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初期の天の川銀河に合体した2つの銀河の痕跡を発見! 大量の恒星データから見つけた古く運動方向や速度が揃った2つの集団

2024年04月26日 | 銀河・銀河団
初期の天の川銀河は、複数の小さな銀河が合体して誕生したと言われています。

近年、恒星の位置や運動方向に関する大規模なデータが揃ったことで、合体した銀河の痕跡を具体的に知ることができるようになってきました。

今回の研究では、大量の恒星が記録されている“ガイア”と“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”のデータを組み合わせて分析。
そこから、合体した銀河の痕跡を探っています。

その結果、今から約120~130億年前という極めて初期の時代に、天の川銀河と合体したと推定される2つの銀河の痕跡を発見することに成功。
これらの銀河を、ヒンドゥー教の神話に因み“シャクティ(Shakti)”と“シヴァ(Shiva)”と名付けられたそうです。
この研究は、ドイツ・マックス・プランク地球外物理学研究所(MPE)のKhyati MalhanさんとHans-Walterさんの研究チームが進めています。
図1.天の川銀河におけるシャクティ(ピンク色)とシヴァ(緑色)に属する恒星の分布図。シャクティの一部がシヴァに被って隠れている点に注意。また、空白域は観測データが無いので、分布がこの外側にも広がっている可能性がある。(Credit: S. Payne-Wardenaar, K. Malhan & MPIA)
図1.天の川銀河におけるシャクティ(ピンク色)とシヴァ(緑色)に属する恒星の分布図。シャクティの一部がシヴァに被って隠れている点に注意。また、空白域は観測データが無いので、分布がこの外側にも広がっている可能性がある。(Credit: S. Payne-Wardenaar, K. Malhan & MPIA)


小さな銀河が複数合体して大規模な銀河が誕生する

私たちの地球が属している天の川銀河は、周辺の銀河と比べると規模が大きな銀河になります。
このような大規模な銀河は、より小さな銀河が複数合体して誕生したというのが、現在の有力な説になっています。

合体前の銀河は、それぞれ独自の恒星や水素ガスを持っています。
銀河が合体すると恒星は混ざり合い、水素ガスから新たな恒星が誕生することもあります。
図2.天の川銀河の誕生のシミュレーション。一見するとどれが天の川銀河なのかわからないが、このように天の川銀河の“種”は無数にある銀河の一つでしかなかった。(Credit: Vintergatan – Renaud, Agertz, et al. (動画よりキャプチャ))
図2.天の川銀河の誕生のシミュレーション。一見するとどれが天の川銀河なのかわからないが、このように天の川銀河の“種”は無数にある銀河の一つでしかなかった。(Credit: Vintergatan – Renaud, Agertz, et al. (動画よりキャプチャ))
銀河の合体では恒星やガスの集合をかき乱すので、数十億年前の合体の痕跡を知ることは不可能に思えますよね。

でも、恒星が密に集合して見える銀河も、実際には“太平洋にスイカが2個浮かんでいる”と例えられるほど内部はスカスカの状態。
なので、合体時に運動方向や速度が乱される恒星はほんのわずかで、大半の恒星はそのような力学的性質が銀河の合体後も保存されることになります。


合体した銀河の痕跡を探す

このことに加え、数十億年前の出来事である合体よりも前から存在していた、あるいは合体の直後に誕生した恒星は、年齢が古い傾向にあります。

水素とヘリウムよりも重い元素のことを天文学では“重元素”と呼びます。
この重元素のうち、鉄までの元素は恒星内部の核融合反応で生成され、鉄よりも重い元素は超新星爆発などの激しい現象にともなって生成されると考えられています。

生成された金属は恒星の星風や超新星爆発によって周囲に放出され、やがて新たな世代の星に受け継がれていくので、宇宙の金属量は恒星の世代交代が進むとともに増えていくことになります。

このことから、含まれる金属(※1)の量が少ないほど古い恒星と言え、金属の量が少ない“低金属星”の集団が見つかれば、その集団は古い起源を持つことが推定できます。
つまり、恒星の運動と年齢が揃っている大きな集団が見つかった場合、それらは合体した銀河の痕跡である可能性がある訳です。
※1.恒星における“金属”とは、水素とヘリウム以外の元素の総称で、炭素や酸素のような化学的には非金属となる元素も含まれている。
ただ、合体から数十億年経った現在では、かつて別の銀河だったそのような恒星の集団も概ね天の川銀河の回転方向に沿った運動をしていて、元の力学的性質は部分的に失われています。

また、星団や恒星ストリームのように、規模は銀河よりもずっと小さいものの、年齢や運動方向が揃っている恒星の集団もあります。
このことから、合体した銀河のような大規模な集団の痕跡を見つけるには、大量の恒星のデータを取得・分析する必要があります。

このような研究は、これまで不可能でした。
でも、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星“ガイア”によって状況は変わってくるんですねー
“ガイア”は、天の川銀河に属する恒星の性質を収集し続けていて、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。

“ガイア”の観測データによって作成された天体カタログの分析から、“ガイア・ソーセージ”や“ポントゥス・ストリーム”など、80憶年以上前に合体したとみられる銀河の痕跡が次々と見つかっています。

また、天の川銀河の中心部には“プア―・オールド・ハート”(※2)という年齢の古い恒星の集団があります。
現在の天の川銀河は、この集団と他の銀河が合体することで形成されたのかもしれません。
※2.金属に乏しい(プア―)、恒星の年齢が古い(オールド)、天の川銀河の中心部(ハート)に位置することを意味している。


