prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「タイラー・レイク 命の奪還」

2020年04月30日 | 映画
サム・ハーグレイヴ監督デビュー作。これまでの仕事とすると「アベンジャーズ」「ハンガー・ゲーム」シリーズや「アトミック・ブロンド」、中国映画「戦狼 ウルフ・オブ・ウォー」などのスタント・コーディネーターを務めている。

というわけで、当然アクションシーンは凝りに凝っている。
特に前半30分過ぎあたりからのカーチェイスから、アパートの狭い廊下のナイフや拳銃を交えた肉弾戦から、屋根からの転落までを含んだおそろしく複雑で手がこんだ、10分余りの長回しワンカットによるアクションは凄い。
「アトミックブロンド」の長回しを越えようとしてメガ盛りになった(なりすぎた)感もある。

クリス・ヘムズワースが悪役と一緒に二階から地上に転落するあたり、落ちる直前にすごく巧みにスタントマンに交代して落ちてからクリスにまた交代しているのではないか。メイキングが見たいな。

クリス・ヘムズワース以外がほとんどインド系キャストというのが異色。舞台はバングラデシュだが、撮影はインドとタイ。

グラフィック・ノベルCiudadが原作。
悪役の扱いがほとんど少年ジャンプ。





「アフリカの光」

2020年04月30日 | 映画
アメリカンニューシネマの「明日に向って撃て!」(1969)みたいに萩原健一と田中邦衛の男二人のホモっぽい関係に桃井かおりの女ひとりがプラスされるという関係が基本になっている。

ニューシネマの場合はあからさまにホモセクシュアルというのをぼかしていてホモソーシャル寄りではあるのだがここでははっきりホモっぽい。
脚本の中島丈博はのちに監督作「おこげ」でホモのカップルと女ひとりの同居生活というのを描いているから、その予告みたいなところもある。

タイトルが「アフリカの光」で実際に出てくるのが北海道の冬景色なのだから相当に面食らう。
撮影は姫田真佐久でさすがに素晴らしい。

監督の神代辰巳としては日活ロマンポルノで名を上げてメジャーな東宝に招かれて一種の文芸路線として撮ったうちの一本ということになる。前作「青春の蹉跌」がかなりヒットして同じ萩原健一主演で撮ったわけだが、ちょっといくらなんでもとりとめがなさすぎる感じ。



「クレイマーvsクレイマー」(シナリオ)

2020年04月29日 | クレーマーvsクレーマー(シナリオ)
○ 地方都市
自動車でまわれる範囲内に、スーパーも学校も各種チェーン店も一通り揃っている。 

○ 小学校・校門
下校時間。生徒たちが教師に送り出されている。
ある者は保護者が迎えに来ているが、一人で、あるいは子供たちだけで帰る者も多い。 

○ 同・教員室
教員たちが仕事に追われている。
その一人、園田が近くの教師・青山静雄(40)に受話器を差し出して、
園田「青山先生、お電話です」
静雄「どうも(と、受け取り)青山です」
電話の相手の声「二年一組の赤沢翔太の母ですけれども、翔太は掃除したでしょうか」
静雄「?(当惑)…え、何をしたですって」
声「掃除です」
静雄「掃除? どこのですか」
声「この間、頼んでおいたでしょう。翔太には掃除させないでくれって」
静雄「ちょっと待って下さい。それはこちらの誰に頼んだのですか」
声「先生です」
静雄「何先生ですか」
声[青山先生です」
静雄「青山は私ですが」
声「掃除させないでもらえましたか」
静雄「ちょっと待って下さい。私は何も聞いていません」
声「青山先生が担任なのでしょう」
静雄「担任ですが、どの先生に話されたのですか」
声「息子に掃除させたのですか」
静雄「(嘆息して)ちょっと待って下さい。なぜ掃除させないでくれとおっしゃるのですか」
声「喘息があるからです」
静雄「医者の診断書は提出されましたか」
声「いいえ」
静雄「提出されてからにしてください」
声「診断書、書いてくれるでしょうか」
静雄「書いてくれるでしょう、それは」
声「いや、本当に喘息なのかどうかわからないから」
静雄「え?(混乱する)医者に見せて喘息だって診断受けたんじゃないんですか」
声「いいえ、まだ見せてません」
静雄「(げっそりして)見せて診断を受けてからにしてください。失礼します」
と、電話を切る。 電話の相手
切った携帯を制服のポケットに入れる赤沢朋子(35)。 ドラッグストア
のレジに戻る朋子。
朋子「(客に)いらっしゃいませ」 学校・職員室
園田「(静雄のそばに来て)『生徒の心の教育についての勉強会』の報告書、出しました?」
静雄「出しました」
×    ×
園田「(また来る)教育委員会のメンバーの名簿、まわしてくれました?」
静雄「まわしました」
×    ×
園田「(来る)児童心理カウンセラーに来てもらう日程、できましたか?」
静雄「今、作ってます」
だんだん疲れてくる静雄。 学校・校門
静雄、すっかり暗くなった中、出てくる。 商店街
歩く静雄。 ドラッグストア
に入る。 

