宇宙のはなしと、ときどきツーリング

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超大質量ブラックホールから噴き出すジェットの粒子。X線で観測してみると一部は光速に近い速度で遠ざかっていた

2020年01月29日 | ブラックホール
巨大楕円銀河M87の中心に存在する超大質量ブラックホール。
そこから噴出するジェットがX線で観測されたんですねー
なんと、ジェットから噴出する粒子の運動速度は光速の99%以上もあり、見掛け上の速度は最大で光速を約6倍も超えているようです。


ブラックホールから噴き出すジェット

おとめ座の方向約5500万光年の彼方には巨大楕円銀河M87があります。
昨年の4月のこと、M87の中心に存在する超大質量ブラックホールの影“ブラックホールシャドウ”が史上初めて撮像されたことが発表され、大きな話題になりました。
ハワイや南米、南極などに設置された電波望遠鏡が協力する国際プロジェクト“イベント・ホライズン・テレスコープ”が撮影したM87の中心ブラックホールの影。ハワイの創世神話“クムリポ”にちなんで“ポヴェヒ(装飾が施された深遠な暗い創造物の意味)”という名前が付けられた。
ハワイや南米、南極などに設置された電波望遠鏡が協力する国際プロジェクト“イベント・ホライズン・テレスコープ”が撮影したM87の中心ブラックホールの影。
ハワイの創世神話“クムリポ”にちなんで“ポヴェヒ(装飾が施された深遠な暗い創造物の意味)”という名前が付けられた。
M87の中心ブラックホールの質量は太陽の65億倍もあり、その重力で集められたガスやチリが周りを回ることで円盤状の構造“降着円盤”を形成しています。

その物質の一部が“降着円盤”からブラックホールへと落ち込むと、磁力線に沿ってブラックホールから細長いジェットとなって噴出。この長く伸びたジェットは以前から様々な電磁波で観測されてきました。

今回の研究では、アメリカ・ハーバード・スミソニアン天体物理センターのチームが、NASAのX線天文衛星“チャンドラ”を用いてこのジェットを繰り返し観測。

すると、2012年と2017年の観測データから奇妙な現象が見つかるんですねー
それは、ジェットの中の一部分がブラックホールから遠ざかるように移動している様子でした。
M87のブラックホールから噴出するジェットのX線画像。右下は2012年と2017年の5年間でジェットの一部が移動し暗くなっている様子を示したもの。画像をクリックすると右下部分のみを補助線付きで拡大表示する。
M87のブラックホールから噴出するジェットのX線画像。
右下は2012年と2017年の5年間でジェットの一部が移動し暗くなっている様子を示したもの。
画像をクリックすると右下部分のみを補助線付きで拡大表示する。


ジェットの中の一部は光速に近い速度で移動している

詳しく調べてみて分かったのは、ブラックホールから900光年離れた塊は見かけ上の速度が光速の6.3倍、2500光年離れた塊は2.4倍で運動していること。

これは“超光速運動”と呼ばれる現象で、物質がこちら向きに、光速に近い速度で移動する際に見られるものでした。

また、900光年離れた塊からのX線が5年間で約70%も弱くなっていることも分かります。

“超光速運動”はこれまでにも電波や可視光線で観測されていました。

この運動がX線で観測されたことや、塊からのX線が弱くなっていることは、間違いなくジェットを構成する粒子そのものが光速の99%以上で移動していることを示す重要な成果になるようです。

X線が弱く暗くなった理由は、粒子が磁場の周りで回転運動することでエネルギーを失ったためだと考えられています。

今回の研究で得られたのは、M87から噴き出すジェットの粒子が光速に近い速度で移動していることを示す、これまでで最も強力な証拠になります。

“チャンドラ”が観測したジェットの全長は1万8000光年にも及び、“ブラックホールシャドウ”よりもはるかに大きい範囲のものです。

さらに、“チャンドラ”が見ているのは数百年から数千年前にブラックホールから噴き出したジェットの中の物質であり、これは“ブラックホールシャドウ”が見せた観測当時のブラックホールの姿の、はるか昔の様子を知る手掛かりを与えてくれるものでもあります。

