prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「ラスベガス万才」

2021年11月30日 | 映画
とにかく共演のアン·マーグレットがチャーミング。
登場シーンでプレスリーが自動車の下に潜っているので近づいてくる脚しか見えないあたりから脚線美を印象づけ、顔を見せたらまた華やかな美人、唄ってよし踊ってもよしで、プレスリーとの息もぴったり。
ロマンスというよりバディといった方がいい感じ。

役とすると主だった男性キャラクターが全部惚れてしまうのもムリからぬところ。






「アンテベラム」

2021年11月29日 | 映画
黒人たちが綿畑で奴隷労働を強いられている南北戦争以前の時代の女奴隷と、現代の超インテリでリベラルでフェミニストの女性と、ジャネール・モネイが違う時代の二役を一人で演じるという、四つの時代を平行させながら進行させたD.W.グリフィスの「イントレランス」をちょっと思わせたりする構成。
グリフィスといえばよりにもよってKKKを英雄扱いした“問題”作「国民の創世」の監督。
作り手の知的な操作ぶりからして、たぶん頭にあっただろう。

人種差別と女性差別とをモチーフにしているのは確かだが、その見せ方のトリッキーなところでエンタメ化しているのが「アス」の製作者のスタンスということなるだろう。
インテリの嫌らしさも描出しているのは目配りが効いている感じ。




「カオス・ウォーキング」

2021年11月28日 | 映画
SF仕立てで、舞台になる星の住人たちは考えていることがもやっとした形をもってみんな頭の外に出てしまうという、言ってみれば脳味噌ダダ漏れ状態なわけだが、その中で主人公の青年トム⋅ホランドが自分の名前を繰り返し唱えることでそれ以外の思考が漏れるのを隠している。
一方で漏れ出した思考に形を与えて武器にしたり自分の分身を作る者もいたりして、SF的趣向として一応面白い。

ドラマとすると不時着した宇宙船の生き残りデイジー⋅リドリーと出会うことで青年が心を開いていくプロセスが柱になるわけだが、原作が三部作なのを第一部だけ映像化したわけで、それほど深いところまで展開しないところで終わってしまう印象。

絵面からすると諸星大二郎の「感情のある風景」に似ているが、あれが感情を外に出して切り離すことで内の感情を失っていくという深みのある展開を見せるのに対すると、どうも単調。

「スター⋅ウォーズ」新三部作で主演をつとめたデイジー⋅リドリーがブロンドにして登場するのがなんだか違和感あり。
あまりSF的とはいえない河を流されるシーンが一番スリリング。




「マリグナント 狂暴な悪夢」

2021年11月27日 | 映画
ネタバレ厳禁のストーリーだが、ゴア描写は徹底していて、おかげでX指定(18歳未満お断り)になっている。性描写ゼロで成人指定って珍しい。
そのゴア描写がスタイリッシュで、ダンサーが演じているそうだが、こういう具合に進化するものか。
ドラマとすると、姉妹愛を素直に描いているというのも珍しい。

30年前のシーンだとラジカセが当然のように日本(SONY)製。
現在のシーンのメーカーはどこなのかよくわからない。

およそ裕福ではないヒロインがまあデカいだけは思い切りデカい屋敷に住んでいるのがアメリカ式。
追っかけっこするのにも隠れるにも都合がいい。
さらにデかくないとありえない使われ方もしている。




「ほんとうのピノッキオ」

2021年11月26日 | 映画
イタリア映画伝統の大きな魅力であるセットから衣装、メイクに至る美術的なレベルの高さを堪能する。
マッテオ⋅ガローネ監督作というと「ゴモラ」「ドッグマン」のリアリズム路線の印象が強かったが、フェリーニが初期のネオリアリズモから奇想とデフォルメに移行したのと同様、特異なキャラクターのデフォルメが全編を覆う

さらにピノッキオの木肌のマチエールの表現などデジタル技術なしにはありえなかったであろう表現で、アナログの作り物感にこだわったフェリーニの映像造形とは別の新しい表現を付け加えた。

考えてみると、ピノキオの原作ってちゃんと読んだことなくて、ディズニーによるアニメ化(ディズニーの長編アニメとしては二作目)の印象が強い。
原題はシンプルにPinocchio。
「ほんとうの」とつくと「ほんとは怖いグリム童話」の類みたいだが、このディズニー版で十分に怖かった。