○ 同・中
レジに来る静雄。
迎えるのは朋子だが、もちろん相手が誰なのかは互いに知らない。
静雄「睡眠薬、あります?」
朋子「本格的な睡眠薬は、お医者さまの処方箋がないと買えないのですが」
静雄「知ってますよ。それに近いものあるでしょう」
朋子「はい、誘眠作用のあるたんぱく質で、習慣性や依存性のないものが出ております」
静雄「それ下さい」
朋子「(並べて)これと、これ。80錠入りと、120錠入りで」
静雄「80でいい」
朋子「1800円になります。スタンプカードはお持ちですか」
静雄、黙って財布からカードを出す。
ちらと、店内に出ている「本日スタンプカードポイント二倍デー」と出ている表示に目をやる。
朋子、かちゃかちゃと素早くカードにスタンプを押す。
朋子「ありがとうございました」
と、返そうとしたところで、
静雄「え、ちょっと」
朋子「何か]
静雄「スタンプ、五百円で一つですよね」
朋子「はい」
静雄「それで、今日はスタンプ二倍デーだ」
朋子「はい」
静雄「買ったのは1800円だから、本来だったらスタンプ三つ」
朋子「(面倒になってくる)はい」
静雄「その倍だから六つ」
朋子「はい」
静雄「だけど、五つしか押していないじゃないか」
朋子「五つ押しましたけれど」
静雄「どこが。前はここまで(と、カードのスタンプの列の一部を指して)押してあったんだから、六つ押したらここまでになるはずだろうっ」
突然キレて声のオクターブが思わず上がる。
朋子「はあ」
静雄「もう一つ押せよっ」
朋子「でも」
静雄「俺が嘘ついているっていうのかっ」
朋子「いえ、でも」
静雄「ただでさえイライラしているのに、余計なストレスかけるなっ」
大声を聞いて、マネージャーの伊崎が急いで飛んでくる。
伊崎「どうなさいましたか、お客様。何か失礼でも」
朋子「(一転して)かしこまりました」
と、ぽんぽんと二つスタンプを押す。
静雄、それに気づくが、何も言わない。
静雄、出て行く。
朋子「(内心のむかっ腹を抑えている)」 コンビニ
夜食を買う静雄。 青山家
戻ってくる静雄。 同・中
静雄、一人で電子レンジで夜食を温めて食べる。
玄関のドアが開閉する音がする。
振り返ると、妻の理美(45)が帰ってきたところ。
理美「おかえり」
静雄「おかえり」
理美「ただいま」
静雄「ただいま」
理美も、自分の分の夜食を買ってきている。
二人、向かい合って別々の食事を始める。 ドラッグストア・裏口
私服に着替えた朋子が出てくる。 ○ 夜道
コンビニ以外は人の気配もない。
歩く朋子。 赤沢家
明かりがついている。
朋子、入る。
息子の翔太(8)と、その父親の健太(30)二人でゲームをやっている。
朋子「ただいま」
健太「おかえり」
翔太、ゲームの方に気をとられている。
朋子「また帰り早いのね」
健太「夕飯作っておいた」
朋子「翔太、食べた?」
健太「ああ」
朋子「本当に?」
健太「本当だよ」
朋子「ちゃんと野菜食べた?」
健太「ああ」
朋子「産地確かめた?」
健太「ああ」
朋子「…嘘」
健太「嘘じゃない」
朋子「(確信を持って)嘘」
健太「わかったよ。確かに、確かめなかった」
朋子「なんで。頼んでおいたのに」
健太「だって、だいたい今表示しているから、外国産だったらわかるよ」
朋子「違ってたらどうするの」
健太「全部心配してたら、食べるものなくなっちまう」
朋子「全部は無理でも、もう少し心配しなさいよ。時間あるんだから」
健太「忙しい時は、一緒に過ごす時間がないって文句言ってたくせに」
朋子「また仕事探すのにつきあわされるのイヤだからね」
健太「もう探す気はない。家にいて、ソフトを作るか、オンライン取引をするかで稼ぐ」
朋子「そんなんで、食べていけるの」
健太「会社にしがみついてたら、殺されちまうよ」
翔太、両親が言い争っている間、手を止めていたゲームをまた始める。
健太、それにつきあってゲームに戻る。
朋子、二人を放っておいて、掃除機を出して掃除を始める。
ものすごい音が響くので、
健太「何もこんな時間に掃除しなくていいだろう」
朋子「だったら、あなた昼間してくれる? ハウスダストは怖いんだから。翔太が喘息起こしたらどうするの」
健太「わかった、わかったからやめてくれ」
やっと止める。 青山家・寝室
買ってきた睡眠薬を飲んで、横になる静雄。
理美は別に寝ていて、すでに寝息をたてている。
静雄、ラジオのイヤホンをつけたまま寝付かれずに寝返りをうっている。 ○ 赤沢家・寝室
同じように寝付かれずにいる朋子。 青山家・朝
バナナとヨーグルトとミルクをミキサーにかけて作ったシェーキをそれぞれ別々に一杯づつ飲んで支度して出ていく静雄と理美。 ○ 赤沢家
健太、朝食の支度をしている。
朋子、きのうの続きの掃除をしようと、掃除機を出してくる。
健太「なんだい、こんなに朝早くから」
朋子「夜がダメで、朝がダメなら、昼やってくれるの。昼間から家にいるようになりたい?」
と、轟々たる音をたてて掃除を始める。
健太、翔太、それぞれ食事を始める。 

