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実験で偶然合成した“塩化ナトリウム超水和物”は、木星や土星の氷衛星にも存在しているかもしれない

2023年03月14日 | 宇宙 space

塩化ナトリウムと水分子が結合した結晶

“塩化ナトリウム(NaCl)”は調味料として私たちに身近な物質の1つです。
その塩化ナトリウムを様々な割合で水に溶かした後、水分を蒸発させて結晶を作ると、通常であれば現れるのは塩化ナトリウムです。

でも、0.1℃未満で結晶を作る場合には“塩化ナトリウム2水和物(NaCl・2H2O)”という、塩化ナトリウムと水分子が結合した結晶が生じます。
図1.エウロパの表面には無数の筋があり、色がついて見える。これは地下から運ばれた様々な物質に由来するとみられている。そしてスペクトルデータでは、塩化ナトリウム水和物の存在を示唆しているものの、対応する物質が見つかっていないという問題があった。(Credit: NASA/JPL/Galileo)
図1.エウロパの表面には無数の筋があり、色がついて見える。これは地下から運ばれた様々な物質に由来するとみられている。そしてスペクトルデータでは、塩化ナトリウム水和物の存在を示唆しているものの、対応する物質が見つかっていないという問題があった。(Credit: NASA/JPL/Galileo)
塩化ナトリウム2水和物は、0.1度以上で水と塩化ナトリウムに分解するので、通常は見かけることはありません。
ただ、寒冷地では塩化ナトリウム2水和物が生じるような低温乾燥環境がしばしば存在します。

同じようなことは、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドスといった氷天体でもいえるので、宇宙には塩化ナトリウム水和物が多量に存在すると考えられてきました。

例えば、エウロパの表面にある多数の筋“線条”の色は、地下から運ばれた水以外の様々な物質に由来するとみられています。
 表面が3キロに及ぶ氷で覆われている木星の第2衛星エウロパ。このエウロパは木星の潮汐力を受けることで、揺れ動かされ摩擦で熱が生じ、星の内部が熱くなっている。この熱により地殻下では氷が解け液体の水が存在していて、そこには生命が存在するかもしれないと考えられている。このエウロパの表面に見られる黄色い模様は、海水の塩分の主成分で食塩としても利用されている塩化ナトリウムに由来している。地下にあると考えられている海から噴出した物質でできていると考えられている。
なので、塩化ナトリウム水和物が存在すると考えても不思議ではありません。

ところが、実際に宇宙探査機でこれらの氷天体を観測してみると、予想とは異なる結果が得られ長年の謎になることに…

観測で得られるスペクトルデータから分かってきたのは、2個よりも多い水分子を含む“水っぽい”塩化ナトリウム水和物の存在でした。

でも、これが実際に2水和物とは異なる塩化ナトリウム水和物の存在を示しているのか、それともスペクトルデータが誤っているのかは不明のままになっています。

偶然見つかった水分子の割合が多い塩化ナトリウム水和物

ワシントン大学のBaptiste Journauxさんたちの研究チームは、実験室で塩水を高圧にかける実験を行っていました。

塩化ナトリウムを含んだ水である塩水は、通常の環境でも凍る温度“凍結点”が低くなります。

この作用は融雪剤などで応用されていますが、凍る温度は圧力でも変化します。

研究チームは当初、高圧下で塩水の凍る温度がどう変化するかを調べるために、この実験を行っていました。
図2、今回合成された塩化ナトリウム超水和物の1つ、“NaCl・8.5H2O”の結晶。合成には高圧を必要とするが、低温であれば大気圧まで減圧しても安定して存在する。(Credit: Journaux et al./PNAS)
図2、今回合成された塩化ナトリウム超水和物の1つ、“NaCl・8.5H2O”の結晶。合成には高圧を必要とするが、低温であれば大気圧まで減圧しても安定して存在する。(Credit: Journaux et al./PNAS)
でも、予想とは異なり、大気圧の2万5000倍もの高圧下で氷ではなく、塩化ナトリウム水和物の結晶が生じたことに研究チームは驚くことになります。

さらに、得られた結晶の構造と成分を調べてみると、これまで知られていなかった塩化ナトリウム水和物の存在が明らかになったんですねー
このことは、150年ぶりに水と塩化ナトリウムの混合物の相図を書き換える発見になりました。
図3、塩化ナトリウム水和物の結晶構造。従来知られていた塩化ナトリウム水和物は1種類だけであった(左)。今回偶然にも、新たに2種類の塩化ナトリウム超水和物が発見された(中および右)。(Credit: Baptiste Journaux/University of Washington)
図3、塩化ナトリウム水和物の結晶構造。従来知られていた塩化ナトリウム水和物は1種類だけであった(左)。今回偶然にも、新たに2種類の塩化ナトリウム超水和物が発見された(中および右)。(Credit: Baptiste Journaux/University of Washington)
この結晶は、“塩化ナトリウム超水和物(hyperhydrated sodium chloride)”と呼ばれ、2種類の化学成分があることも分かりました。

1つは“NaCl・8.5H2O(塩化ナトリウム8.5水和物)”、もう1つは“NaCl・13H2O(塩化ナトリウム13水和物)”です。

どちらも塩化ナトリウム2水和物と比較して水分子の割合が多いので、氷天体で見つかった“水っぽい”塩化ナトリウム水和物に対応する可能性があります。

氷天体の地殻内部は高圧であり、実験室で生み出した高圧環境とも一致します。

この結果は予想外の発見であり、条件面の探索が進んでいない中で偶然に見つかったもの。
実験条件を変えれば、さらに異なる塩化ナトリウム超水和物が見つかる可能性もあります。

また、2つの塩化ナトリウム超水和物のうち“NaCl・8.5H2O”の方は、実験的には約-50度以下、理論的には-38度以下であれば、大気圧まで減圧しても安定して存在することが示されました。

つまり、氷天体の表面のみならず、地球でも塩化ナトリウム超水和物が存在する可能性があるということになります。

例えば、南極大陸の分厚い氷床の内部には、非常に塩分濃度の高い塩湖が存在していることが知られています。

塩湖の底で塩化ナトリウム超水和物が生成されていれば、氷床の表面に運ばれたものが存在する可能性もあります。

それでは、今回発見された塩化ナトリウム超水和物は、氷天体を含む自然界にも存在するのでしょうか?
このことは、現時点ではまだ確定できていません。

そのためには、宇宙探査機による詳細な観測と、実験室でより大きな結晶を生成するという両方のアプローチを通して、データの精度を上げる作業が必要になります。


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