その意味では新解釈やルーツ探し的な目新しさはそれほど感じなかった。今から原作読んでもいいかもしれない。





「丘」

2021年11月25日 | 映画
軍隊内の刑務所にやってきた問題があるとされた兵士たちを、急角度に土を盛った「丘」を背嚢を持たせて上がっては下り、下りては上がりというまったくムダな労力の使い方をさせる。

兵士にとってムダなのはもちろんだが、軍にとっても戦力上プラスになることは何もない。「敵」に勝つためにより合理的な運営をするより内部の統制と権威の保持が優先させるために、ただ兵士たちを従属させ意思を挫くことを 自己目的化した組織であることを端的に示す。

一方で抑圧される兵士たちの方も、特にラストでどうしようもなくバラバラで結集して抵抗することはないのがやりきれない。同時にこれは軍隊だけの話ではないのが典型的にわかる。

ショーン・コネリー主演で、シドニー・ルメットとは「怒りの刑事」「ショーン・コネリー 盗聴作戦」「ファミリー・ビジネス」「オリエント急行殺人事件」ど組んでいるのだが、どれもヒロイックなところがない役どころ。

ハリー・アンドリュースが「フルメタル・ジャケット」のハートマン軍曹的な役どころで終始兵士=囚人たちを罵倒し威圧し続ける。国も時代も問わず軍隊とはこういうものなのだと思わせる。

原作はR.S.アレンの舞台劇だが、奥行きを深く撮った画面作り(撮影・オズワルド・モリス)で舞台くささはまったく感じさせない。




「老後の資金がありません!」

2021年11月24日 | 映画
お金をモチーフにした内容だけれど、拝金主義やケチケチぶりのデフォルメで笑わせるといった線ではなく、日本の中産階級(が没落しつつあるのだが)の常識的な金銭感覚の範囲内の、あるある的な共感で笑わせる。

生きるか死ぬかというほど逼迫しているわけではなく、財産がまるでないわけではないのだが、とにかく余計な出銭が多いのに振り回される感じ。
冠婚葬祭のように本来使わなくていい筈のところになんとなく習慣に流されて使ってしまう、そのもどかしいところを上手く抑えた。

大勢のコミューン的な緩い助け合いで全部お金で済まそうとすると負担が大きくなりすぎるのを分散するといったあり方を提示していて一定の説得力はあるけれど、具体性にはやや欠ける。それは映画の役割を逸脱した話ではあるが。

予告編ではマンガチックなCGの使い方が気になったが、本編の流れで見るとあまり違和感はない。

草笛光子の義母が困ったところと格好いいところの両面見せてさすがという感じ。
天海祐希は映画ではベストではないかな。宝塚の男役だった楽屋落ちが出てくるけれど、頼りにならない夫の松重豊との関係がぎすぎすしないのがいい。
ほか、ちょっとしたゲスト出演者にもそれぞれ扮装など細かい演出の眼が行きわたっている。

前田哲監督としては「そしてバトンは渡された」と一日違いの公開になったが、実はこちらは一年コロナで公開が延期されたからそうなったわけで、居酒屋のシーンでも誰もマスクをしていない。
二本とも十億円超えのヒットの見込みだそうで、「こんな夜中のバナナかよ」も入れると三本連続。どれも監督の名前を表に出さない宣伝をしていたが、あまり個性で売るというタイプではなく、しっかりした技術といい意味で常識的なセンスで手堅く打ってきたが、今後は扱いが変わるかも。

生前葬の場面がほとんどキャラクターが集まるだけにフィナーレ的なムードになり、その後が少し長く感じられた。




「リスペクト」

2021年11月23日 | 映画
ティナ·ターナーの伝記映画「TINA ティナ」でも夫の横暴が重要なモチーフになっていたけれど、描きかたはあちらの方が良く言えばわかりやすい、この「リスペクト」の南アフリカ出身の黒人女性監督リーズル・トミー氏によると、性暴力をエンタメ=見せ物にしたくないということで描き方がわかる人にはわかるといったもどかしさが残る。

ジェニファー·ハドソン歌のパフォーマンスはびっくりするくらいアリサ·フランクリンに寄せていて、エンドタイトルで定石の本物のアリサが出てきてもシームレスにつながるくらい。




