prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

ビューティ・パーラー(2)

2004年10月10日 | ビューティ・パーラー(シナリオ)
○ 店
こちらも手早く表のガラス戸に鍵をかけ、カーテンを閉める。
笈出「(更衣室に向かって声をかける)大丈夫、出てきていいですよ」
男がゆっくりと姿を現す。
やがて警戒を解き、帽子とサングラスを取る。
男装した卯川つばさが姿を現した。
卯川「畠山さんは」
笈出「外出中です」
卯川「いつ帰ります」
笈出「今日は戻りません」
卯川「そうですか…(そわそわしている)」
笈出「さっきから探している人が何人もいますよ」
卯川「(ぎくっとして)お願い、知らせないで」
笈出「もちろん」
卯川「誤解してもらわないでほしいのだけど」
笈出「はい」
卯川「(口ごもる)なんといったらいいか…」
笈出「落ちついて。ちょっと待ってください」
と、押しとどめて、店の中の照明を全開にし、CDをかける。
精神をリラックスさせる音が再生される。
客がいないことを除けば、開店中とあまり変わらない雰囲気になる。
そして、卯川を椅子にまっすぐかけさせて汗を拭き、それが済んだらさらにそっと頭から肩にかけて一心にマッサージする。
やがて気持ち良さそうに落ちついてくる卯川。
卯川「(大きく息を吐く)あーっ」
笈出「失礼ですけど」
卯川「はい」
笈出「しばらくここにいたらどうですか。なんだったら臨時休業にしてもいいです」
卯川「え、そんな。
いいですよ」
笈出「いえ、いつもお世話になってますから」
卯川「そんな大したことじゃないんですよ。ただ…」
笈出「ただ?」
卯川「(口ごもる)」
笈出「(先手をとる)火のないところに煙が立ってるだけですか」
卯川「(勢いこんで)もちろんそうなんだけど、それだけじゃなくて」
笈出「はい」
卯川「…畠山さんから何か聞いてませんか」
笈出「何も聞いてません。
畠山はお客さまの話を口外したりしません。
私にもです」
決然とした調子を示すため、卯川の正面にまわる。
笈出「そして私もお客さまの話を口外したりはしません」
卯川「(意を決して)実は…事務所から独立するつもりなんです。あ、誤解しないで欲しいんですけど、待遇に不満があるわけじゃないんです。和田社長にはとてもお世話になったし。ただ、どうしても事務所を通じてだと来る仕事がこれまでの義理とかしがらみが優先して、なかなかやりたいことができないから」
笈出「わかります…ところで、やりたいことって、なんですか」
卯川「芝居ですね。
きちっとした演技がしたい。
笈出「…そうですか」
卯川「(にやっとして)芝居なんてできるのか、と思ってますね」
笈出「いえ、そんな」
卯川「いいんですよ。
今まで腕見せる機会なかったんだし」
笈出「応援しますよ」
卯川「だけど、話がまとまる前に漏れると、まとまる話もまとまらなくなるから」
笈出「なるほど」
卯川「ましてマスコミにあることないこと書き立てられたら」
笈出「(媚びる)ないことないこと、じゃないんですか」
卯川「(調子を合わせる)そう、そうです」
笈出「(かまをかける)野村とか名乗ってましたけど」
卯川「(ぎょっとする)来たんですか、ここに」
笈出「たった今、表に。まだいるかもしれない。裏から来たのは、運がよかったみたいですね」
卯川「どうしよう…」
笈出「だいじょうぶですよ。ここにいれば」
卯川「そうもいきません。失礼しないと」
笈出「だけど、本当に行ったかどうか確かめてからの方がいいですよ」
卯川「そうですね」
笈出「…もしかして、ストーカーですか」
卯川「いえ、それほどでも」
笈出「それほどでもって、あなたが遠慮してどうするんですか。一緒に食事したとか言ってましたけど」
卯川「確かに…(自分から言い出す)社長が世話になっている人の息子なんですよ。
その義理で一緒に食事しただけで。それも他の人と一緒に」
笈出「ははあ。…それで無理につきまとう必要はないってわけか」
卯川「つきまとうって、それほど危ないとは思いませんが」
笈出「どうですかね。“愛してる”って言ってましたよ」
卯川「(ひっくり返りそうになる)な、なんですって」
笈出「あなたには言ってないんですか」
卯川「あたしは聞いてない」
笈出「雑誌記者も二人来ましたけど、何を聞きつけたのか」
卯川「(ぶつぶつ言う)だから義理で仕事するのは嫌なんだ」
笈出「とにかく、しばらくここにいるといいですよ。私が必ず守ってみせます」
卯川「ありがと」
笈出、畠山が使っていた金色の取っ手がついたハサミを手にする。
卯川「今日はゆっくりできますね」
その時、また表のチャイムが鳴らされる。
びくっとする卯川。
笈出「念のため、奥に隠れてて」
と、ハサミを胸ポケットにしまう。
言われた通り、更衣室に隠れる卯川。
笈出が出て行ってカーテンを引くと、すでにきれいに装った妙齢の婦人が外に立っている。
笈出「(それを見て)あ、小牧さま」
