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すばる望遠鏡による観測で銀河団を結ぶダークマターの“糸”を初検出

2024年02月27日 | ダークマターとダークエネルギー
かみのけ座銀河団から数百万光年にわたって伸びるダークマターの様子が、すばる望遠鏡によってとらえられました。

宇宙の大規模構造を形作るダークマターの網の目状の分布が、これほどの規模で検出されたのは、今回が初めてのこと。
宇宙の標準理論を検証する上で、このことは重要な観測成果になるはずです。
この研究は、韓国・延世大学のJames Jeeさんたちの研究チームが進めています。
本研究は、英国の科学誌“ネイチャー・アストロノミー”に2024年1月5日付で掲載されました。
HyeongHan et al. "Weak-lensing detection of intracluster filaments in the Coma cluster"
本研究は、国立天文台 天文データセンターが運用するサイエンスアーカイブ“SMOKA”が提供するデータを利用したものです。
図1.宇宙の大規模構造のシミュレーション。ダークマターはこの図のように網目状に分布すると考えられている。ダークマターの“糸(フィラメント)”が何本も交わる“節”の部分には銀河団が形成される。(Credit: Millenium Simulation)
図1.宇宙の大規模構造のシミュレーション。ダークマターはこの図のように網目状に分布すると考えられている。ダークマターの“糸(フィラメント)”が何本も交わる“節”の部分には銀河団が形成される。(Credit: Millenium Simulation)


ダークマターはどのように存在しているのか?

宇宙は正体不明の“ダークマター(26.8%)”と“ダークエネルギー(68.3%)”で満たされていて、身近な物質である“バリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)”は、宇宙の中にわずか4.9%しか存在しないことが分かってきています。

観測可能な“宇宙の地平線”までの範囲内(直径およそ940億光年)には、およそ2兆個の銀河があると推定されていて、それぞれの銀河には平均すれば1000億の星があるとされています。

そこに、星間ガスや星間チリなども含めると、通常物質だけでもとてつもない量に思えますが、それでも全体からするとたったの4.9%でしかなく、残りのおよそ95%は電磁波による観測ができないので、今もってその正体は分かっていません。

それでは、ダークマターはどのように存在しているのでしょうか?

宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた“原始ゆらぎ”がもとになり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長していくと考えられています。

“原始ゆらぎ”は、生成直後は非常に小さいものですが、重力不安定によって増幅され、非一様性を成長させていきます。

つまり、より小さな領域のゆらぎが重力の引力で成長し、ダークマターが密集した塊“ダークマターハロー”の領域を作り、ダークマターハローが何度も衝突・合体を繰り返すことで成長していきます。

そのダークマターハローの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられています。

宇宙の大規模構造では、銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在しています。

一般的に通常の物質は(衛星や惑星など)、ある程度以上の質量を持つサイズになると、丸くなります(液体の場合、微小重力環境なら小さくても丸くなる)。

でも、ダークマターの場合は、銀河や銀河団が網の目構造を形成している“宇宙の大規模構造”の“骨格”になっていると考えられていて、細長い糸状の“コズミックウェブ”の形で存在していると考えられています。(図1)

ただ、ダークマターは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質です。
このため、実際にダークマターそのものが糸状となっているのかが、確かめられた訳ではありません。

ダークマターの強い重力によって集積した通常物質が網目構造を作っていることで、間接的な証拠とされています。


ダークマターの構造を検出する

今回、延世大学の研究チームは、銀河団同士をつなぐダークマターの糸(フィラメント)の検出を試みています。
そこで着目したのが、かみのけ座銀河団でした。

かみのけ座銀河団は、私たちから最も近い大規模な銀河団の一つ。
地球から約3.2光年彼方に位置する“かみのけ座銀河団”は、1000個以上の銀河が密集している大きな銀河団で、しし座銀河団と共に、かみのけ座超銀河団を構成しています。
薄く広がったダークマターの構造を検出するのに、うってつけの観測対象でした。