「フォート·ブロックの決斗」

2021年11月22日 | 映画
「陽のあたる場所」の西部劇版といった内容。
つまり貧しい青年カウボーイが牧場経営に成功して金持ち階級に入っていく時に金を出してもらっていた酒場女(というか元売春婦)と、金持ちの銀行家の姪の板挟みになる。

役者でいうとこの貧しい中から酒場女を経て小金持ちの囲われ者になっている役のリー·レミックが光る。

グリーンのドレスを着て現れて青年を家に招き入れた後、二階に行って着替えるあたりの衣装の変化からリチャード·フライシャーの演出も乗っている感じで、随所にみられる複雑な動きの柴井を一筆書きのようなワンカットで納める中の演技の緩急も見事。

昔の映画ということもあってガンファイトで血も出ないが、かえって一気に決着がついてしまうスピード感がある。
縛り首の場面や、レミックが殴られた顔を見せるまでさりげなく反対側から撮っておいてアップで見せるまでの素早い残酷さ。

決斗と日本題にはついているが(原題はThese Thousands Hills)、撃ち合いの決闘ではなく泥まみれの殴り合いなのが、文字通り泥にまみれた人生のメタファーになっている。

主人公の親友で共同経営者になるスチュワート·ホイットマンが濃い顔立ちが陰影のある役柄に合っていていい。




「アイス·ロード」

2021年11月21日 | 映画
カナダ国境の鉱山で爆発事故が起き、閉じ込められた坑夫たちを救う重機を運ぶ仕事をリーアム·ニーソンたちが請け負うのだが、それにはアイス・ロードと呼ばれる凍った川や湖のあまり厚くない氷の上を大型トラックで走り抜けなくてはいけないという、「恐怖の報酬」的な設定。

割と早い段階でアイス·ロード突破を見せるので、これどうやって後に繋ぐのだろうと思うと、トラックだけでなく坑内の人間模様や爆発の原因の秘密や、トラック運転手と坑夫の一人が兄妹という趣向など、まあ「アルマゲドン」の脚本のジョナサン・ヘンズリー が監督だけあってやり過ぎや意味がよくわからないのも含めてとにかくあの手この手が凝らされる。

普通だったら氷が破れて冷水に落ちるかどうかでハラハラさせるのを、落ちちゃって後どうするのかというところから押しまくる。
ウィンチ大活躍。

氷の上のカーチェイスで全編押しきっているようなもので、どうやって撮ったのだろう。
エンドタイトル見ると意外とスタントマンの数が少ない。
かといってCGっぽさはほとんど感じさせない。それだけCG技術が向上したということか。

背景が白一色な中、前後関係がどうなっているのかそれほど混乱しないで見せる。
ただ格闘シーンがしつこすぎてややもたれる。ラストもやや納得いかないところあり。

リーアム・ニーソンは無双っぷりは一貫しているけれど、一作一作の趣向がちょっとづつ違っていてマンネリからほど遠いのはなかなか。




「エターナルズ」

2021年11月20日 | 映画
作品背後の宇宙感の説明の部分が原作を知らない者には聞きなれない固有名詞が頻出して、なかなか理解が追い付かない。
構成も五千年前から始まって現代にとび、また昔に戻ってと、時代がずいぶんイレギュラーに錯綜する。
昔だったらアートフィルムの技法で、正直タルくてわかりにくいところもある。

エターナルズという永遠に生きる存在が、死なないわけではないというという設定で、初めから「自然に」発生してきたわけではなく、存在する目的が別から与えられて作られたという設定。

ちらっとナウシカの漫画版のナウシカや腐海が人工物だったということが明かされ、それでも命がある以上自身の独立した生を全うすることを選ぶという展開が頭をかすめた。
ラムダっぽいデザインも出てくるし。

「ガメラ 大怪獣空中決戦」公開時に同作のプロデューサーの一人がガメラがギャオスを滅ぼすために作られた「人工」怪獣という設定に観客が引っ掛かることはないだろうかと心配していたのも連想した。

マ·ドンソクの鉄拳が唸るたびに凄い重低音が鳴り響き、一方でエプロン姿も用意してくるあたり、これまでのイメージを心得たもの。

監督のクロエ·ジャオが中国生まれなのに倣ってか、東洋系が大半を占めるキャスティングはマーベル初だろう。
白人のアンジェリーナ·ジョリーが特に中心になっているわけではないし、黒人も一人だけ。