○ 同・外
健太と翔太、出てくる。
一緒に歩いていくが、あまり言葉が出ない。
健太「どうだ、学校は楽しいか」
翔太「うん」
健太「おまえ、携帯持ってるのか」
翔太「(首を横に振る)」
健太「まあ、小学生だものな」
翔太「ともだちはみんな持ってる」
健太「友だちは友だち、おまえはあまえだ」
ぷつりと話の接ぎ穂が途切れ、そのまま黙って歩いていく。
翔太、突然、咳をする。
健太「どうした、風邪か」
翔太「喘息」
健太「何?」
翔太「ママはそう言う」
健太「そうなのか」
翔太「知らない」 学校
ぱっと走り出して、校門に入っていく翔太。
健太「気をつけるんだぞ」
翔太、走っていく。 赤沢家
丹念に掃除している朋子。 学校・校庭
ドッジボールをしている翔太を含む生徒たち。
監督している静雄。
円の中で逃げ回るが、ぶつけられて不満そうに退場する翔太。
自分がぶつける番になると、もちろん思い切り今ぶつけた生徒にぶつける。
周囲も特にこれといった反応は見せない。 教員室
遅くまで残って雑用を片付けている静雄。 赤沢家
電話を前にして、決心してように深呼吸して、受話器をとる朋子。 ○ 教員室
静雄「(出て)もしもし」
朋子の声「二年一組の赤沢翔太の母ですけれども」
静雄「(思わず身構える)はい、担任の青山ですが」
以下、適宜カットバック。
×     × 
朋子「あの、うちの子がいじめられているってことはないでしょうか」
静雄「え(慌てる)」
朋子「あるいはいじめているとか」
静雄「え?」
朋子「うちの子がボールをぶつけられたそうですね」
静雄「え?」
朋子「ぶつけられたから、ぶつけ返したとか」
静雄「ああ、ドッジボールの話ですね」
朋子「ゲームのですか」
静雄「そうです」
朋子「ゲームで済んでいるんでしょうか」
静雄「それは…そうでしょう」
朋子「本当に?」 ○ 教員室
静雄「大丈夫です、私がついて見ていましたから」
それを聞いていた園田、ちょ、ちょと手招きする。
静雄「失礼、ちょっと用がありますので、また後にしていただけますか」
朋子「では、直接お伺いします」
静雄「え」
朋子「あさっての、放課後でいかがでしょう」
静雄「(仕方ないな)わかりました。お待たせすることになるかもしれませんが」
朋子「構いません」
電話を切る静雄。
園田「青山先生、困りますよ、ついて見ていたなんて簡単に言われては。それで問題に気がついていなかったら、責任を認めなくちゃいけない」
静雄「はあ」
園田「今は、いろいろうるさいんだから。親も、マスコミも、教育委員会も」
静雄「はい。気をつけます」
園田「どうです、問題になりそうですか」
静雄「大丈夫だと思います」
園田「頼みますよ」 ドラッグストア
静雄が入ってきて、いきなり朋子に向かって、
静雄「この間、教えてもらったたんぱく質、効かなかったですよ」
朋子「たんぱく質?」
静雄「眠れるっていう」
朋子「ああ」
静雄「もっと効くのをもらいたい」
朋子「お客様によって体質が違いますので、一度お医者さまにかかって処方箋をもらってきたらいかがでしょう」
静雄「医者は嫌いだ。いったんかかると、ずっとかかり続けないといけなくなる。かえって習慣がついてしまう」
だんだん静雄の後ろに客がたまってくる。
それが気になってくる伊崎。
朋子「習慣にならないように、お医者さまに診てもらうのですけれど」
静雄「医者にかかると、病気になると思わない?血圧とか、血糖値とかだけならまだしも、あんなにやたらと細かく色々テストしたら、必ず不合格になる項目出てくるよ」
朋子「でも、必要なことです」
静雄「頼みもしないのにね。医者じゃ文句も言えないし」
朋子「(内心むかっとくる)ご注文をどうぞ」
静雄「だから、もっと効く薬をくれ」
朋子「ですから、お医者様の」
静雄「(声を荒げる)知るかっ、そんなもの。黙って、効く薬みつくろって出せばいいんだ。」
たちまち、伊崎がすっとんでくる。
伊崎「お客様、何か失礼がありましたでしょうか」
静雄「こちらで勧められた睡眠薬が効かないから、もっと効くのを出してくれって言っているだけだ」
伊崎「かしこまりました、こちらへどうぞ」
と、静雄を連れて行く。
朋子「(待っていた客に)お待たせしました」
と、レジを打つ。
ちょっと離れたところであれこれ話している静雄と伊崎。
見ているうちに、静雄が買い物かごを持つ。
巧みに伊崎がセールストークを展開しているらしい。
棚から血圧計をとって入れる静雄。
さらに体脂肪計を入れる。
サプリメントを買う。
健康食品をつぎつぎと買い込む。
みるみるうちにいっぱいになる買い物かご。
一つでは足りず、いっぱいになった二つのかごをレジに持ってくる。
おおわらわで会計を済ませる朋子。
静雄が最後に、メモを出す。
静雄「この薬、ありませんか」
朋子「お待ちください」
と、棚に行って調べる。
朋子「お取り寄せになります」
静雄「じゃ、お願いします」
朋子「処方箋は」
静雄「いらないはずですよ。彼(伊崎)が使ってるそうだから」
朋子「はあ」
と、ちょっと変な顔で遠くにいる伊崎を見る。 赤沢家
パソコンをいじっている健太。
今日は一人で勉強している翔太。
朋子「(帰ってきて)ただいま」
二人とも、生返事しかしない。
朋子「(翔太に)宿題?」
翔太「うん」
朋子「けっこう、偉いねえー。(健太に)明日の午後、学校に行ってくるから」
健太「何しに」
朋子「色々、翔太の扱いについて言うことがあって」
健太「クレームつけに行くのか」
朋子「正当なクレームだもの」
健太「モンスター・ペアレントなんて言われるマネするなよ」
朋子「ペアレントって、あなたは何もしないじゃない。あたしの代わりに学校に行ったって、ただ話聞いて帰ってくるだけで」
健太「そんなに翔太に問題あるか」
朋子「あなたにわからないだけ」
健太「心配しすぎだよ」
朋子「ネグレクトよりいいでしょ」
健太「何?」
朋子「ネグレクト。無視。無関心」
健太「馬鹿言え」
朋子「今だって、無視してたじゃない」
健太「勉強している邪魔できるかい」
翔太、じっと机に向かっている。
朋子「だったら、あなた代わりに行ってくれる?」
健太「何が不満なんだ」
朋子「 青山家
薬を飲む静雄。
×                × 
眠れないでいる。
寝息をたてている理美。 学校・校門(放課後)
前に翔太と朋子がいる。
朋子「これから、先生と話があるから、ここで待ってなさい」
翔太「宿題がある」
朋子「すぐ済むから」
と、中に入っていく。
手持ち無沙汰気に待っている翔太。 職員室
朋子、中に入る前に面接でも受けるように緊張をほぐすために、ちょっと深呼吸してからノックする。
「どうぞ」 