大きな話題となった“ブラックホールシャドウ”の観測、これを補うという点でも“チャンドラ”の観測は重要な成果になるようです。


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宇宙の年齢や構造を理解するうえで重要! 宇宙の膨張率は重力レンズ効果を観測することで高い精度の値が得られるようです

2020年01月24日 | 宇宙 space
重力レンズ効果の影響を受けたクエーサーの観測により、宇宙の膨張率が高い精度で求められたんですねー
その値は初期宇宙の観測から得られる膨張率に比べ、局所宇宙の膨張率が予想以上に速いことを示唆することに…
2つの値の間に見られる矛盾を説明するには、新たな物理が必要になるようですよ。


宇宙の膨張率を表す“ハッブル定数”の値

宇宙は誕生してから膨張し続けています。
その膨張率は“ハッブル定数”と呼ばれ、宇宙の年齢や構造を理解するうえで重要なパラメーターになるんですねー

ただ、定数とは言っても、複数の手法によって導かれた値には食い違いが見られているので、正確な値を調べたり違いの原因を探ったりする研究が進められています。

今回の研究を進めているのは、ドイツ・マックス・プランク物理学研究所と台湾中央研究院天文及び天体物理研究所のチーム“HOLiCOW”。
ハッブル定数の値を調べるため、ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡を用いて、約30億光年から65億光年彼方に位置する6個のクエーサーを観測しています。
  クエーサーは銀河中心のブラックホールに物質が落ち込むことで輝いていて、遠方にあるにもかかわらず明るく見える天体。
ハッブル宇宙望遠鏡とケック望遠鏡で撮影された、重力レンズ効果の影響を受けた6つのクエーサー
ハッブル宇宙望遠鏡とケック望遠鏡で撮影された、重力レンズ効果の影響を受けた6つのクエーサー


重力レンズ効果

ある天体の重力がレンズのような役割を果たして、より遠方の天体からの光を曲げたり、増幅したりする現象を“重力レンズ効果”といいます。

たとえば、遠方のクエーサーの手前に大質量の銀河があると、銀河がレンズ源として働き、背景のクエーサーの像が複数に分かれたり、アーク状に引き伸ばされたりします。

一般にレンズとなる銀河は、完全に球形の歪みを生み出すことはできず、またレンズとなった銀河とクエーサーとは完全に一直線には並びません。

なので、背景のクエーサーの複数の像から届く光は、それぞれわずかに異なる距離の経路を辿ることになるんですねー

そして、クエーサーの輝きが時間によって変化すると、異なる像が異なる時刻に明滅する様子を見ることになり、その時間の遅れは光がやってくる経路の長さに依存することになります。

この遅れは宇宙の膨張率を表す“ハッブル定数”の値と直接的に関係していて、複数の像の間での時間的遅れを正確に測ることで、高い精度で“ハッブル定数”を確かめることができます。


より精度が高い“ハッブル定数”を得る研究

今回観測された6個のクエーサーの手前(地球とクエーサーとの間)にはそれぞれ別の銀河が存在していて、その銀河による“重力レンズ効果”を受けてクエーサーからの光は複数の像に分かれて見えていました。

各像からの光はわずかに異なる経路をたどって地球に到達しているので、光が到達するタイミングも異なっています。

この時間差は経路の差を反映し、経路の差はレンズ源となる銀河の物質分布やクエーサーと銀河それぞれの距離に依存しているので、時間差からは天体までの距離を推定することができます。

こうして得られた距離と、赤方偏移の観測から得られる銀河の後退速度との関係から、研究チームが導き出した“ハッブル定数”の値は73㎞/s/Mpc。
  膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。

これは、銀河が地球から1Mpc(約326万光年)遠くなるごとに、宇宙の膨張に伴って銀河が遠ざかっていく速度が秒速73kmずつ大きくなることを意味します。

研究チームでは3年前にも同様の手法で“ハッブル定数”を導き出していました。
でも、より精度が高い値が得られたのが今回の研究でした。

この値は、変光星や超新星の観測をもとにした研究成果の1つである74km/s/Mpcには近いもの。
でも、ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”による宇宙背景放射の観測から導かれた67km/s/Mpcと比べると大きいものでした。