小牧「(常連の余裕)早かったかしら」
笈出、やむをえず鍵を開けて戸を細目に開く。
笈出「申し訳ございません、今日は定休日でございます」
小牧「え、そうなの?でもあなたいるじゃない」
笈出「休日出勤です」
小牧「畠山先生は?」
笈出「出張しておりまして」
小牧「ふーん。
相変わらず忙しいんだ」
笈出「はい」
小牧「(声をひそめ)ね、無理言って悪いんだけど、今できない。
準備整ってるみたいじゃない」
笈出「え、でも先生はおりませんが」
小牧「ここに来る客には、畠山さんのファンだけじゃなくて、結構あんたのファンも多いのよ」
笈出「(挨拶に困るが)恐れいります」
小牧「ね、特別にお願いできないかしら」
と、蟲惑的な目で見る。
笈出「(ちょっとぐらっとなりかける)」
が、小牧の背後にふと行った視線が思わず釘付けになる。
野村がまたふらふらと戻ってきたからだ。
小牧「いつもひいきにしてるじゃない」
笈出「…(うわの空)」
野村、小牧の背後に立って笈出を見ている。
小牧「ねえったら」
笈出「…え?」
小牧「人の話聞いてるの?」
と、言いながら、笈出の視線を追って振り返る。
そして野村の顔を見る。
そ知らぬ調子でそっぽを向こうとする野村。
小牧「(その顔をしげしげと眺め)…あ、野村さん。野村久英」
野村、笈出、ともにびっくりする。
    ×     ×
更衣室で聞き耳を立てていた卯川、やはり驚く。
    ×     ×
野村「なんで、知ってるんですか」
小牧「だって」
と、携帯を出してディスプレイを見せる。
野村の顔が小さく出ている。
小牧「卯川つばさと熱愛中なんですって?」
野村「なんですか、これっ」
小牧「そういう噂が流れてるけど、本当?」
野村「嘘ですよ、冗談じゃない。ちょっと(と、ディスプレイをしげしげと眺め)これはカモッラで食事したときの格好だ。いつのまに」
小牧「さあ、卯川つばさ関連の情報を集めてたらひっかかってきただけだけど。
ファンの誰かが撮って流したんでしょうね。で、本当なの?」
野村「食事しただけですよ。失礼」
と、そそくさと去っていく。
小牧「もう一つ、熱愛説はデマだっていう噂もあるんだけど…」
と、好奇心にかられて追っていく。
野村「冗談じゃないっ。
デマばかりっ…」
騒ぎながら小さくなっていく二人。
笈出、これ幸いと戸を閉めて鍵をかけカーテンを引く。
笈出「出てきていいですよ」
しかし、卯川は引っ込んだまま出てこない。
傍らの従業員用のロッカーの取っ手に手をかけ、今にもその中に隠れそうな雰囲気だ。
笈出「大丈夫ですって」
その時、裏口のドアががちゃがちゃと音をたてる。
あわててロッカーに隠れる卯川。
笈出、急いでドアのそばに来る。
と、ドアの鍵が開き…畠山が入ってくる。
畠山「(笈出の顔を見て)なんで鍵なんてかけてあるんだ?」
笈出「(うろたえて)今日は戻ってこないと思いましたが」
畠山「ドタキャンでね。人を馬鹿にしている」
畠山、笈出の胸ポケットから突き出ている金色のハサミの取っ手に目をやる。
畠山「おい、それ勝手に使う奴があるか」
笈出「すみません」
と、出して畠山に返す。
畠山「特注なんだぞ。知らないわけじゃないだろう」
笈出「すみません」
畠山「まったく…」
と、店に出る。
畠山「なんでカーテンを閉め切ってるんだ」
と、つかつかと止める間もなく表の戸に近寄ってカーテンを開けてしまう。
すると、丁度外には小牧がいつのまにか来ており、ばったり顔を合わせてしまう。
小牧、屈託なくヤッホーと手を振る。
笈出も表にとんでくる。
笈出「カーテンを閉めてください」
畠山「なんでだい」
と、戸を開けて応対する。
小牧「お休み?」
畠山「そのつもりでしたが、手が空きましたので、どうぞ」
と、小牧を招き入れる。
笈出「(小声で)ちょ、ちょっと先生」
畠山「どうした」
笈出「まずいですよ」
畠山「どうして。準備してないのか」
笈出「準備は万端ですけど、人に見られるとまずいことが」
畠山「何を言ってるんだ。いいから準備しろ。途中で腰を折られたみたいで、仕事したくてうずうずしてるんだ。(小牧に)どうぞこちらに」
と、小牧を招き入れる。
笈出は困るが、習慣化した動作で畠山に先んじて小牧の世話を始めようとする。
小牧「あ、どうせなら先生にお願いできます?」
笈出「(むっとする)」
小牧「他にお客もいませんし。独占できるなんて、滅多にない機会ですもの」
笈出、肩をすくめて離れる。
小牧「(笈出に)その卯川つばさが表紙のをとってちょうだい」
と、雑誌の棚を示す。
笈出「どうぞ」
と、雑誌を取って小牧に渡す。
ぱらぱらとめくって卯川のグラビアに見入る小牧。
それから、目を上げて正面の鏡をじっと見やる。

○ 鏡の中
の小牧の顔…、それがすうっと卯川の顔に変容する。
小牧(卯川)「…(ふと、横を見て)あ、卯川つばさ」

「ビューティ・パーラー」 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。