〇 同・中
朋子が入ってくる。
机についたまま、半分振り返るような横着な姿勢で迎えたのは、園田。
朋子「二年一組の赤沢翔太の母ですけれども」
園田「ああ、うかがっています」
答えたより早く、ずいと園田に迫る朋子。
朋子「翔太に掃除はさせているのでしょうか」
その声を聞いて、少しびくっとする静雄。
まだ朋子の顔は見ていない。
園田「は?(当惑する)私は、ちょっとわかりかねますが」
朋子「わからないって、何です(微妙に声が裏返る)」
園田「私は担任ではないもので」
朋子「担任はどなたです」
園田「そこの青山先生です。青山先生」
呼ばれた静雄、しぶしぶ来る。
互いにその顔を見て、ぎょっとする。
静雄「あなたが…」
朋子「先生なんですか」
園田「(いぶかしんで)どうなさいました」
静雄「いえ、なんでも」
園田「では、あとは任せましたよ」
と、押し付けて自分のパソコンで仕事を始めた(あるいは、そのふりを始めた)。
対峙する朋子と静雄。
朋子「(意を決したように切り口上で)先日お願いした件ですけれど」
静雄「息子さんだけ掃除をさせない、という件ですか」
朋子「考えていただけましたか」
園田、机に向かいながら、聞き耳をたてている。
静雄もそれに気づいている。
静雄「アトピーなんですか」
朋子「わかりません」
静雄「それでは、特別扱いは無理です」
朋子「あの子は、医者が嫌いなんです」
静雄「だけど、実際に掃除していて異常が見られるとは思われませんが」
朋子「ずうっと見ているんですか。うちの子のことを」
静雄「それは無理です」
朋子「だったら、なんでいじめられていないって言い切れるんですか」
静雄「え?(話がいきなり飛躍したので当惑する)」
朋子「うちの子はいじめられていないって、断言していたでしょう」
静雄「そんなことは、言っていません」
朋子「だったら、わからないわけでしょう」
静雄「ええ、まあ」
朋子「だったら、掃除はさせないで下さい」
静雄「それは、他の子と不平等になります」
朋子「条件が違う子を同じに扱うのは、悪平等です」
静雄「どう違うんですか」
朋子「もういいです。校長先生と話させて下さい」
静雄「それは困ります」
朋子「何が困るんです」
静雄「担任は、私ですから」
朋子「何もしてくれないじゃないですか」
じいっと、背中で聞いている園田。
×              × 
朋子「だから、校長先生と話させて下さい」
×              × 
朋子「なんで校長先生と話させてくれないんですか」
静雄「校長は、今いませんでしたよね」
と、園田の方に助けを求めるように聞く。
園田、答えない。
静雄「いませんでしたよね」
園田「(しぶしぶ)さあ、ちょっとわかりかねますが」
朋子「この学校は、校長の居場所もわからないんですかっ(激昂する)」
園田、またパソコンに向かう。
×              × 
朋子「(時計を見て)大変、こんな時間」
と、やっと席を立つ。
朋子「息子を待たせてあるんです。何かあったら、どうしよう」
と、誰に言うでもなくぶつぶつ言って、
朋子「(きちんと静雄の方を見ないで)失礼します」
と、そそくさと出て行く。
園田、やっと大きく息をついて、のびをする。
静雄、ぐったりしている。
園田「大変でしたね」
静雄「大変でした」
園田「まあ、あれはまともな、というか、おとなしい方ですよ。よく我慢しましたね」
静雄「ここで怒るわけにもいきませんから」
園田「とにかく、いたのが私だけでよかった。校長にまで上がると、交渉の余地がなくなるし、他の保護者に見られていたら、騒ぎが大きくなるし。これからも気をつけて下さいね」
静雄「(ぼそっと)一対一にしないのがよかったということでしょうか」
園田「そうです」 校門
かなり暗くなっている。
足早に戻ってくる朋子。
翔太の姿がない。
朋子「翔太、…翔太?」
名前を呼びながら探し始める。
みるみる血相が変わる。 職員室
いきなり、ドアが開いて朋子が飛び込んでくる。
その勢いにびっくりする静雄と園田。
朋子「翔太がいませんっ」
静雄、園田、あわてる。
園田「落ち着いて」
静雄「どこに待たせていたのですか」
園田「落ち着いて」
朋子「校門のところに」
園田「携帯は持たせていますか」
朋子「いません。有害なサイトを見たりしてはいけないっていうのと、主人が子供に持たせる金はないっていうもので」
と、そこで携帯が鳴る。
朋子、自分のものであることに気づいて、出る。
朋子「もしもし」 赤沢家・中
健太「俺だ。翔太を一人でほっぽり出して何やってるんだよ」
翔太、ランドセルを下ろして手を洗っている。 ○ 教員室
朋子「(虚を突かれて)あなた? 翔太はどこ?」
健太「家だよ」
朋子「どうして」
健太「友だちの携帯を借りて、俺の携帯にかけてきた」
朋子「(どっと疲れが出る)迎えに来てって?」
健太「そう」
朋子「待っていなさいって言ったのに」
健太「待っていられなくなったんだろ。とにかく、帰ってこい」
電話が切れる。
朋子「(ばつが悪そうに)お騒がせしました」
と、そそくさと出て行く。
静雄「人騒がせですねえ」
園田「いいんじゃないですか。素直にあやまるところは」 ○ 赤沢家
朋子「(荒れている)ああ、恥ずかしかった」
健太「恥ずかしがることじゃないだろう」
朋子「そう思う?」
健太「思うよ。(あまり本気ではなく)子供のためなんだから」
朋子「そうよね。子供のためなんだから」
翔太、手を洗っている。 ○ 青山家
テーブルにぶちまけられた検診器具、健康食品など、など。
いちいち数値を計測する静雄。
理美「どこか悪いの」
静雄「いいわけがない」
理美「体には気をつけてね」
静雄「気をつけてる。いくら気をつければいいんだ。きりがない」 