今回の研究は、地球から比較的近い宇宙の観測データから“現在の宇宙の膨張率”を導いたものでした。
でも、“プランク”の結果は誕生から約38万年後の宇宙の観測から導いた“現在の宇宙の膨張率”です。

本来は、どちらの求め方でも同じ値が得られるはず… でも、そうなっていないんですねー

今回の結果から分かってきたのは、両者の間に偶然や誤差ではない食い違いが存在すること。
この可能性が3年前の研究よりもさらに高まったことになります。
2つの値の間に見られる矛盾を説明するには、新たな物理が必要になるようですよ。


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NASAの系外惑星探査衛星“TESS”が、初めてハビタブルゾーンに位置する地球サイズの惑星を発見!

2020年01月18日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
系外惑星探査衛星“TESS”が、100光年彼方の恒星の周りに3つの惑星を発見しました。
そのうちの1つはハビタブルゾーンに位置する地球サイズの惑星とみられ、このタイプの惑星発見は“TESS”としては初めてになるそうです。
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“ケプラー”に代わる系外惑星探査衛星“TESS”

太陽系の近くにある地球サイズの惑星を発見することを主な目的とする系外惑星探査衛星。
それが2018年4月に打ち上げられたNASAの“TESS”です。
  “TESS”が狙うのは、地球からおよそ300光年以内にあり、恒星の明るさによって大気が照らされている惑星。調査する恒星の多くはM型矮星という銀河系に最も多いタイプで、私たちの太陽よりも小さくて暗い恒星です。

“TESS”は、地球から見て系外惑星が主星の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探る“トランジット法”という手法により惑星を発見し、その性質を明らかにします。

今回、“TESS”の観測データから惑星を見つけたのはハーバード・スミソニアン天体物理学センターの研究チームでした。
かじき座の方向約100光年彼方に位置する13等級の恒星“TOI 700”の周りに、3つの惑星を発見しています。


主星からの距離が程良く惑星の表面に液体の水が存在できる領域

“TOI 700”は大きさと質量が太陽の4割ほどのM型矮星で、表面温度は約3500Kほどなので恒星として低温な部類になります。

今回発見された中でもっとも内側の惑星は、地球とほぼ同じサイズの岩石惑星とみられていて公転周期は10日。
真ん中の惑星は公転周期が16日ほどで、地球の2.6倍ほど大きいガス惑星だと考えられています。

そして今回の発見で最も興味深いのが、いちばん外側を公転している惑星“TOI 700 d”。
地球の約1.2倍の大きさの岩石惑星で、主星の周りを37日周期で公転しているようです。

主星から“TOI 700 d”までの距離は約2400万キロ。
この距離は太陽から地球の約6分の1になるので、“TOI 700 d”は主星に近い軌道を公転していることになります。

ただ、主星が太陽より暗いこの惑星系では、この距離はハビタブルゾーンに当たるんですねー
  “ハビタブルゾーン”とは、主星(恒星)からの距離が程良く惑星の表面に液体の水が存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。

ハビタブルゾーンに存在する地球サイズの惑星は、これまでも発見されていて“TRAPPIST-1”などいくつかあります。
でも、“TESS”の観測による発見は今回が初めてのことでした。
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ハビタブルゾーン(緑色)と3つの系外惑星を示したイラスト。
“TOI 700 d”が主星から受けるエネルギーの量は、地球が太陽から受ける量の86%に相当する。
惑星の大きさや位置の確認には、赤外線天文衛星“スピッツァー”も用いられた。


どのような環境を持った惑星なのか

“TOI 700 d”は、単にハビタブルゾーンに位置しているというだけではありません。
11か月間の観測中に主星のフレア(表面爆発)が見られなかったので、この惑星には生命に適した環境が存在しうると考えることができるんですねー