銀河内に見つかった年齢が古く運動方向や速度が揃っている2つの集団

今回の研究では、このような古い銀河の痕跡を探るため、別の掃天観測プロジェクト“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”の最新版“Data Release 17”の観測データを、“ガイア”の観測データによって作成された天体カタログに加えて分析を行っています。

“ガイア”と“スローン・デジタル・スカイサーベイ”では、観測している恒星に違いがある一方で、同じ恒星の異なるデータを収集していることもあります。

研究チームでは、この2つのカタログデータから約580万個の恒星を選び出して分析を行いました。
図3.恒星を運動の性質でプロットした図。古い恒星のみを抜き出して分析すると、すでに見つかっている2つの集団の他に新たに2つの集団が浮かび上がった。(Credit: Khyati Malhan & Hans-Walter Rix.)
図3.恒星を運動の性質でプロットした図。古い恒星のみを抜き出して分析すると、すでに見つかっている2つの集団の他に新たに2つの集団が浮かび上がった。(Credit: Khyati Malhan & Hans-Walter Rix.)
その結果、見つかったのは、どちらも年齢が古く、運動方向や速度が揃っている2つの集団でした。

2つの集団が見つかったのは、それぞれ天の川銀河の中心部から比較的離れた場所。
今から約120~130憶年前に合体した銀河の痕跡と考えられます。

この年代は、すでに知られているほかの合体の痕跡と比べても非常に古く、“プアー・オールド・ハート”と合体した最初の銀河の痕跡かもしれません。

今回の分析でカウントされた恒星は、1つ目の集団で1719個、2つ目の集団では5607個でした。
でも、合体前の大きさはどちらも天の川銀河の0.001%程度(太陽の1000万倍程度)の質量を持つ矮小銀河だと考えられます。
合体した年代の古さと規模の大きさから、研究チームでは1つ目の集団を“シャクティ”、2つ目の集団を“シヴァ”と名付けました。

“シャクティ”と“シヴァ”という名は、どちらもヒンドゥー教に因んだもの。
“シヴァ”はヒンドゥー教の主審の1柱で、破壊と創造を司ります。
一方、“シャクティ”はしばしばシヴァ神妃(配偶神)と見なされる女神、またはエネルギーや力の象徴を指します。

この2つの集団は、ほぼ同じ時代、天の川銀河の歴史の初期に合体したことから、まさに天の川銀河の“創造と破壊”に絡んでいるペアであることを象徴した命名であると言えます。
図4.恒星を運動の性質でプロットした図。今回発見されたシャクティとシヴァの他にも、合体した銀河の痕跡を思わせる集団が見つかっている。(Credit: ESA, Gaia, DPAC, K. Malhan et al.)
図4.恒星を運動の性質でプロットした図。今回発見されたシャクティとシヴァの他にも、合体した銀河の痕跡を思わせる集団が見つかっている。(Credit: ESA, Gaia, DPAC, K. Malhan et al.)
“シャクティ”と“シヴァ”の発見は、天の川銀河やそれと同じくらいの大きさを持つ銀河が形成される過程を調べる上で、重要なものと言えます。

古い時代の宇宙を観測すれば、合体前の小さな銀河を見つけることもあるはずです。

“シャクティ”や“シヴァ”に属する恒星の性質を詳細に調べておけば、合体前の小さな銀河と性質を比較することができます。
これにより、“シャクティ”や“シヴァ”の合体前後の状況を、より正確に知ることができるかもしれません。

また、今回のような衝突した銀河の痕跡を探る研究は世界中で並行して進められていて、“ガイア”の観測データだけでも次々と見つかっています。
その他のいくつかの掃天観測プロジェクトの観測データを組み合わせることで、この発見はさらに加速し、天の川銀河の合体・形成の歴史が見通せる日もそう遠くないのかもしれませんね。


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天の川銀河の起源解明へ! 外からやってくるガス雲の重元素量分布を世界で初めて作成

2024年04月16日 | 銀河・銀河団
宇宙における重元素量(※1)は、宇宙の進化を解明する上で必須の重要な値です。
特に天の川銀河周辺における重元素の定量は、銀河系の起源解明におけるもっとも重要な課題の一つと言えます。

今回の研究では、天の川銀河に落下するガス雲(高速度雲・中速度雲)(※2)の重元素量分布について、全天に渡る精密な地図を世界で初めて作成しています。
※1.天文学では、水素とヘリウムよりも重い元素のことを“重元素”と呼ぶ。重元素は、恒星内の核融合反応や超新星爆発によってのみ合成されるので、銀河系内を循環するガスには多く含まれ、銀河系外から飛来するガスには少量しか含まれない。ただ、いずれの場合でも水素に比べればごく微量である。水素に対する重元素の割合は重元素量と呼ばれ、太陽表面で水素に対する質量比は約1%となる。

※2.太陽系から観測される中性水素ガスのほとんどは銀河系の回転速度に従っているが、大きく外れた視線速度を示すものがある。それらのうち、特に速度が大きいもの(およそ毎秒100キロ以上)を高速度雲、やや速度が低いもの(およそ毎秒30~100キロ)を中速度雲と呼ぶ。中速度雲は数千光年、高速度雲は数万光年の高さにあって落下しつつある天体と考えられている。銀河系の進化と密接な関係があると考えられているが、未解明な点も多い。
これまで、この分野で実施されてきたのは、高輝度の遠方銀河や恒星を背景光源とした吸収線スペクトルを使った測定でした。
全天で数十か所という、極めて少ない情報を元にした議論が続けられてきた訳です。