〇 ドラッグストア(数日後)
伊崎がリストを朋子に渡す。
朋子、リストをめくって、電話をかける。
朋子「もしもし、ベストドラッグですが、青山静雄さまでしょうか」 学校
携帯をとっている静雄。
静雄「はい」 ドラッグストア
朋子「(ごく淡々と)お薬が届いておりますので、取りに来て下さい」 ○ 学校
静雄「はい」
電話、切れる。
いともビジネスライクなやりとり。 ○ ドラッグストア・外
静雄、入る前にいったん立ち止まって、深呼吸してから、何か次元の違う空間にでも踏み出すように思い切って敷居を踏み越える 同・中
静雄が来る。
朋子「お薬が来てます」
と、出してくる。
静雄「先日買った、血圧計だけれど」
朋子「はい」
静雄「壊れています」
朋子「え?」
静雄「変な値が出る」
朋子「どんな、でしょう」
静雄「下が80で、上が120」
朋子「正常じゃないですか」
静雄「前に医者に診てもらった時は、下が90で上が130だった」
朋子「はあ」
静雄「高血圧だ」
朋子「うーん、微妙だとおもいますけれど。いつ計ったんですか」
静雄「半年前」
朋子「それっきり?」
静雄「そう」
朋子「血圧っていうのは、相当に変動するものですから。医者に計ってもらうと、緊張するから数値が高めに出ることがあるんです」
静雄「いや、医者が計ったものだから」
朋子「(首を傾げて)医者はお嫌いだったのではありませんでしたっけ」
静雄「緊張するから嫌いなんだ」
朋子「(話が変な具合になってきたので、元に戻す)お薬は、用法をよく読んで使ってくださいね。くれぐれも飲みすぎないように」
静雄「子供じゃないぞ」
すーっと、傍らを伊崎が通っていく。
なんとなく目礼を交わす伊崎と静雄。
圧力を感じる朋子。

〇  学校・校門
朋子、入る前にいったん立ち止まって、深呼吸してから、何か次元の違う空間にでも踏み出すように思い切って敷居を踏み越える
 
〇 同・教員室
朋子「…だから、校長を呼んでください」
と、相変わらず静雄と押し問答している。
じいっと朋子のクレームを見て見ぬふりをして机に向かっている園田。

〇  その隣の校長室
校長の長野が、出て行くに出て行けないで、閉じこもっている。
「校長を出してください」
「校長と話させてください」
という言葉が漏れ聞こえてくるのにびくびくしている。 教員室・外
やっと出てきて、帰っていく朋子。
その後から、そそくさと出てくる長野。
見つからないように注意しながら、小走りにトイレに駆け込む。 ○ 校長室
歩き回って考え込んでいる長野。 教員室
校長室のドアが開き、
長野「園田先生」
と、呼ぶので、
園田「はいっ」
と、打てば響くように飛んでいく。
後に残される静雄。
×                  × 
出てくる園田と長野。
なんとなく、腰を浮かせて迎える静雄。
静雄「校長先生」
長野「あ、これから私は用があって出かけますので」
と、そそくさと出て行く。
園田「(声をひそめる必要もないのに声をひそめて)大丈夫ですよ。校長先生はちゃんと対策を考えていらっしゃいます」
静雄「はあ、対策、ですか」
園田「はい」 ドラッグストア
伊崎、店の中を歩いてまわっている。
「店長を出して」
と、いう静雄の声が聞こえるので、びくっとする。
静雄の声「だから店長を出してっていうの。もともとこの薬も店長が勧められたものなんだから」
あわてて姿をくらます伊崎。
静雄の声「店長はどこだ」
×                × 
ひとしきり騒ぎ終わって、出て行く静雄。
レジでいささかへたばっている朋子。
やっと出てくる伊崎。
朋子「店長…」
伊崎「ああ、ぼくは今日は定時にあがるから。あとよろしく」
と、行ってしまう。 

○ 居酒屋・夜
長崎が来て、中に入っていく。

 ○ 同・座敷
十人前後の三十歳の男女がたむろしている。
長崎が入っていくと、拍手で迎える。
その中に、伊崎もいる。
白井(幹事)「では、長野先生のいらっしゃったところで、平成二年度・川浪第一小学校六年一組の卒業生による同窓会を開催することにしたします。みなさま、コップをおとり下さい」
コップをとる一同。
白井「では、再会とこれからの健康と活躍を祝して、乾杯」
×                × 
だいぶ酒が入って、場が乱れている。
長野「まったく、小うるさい世の中になったものだ。自分たちの子供だろう。学校にばかりぎゃあぎゃあ責任を要求するんじゃないよ。昔はもっとおおらかだったとは思わないか、え」
伊崎「学校だけでじゃないですよ。商売やっていても、のべつまくなし文句たれがやってきて、屁理屈つけてく。それにいちいち対応するたびに、また世の中がややこしくなってくんだから、たまりませんよ」
長野「わかる。君も苦労してるなあ。昔はこんなにうるさかったかね」
伊崎「そんなことしなかったと思いますよ」
長野「遠足に行けば集合写真にうちの子が写ってないって文句を言う。運動会をやればうちの子が一番にならなかったのは種目の選び方が悪いからって文句を言う。好きなものを選べないからって給食費は払わない。どうしろっていうんだ」
伊崎「そんな親ばっかりなんですか」
長野「いや、そんなことないんだけどね。たいていは普通さ。だけど、よく聞くだろう、そういうモンスターペアレント、あちこちで」
伊崎「よく聞きますね。日本もアメリカみたいな文句を言う奴が得する社会になってきたって」
長野「君のところにも来るかい、クレーマーが」
伊崎「必ず言うんですよね。店長を出せって」
長野「そうそう。だけど、実は責任者が出ていってはいけないんだよね。出て行って解決しなかったら、後のフォローができなくなる」
伊崎「責任者をつるし上げるのが気持ちいいんじゃありませんか。テレビなんかで、問題起こした会社の経営陣が並んで頭を下げるところばかり、やるからああいう風にしないといけないと思う奴が増えてると思う」
長野「だからっていって、放っておくわけにもいかないしなあ。なんかいい方法ないかな」
伊崎「それで調べたんですけど、クレーマー対策の講座ってあるんですよね」
長野「効果あるのかね」
伊崎「まあ、たぶんあるんでしょう。やっているところをみると」
長野「手を打たなかったら、また文句言われるものな。ところで、どんなところだい」