これまでに得られているデータをもとに、研究者たちが作り上げたのは20通りの“TOI 700 d”のモデルでした。
その中には海に覆われ濃い二酸化炭素の大気を持つような惑星も含まれています。

まだ、“TOI 700 d”の実際の環境がどうなっているのかは分かっていません。
でも、今後の観測で惑星に関する新たな情報が得られれば、どのモデルがより正しいのかが分かってくるはずです。

太陽よりも小さくて暗い主星の近くを回っている液体の水が存在できる惑星。

この惑星はどのような環境を持っているのでしょうか? 生命は存在しているのでしょうか?
いずれにせよ、地球とは全く異なっているはず… 想像するとワクワクしますね。
NASAの系外惑星探査衛星“TESS”が、初めてハビタブルゾーンに位置する地球サイズの惑星を発見!


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なぜデブリ円盤内にガスが存在しているのか? 若い惑星系に大量の炭素原子ガスを発見

2020年01月13日 | 星が生まれる場所 “原始惑星系円盤”
誕生から約4000万年の恒星の周囲を取り巻くガスとチリの円盤内。
ここに、大量の炭素原子ガスが検出されました。
これまでの理論では、惑星が形成されるとガスは散逸してなくなっているはず…
理論の再検討が必要なのかもしれません。


惑星系の形成

生まれたばかりの星(原始星)の周りには大量のガスやチリが存在し、それらは原始星の重力にひかれて落下していきます。

同時に、原始星の周りではガスとチリからなる円盤“原始惑星系円盤”が成長。
その円盤内でチリが合体を繰り返して惑星が作られていきます。
  原始惑星系円盤とは、誕生したばかりの恒星の周りに広がるガスやチリからなる円盤状の構造。
  恒星の形成や、円盤の中で誕生する惑星の研究対象とされている。


そして、最終的には円盤のガス成分が消失して、惑星系の形成が完了すると考えられています。

形成されたばかりの惑星系では、惑星形成過程で残ったチリや岩石同士の衝突でまり散らされたチリが円盤状に漂うことになります。

これはデブリ円盤と呼ばれ、惑星系の形成が最終段階に達したことを意味しています。


デブリ円盤内に発見されたガス

これまで、デブリ円盤にはガス成分は存在しないと考えられていました。
でも近年、デブリ円盤にガスが発見され始めているんですねー

例えば、地球から186光年の距離に位置する“くじら座49番星”では、2017年にデブリ円盤内に炭素原子ガスが世界で初めて検出されています。

ただ、“くじら座49番星”の年齢の見積もりは約4000万歳。
これは標準的な惑星形成論ではすでに惑星形成が完了してガスが散逸している段階に当たります。

この謎を解くため、アルマ望遠鏡を用いた観測を進めているのが国立天文台の研究チームです。
“くじら座49番星”のデブリ円盤内のガスの分布や量を調査して、ガスが残存している原因やその起源についての研究を行っています。

その結果明らかになったのは、デブリ円盤内で最も豊富に存在する分子である一酸化炭素よりも、炭素原子の方が広く分布していること。
さらに、炭素原子の希少同位体である13Cのサブミリ波輝線も世界で初めて検出しています。


電波強度からデブリ円盤内のガス密度を計算してみると…

13Cは通常の12Cの1%程度しかなく、13Cの輝線はこれまでどんな天体からも観測されたことがありませんでした。
なので、デブリ円盤のような、ガスが少ないと考えられている環境で検出されたことは大変な驚きだったんですねー
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くじら座49番星のデブリ円盤の疑似カラー画像。
(青)炭素原子ガス、(緑)一酸化炭素分子ガス、(赤)チリの分布を表している。
左は合成画像、右は成分ごとの画像。
13Cからの電波の検出が示唆しているのは、通常の12Cがこれまでの推測よりも大量に円盤内に存在すること。
一般的な環境では、豊富にある12Cが放つ電波は、希少な13Cが放つ電波より100倍以上強いはず。