今回の研究では、この状況を革新し、全天の重元素を 飛躍的広範囲で導いた 点で、大きな意義があります。

中速度雲については、これまで重元素量は太陽系周囲のガスとほぼ同じで、超新星爆発などによって吹き上げられた天の川銀河噴水モデル的な物質の循環だと説明されてきました。
でも、研究の結果から明らかになったのは、太陽周囲の3分の1以下の重元素量の成分が多く含まれていることでした。

さらに、重元素量の多い天の川銀河のガスと混合している証拠を示し、中速度雲の大部分が系外由来の始原的ガスである可能性を明らかにしています。

本研究によって、天の川銀河に落下するガス雲の起源について、二十年来の膠着状況が打開され、100億年規模の天の川銀河の成長進化について、新たな研究による展開が期待されます。

さらに、宇宙の銀河一般の進化研究にも波及し、関連する研究分野に広くインパクトを与えることが予想されます。
この研究は、名古屋大学 大学院理学研究科の早川貴敬研究員と福井康雄名誉教授たちの研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年2月28日付の天文学術誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society王立天文学会月報)に掲載されました。


中速度雲は天の川銀河内を循環する重元素を多く含むガス

私たちが住む天の川銀河や他の銀河は、どのようにして生まれ、進化しているのでしょうか?
この疑問は天文学の大きな問題になっています。

暗黒物質を除くと、銀河は星と大量のガスで構成されていて、ガスのほとんどは水素です。

1950年代から始まった、中性水素原子から放射される波長21センチの電波(21センチ線)の観測によって、天の川銀河の円盤部だけでなく、その外にも相当の水素ガスが存在し(高速度雲・中速度雲)、大半が私たちに対して近付くように動いていることが分かってきました。(図1)

このように、今なお銀河の重力にひかれたガスが降り積もってきているという説は、1960年代に提唱されています。
銀河の外から、重元素で“汚染”されていないガスが降ってくるという考え方は、その後知られるようになったG型矮星問題(※3)や銀河のガス消費ジレンマ(※4)をうまく説明できることから、広く受け入れられるようになりました。
※3.もし銀河が物質の流入や流出が全くない閉じた系だと仮定すると、恒星内あるいは超新星爆発時に重元素が作られ、周囲にばら撒かれる過程を繰り返すことで、星間ガス中の重元素は時間と共に増えていくはず。でも、実際にはほとんど変わっていないと推定されている。G型矮星(太陽と同程度の表面温度を持つ主系列星(安定状態にある恒星)の観測から判明したことから“G型矮星問題”と呼ばれている。重元素で“汚染”されていない始原的なガスの流入の間接的な証拠という考え方が、現在では主流になっている。

※4.銀河が閉じた系だと仮定して、恒星の材料となる水素ガスの量を1年間で生まれる星の量で割ると、計算上は遥か昔に水素ガスを使い果たしたという推定が成立し、実際には今なお星が作られ続けていることと矛盾する(銀河のガス消費のジレンマ)。なので、銀河の外からガスが継続的に供給されているという考え方が、現在では主流になっている。
図1.様式的に示した銀河系の構造。直径10万光年の円盤(この図では真横から見ている)に、太陽系を含めた恒星やガスが集中している。高速度雲・中速度雲の大半は、円盤の外にあって落下しつつあるガスと考えられている。なお、この図は概念を説明するもので、形・大きさなどを正確に表現したものではない。(提供:名古屋大学リリース)
図1.様式的に示した銀河系の構造。直径10万光年の円盤(この図では真横から見ている)に、太陽系を含めた恒星やガスが集中している。高速度雲・中速度雲の大半は、円盤の外にあって落下しつつあるガスと考えられている。なお、この図は概念を説明するもので、形・大きさなどを正確に表現したものではない。(提供:名古屋大学リリース)
一方、高速度雲・中速度雲を説明するもう一つの説として、銀河円盤のガスが大質量星の爆発などによって吹き飛ばされ、再び銀河面に落下する、いわゆる“天の川銀河噴水モデル”(※5)が提唱されています。
※5.Shapiro & Fieldによって1970年代に提唱されたモデルで、銀河円盤のガスが大質量星の爆発などによって吹き飛ばされ、再び銀画面に落下するというもの。長年、中速度雲を説明するモデルとして多く引用されてきた。
どちらのモデルが正しいのかを調べる重要な手掛かりの一つが重元素量(水素に対してどれくらいの割合で重元素が含まれるか、重元素/水素比)です。

ガスに含まれる微量の重元素は、恒星内の核融合反応や超新星爆発によってのみ合成されます。
なので、天の川銀河内を循環するガスには多く含まれ、系外から飛来するガスには少量しか含まれません。
図2.中速度雲の重元素量地図(この図では全天の1/4を表示している)。太陽系周囲のガスを基準として、少量の重元素しか含まれないガスは青、重元素過剰なガスは赤になるよう色付けされている。丸印は、これまで吸収線観測による測定が行われてきた箇所で、本研究によって情報量が飛躍的に増えたことは一目瞭然である。(提供:名古屋大学リリース)
図2.中速度雲の重元素量地図(この図では全天の1/4を表示している)。太陽系周囲のガスを基準として、少量の重元素しか含まれないガスは青、重元素過剰なガスは赤になるよう色付けされている。丸印は、これまで吸収線観測による測定が行われてきた箇所で、本研究によって情報量が飛躍的に増えたことは一目瞭然である。(提供:名古屋大学リリース)
1990年代から2000年頃、原子吸収線スペクトル(※6)による測定が集中して行われました。
この測定では、中速度雲は太陽系の周囲のガスと同程度の重元素量で噴水モデル的な物質の循環、高速度雲は10分の1程度の重元素量で銀河系外から落下しつつあるガスと報告されています。
※6.非常に明るい遠方銀河・恒星を背景光源とし、波長ごとに分けて強度を測定(分光観測)するとスペクトルを得ることができる。個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、その波長での光を吸収し強度が弱まると吸収線としてスペクトルに現れる。波長と強度(どれだけ暗くなっているか)を精密に測定することで、前後関係(光源のほうが手前にあれば、そもそも吸収線は表れない)、原子(またはイオン)の種類と量、視線速度(ドップラー効果による)を知ることができる。
でも、これらの測定は、非常に明るい遠方銀河や星を背景光源として使う必要があり、高々数十か所の測定に留まっていました。