唯一の問題は、見かけの広がりが大きいので、研究に必要な領域を十分にカバーできる望遠鏡がほとんどないことです。
そこで、今回の研究で用いられたのは、ハワイのマウナケア山に設置された“すばる望遠鏡”でした。

すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”(※1)は、高感度、高解像度、そして広視野の組み合わせによって、銀河団から伸びるダークマターの姿を初めてとらえることに貢献しています。(図2)
※1.“HSC(Hyper Suprime-Cam:ハイパー・シュプリーム・カム)”は、すばる望遠鏡に搭載されている超広視野主焦点カメラ。満月9個分の広さの天域を一度に撮影でき、独自に開発した116個のCCD素子により計8億7000万画素を持つ。まさに巨大な超広視野デジタルカメラといえる。
今回の研究では、“HSC”で撮影された銀河の形状が、ダークマターの存在によってごくわずかに歪められる“弱重力レンズ効果”(※2)を精密に測定し、ダークマターの分布が調べらています。
※2.弱重力レンズ効果は、遠方の銀河から放たれた光が、手前にある銀河団など強い重力場を持つ領域を通過する際に光路が曲げられることで、遠方銀河がゆがんだり増光されて見える現象(重力レンズ効果)のうち、その程度が比較的小さいもの。ダークマターの分布は、弱重力レンズ効果を利用して求めることができる。
銀河団の中心部(画像中央)から、ダークマターが放射状に延びる様子がとらえられています。(図2)

その結果、数百万光年にもわたって伸びているダークマターは、この構造がコズミックウェブの一部であることを明確に示していました。
図2.かみのけ座銀河団の領域で検出されたダークマターの分布(緑色)。背景は、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”で撮影した画像。研究チームは、“HSC”で撮られた銀河の形がダークマターの存在によってごくわずかに歪められる影響(弱重力レンズ効果)を精密測定して、ダークマターの分布を調べている。銀河団の中心部(画像中央)からダークマターが放射状に延びる様子がとらえられている。(Credit: HyeongHan et al.)
図2.かみのけ座銀河団の領域で検出されたダークマターの分布(緑色)。背景は、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”で撮影した画像。研究チームは、“HSC”で撮られた銀河の形がダークマターの存在によってごくわずかに歪められる影響(弱重力レンズ効果)を精密測定して、ダークマターの分布を調べている。銀河団の中心部(画像中央)からダークマターが放射状に延びる様子がとらえられている。(Credit: HyeongHan et al.)
今回の研究は、現在広く受け入れられている宇宙の構造形成理論(標準理論)を検証する上で、重要な証拠になるそうです。

近年、異なる観測手法で得られる標準理論のパラメーター値に食い違いがあるという指摘がなされ、私たちの宇宙の理解への課題となっています。
天文学者たちはこのことを解明するために、基本的な仮定を一つ一つ注意深く再評価しているところです。

今回の発見も、そのような試みの一つになるそうです。


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ブラックホールが活動性を高めるのに必要なダークマターハローの質量を測定! 130億年前の時代から質量は変化していない

2023年10月31日 | ダークマターとダークエネルギー
東京大学と愛媛大学は、約130億年前の初期宇宙におけるクエーサーの分布を調べ、ダークマターの塊である“ダークマターハロー”の質量を初めて測定することに成功したことを発表しました。

130億年前の時代から、ブラックホールが活動性を高めるために必要なダークマターハローの質量が、一定であることを発見。
そして、ブラックホールが活動的になる普遍的なメカニズムが存在する可能性が示唆されたことも、併せて発表しています。
この成果は、東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻の有田淳也大学院生、同・柏川伸成教授、愛媛大学の松岡良樹淳教授たちの共同研究チームによるものです。
詳細は、米天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に掲載されています。