でも、今回12Cの電波強度は13Cの電波強度より12倍強い程度にとどまっていました。

このことは何を示しているのでしょうか?
それは、デブリ円盤内に12Cが大量にあり、12Cが放つ電波の一部が12C自身によって吸収されていることです。

つまり、12Cの電波強度から求められていた従来のガスの質量は、実際よりも少ない値になっていたことになります。

はじめは12Cによる吸収がないと仮定して電波強度からデブリ円盤のガス密度などを計算しようとしていました。
でも、この方法だと、どうしても観測結果と合致しないんですねー

電波を吸収するほど12Cが大量に存在しているというのは、全く予想外なことでした。


なぜデブリ円盤内にガスが存在しているのか

計算の結果、“くじら座49番星”のデブリ円盤に含まれる炭素原子ガスは、これまで考えられていた量の10倍以上存在することが明らかになります。

これは、より若い星の周りで盛んに惑星形成が進んでいる段階の“原始惑星系円盤”のガスの量に匹敵するものでした。

それでは、なぜデブリ円盤内にガスが存在しているのでしょうか?

考えられている説は2つ。
惑星系のもとになったガスが残存しているという“残存説”と、原始惑星系円盤のガスが一度消失した後にチリや微惑星の衝突によってガスが新たに供給されているという“供給説”です。

今回の観測結果を“残存説”で説明しようとすると、若い原始惑星系円盤から十分に進化したデブリ円盤でも長時間散逸せずにガスが残っていることになります。
でも、これを実現するシナリオはまだ提唱されていません。

一方、“供給説”だとしても、デブリ円盤に含まれるチリからこれほど大量のガスが供給できるメカニズムは知られていません。

いずれにせよ、今回の研究成果が示しているのは、原始惑星系円盤内で惑星が形成されるとガス成分はすぐに散逸してしまう っという従来の理論モデルを大きく覆すものになります。

ガスが長期にわたって存在できるのであれば、木星のような巨大惑星が作られやすい環境が持続する可能性も出てきます。
そうなれば、惑星形成過程全体の理論研究に大きな一石を投じることになりますね。
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くじら座49番星のデブリ円盤(イメージ図)。
星を取り巻くチリ円盤があり、その周りを大量のガスが取り囲んでいる。


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目指すは2021年の初打ち上げ! 小型スペースシャトル“ドリームチェイサー”の挑戦

2020年01月08日 | 宇宙へ!(民間企業の挑戦)
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シエラ・ネバダ社が開発を進めている有人宇宙船が“ドリーム・チェイサー”です。
小さいながらも翼を持っていて、スペースシャトルのように宇宙から滑走路に着陸し、何度も再使用できる有翼宇宙往還機。
2021年には、貨物輸送用の無人“ドリーム・チェイサー”の初打ち上げが行われるようです。


小型スペースシャトル“ドリーム・チェイサー”

“ドリーム・チェイサー”はシエラ・ネバダ社が開発している有翼宇宙往還機。
スペースシャトルのような翼を持ち、地球と宇宙を往復飛行でき、さらに15回以上の再使用ができる能力を持った小型シャトルです。

製造はロッキード・マーティンが担当し、社内にある特別開発チーム“スカンク・ワークス”が培ってきた技術が、活用されるそうです。

全長は約9メートル、翼の長さは約7メートルで、スペースシャトルの4分の1ほどという小ささ。
翼は空母艦載機のように折りたたむことができ、既存のロケットのフェアリングの中に収められて打ち上げられます。
有人宇宙船版の“ドリーム・チェイサー”はアトラスVロケットの先端にむき出しの状態で搭載される設計だった。

帰還時には翼を広げ、スペースシャトルが着陸していたケネディ宇宙センターのシャトル着陸施設(滑走路)に着陸することになります。
“ドリーム・チェイサー・カーゴ・システム”のイメージ図。(Credit: SNC)
“ドリーム・チェイサー・カーゴ・システム”のイメージ図。(Credit: SNC)
現在開発が進んでいるのは、“ドリーム・チェイサー・カーゴ・システム”と呼ばれる無人の補給船。
シャトル型の機体の後部には“カーゴ・モジュール”を持っていて、機体と“カーゴ・モジュール”を合わせると与圧物資を約5000キロ、非与圧物資を約500キロ、合計で約5500キロの物資を国際宇宙ステーションに運ぶことができます。