この観測点は、高速度雲・中速度雲の広がりに比べると、非常にまばらなもの。
手法的限界により、これ以上の進展が期待できないこともあり、観測研究はその後ほとんど発展していませんでした。


中速度雲は循環ではなく落下しつつある始原ガスなのかも

本研究チームの福井名誉教授たちは、2015年よりプランク衛星(※7)国際共同研究チームに参加し、星間ガスとサブミリ波のダスト(※8)放射の相関の研究に着手していました。
※7.“プランク”は、ヨーロッパ宇宙機関が2009年に打ち上げた赤外線天文衛星。名称はドイツの科学者マックス・プランク(M. Planck)に因んでいる。“宇宙マイクロ波背景放射”の高精度測定が主な目的だったが、観測する波長帯がダスト放射と大きく異なるので、銀河系内の物質の情報も反映されている。

※8.1ミクロン(1・1000ミリ)程度の大きさの固体微粒子。酸素、炭素、マグネシウム、ケイ素、鉄を主な元素として構成されている。ダストの量はガス中の重元素量に比例すると考えられているので、本研究の枠組みでは“ダスト/水素比”を“重元素/水素比”と見做してもほぼ差し支えない。絶対温度で20から30度(摂氏温度でマイナス250から240度)程度で、遠赤外線からサブミリ波(波長約100ミクロンから1ミリメートル)の放射を放つ。
そこで福井名誉教授たちは、プランク衛星による研究の一環として、ダストと星間ガスの中性水素原子の相関関係を調べ、水素原子の精密定量の手法を開拓し、独自の領域を拓いています(Fukui et al. 2014, 2015)。
今回の成果は、その延長線上にあります。

研究では、まず21センチ線と、プランク衛星によるダストの2種類の高解像度全天地図を使って、高速度雲、中速度雲、そして比較の基準となる太陽系周囲のガスのそれぞれについて、重回帰分析、地理的加重回帰分析の手法を使って、ダスト/水素比(重元素・水素比と見做してほぼ差し支えない)の地図を作成。
図2は、そのうちの一部になります。

この手法は、背景光源を使わないので、任意の方向での重元素量測定が可能となりました。
これにより、情報量が飛躍的に増加し、今回の革新的成果に繋がっています。

さらに、得られた情報を統計的に分析し(図3)、これまで“中速度雲の重元素量は太陽系周囲のガスとほぼ同じである”されてきた定説が誤りで、中速度雲の大部分が重元素量の低い始原的ガスである可能性を明らかにしました。
図3.(a)太陽系周囲のガス、(b)中速度雲、(c)高速度雲の重元素量を統計的に示した図。左に寄っているほど重元素量が少ないことを示し、これまでの定説では“太陽系周囲のガスとほぼ同じ”とされてきた中速度雲の重元素量が、明らかに少ないことを示している。(提供:名古屋大学リリース)
図3.(a)太陽系周囲のガス、(b)中速度雲、(c)高速度雲の重元素量を統計的に示した図。左に寄っているほど重元素量が少ないことを示し、これまでの定説では“太陽系周囲のガスとほぼ同じ”とされてきた中速度雲の重元素量が、明らかに少ないことを示している。(提供:名古屋大学リリース)
これまでの定説では、
・高速度雲は数万光年の高度にあって落下しつつある重元素量の少ない始原的なガス
・中速度雲は数千光年の高度にあって、銀河円盤のガスが噴水的に循環しているもの
・G型矮星問題やガス消費のジレンマは銀河円盤にガスが流入している間接的な証拠
と説明されてきました。

でも、よく考えると、これでは3つの層がうまく繋がっていないことになります。

例えば、“落下してきたガスは一度すべて電離され(つまり水素イオンとなって)、再び中性水素に戻る”というような説もありましたが、観測的証拠にかけ、広く支持されているとは言えません。

それでは、中速度雲が噴水的な循環ではなく落下しつつある始原ガスで、元は高速度雲だったものが銀河円盤のガスと相互作用することで、減速・混ざり合う過程を見ているとしたら、単純明快、統一的に銀河系の進化を説明することが可能になります。

また、本研究では私達の住む天の川銀河を対象としていますが、ほかの銀河でも、同様に説明できる可能性が当然あります。


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うみへび座銀河団で謎の電波放射を発見! 銀河団が持つ巨大な重力エネルギーはどのように変換されているのか