ダークマターハローの質量

ビッグバンから間もない頃、ダークマター(※1)はほぼ一様に宇宙に広がっていたとされています。
※1.ダークマターは暗黒物質とも呼ばれ、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質。
その後、宇宙初期の急加速膨張であるインフレーションの際に生じた密度ゆらぎがもとになり、わずかな密度差から濃い部分に次々と集積してダークマターハローを形成。
さらに、ダークマターハローがその重力によって物質を集めるきっかけとなり、通常物質が集められ星や銀河が誕生したと考えられています。

そうしてできた大半の銀河の中心には、大質量ブラックホールが存在するとされています。

活動的な銀河のうちでも激しく明るく輝いているものはクエーサー(※2)と呼ばれ、大量の物質を吸い込んで成長している超大質量ブラックホールが、そのエンジンと考えられています。
※2.クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体。遠方にあるにもかかわらず明るく見えている。
ダークマターハロー(左)、銀河(中央)、ブラックホール(右)の相互関係のイメージ。それぞれ図のサイズは数十万光年、数万光年、0.00001光年程度(0.6天文単位)。左図はシミュレーション結果で、濃淡によってダークマターが集まっている量が表されている。中央付近の白い領域にダークマターが集まっていて、その中では星質量の大きい銀河が誕生する。そして、そのような重たい銀河の中心には大質量ブラックホールが形成され、非常に明るく輝くクエーサーとして観測される。((c)2015 石山智明、中山弘敬、国立天文台4D2Uプロジェクト(出所:愛媛大プレスリリースPDF))
ダークマターハロー(左)、銀河(中央)、ブラックホール(右)の相互関係のイメージ。それぞれ図のサイズは数十万光年、数万光年、0.00001光年程度(0.6天文単位)。左図はシミュレーション結果で、濃淡によってダークマターが集まっている量が表されている。中央付近の白い領域にダークマターが集まっていて、その中では星質量の大きい銀河が誕生する。そして、そのような重たい銀河の中心には大質量ブラックホールが形成され、非常に明るく輝くクエーサーとして観測される。((c)2015 石山智明、中山弘敬、国立天文台4D2Uプロジェクト(出所:愛媛大プレスリリースPDF))
これまでの観測から、大質量ブラックホールの質量が大きいほど、銀河の持つ星の質量が大きく(共進化)、そして銀河の星質量が大きいほどダークマターハローの質量も大きいことが普遍的に知られていました。

つまり、クエーサーとダークマターハローには関係があることになります。
でも、クエーサーが実際にどの程度の質量のダークマターハローを持っているかは、これまでのところ詳細は不明でした。

ただ、光などの電磁波では観測することができないダークマターでも、重力を介して間接的に存在を知ることができます。
例えば、銀河の“群れ具合”からそこに働く重力を測定することで、その質量を見積もることが可能になります。

ダークマターの質量が大きければ、他のダークマターに加えて通常の物質も引き寄せられるので、その結果生まれてくる銀河やクエーサーも強く群れるはずです。

これまで、クエーサーのダークマターハロー質量は上記の方法で測定されてきました。
でも、遠方になるほどクエーサーの個数密度が著しく減少するんですねー
なので、群れ具合の測定が困難になり、これまでの限界は120億年前でした。

観測不能だった遠方の暗いクエーサーの探査

この問題を解決するには、より暗いクエーサーをとらえるような長時間の観測が必要でした。

そこで、今回の研究で用いているのは、すばる望遠鏡の“SHELLQs”プロジェクトで発見されたクエーサー。
SHELLQsは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”を用いて、300夜にわたる大規模撮像探査を行ったプロジェクト“すばるHSC戦略枠観測プログラム(HSC-SSP)”のデータの中から、遠方の暗いクエーサーを探査するプロジェクトです。