また、シャトル型の機体を活かして、約1750キロの物資を国際宇宙ステーションから地球に持ち帰ることもできます。

特に注目すべき点は、“ドリーム・チェイサー”は翼を使って大気圏内を滑空飛行し、滑走路に着陸することができること。
これにより、搭載物にかかる加速度は1.5Gと小さくなるので、壊れやすい物資なども安全に持ち帰ることができるんですねー
さらに、着陸後すぐに持ち帰った物資を取り出せるという特徴も持っています。

もちろん、国際宇宙ステーションからの物資回収は、スペースX社の“ドラゴン”補給船でも行えます。
でも、“ドラゴン”補給船はカプセル型なので加速度が大きく、また海に着水するため、“ドリーム・チェイサー”のこうした特徴は唯一無二のものになります。

なお、“カーゴ・モジュール”は使い捨てで、帰還時には国際宇宙ステーションで発生したゴミなどを搭載。
シャトルとの分離後には地球の大気圏に再突入し、ゴミと共に燃え尽きることになります。


有人宇宙船から無人補給船へ

国際宇宙ステーションへの物資輸送を行うため開発が進められている“ドリーム・チェイサー”。
もともとはNASAの「民間企業による有人宇宙船の実用化を支援」計画の下で、開発が進められていた宇宙船のひとつでした。

カプセル型宇宙船になるスペースX社の“ドラゴンV2”やボーイング社の“CST-100”とは異なり、スペースシャトルに似たリフティング・ボディを持つ“ドリーム・チェイサー”。
ベースになったのは、かつてNASAのラングレー研究所が国際宇宙ステーションからの緊急帰還用として開発を進めていた、“HL-20”という宇宙船でした。
“ドリーム・チェイサー”のイメージ図。(Credit: SNC)
“ドリーム・チェイサー”のイメージ図。(Credit: SNC)
“ドリーム・チェイサー”の源流は、1960年代のソ連で開発されていた実験機“BOR”にまでさかのぼることができます。
1986年になり、“BOR”とNASAなどがかねてより研究していた、胴体そのものが揚力を生む“リフティング・ボディ”機との融合が図られ、国際宇宙ステーションの脱出艇“HL-20”の開発を開始。
でも、1990年には資金難により開発は中止… 以来、“HL-20”の存在は長らく忘れ去られることになります。

2005年になり、スペースデブ社というベンチャー企業が“HL-20”の研究成果や試験機などを受け継ぎ“ドリーム・チェイサー”としてよみがえり、2008年にはスペースデブ社をシエラ・ネバダ社が買収して現在に至っています

このような経緯から分かるように、もともと“ドリーム・チェイサー”は有人宇宙船として開発されていて、シエラ・ネバダ社も当初は国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士の輸送用としてNASAに売り込んでいました。

地球低軌道まで7人の乗員が輸送でき、滑走路へ着陸できる上に、再使用も可能。
そして輸送能力の高さからも“ドリーム・チェイサー”は注目されていました。

実際にNASAからの発注が行われるまでには、ラウンド形式でいくつかの審査が行われています。
その最終候補まで残った“ドリーム・チェイサー”ですが、最終的にNASAがこの計画で選んだのはボーイング社とスペースX社。
ここで、小型のスペースシャトルが宇宙へ行くチャンスは途切れてしまうことに…