2024年04月11日 | 銀河・銀河団
近傍銀河団の中に、これまで見つかっていなかった電波放射(※1)が見つかりました。
※1.電波放射(シンクロトロン放射)は、光速に近い速度の荷電粒子(主に電子)が、磁力線の周りを円運動しながら進む時に放出される電磁波のこと。
この発見は、低周波の電波観測の必要性とX線を放射する高温プラズマとの比較の重要性を明確にするとともに、銀河団の進化を解明する新たな道筋をつける成果になるようです。
この研究は、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所の中澤知洋准教授、理学研究科の大宮悠希博士、後期課程学生及び、国立天文台水沢VLBI観測所の蔵原昂平特任研究員をはじめとする研究チームが進めています。
この研究成果は、Kurahara et al. “Discovery of Diffuse Radio Source in Abell 1060”として、2024年4月出版の“日本天文学欧文研究報告(PASJ)”にレター論文として掲載されました。
図1.うみへび座銀河団“Abell 1060”。背景カラーが、uGMRT(upgraded rewave Radio Telescope)で観測された電波強度分布を示し、灰色のコントアはヨーロッパ宇宙機関(ESA)のX線天文衛星“XMMニュートン”によるX線の表面輝度分布を示している。オオコウモリは銀河団中心に隣接する形で、銀河団中心に対して南東に位置している。50kpcは約16万光年。(Credit: Kurahara et al.)
図1.うみへび座銀河団“Abell 1060”。背景カラーが、uGMRT(upgraded rewave Radio Telescope)で観測された電波強度分布を示し、灰色のコントアはヨーロッパ宇宙機関(ESA)のX線天文衛星“XMMニュートン”によるX線の表面輝度分布を示している。オオコウモリは銀河団中心に隣接する形で、銀河団中心に対して南東に位置している。50kpcは約16万光年。(Credit: Kurahara et al.)


銀河団同心の衝突

銀河団は数千個の銀河集まり形成される宇宙で最大の質量をもつ天体で、その重力エネルギーは膨大なものになります。

銀河団には、X線を放射する数億度の高温プラズマや磁場、光速に近い速さの電子(宇宙線)があり、これらは銀河団が過去の衝突で受け取った重力エネルギーが変換されることで生成されたと考えられています。

でも実際には、どのようにエネルギーの変換が行われるのかは、いまだ十分には解明されていませんでした。

銀河団同心の衝突は、それぞれが持つ膨大な重力エネルギーを衝突により解放すると考えられ、銀河団の進化や高エネルギーな宇宙線の起源を解明する上で重要な研究対象となっています。

“うみへび座銀河団(Abell 1060)”(※2)は、北天で最も地球に近い銀河団で、過去数十億年の間に衝突や合体があったことが先行研究から示唆されていました。
一方、衝突合体に起因した高エネルギーの宇宙線やX線で見られる特異な形状が見つかっていないことが、大きな謎になっていました。
※2.うみへび座の方向に位置する銀河団。地球から約1.5億光年離れた“うみへび座・ケンタウルス座超銀河団”の一部で、157個の明るい銀河を含む。銀河団の全長は約1000万光年。


銀河団に見つかった電波放射

今回の研究では、2010年12月に観測されたGMRT(Giant Metrewave Radio Telescope)(※3)のデータアーカイブの解析中に、これまで報告されたことがない広がった電波放射を“うみへび座銀河団”の中に発見しています。
この発見は、蔵原研究員たちがデータ解析の手法を工夫して、高い電波観測感度を実現したおかげでした。
※3.巨大メートル波電波望遠鏡“Giant Metrewave Radio Telescope(GMRT)/upgraded GMRT(uGMRT)”は、インドに建設されたメートル波を観測できる電波干渉計。30台のアンテナを使って50MHz~1.5GHzの帯域を観測できる。観測を開始は1996年。インド国立電波天体物理センター(NCRA)が運用している。銀河、パルサー、超新星など様々な天体が観測可能。
研究チームでは、この電波放射の存在を確かなものとするため、MWA(Murchison Widefield Array)(※4)による観測データアーカイブを精査。
これにより、より低い周波数でも、同じ領域に電波放射があることを確認しました。
※4.“マーチソン広視野アレイ(MWA)”は、低周波帯域(800MHz~300MHz)を観測可能な西オーストラリアのマーチソン電波天文台に設置された電波望遠鏡。2007年に建設を開始し、2013年からフェーズ1運用、2017年にアップグレードしたのち、2018年からフェーズ2運用を開始している。遠方の宇宙から発せられた赤方偏移した中性水素21センチ線を観測することで、宇宙再電離期を探査することを目的としている。
一方、可視光の観測データなどからは、明確に対応する天体を見つけられず…

