず、ヘスターを特別な女にしてゆく。


   (短編はこちらの集英社世界文学全集第17巻で読んでいる)

「税関」で何を語っているのかというと、ネタバレにならないよう抽象的ないい方をすれば《朽ち木が発する燐光のようなもの》(本書37ページ)について語っているのだ。
基本的に小説は7年間にわたる、主要登場人物たちの浮沈を追究する物語となる。
「緋文字」の刊行は1850年だが、物語の時間は1642~1649年である。ホーソーンはつまりニ百年前の出来事として「緋文字」を設定しているわけだ。
「税関」は、それを読者に納得してもらうため、なくてはならない助走路であった。

ピューリタン的な教義問答と、どう解釈したらいいのかわからない、複雑な心理の綾。
それにつきあうのに少々辟易したが、文学としては非常に純度が高い。
アメリカという国家を理解しようとしたら、複雑な南部社会と、このニューイングランドのピューリタン的な伝統をまず、念頭に置く必要があるだろう。

ホーソーンの短編集がいずれ復刊される、あるいは新訳で刊行となることを、わたしは心より希望する(^^♪



評価:☆☆☆☆
  (こういった作品に星いくつ・・・と数量化することの虚しさを堪えつつ)

※集英社世界文学全集大17巻:デュエット版。昭和45年刊。大橋健三郎さんの訳で短編13編が収めてある。
ホーソーンはこういった文学全集ではほぼ100%他の作家との抱き合わせなので、単独で1巻を占めるのは見たことがない。
ネットのない時代に、ずいぶん探したなあ。
ホーソーンの短編集は岩波文庫にかつてあった。残念ながら現在は品切れ。

八木敏雄訳「緋文字」の岩波文庫版も手許にある。巻末の解説のみ読んだが、とても役にたった。


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