SHELLQsでは、とても暗いクエーサーを複数発見していて、これまで観測不能だった暗いクエーサーまで探査することで、サンプル数を大きく増やしていました。

これにより、これまでより約30倍の個数密度で約130億年前のクエーサーの検出に成功。
その時代のクエーサーの群れ具合を測定することが可能になりました。
SHELLQs(赤)と他の観測(青)から発見されたクエーサーの一例。SHELLQsでは暗いクエーサーまでとらえられるので、他の観測と比較しても同じ領域からより多くのクエーサーを検出することが可能。((c) HSC-SSP/M. Koike/国立天文台(出所:愛媛大プレスリリースPDF))
SHELLQs(赤)と他の観測(青)から発見されたクエーサーの一例。SHELLQsでは暗いクエーサーまでとらえられるので、他の観測と比較しても同じ領域からより多くのクエーサーを検出することが可能。((c) HSC-SSP/M. Koike/国立天文台(出所:愛媛大プレスリリースPDF))
その後の解析には107個のクエーサーを使用し、その空間分布からダークマターハローの質量が評価されています。

その結果得られたのは、5×1012太陽質量(太陽の5兆倍)という結果…
研究チームによると、130億年前の初期宇宙でのこの結果は、かなり重たいということです。

これを他の時代の測定結果と比較すると、クエーサーの存在するダークマターハローの質量は、時代に依らずほとんど一定だということが判明。
このことは、クエーサーのように大質量ブラックホールが活動的になっている銀河のダークマターハロー質量は、ほとんど変化しないことを示していました。
各時代で測定されたクエーサーのダークマターハロー質量。図の左端が現在で、右へ行くほど過去になる。今回の研究結果(赤丸)は、先行研究(黒四角)よりも遥かに過去の時代で測定されている。大半の測定結果が赤色で塗られた領域内に存在していることから、宇宙の幅広い時代でクエーサーのダークマターハローの質量は変化していないことが分かる。また、130億年前の様々な質量のダークマターハローの標準的な質量変化が、赤と緑の線で表されている。今回の研究結果(赤)をもとに質量変化を計算してみると、約130億年前のクエーサーは現在の宇宙で最も重い銀河団ダークマターハロー(1014太陽質量)くらいに成長すると予測された。(出所:愛媛大プレスリリースPDF)
各時代で測定されたクエーサーのダークマターハロー質量。図の左端が現在で、右へ行くほど過去になる。今回の研究結果(赤丸)は、先行研究(黒四角)よりも遥かに過去の時代で測定されている。大半の測定結果が赤色で塗られた領域内に存在していることから、宇宙の幅広い時代でクエーサーのダークマターハローの質量は変化していないことが分かる。また、130億年前の様々な質量のダークマターハローの標準的な質量変化が、赤と緑の線で表されている。今回の研究結果(赤)をもとに質量変化を計算してみると、約130億年前のクエーサーは現在の宇宙で最も重い銀河団ダークマターハロー(1014太陽質量)くらいに成長すると予測された。(出所:愛媛大プレスリリースPDF)
一般に、1つのダークマターハローは時間と共に、より多くのダークマターを集めて成長するので、その質量は時間と共に増加することになります。

今回の結果から、ダークマターハローの質量がある範囲内にあると、その内部のブラックホールの活動性が高まる、つまり時代に依らないクエーサーの出現に関わる普遍的なメカニズムが働いているとも考えることができます。

今後、遠方クエーサーの探査は、2023年7月に打ち上げが成功したヨーロッパ宇宙機関(ESA)主導の近赤外線宇宙望遠鏡“ユークリッド”や、アメリカが中心となってチリに建設中のヴェラ・C・ルービン天文台の“大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(LSST)”により、大きく進展することが期待されています。

それらと今回の研究成果の活用により、今後のプロジェクトでの探査領域拡大や、より暗いクエーサーの探査が可能になると、初期宇宙のクエーサー、ひいては大質量ブラックホールの誕生と成長、さらに銀河と大質量ブラックホールの共進化についての理解がより深まるはずです。


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3万光年という小さなスケールでもダークマターの密度に空間的ゆらぎがあった! 重力レンズとアルマ望遠鏡の組み合わで初めて検出