このことから考えられるのは、これまでに確認されたことがない新しい電波放射だということ。
この電波放射は、画像上の形状が似ていることから“オオコウモリ(Flying Fox)”と名付けられています。
図2.うみへび座銀河団“Abell 1060”中に見つかったオオコウモリ。背景カラーは図1と同じくuGMRTで観測された電波強度分布を示し、オオコウモリの頭が南西を向き、両翼を広げた先が銀河団中心の“NGC3311”と、銀河団南東の“NGC3312”に隣接しているように見える。(Credit: Kurahara et al.)
図2.うみへび座銀河団“Abell 1060”中に見つかったオオコウモリ。背景カラーは図1と同じくuGMRTで観測された電波強度分布を示し、オオコウモリの頭が南西を向き、両翼を広げた先が銀河団中心の“NGC3311”と、銀河団南東の“NGC3312”に隣接しているように見える。(Credit: Kurahara et al.)
さらに研究チームでは、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)のX線天文衛星“XMMニュートン”(※5)の観測データを解析。
その結果、この領域に目立ったX線の大きな構造は確認できなかったものの、重元素存在比がやや高いことを発見しています。
※5.“XMMニュートン”はヨーロッパ宇宙機関が1999年12月に打ち上げたX線天文衛星。
これは、銀河団の中心に位置する銀河付近から、重元素の多い高温ガスが“オオコウモリ”とともに湧き上がってきた可能性を示唆するものでした。
銀河団の高温ガスが動いていることを示唆するもので、昨年打ち上げられたJAXAのX線天文衛星“XRISMI”(※6)による、超精密な分光観測による検証が期待されます。
※6.“XRISM(X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission)”は、NASAやヨーロッパ宇宙機関の協力のもと2018年に開始され、2023年9月打ち上げ・2024年1月運用を開始した、JAXAの7番目のX線天文衛星計画。星や銀河、そしてその間を吹き渡る高温ガス“プラズマ”に含まれる元素やその速さを図ることで、星や銀河、銀河の集団が作る大規模構造の成り立ちを、これまでにない詳しさで明らかにする。“XRISM”に搭載されるのは、広い視野を持つX線撮像器と極超低温に冷やされたX線分光器。これらを使って、プラズマに含まれる元素やプラズマの速さを、画期的な精度で測定する。
図3.星座・うみへび座とその方向に位置する“うみへび座銀河団(Abll 1060)”。今回発見されたオオコウモリは、うみへび座銀河団中に発見され、天球面上で南西に飛び立とうとしている。(Credit: Mizusawa Portal Site, National Astronomical Observatory of Japan.)
図3.星座・うみへび座とその方向に位置する“うみへび座銀河団(Abll 1060)”。今回発見されたオオコウモリは、うみへび座銀河団中に発見され、天球面上で南西に飛び立とうとしている。(Credit: Mizusawa Portal Site, National Astronomical Observatory of Japan.)
今回の研究成果の一つとして、これまでの代表的な電波観測(~1.4GHz程度)に比べて、より低い周波数(338MHz)の観測データからの発見があります。
このことは、次世代の超大型電波望遠鏡“スクエア・キロメートル・アレイ(SKA : Square Kilometer Array)”など、低い周波数の電波観測に最新の解析手法を用いることで、新たな研究成果がもたらされることを示唆しています。

また、同様の電波放射をより多くの銀河団で発見し、X線観測データと比較するという今回と同じ手法を用いることで、銀河団の進化プロセスや宇宙線の加速メカニズムの理解が深まり、銀河団が持つ巨大な重力エネルギーがどのように変換されているのかの解明につながると考えられます。


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爆発的に星を生み出す銀河のメカニズム解明へ! 分子の検出が星の進化の各段階の指標として使えるようです

2024年04月04日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、アルマ望遠鏡を用いて銀河系外の爆発的に星を生み出している銀河“NGC 253”の中心部を観測し、100以上の分子種を検出。
その解析により、“NGC 253”中心部には星の進化の様々な段階にある領域が混在している様子を、これまでになく詳細に描き出しています。

また、得られた多数の分子種の分布図に機械学習の手法を適用。
すると、これまで星の進化段階を知るための“指標”として使われてきた分子種に加え、いくつかの分子種が指標として使えることが明らかになりました。

現在進行中のアルマ2計画により、広い周波数範囲の観測に要する時間は格段に短縮されるはず。
このアルマ2計画の後押しを受けることで、今後より多くの指標分子の同時観測により、爆発的に星を生み出すメカニズムの理解が進むと期待されます。
この研究は、国立天文台の原田ななせ助教、欧州南天天文台/合同アルマ観測所のセルヒオ・マーチン博士、米国国立電波天文台のジェフ・マンガム博士を中心とする国際研究チームが進めています。
図1.今回の研究で得られた知見に基づくスターバースト銀河“  NGC 253 ”のイメージ図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO))
図1.今回の研究で得られた知見に基づくスターバースト銀河“ NGC 253 ”のイメージ図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO))


スターバーストのメカニズムを知るカギ

宇宙には、銀河系よりもはるかに高い頻度で星を生み出す“スターバースト”が起こっている銀河があります。
ただ、爆発的に星を生み出したり、逆に抑制したりする仕組みは、いまだよく分かっていないんですねー

星は、材料となる分子ガスが雲のように集まった分子雲の中でも、特に分子ガスの密度の高い場所(分子雲コア)で星が生まれます。

ただ、活発に星を生み出す活動(星形成)の後には、生まれたての高温の星や、死にゆく星の爆発(超新星爆発)が周囲にエネルギーを放出することで、星形成は抑制される傾向にあります。

こうした星の進化の段階は、分子ガスの状態と密接な関係があると考えられ、分子ガスの状態もまた、様々な種類の分子の組成に影響しています。
このことから、分子ガスの組成を調べることが、スターバーストのメカニズムを知るカギとなります。

分子ガスの状態やその組成が異なると、放つ電波の周波数が異なります。
なので、様々な状態や種類の分子を調べるには、広い周波数範囲の電波観測を行うことが有効となります。

今回観測されたのは、地球から約1000万光年という銀河系外で最も近い距離にあるスターバースト銀河“NGC 253”の中心部。
アルマ望遠鏡(※1)を用いて広い周波数範囲で様々な分子が放つ電波信号“輝線”(※2)の探査を行い、100以上の分子種を検出しています。
これは、銀河系外の天体としては、これまでで最高の数となりました。

その中に含まれていたのは、エタノールやチッカリンなど、銀河系外で初めて検出された分子でした。
その分子の解析により、銀河“NGC 253”中心部の星の進化段階を詳しく知ることに成功しています。
※1.日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。