〇  校長室
ノックの音がする。
長野「どうぞ」
静雄が入ってきて、頭を下げる。
長野「やあ、いつもご苦労さまです」
静雄「ありがとうございます」
長野「元気ですか」
静雄「はい」
長野「ちゃんと食べてますか」
静雄「はい」
長野「よく眠れますか」
静雄「はい」
もちろん嘘をついているのだが、まったくしれっとして答える。
長野「それはよかった。よく食べ、よく寝る。若くないと、それも難しくなってきます」
静雄「いいかげん、若くはありませんが」
長野「だから気をつけてもらわないと」
静雄「はい」
長野「定期健診は受けてますか」
静雄「はい(これも嘘)」
長野「何にしても、早めに対応するに越したことはありません」
静雄「はい」
長野「対応するのが遅れれば遅れるほど、直すのが難しくなります」
静雄「はい」
長野「ところで」
と、チラシを出して、差し出す。
長野「こういう講座があります」
見ると、「クレーマー撃退セミナー」
と、ある。
しげしげと見る静雄。
長野「学校によっては、先生方全員をこういう講座に受講させるところもあるそうですけれど、うちにはそれほどの予算ありませんので」
静雄「はい」
長野「本当に効果があるのかどうかも、よくわかりません」
静雄「はい」
長野「でも、何もしないでいるわけにはいかない。わかりますね」
静雄「はい」
長野「では、申し込んでおきましたから」
静雄「は?」
長野「来週の土曜の午後一時からです。出られますよね」
静雄「ええ、まあ」
長野「では、ここに」
と、チラシの小さく印刷された地図を見せる。
長野「遠くありませんから」
静雄「はい」
長野「これは、参加証。領収書も兼ねているので、なくさないで下さい」
静雄「はい」 教員室
出てくる静雄に、園田が声をかける。
園田「よかったですね。ちょうど、予算がはまって」
静雄「はあ」
園田「よく勉強して、成果を伝えてください」
静雄「はい」
未だに戸惑っている様子。 

〇 セミナー会場
市役所・図書館・公会堂などが入った、貸しスペースを提供するようにもなっている市のビル。
静雄、チラシ片手に来て、エレベーターに乗る。 

〇 会場階
がらんとした特長のない廊下。
どこが会場なのかすぐにはわからず、どこかに表示が出ていないか探す。
よく見ると、同じチラシが案内板に貼られて、手書きでこちらが会場と矢印が描かれている。
なんだかよくわからないまま、矢印をたどっていく。 

〇 セミナー会場
これといって特徴のない会議室仕様の部屋。
びしっと営業モードのスーツを着こなした男(中原)が、一人で迎える。
中原「いらっしゃいませ。セミナーに参加される方ですか」
静雄「はい」
と、参加証を示す。
中原「ありがとうございます。始まるまで、中でお待ちください」 