2023年10月28日 | ダークマターとダークエネルギー
今回の研究では、南米チリに設置された世界最高の性能を誇る巨大電波干渉計“アルマ望遠鏡”(※1)を用いた観測により、宇宙空間に漂うダークマターの空間的なゆらぎを約3万光年というスケールにおいて検出することに初めて成功しています。

この結果は、これまでの観測に比べ約10分の1以下という小さなスケールにおいても“冷たいダークマター”(※2)が支持されることを示していて、ダークマターの正体を解明するための重要な一歩になるようです。
※1.日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。

※2.冷たいダークマター:ダークマターが素粒子の場合、宇宙膨張により宇宙の密度が下がると、他の粒子と出会うことが無くなるので、通常の物質の運動とは異なる独立した運動を始める。この時、通常の物質に対して光速より十分小さい速さで運動するダークマターを“冷たいダークマター”と呼ぶ。速さが小さいので、大きなスケールの構造を壊す働きがないので、比較的大きな銀河や銀河の集団などの構造を説明できる。

この研究は、近畿大学理工学部 井上開輝教授、東京大学大学院理学系研究科 峰崎岳夫特任教授、中央研究院天文及天文物理研究所(台湾) 松下聡樹研究員、国立天文台 中⻄康⼀郎特任准教授からなる研究チームが進めています。
図1.検出されたダークマターの空間的なゆらぎ。オレンジ色が明るいほどダークマターの密度が高い場所で、暗いほど密度が低い場所を表している。青白色は、クエーサーが重力レンズ効果を受けた結果として、アルマ望遠鏡が観測した見かけの像を表している。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K.T. Inoue et al.)
図1.検出されたダークマターの空間的なゆらぎ。オレンジ色が明るいほどダークマターの密度が高い場所で、暗いほど密度が低い場所を表している。青白色は、クエーサーが重力レンズ効果を受けた結果として、アルマ望遠鏡が観測した見かけの像を表している。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K.T. Inoue et al.)

目には見えない物質の重力効果

宇宙の質量の大部分を占める目に見えない物質ダークマターは、星や銀河といった宇宙の構造が作られる過程(※3)で、重要な役割を果たしてきたと考えられています。

ダークマターは空間的に一様でなく群がって宇宙に分布しているので、その重力により、遠方の光源からやってくる光(電波を含む)の経路をわずかに変えることができます。

この“重力レンズ効果”の観測から分かっているのは、ダークマターが比較的大きな質量を持つ銀河や銀河の集団と共にあること。
でも、より小さなスケールで、どのように分布しているのかは、これまで分かっていませんでした。
※3.宇宙の構造が作られる過程:宇宙初期においてダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長し、ダークマターの塊に引き寄せられた水素やヘリウムが集まって、星や銀河が作られたと考えられている。ただ、銀河より小さなスケールでダークマターがどのように分布しているか、まだ詳しいことは分かっていない。

銀河による大きな重力レンズ効果とダークマターの塊によるわずかな重力レンズ効果

そこで、今回の研究ではアルマ望遠鏡を用いて、おうし座の方向約110億光年彼方に位置する明るく輝く天体を観測しています。
観測対象となったのは、クエーサー(※4)の1つ“MG J0414+0534”(※5)でした。
※4.クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体。遠方にあるにもかかわらず明るく見えている。
“MG J0414+0534”は、手前にある銀河の重力レンズ効果により4つの像に分かれて見えていました。
※5.“MG J0414+0534”は、地球から見ておうし座の方向に位置するクエーサー。この天体の赤方偏移(光の波長の伸び率)はz=2.639。これをもとに赤外線天文衛星“プランク”の観測から得られたパラメータを用いて“MG J0414+0534”が光を発したときの宇宙年齢を計算し、パラメータの不定性も考慮して、距離を110億光年としている。
ただ、この見かけの像の位置や形は、手前にある銀河の重力レンズ効果のみから計算されたものとはズレていたんですねー

研究チームが考えたのは、手前にある銀河以外の重力源による追加の重力レンズ効果が働いていること。
そう、この観測結果が示していたのは、銀河よりも小さなダークマターの塊による重力レンズ効果が働いていることでした。