でも、シエラ・ネバダ社は諦めていませんでした。
“ドリーム・チェイサー”を貨物専用にした“ドリーム・チェイサー・カーゴ・システム”を発表するんですねー

この機体で、NASAによる国際宇宙ステーションへの貨物輸送を民間に委託する計画“商業輸送サービス2”の契約獲得を狙い、2016年見事に勝ち取ることになります。

一方、開発はやや遅れていて、2013年に実施されたヘリコプターを使った滑空試験飛行では着陸に失敗。
2013年10月の試験飛行では、順調に滑空飛行していたが左側の車輪が出ず着陸には失敗。左側の翼を擦る形で着陸している。2017年11月に実施された滑空試験飛行に成功している。
その後、設計が二転三転するなどして、当初2019年の打ち上げ予定が、2021年までズレています。
2017年11月に行われた2度目の滑空試験飛行。“ドリーム・チェイサー”はエドワーズ空軍基地滑走路22Lへの着陸を成功させている。(Credit: SNC)
2017年11月に行われた2度目の滑空試験飛行。“ドリーム・チェイサー”はエドワーズ空軍基地滑走路22Lへの着陸を成功させている。(Credit: SNC)


2021年の初打ち上げはULAの新型ロケット“ヴァルカン”

“商業輸送サービス2”の実施業者の一社として選ばれたシエラ・ネバダ社。
2019年以降から2024年にかけて、“ドリーム・チェイサー”を使い最低6回の補給ミッションを行うことが決まっています。

今回の発表によると、“ドリーム・チェイサー”は製造を今年後半に完了し、2021年には初打ち上げに向けて準備を進めることに。
なお、シエラ・ネバダ社では有人機版“ドリーム・チェイサー”の開発も継続していて、補給機版の実績や、今後の需要の変化などによって、宇宙飛行士を乗せて飛ぶ可能性もあるそうです。

一方、シエラ・ネバダ社はロケットを持っていません。
なので、打ち上げは他社に発注する必要があり、欧州や日本のJAXAのロケットも候補に挙がっていました。
シエラ・ネバダ社では、“ドリーム・チェイサー”は様々なロケットに搭載できる高い互換性があるとし、複数のロケットが候補に挙がっていた。スペースX社のファルコン9、欧州のアリアン5やアリアン6、日本のH2BやH3といったロケットにも搭載可能としている。

最終的に“ドリーム・チェイサー”の打ち上げは、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の次期ロケット“ヴァルカン”に決定。“ヴァルカン”は現在運用中のアトラスVやデルタIVの後継機になります。

“ヴァルカン”が選ばれた理由は、“ドリーム・チェイサー”計画における協力関係があったこと、そしてアトラスVやデルタIVが高い打ち上げ成功率やオンタイム打ち上げ率を持つなど、実績が豊富なことでした。
ユナイテッド・ローンチ・アライアンスは、ロッキード・マーティン社とボーイング社の合弁事業で、“ドリーム・チェイサー”の製造はロッキード・マーティン社が担当している。

打ち上げはケネディ宇宙センターから実施される予定で、“ヴァルカン”の開発が間に合わなかった場合にはアトラスVロケットを用いることになります。
“ドリーム・チェイサー”を搭載した“ヴァルカン・ロケット”のイメージ図。(Credit: SNC/ULA)
“ドリーム・チェイサー”を搭載した“ヴァルカン・ロケット”のイメージ図。(Credit: SNC/ULA)
“ヴァルカン”の初打ち上げは2021年の予定で、“ドリーム・チェイサー”が搭載されるのは2回目の打ち上げ。
NASAとの契約で定められている計6回の補給ミッションの打ち上げ全てを“ヴァルカン”が担うことになります。
(画像)
打ち上げ後の“ドリーム・チェイサー”は、滑空によりケネディ宇宙センターへ戻り着陸する予定です。

現在、シエラ・ネバダ社は“ドリーム・チェイサー”に合体させる4.6メートルのカーゴモジュール“シューティング・スター”や、8.2メートルの膨張モジュール“LIFE(Large Inflatable Fabric Environment)”の開発も進めているようです。

国際宇宙ステーションの緊急脱出艇から有人宇宙船を経て、無人補給船となって宇宙へ飛び立つことになった“ドリーム・チェイサー”。
運用までには、大気圏再突入や国際宇宙ステーションとのドッキングなど、まだまだ試験や開発が続くことになります。


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