真岡日記

真岡、塩原のお知らせです

家が建つ ④ ー 木槌音年改まりて空をみる

2021-01-31 13:22:55 | 随想

 地鎮祭が終わって3ヶ月が経った。本体に着工してから、土台敷き建方屋根工事外壁工事などが済み、現在内部の仕上げ工事をおこなっている。

 幸い、今年は雨や雪などもなく順調に工事も進んでいるようである。大工さんが内部の木工事などに取り組んでいる時などは、早朝7時から19時頃まで仕事をしていた。頭の下がるおもいである。

 足場も外れ、家全体が表れると足場がある時の印象とはまた、違った印象になる。2月半ばまで仕上げの工事が行われる。

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新庁舎 ー 山並みに市民の思いと春霞み

2021-01-29 14:47:56 | 日記

 例年の1月28日は、菩提寺の初不動で参拝していたが、今年は定期健診のために参拝できなかったので、翌29日に参拝に行ってきた。お札を頂いてから住職さんと1時間ほど世間話をした。

 その後、市役所への用事を思いだし市役所へ出かけた。真岡市の新しい市役所が完成し、半年あまりが経過しているが、外観は眺めていたが用事もなかったので、行ったことはなかった。フロアが広く近代的で、使い勝手も良さそうだった。

 数年前から、この時期にという批判があったが、その事は抜きにして、市民の財産であることには変わりがないので、4階まで行き、市内を見回してきた。西側は見られなかったが、東側には八溝山系の山並みと五行川、北には那須の山々と最近新装なった芳賀日赤病院が見渡せた。南には家並みがあり、真岡を一望できる市役所だった。

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井頭公園散歩 ー 会話越し梅ほころびて足軽し

2021-01-25 12:59:22 | 日記

 24日の天気予報は、関東の平野部でもということだったが、幸いにも外れて、冷たいが降るに止まった。寒いので、一日中家の中にいた。

 反して、25日はを思わせるような天候になった。早速、井頭公園を10時15分から1時ほど散歩した。総距離6.5kmだった。

 井頭公園を散策している人は、我々の年代の者を中心にかなりの人数だった。夫婦を中心に複数の集団がほとんどだったが、我々の年代の自己中心ばかりが目立つ井頭公園だった。

 複数の人数での散歩で、大声で話をしながら、散歩道を横隊で歩いたり、カメラマンごときの人が三脚で道路を占拠したりど恥ずかしい限りであった。

 これが老害というものだと自己批判した。これでは、若者への示しがつかない。

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五行川サイクリング ー 春近し水音淡く脚軽し

2021-01-23 09:23:43 | 日記

 22日 所属する会の会報を届けに自転車を駆って寺内の会員へ届けに行った。暫くぶりの自転車だったので寺内まででは、物足りなく足を延ばしたくなり、五行川のサイクリングロードを利用し筑西の道の駅を目標地に定めて出かけた。

 筑西の道の駅グランテラス筑西へは自転車で、過去に2回ほど行ったことがあるので道筋は理解していたが、風向きなどの条件が異なり、この日は、北風が吹いていたので、「往きはよいよい、帰りはこわい」だった。

 帰りには、60代の人が筑西と真岡の境界まで案内してくれた 彼の言うことによれば、筑西では、「60台の人は散歩、70代からはコタツ、80台は施設」というのが定番とのことだった。だから74歳が心配なので先導してくれるということだった。これをお節介というものだとは思うがお世話になった。

 本日のサイクリングは、往復30km、高度差64m、乗車時間2時間38分だった。

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老人のメル友 ー 起き抜けにメール手繰りて息白し

2021-01-17 19:43:20 | 随想

 コロナ禍の影響で、動きが制約された老人達から、会うこともできない昨今なのでメールで連絡を取り合おうという提案があった。

 早速、メールアドレスを交換しあい学生時代の仲間5人でメールのグループをつくった。まだグループ結成後、1週間と経過していないが、3回ほど連絡しあったが、内容は健康維持のための散歩、孫の子守などだった。

 この仲間達は、お互いに支え支えられた仲間で学生時代を楽しくしてくれた恩人達のグループである。卒業後半世紀50年ほど経過しているが、当時の個性が出ているメールで懐かしいものだった。

 

 

 

 

 

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