※2.分光観測を行うことでスペクトルを得ることができる。スペクトルは光の波長ごとの強度分布で、そこに現れる吸収線や輝線を合わせた呼称がスペクトル線。個々の元素は、決まった波長の光を吸収したり放出したりする性質があり、その波長での光を吸収し強度が弱まると吸収線、光を放出し強まると輝線としてスペクトルに現れる。光の波長ごとの強度分布スペクトルに現れる吸収線や輝線を調べることで、元素の種類を直接特定することができる。また、スペクトルに現れる吸収線や輝線は、光のドップラー効果によって、私たちの方へ動いている元素が発する光の波長は短く(青く)なり、遠ざかる元素からの光の波長は長く(赤く)なる。なので、この波長の変化量を測定することで、元素の動きを知ることができる。


星形成の頻度が非常に高い理由

この探査が実施されたのは、“ALCHEMI”というアルマ・ラージプログラム(※3)でした。

“ALCHEMI”というプログラム名は、ALMA Comprehensive High-resolution Extragalactic Molecular Inventoryの頭文字を取ったもの。
錬金術を示す英語“alchemy”をもじったのもので、種々の分子の組成を調べる“星間化学(アストロケミストリー)”という分野を、アルマ望遠鏡で行うプログラムです。

まず、研究チームが見つけたのは、銀河“NGC 253”中心部の分子ガスの密度が高いことでした。

分子ガスの温度や密度が異なると、“どの周波数の電波強度が高く、どの周波数が低いのか”というパターンが異なってきます。
なので、観測されたスペクトル(周波数ごとの電波強度)のパターンから、分子ガスの密度を推定できます。
ここから分かったのは、銀河“NGC 253”の中心部における高密度ガスの量が、銀河系中心部の10倍以上ということでした。

星は、密度の高い場所で、効率よく重力が働いて分子ガスが凝縮すると生まれます。
このことから、銀河“NGC 253”の分子ガス量当たりの星形成の頻度が銀河系の30倍以上と非常に高いのは、分子ガスの密度が高いことに起因している可能性が考えられます。
※3.アルマ・ラージプログラムとは、50時間以上の長い観測時間を使うことで、まとまった成果を出すことを目的としたプログラム。


特定の分子種の検出が意味するもの

では、どのようにして分子ガスは高密度になったのでしょうか?

分子雲を高密度に圧縮するメカニズムの一つに、分子雲の衝突があります。
分子雲の衝突が起こる可能性があるのは、銀河“NGC 253”中心部のガスや星の流れが交差する領域付近です。
このような衝突の現象も、分子ガスが放つ電波の観測でとらえることができます。

衝突が起こると超音速で進む衝撃波が生じ、氷の微粒子の表面に凍結していたメタノールや二酸化炭素、イソシアン酸などの分子を蒸発させます。
これらの分子はガスとして蒸発すると、電波望遠鏡で観測できるようになります。

今回の研究では、これらの分子種が観測されていました。
このことから、分子雲の衝突が起こっていることが考えられ、それにより分子ガスが圧縮されていると考えられます。
このように、特定の分子種を検出することは、特定の現象や状態を示す“指標”となる場合があります。

また、本研究では銀河“NGC 253”の中心部に、複雑な有機分子が豊富に存在する領域が見つかっています。
この領域では、若い星の形成が活発に起こっていることが知られています。
銀河系内でも、複雑な有機分子は、若い星の周りに豊富に見られます。

これらのことから、銀河“NGC 253”では活発な星形成があり、それは銀河系の中の個々の若い星(原始性)の周りで見られるのと似たような高温、高密度環境を生成している可能性があります。

星形成を減速させるような、前の世代の星が残した過酷な環境も、今回の研究で明らかになっています。

大質量星が一生の最期を迎えると、超新星爆発を起こし高エネルギーの宇宙線を放出します。
この宇宙線により多くのエネルギーが注ぎ込まれている場所では、ガスは濃縮しにくく、星を形成するのが難しくなります。

このような過酷な環境の指標となるのは、水素分子が宇宙線によって電子を剥ぎ取られた結果生じるヒドロニウムなどです。
本研究で得られた電波強度スペクトルから分かったのは、太陽系近傍の少なくとも1000倍以上の速度で、宇宙線により分子の電子が剥ぎ取られている領域があることでした。


星の進化の各段階の指標として使える分子

ALCHEMIプロジェクトでは、アルマ望遠鏡の高空間分解能により、図2のように銀河“NGC 253”の中心領域に星の進化の様々な段階にある個所が混在しているということを、世界で初めて明らかにしました。
図2.(上)観測から得られたスペクトル。(下)ALCHEMIプロジェクトによる様々な指標分子の観測から見えてきた、銀河“NGC 253”中心部の様式図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), S. Martin, N. Harada, J. Holdship et al.)
図2.(上)観測から得られたスペクトル。(下)ALCHEMIプロジェクトによる様々な指標分子の観測から見えてきた、銀河“NGC 253”中心部の様式図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), S. Martin, N. Harada, J. Holdship et al.)
さらに、ALCHEMIプロジェクトにより、これまでの銀河系外の天体の研究と比べて、はるかに多くの分子種についての分布図を得ることもできています。(図3)
この分布図に、機械学習の手法を適用することで、星の進化の各段階の指標として使える分子を探査すると、これまで指標として使われてきた分子種に加え、いくつかの分子種が指標として使えることが明らかになります。

そう、より多くの指標分子を同時観測することで、スターバーストのメカニズムの理解を、さらに進展させる道筋を拓くことができた訳です。
ただ、それには広い周波数範囲での観測が必須で、現状では観測にかなりの時間を要してしまいます。

そこで期待されるのが現在進行中のアルマ2計画。
これは、一度に観測できる周波数範囲を広げる“広帯域感度アップグレード(WSU; Wideband Sensitivity Upgrade)”になります。