「燃えよ剣」

2021年11月19日 | 映画
誰かわからない相手に岡田准一=土方歳三が身の上を話していくのがナレーションになって田舎のバラガキ(暴れん坊)たちが集まって新撰組の結成と幕末の動乱とを一気に描いていく。
で池田屋騒動でいったん決着がついてから五稜郭の戦いの前の時点の話しているのがわかってきて、さらにフランス人が立ち会っているのがわかるといった具合に視野が広がっていく。
冒頭の音楽が洋楽なのも外からの視点を示唆する。

幕末のわかりにくいのは、攘夷と開国の対立だと思っていると、初め攘夷を叫んでいた側がすーっと開国に転んだりすることで、思想的な立場であるより幕府に対する怨念で動いているのが本音だったりする。

芹澤鴨や清河八郎、さらには徳川慶喜まである程度エキセントリックなキャラクターにデフォルメされる中で単に利用されているのでも暗殺者でない侍らしさ(英語タイトルはBARAGAKI unbroken ま)を剣に賭けて生きてみた集団といった位置付けだろうか。

神社仏閣その他のロケーションが素晴らしい。




「DUNE デューン 砂の惑星」

2021年11月18日 | 映画

押井守のぴあの連載でのこの映画のガジェットの世界観の造形の演出についての分析はすこぶる面白かった。

シンプルなデザインの宇宙船のCGにノイズをのせることで巨大感を出している、のせないとデカいプラモデルにしか見えない、「スカイ·クロラ」でもアニメの飛行機にノイズを乗せてたという指摘はデジタル技術を駆使して作る側でないと出てこない指摘。

スター·ウォーズなどの宇宙船に凸凹をつけて巨大感を出した進化形とも思える。

デヴィッド·リンチ版みたいにグロいところがやたら目立つわけでなく、バランスをとりながら次につなげるように作っている。

大昔のセンサラウンドではないが、ブーンという重低音で身体が震える効果というのは劇場でないとムリ。




「モーリタニアン 黒塗りの記録」

2021年11月17日 | 映画
政府に不都合な公文書は一向に公開しようとしないという態度は、今現在の日本政府そのまんま。
アメリカもそうかと思うが、実際権力というのは洋の東西を問わず、政治体制を問わずそういう隠蔽を必ずするものだと認識を徹底しないといけない。

ジョディ·フォスターのグアンタナモ収容者の弁護士と、公訴する検察のベネディクト·カンバーバッチとが、立場は真逆ながら根拠になるデータがなければ法廷で戦えないと断固として黒塗り文書の開示を求めるのが興味深い。

画面のサイズは基本シネマスコープサイズ(2.35:1)なのだが、監禁されている主観に近づくシーンになるとぐっと横が狭まってスタンダード(1.33:1)ないしほとんど正方形になる。
デジタル化と共にサイズを変えるのが簡単になったせいか、

軍人は法と秩序をまず叩き込まれるというのが、本来そうあるべきなのがえてして法に反する真似をする現体制を守る方を優先させてしまうのが、きちんと筋立てだって描かれる。

アルカイダがもとはと言えばサダム・フセイン同様アメリカ側だったことも改めて思い起こさせる。
オバマ政権になっても六年間拘留が続いたというラストの字幕により、体制はそれ自体の力学で動くことが示される。




「フリードキン アンカット」

2021年11月09日 | 映画
ここに出てくるウィリアム·フリードキンその人の人物像は作品のイメージそのまんま。

まず、容赦ない。
徹底して描く対象を調べて、実際にその仕事に携わる人たちに密着して根掘り葉掘り聞き出すというあたり、テレビ出身というのを思い出させる。

ズービン・メータがインタビューを受けているのはなぜだろうと思ったら、フリードキンが演出したオペラの指揮をしていたのだった。
映画での音楽の使い方はおそろしく即物的なのでオペラの贅沢なイメージと結びつかないのだが、どんな演出だったのだろう。

「LA大捜査線 狼たちの街」の偽札作りのシーン、考えてみると本当に偽札を作っているので警察が踏み込んで来やしないかひやひやしたというウィレム·デフォーの証言は笑わせる。
デフォーが金玉を撃った(この痛そうなこと!)男に止めをさすところで手にしたアフリカの彫刻をダサいと貶したら、フリードキンの私物だったなんてオチがつく。

エイゼンシュタインのスケッチや浮世絵など、かなりの美術コレクターのよう。


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