〇 同・中
入ってくる静雄、びっくりする。
朋子がいるからだ。
思わず、目礼してしまう。
朋子も思わず挨拶しかえす。
そのうち、三々五々、人が集まってきて、ばらばらの、互いに距離をとって位置の席につく。
全部で6人。
中原「(前に立って)えー、みなさん。クレーマー撃退セミナーにご来場いただき、ありがとうございます。これを機会に、みなさんが属する会社・学校その他の組織のリスク管理の参考になれば幸いです」
挨拶の間、ちらちらと互いにうかがう朋子と静雄。
中原「では、講師の先生を紹介します。まず、花柳恵子先生」
スーツ姿の花柳が頭を下げる。
答礼する一同。
中原「日本女子大日本文学科を御卒業後、日本ラジオアナウンサーを経てフリー、共感力と理解力を高める話し方の研究と指導にあたっておられます。それから石上誠司先生」
ややラフな格好の男(石上)、やはり礼をする。
中原「早稲田大学文学部演劇科在学中から劇団『ピサロ』を設立、演技・演出にたずさわる。卒業後、ニューヨークに留学、俳優教育法を学ぶ。現在、劇団運営とともに俳優指導方を応用した交渉術の指導にあたっておられます」
では、まず花柳先生、お願いします。
花柳、壇上に立つ。
花柳「みなさん、こんにちは。では、これからみなさんにカレーライスを作っていただきます」
思わぬ言葉に、当惑の色を浮かべる受講者たち。
花柳「いえ、もちろん本物のカレーライスを作るわけではありません。みなさんがこれが一番普通だと思うカレーライスを作ってください」
×      × 
集まっている受講者たち。
武藤「(五十がらみの管理職タイプ、一番年上)えー、では肉は何にします」
小沼「(三十くらいの女性)うちでは牛(ぎゅう)を使っています」
西村「(四十台、男性)「高い肉使いますね、うちは鶏ばっかりです」
大江「(四十台、女性)うちは羊です」
朋子「珍しいですね。うちは気分によって変わります」
静雄「うちはその時一番安い肉かな」
武藤「野菜は何にします」
朋子「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、くらいですか」
静雄「うちはキノコを入れます」
大江「あたしはキノコ苦手」
ちらちらと、こんなことやっててどうするの、という目が花柳に注がれる。
花柳「(いきなり)赤沢さん」
朋子、びくっとする。
花柳「なんでその野菜を選んだのですか」
朋子「え、カレーの箱の裏の説明に書いてあったからです」
大江「市販のルーを使うんですか」
朋子「そうですね」
静雄「うちもそう」
大江「うちはカレー粉を混ぜて作ります。たまにだけど」
武藤「へえ、凝りますね」
大江「いっぺん、作ったのはいいけれど、全然味がしなくて参ったことあります。なんでだと思います」
花柳「大江さん、話が脱線してます」
大江「あ、すみません」
静雄「作ったあと、ウスターソースをカレーにかける人って割りといるけれど、うちは最初から入れますね」
朋子「え、気持ち悪い」
静雄「気持ち悪いってことないでしょう」
花柳「ほらほら、言い争わない」
西村「つけあわせは何にします」
静雄「うちはらっきょう」
朋子「うちはゆで卵が多いですね」
静雄「ゆで卵がつけあわせですか、トッピングだと思うけれど」
武藤「うちはしょうゆを隠し味にします」
西村「うちはコーヒー」
武藤「コーヒーっ(オクターブが上がる)」
西村「おいしくなるんですよ」
武藤「これは普通のカレーの作り方でしょう」
西村「うちでは、これが普通なんです」
静雄「ところで、みなさん甘口ですか、辛口ですか」
朋子「うちは甘口。子供がいますから」
じろと静雄を見る。
静雄「らっきょうの汁をまぜると適度に甘くなりますよ。もともと蜂蜜が入ってるものだし」
朋子「そんなの気持ち悪くないですか」
静雄「気持ち悪いってことはないでしょう」
花柳「ほら、喧嘩しない」
大江「うちでは、生卵をかけます」
小沼「えっ」
大江「ドライカレーには生卵でしょう」
小沼「ドライカレーが普通ですか」
話が丸っきりまとまらない。
×       × 
花柳「(手を叩いて)はい、結構です」
全員、ほっとする。
×       ×
 演壇の前に戻ってきている受講者たち。
花柳「なんで、みなさんにカレーライスを作っていただいたかというと、『普通の』カレーライスかといっても、その普通というのがどれだけ人によって違っているか、ということを実感していただきたかったからです。その違いというのを察するところから、お客様対策は始まります」
なるほど、という顔と、なんだかなあ、という顔と両方あり。
花柳「それと、何を普通と考えるかというのを抑えるとだいたいどういう相手なのか観察しやすいんです。それから赤沢さん」
朋子「はい?」
花柳「カレーの箱に書いてあるっていう言い方はよかったですね」
朋子「そうなんですか」
花柳「判断を下すには、具体的な根拠を示すことが大事なんです」
×      × 
花柳「では、みんな椅子について輪になってください」
言うとおりにする受講者たち。
花柳「それでは、皆さんでこれまで悩んできたお客様について話していただきます。では、こちらから右回りで」
西村「私は衣料品売り場にいるのですが、明らかに着てから気に入らないから代えてくれって言ってくる人がいます。明らかに着ているのわかるんですよ。それでも着ていないって言い張って証拠があるのかと言う。見ればわかりますっていうと、それだったらこの服何年着ているのか当ててみろって話をそらせてくるんですよ。結局、交換は受け付けかねますってもともと店に表示してあるのを盾にとってお断りしましたが」
花柳「よかったですね。さっきの赤沢さんのように、根拠を示したということですか」
小沼「私は病院で受付をやっています。容態が悪化したので、それまで大部屋に入院してもらっていた患者さんに一時的に個室に移ってもらったのですが、その差額ベッド代を俺は聞いていない、病院の勝手にやったことだから払うことはないって言い出されまして。それも患者さん当人ではなくて、家族というか義理の息子みたいな人が言い出すんです」
花柳「なんですか、その息子みたいっていうのは」
小沼「他に身寄りがないので来ていたという人ですけれど」
武藤「だけど、差額ベッド代って痛いですよ。払うか払わないかっていう選択の余地って現実にはないし」
小沼「(ちょっとむっとした表情)」
武藤「私も一ヶ月くらい入院したことありますけど、最初は大部屋でよかったということが途中から個室にいないといけませんでした。調べたらMRSAっていうんですか、抗生物質が効かない菌が検出されたっていうんで。(かなり一方的に喋る)だけど、そんなの前は調べなかったんですよ。それにいったん出ないっていって入院して、次調べたら出たって個室に移れ、差額を払えったって、だんだん誘導にひっかかって高い金を取られたような気分ですよ」
花柳「すみません、ここでは人のケースについて意見するのは控えてください」
武藤「ああ、…どうもすみません。つい興奮して」
花柳「(小沼に)それで、どうしました」
小沼「勝手に食べ物とか飲み物を持ち込んで、どんどん好きなもの食べろよって食事制限している患者に出すんですよ。勝手に個室に移したんだから、個室でこっちが何やっても勝手だという、妙な理屈で。結局、治療の邪魔になるということで強制退院してもらいました」
花柳「これは、割とわかりやすいケースですね」
小沼「ええ、これは話通じる相手ではないな、とはっきりしてましたから」
大江「一番難しいんですけどね。理解してもらえる相手なのか、はっきりおかしい人なのか見分けるっていうのが」
小沼「そうですね」
花柳「では、西村さん」
西村「そうですね…とにかくこういう感じなんです」
と、いきなり人が変わったようになり、
西村「(大声で)てめえっ、ふざけんなあっ」
一同、びっくりする。
西村「という調子で、何が気にいらないのかさっぱりわからない。なだめようとすると、(また人が変わったようになって)それくらい自分で考えろっ、(また元に戻る)とか、(クレーマーになる)俺をバカにしているのかっ、とか、」
花柳「それは、まずどこが気にいらないのか知ることから始めないといけないですね」
西村「そんなことはわかってますっ(半ば本気でむかっ腹を立てている)」
花柳「では、大江さん」
大江「 大江「それで、がつんと言ってやったんですよ」
花柳「え、その段階でですか」
大江「はい。そのようなご不満には対応したしかねます」
花柳「そしたら」
大江「訴えるぞと」
花柳「それから」
大江「結局、本当に訴えられるなんてことはありませんでした」
花柳「うーん、それはちょっとまずくないですか」
大江「でも、理不尽なことを言うクレーマーには毅然として対応しろと、本にあったもので」
花柳「どんな本ですか」
大江「よく覚えてません、たくさんあるから」
花柳「それで、ご自分の対応がよかったと思いますか」
大江「上司はそうは思わなかったみたいです」
花柳「なぜそう思いますか」
大江「ちゃんとクレーム処理の方法を覚えて来いってここに送り込まれましたから」
花柳「うーん、さっきも言いましたけれど、相手の常識と自分の常識とは違うってことを改めて考えた方がいいと思いますよ」
大江「カレーライスの作り方を聞くんですか」
花柳「(いささか調子が狂う)いえ、(話をそらす)では赤沢さん」
朋子「はい(ちらと静雄を見る)うちに来たクレーマーさんはですね」
静雄。
朋子「眠れないっていうので、睡眠薬ではなくてもっと副作用の少ない眠りに誘うたんぱく質の一種をお勧めしたのですね。そうしたら効かないというので、お医者さんに診てもらえばというと、医者にかかると病気になるっていうんです」
武藤「なんですか、それ」
朋子「さあ」
静雄「医者にかかると余計なところまで調べられて、悪いところがまた別に見つかったら面倒ってことじゃないんですか」
武藤「なるほど、そうかもね。それならわかります」
朋子「それだけじゃなくて、血圧計を買っていくと、正常な数値が出るっていって交換してくれっていうんです」
武藤「なんですか、それ」
朋子「医者で計ったら、高めの数値が出たから、正常な数値が出るのはおかしいって」
大江「その人って、ビョーキなんじゃないですか」
静雄「(ぴくっとする)」
朋子「自分は病気じゃなくてはいけないっていう思い込みがあるみたいで、困っちゃいました」
花柳「うーん」
花柳「いかにも現代的な話ですね。で、どうなりました」
朋子「いえ、まだ交渉中です。どうしたらいいんでしょうね」
花柳「病いへの逃げ込みっていうんですかね」
静雄「(微妙に気色ばんで)逃げ込みっていいますと」
花柳「ある病名をつけることで、病気では仕方ないって自分に言い聞かせる心理のことを言います」
静雄「そんなの、マスコミがよくやることではないんですか」
花柳「だから、その影響を受けることもよくあります。ある種の病名とか症候群とかが有名になると、自分をそれに当てはめてそれに違いないと思う人が出てきて、ますます患者が増えるというか」
静雄「ふーん」
花柳「では、赤沢さん、お願いします」
静雄「そうですね。私は小学校の教師をしているのですが、自分の息子に掃除をさせないでくれって言ってくる親がいるのですよ」
大江「あ、モンスターペアレントですね」
花柳「ちょっとちょっと、話を遮らないで」
静雄「話を聞くと、喘息があるからというので、それでは仕方ないかなと思って医者の診断書を持ってきてくださいって言うと、いや診断したらなんでもないけれど喘息に決まっているので掃除をやらせないでくれって言うのですよ」
小沼「またあ」
朋子「(微妙に気色ばんで)またあ、ってなんですか」
小沼「いえ、また病気になりたがってる人が現れたと思って」
朋子「自分がなりたがってるわけじゃないでしょ。子供を心配してるだけです」
花柳「自分と子供があまりついてないんじゃありませんか」
武藤「ああ、それありそうですねえ」
静雄「それで、私では話が通じないからお定まりの校長を出せって言い出しまして」
花柳「出したんですか」
静雄「いいえ、私で食い止めてます」
武藤「やはり、給食費を払わないとか言い出しますか」
静雄「いえ」
大江「集合写真で、自分の子供が小さく写っているって文句つけるとか」
静雄「いえ」
小沼「運動会で苦手な課目には出させるなって言うとか」
静雄「いえ」
朋子「やりゃしませんよ、そんなこと」
一同、思わず朋子の方を見る。
朋子「マスコミに乗ってるそのまんまのことやらなきゃいけないわけじゃないでしょ」
妙にしんとなる。
花柳「はい、結構です」
一同、しんとなる。
花柳「こうやって話していただいて、どうですか。自分が担当したお客さんのケースと同じだと思うところと、違うと思うところの、両方あることがわかってきたのではないでしょうか。 中原「(手を叩き)では、時間になりましたので、ちょっとここで休憩にしましょう」
全員、中途半端ながら、ほっとする。 