このアップグレードが完成すると、広い周波数範囲の観測に要する時間が格段に短縮されるんですねー

今回の成果やアルマ2計画により、広い周波数範囲の大規模探査が進むはず。
スターバーストのメカニズムへの理解が飛躍的に進むことが期待されますね。
図3.ALCHEMIプロジェクトにより観測された、銀河“NGC 253”中心部における種々の分子種の分布図。青:分子ガスの全体的な分布、赤:衝撃波、オレンジ:比較的密度の濃い場所、黄色:若い星形成、マゼンタ:より発達した星形成、水色:宇宙線の影響。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), N. Harada et al.)
図3.ALCHEMIプロジェクトにより観測された、銀河“NGC 253”中心部における種々の分子種の分布図。青:分子ガスの全体的な分布、赤:衝撃波、オレンジ:比較的密度の濃い場所、黄色:若い星形成、マゼンタ:より発達した星形成、水色:宇宙線の影響。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), N. Harada et al.)


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銀河全体の5%に満たないリング銀河を大量検出! 銀河の渦巻き構造とリング構造を検出するAIプログラムによる成果

2024年03月29日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、市民天文学“GALAXY CRUISE”の分類データを活用し、深層学習アルゴリズムを用いて銀河形態の大規模分類を行っています。

その結果、すばる望遠鏡が7年かけて構築した画像データベースから、40万天体に及ぶ渦巻銀河と3万天体ものリング銀河を検出することに成功しました。

本研究の成果は、昨年報告されたGALAXY CRUISEの分類結果を活用した第一例。
今後もこのような市民天文学と、すばる望遠鏡による競争的研究成果が続々と出てくることが期待されます。
この研究は、早稲田大学、国立天文台、東京大学の研究者からなる研究チームが進めています。
本研究の成果は、日本天文学会欧文研究報告書“Publications of the Astronomical Society of Japan; PASJ”に2024年1月29日付で掲載されました。
GALAXY CRUISEで市民天文学者が選んだおよそ900天体のリング銀河を活用し、AIによってその数を3万天体超に増やすことに成功。(Credit: 国立天文台)


銀河の大規模分類と多様性の起源

人間社会と同様に、宇宙における銀河社会でも、銀河一つ一つの姿かたちや性質はそれぞれ異なっていて、その違いも大小様々です。

私たちのいる天の川銀河の他にも多くの銀河があることが、エドウィン・ハッブルによって発見されて以降、こうした銀河の多様性の成り立ち、銀河合体やブラックホール活動との因果関係を明らかにするために、観測と理論による数多くの研究が長年地道に行われてきました。

近年はAIの発展に伴い、かつてない大規模な銀河分類の効率化が実現できる時代に突入し、銀河の大規模分類と多様性の起源の追及は、データ天文学の黎明期を象徴する一大テーマとして躍進が期待されています。

ここ最近は生成AIが脚光を浴びていますが、天文学では人の目による分類も依然として強力です。
その代表例として、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”(※1)による、大規模画像データを利用した、市民天文学プログラム“GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)”が挙げられます。

“GALAXY CRUISE”では、すばる望遠鏡の世界屈指の視力と“HSC”の超広視野を用いて得られた高品質画像と、1万人を超える市民天文学者の目による分類が合わさることで、高精度な銀河の形態分類が実現。
なかでも、銀河衝突・合体など特殊な条件下で形成されるリング構造のような形態もあるので、こうした珍しい兆候の正確な分類には、市民天文学者の慧眼が不可欠でした。
※1.“HSC(Hyper Suprime-Cam:ハイパー・シュプリーム・カム)”は、すばる望遠鏡に搭載されている超広視野主焦点カメラ。満月9個分の広さの天域を一度に撮影でき、独自に開発した116個のCCD素子により計8億7000万画素を持つ。まさに巨大な超広視野デジタルカメラといえる。


銀河の渦巻き構造とリング構造を検出するAIプログラム

今回の研究では、この“GALAXY CRUISE”から集められた約2万天体分の貴重な分類データをAIに学習させることで、銀河の渦巻き構造とリング構造を検出するAIプログラムを構築しています。

これを、“HSC”による大規模サーベイ“すばるHSC戦略枠観測プログラム(HSC-SSP)”の約7年分のデータ(第3期データリリース)に適用することで、およそ70万天体に及ぶ銀河の大規模分類を実現。
その中から、約40万天体の渦巻き銀河と3万天体超のリング銀河を検出することに成功しました。

特に、銀河全体の5%に満たないリング銀河の大量検出ができたことは、情報の少ないリング構造の成り立ちや性質を統計的に明らかにする上で重要なことでした。

これにより、研究チームが発見したのは、リング銀河が天の川銀河のような成熟した星形成銀河(主に渦巻銀河)と、星形成活動を終えて衰退する銀河(渦巻の無い銀河)との中間的な性質を持つ傾向にあることでした。
このことは、スーパーコンピュータを用いた最新の理論予測とも合致するもので、銀河のリング構造の理解に向けて一歩前進したと言えます。

また、本研究の成果は、科学コミュニティにおける市民参加の意義を再認識するもの。
市民天文学者と、すばる望遠鏡が協力して切り拓く、未来の天文学研究に向けた新たな一歩となるはずです。

AIを使った分類は、70万天体もあっても1時間にも満たない処理で済みます。
ただ、“GALAXY CRUISE”が2年以上かけて集めた分類データがなければ、本研究は実現していませんでした。
プロジェクトに参加された市民天文学者のおかげと言えます。
これからも市民天文学者との協働研究が国内でさらに盛り上がってくれば、様々な研究や発見に非常に面白い結果として表れてくるはずです。


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