このことで、宇宙論的なスケール(数百億光年)に対して十分小さい、3万光年程度というスケールにおいても、ダークマターの密度に空間的なゆらぎがあることが分かりました。(図1)

この結果は“冷たい”ダークマターの理論的な予測と一致するもの。
予測とは、銀河内だけでなく、銀河外の宇宙空間にもダークマターの塊が多数存在する(図2)というものです。

今回見つけたダークマターの塊による重力レンズ効果は非常に小さいので、単独で検出することは極めて困難なはずです。

でも、銀河による重力レンズ効果とアルマ望遠鏡の高い解像度を組み合わせることで、初めてその効果を検出することができました。

今回の研究は、ダークマターの理論を検証し、正体を解明するための重要な一歩と言えます。
図2.重力レンズ効果の概念図。画像中央の天体は銀河。橙色が銀河間のダークマター、薄い黄色が銀河内のダークマターを表している。光源のクエーサーから出た光(電波)は、銀河による大きな重力レンズ効果とダークマターの塊によるわずかな重力レンズ効果を受けると考えらる。銀河による重力レンズ効果のみを受けた場合の4重像の見え方と実際に観測された4重像とのズレから、光(電波)の経路上におけるダークマターの塊の分布を推定している。(Credit: NAOJ, K.T. Inoue)
図2.重力レンズ効果の概念図。画像中央の天体は銀河。橙色が銀河間のダークマター、薄い黄色が銀河内のダークマターを表している。光源のクエーサーから出た光(電波)は、銀河による大きな重力レンズ効果とダークマターの塊によるわずかな重力レンズ効果を受けると考えらる。銀河による重力レンズ効果のみを受けた場合の4重像の見え方と実際に観測された4重像とのズレから、光(電波)の経路上におけるダークマターの塊の分布を推定している。(Credit: NAOJ, K.T. Inoue)

この研究に関する論文“ALMA Measurement of 10 kpc-scale Lensing Power Spectra towards the Lensed Quasar MG J0414+0534”が、2023年9月7日(木)13:00(UTC)、アメリカの宇宙物理学専門誌“The Astrophysical Journal”(インパクトファクター 5.521、2023)に掲載されています。



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6億画素カメラで“ダークマター”や“ダークエネルギー”の謎の解明を目指す近赤外線宇宙望遠鏡“ユークリッド”が姿勢制御の問題を解決

2023年10月15日 | ダークマターとダークエネルギー
ヨーロッパ宇宙機関の近赤外線宇宙望遠鏡“ユークリッド”が、10月5日にガイド星を再発見し、姿勢制御の問題を解決したことが発表されました。

“ユークリッド”が目指しているのは、正体不明だけど宇宙の組成の95%を占めている暗黒物質(ダークマター)と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の謎の解明。
100億光年先までに存在する数十億の銀河を観測し、その観測データからは正確な3次元地図が作られます。

この地図を手掛かりに、宇宙の構造に大きく影響してきたダークマターやダークエネルギーへの理解を深めていくことになります。
このためには精密な観測が不可欠でした。
ヨーロッパ宇宙機関の近赤外線宇宙望遠鏡“ユークリッド”のイメージ図。(Credit: ESA)
ヨーロッパ宇宙機関の近赤外線宇宙望遠鏡“ユークリッド”のイメージ図。(Credit: ESA)

望遠鏡を正確な位置に固定できない問題が発生

2023年7月1日に打ち上げられた“ユークリッド”は、観測場所である太陽-地球系の第2ラグランジュ点(L2)に7月28日に到着。
L2点は、地球から見て太陽の反対側、約150万キロ離れたところにあり、打ち上げ後の“ユークリッド”は約4週間かけてL2点に移動していました。

“ユークリッド”は、機器をチェックしどのように微調整を行うかを確認するための画像の撮影には成功していました。

ただ、太陽の高活動期に放出される陽子(プロトン)が“ユークリッド”の“ファイン・ガイダンス・センサー(Fine Guidance Sensor)”に衝突。
センサーが誤って、これを実際の星と解釈してしまう問題が発生していました。

この問題により“ユークリッド”は、ガイド星を正確に識別できず… 望遠鏡を正確な位置に固定できなくなってしまいます。
これにより、観測データに“ループ状”の星の軌跡が現れるなど、一部のテスト結果に影響を与えていました。

ヨーロッパ宇宙機関のチームは、この問題を解決するためにソフトウェアパッチを開発し“ユークリッド”に送信。
このパッチは、まず地球上での“ユークリッド”の電子モデルとシミュレーターでテストされ、次に軌道上で10日間テストされていました。

この結果、“ユークリッド”の“ファイン・ガイダンス・センサー”はガイド星を再び識別できるようになり、8月に中断されていた性能検証フェーズが再開されることになります。

このフェーズは11月下旬まで続く予定で、その後に正式な科学観測が開始されます。

“ユークリッド”のミッションは、正体不明だけど宇宙の組成の95%を占めている暗黒物質(ダークマター)と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の謎を解明すること。

“ユークリッド”は、10億年以上にわたる宇宙の歴史を観測し、ダークマターの正確な3次元地図を作成。
この地図を手掛かりに、宇宙の構造に大きく影響してきた暗黒物質や暗黒エネルギーへの理解を深めていくことになります。


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“ユークリッド”が初期テスト画像を初公開! ヨーロッパ宇宙機関(ESA)の近赤外線宇宙望遠鏡

2023年08月10日 | ダークマターとダークエネルギー
2023年の7月1日に打ち上げられたヨーロッパ宇宙機関(ESA)の近赤外線宇宙望遠鏡“ユークリッド”は、観測を行う太陽-地球系の第2ラグランジュ点(L2)に7月28日に到着していました。

今回公開された画像は、機器をチェックし、どのように微調整を行うかを確認するために撮影されたもの。
“ユークリッド”が撮影した最初のチェック用の画像ですが、非常に鮮明に映し出されているのが分かります。
“ユークリッド”が6億画素カメラでとらえた可視光の宇宙。(Credit: ESA/Euclid/Euclid Consortium/NASA, CC BY-SA 3.0 IGO)
“ユークリッド”が6億画素カメラでとらえた可視光の宇宙。(Credit: ESA/Euclid/Euclid Consortium/NASA, CC BY-SA 3.0 IGO)
“ユークリッド”は約6億画素のカメラを搭載し、可視光を記録するとともに、検出された銀河の赤方偏移を決定するための近赤外線分光計と光度計を備えています。
膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。
この目的のために“ユークリッド”には、VIS(可視光カメラ)とNISP(近赤外線分光計および測光計)という2つの観測機器が搭載されています。

今回、“ユークリッド”がとらえた下記の画像の左側は“VIS(Visible Instrument)”で撮影されたもの。
“VIS”は人間の可視光線の一部になる、550~900nmの波長をとらえることができます。

右側の画像は“NISP(Near-Infrared Spectrometer and Photometer)”で撮影されたもので、約950~2020nmの近赤外線で赤方偏移を観測します。
Credit: ESA/Euclid/Euclid Consortium/NASA, CC BY-SA 3.0 IGO
Credit: ESA/Euclid/Euclid Consortium/NASA, CC BY-SA 3.0 IGO
正体不明だけど宇宙の組成の計95%を占めている暗黒物質(ダークマター)と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)。
この暗黒物質と暗黒エネルギーの謎の解明を目指して打ち上げられたのが“ユークリッド”です。

“ユークリッド”は、100億光年先までの銀河の形状や位置、距離を測定し、これまでで最大で最も正確な宇宙の3次元マップを作成します。
この地図を手掛かりに、宇宙の構造に大きく影響してきた暗黒物質や暗黒エネルギーへの理解を深めていくことになります。


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