〇 廊下
受講者たち、それぞれ思い思いに一息ついている。 ○ トイレ・外
朋子が来たところに、静雄が出てくる。
朋子と、静雄、微妙に張り合って口をきかない。 会場
中原「では、第二部を始めようと思います。第二部の講師は、先ほど紹介させていただきました石上誠司先生にお願いします」
石上「石上です。さきほどの花柳先生の授業の続きのようになりますが、今度は三組づつペアになっていただきます。ではどうぞ」
もそもそと相手を探すが、自然と真っ先に静雄と朋子が組んでしまう。
あとは、武藤と西村、小沼と大江、つまり男同士、女同士でペアになる。
男女ペアは静雄と朋子だけなので、ちょっと浮く。
石上「先ほど大江さんがクレーマー対策で一番難しいのは、相手が話が通じるかどうか見極めることだ、と言われてましたが、実際に対策現場にいる人の言葉だと思います。マスコミ的には、えてして非常識でわがままで、時には暴力的なクレーマーが取り上げられますが、本当のことを言うと、そういう相手の対応はかなりの程度マニュアル化できるし、現にさまざまな業種で進んでもいます。はっきりこれは迷惑なだけの相手だと判断できたら、警察なり弁護士なり、公的機関なりに相談する他ないし、手が足りないのだったらそういうシステムを強化していくしかない。いずれにせよ、何をすればいいか、というのは実ははっきりしているのです。できるかどうかはともかく。
問題はむしろ、話せばわかるかもしれない、つまり本来耳を傾けなくてはならない苦情を、面倒くさがったり、臭いものに蓋をしたりして、耳を塞いでしまうことです。
そこで、先ほどの花柳先生が人によって常識が違うことを理解する難しさを体験させてくださったので、それを踏まえて、今からロールプレイングをやってもらいます」
一同、やや緊張気味。
石上「では、これまでの経験を生かして、ペアの片方の方がクレーマーを演じてもらいます。それに対してもう一人の方が応対して下さい。どれだけの理解力・共感力があるか、試されます」
武藤・西村組は武藤が「じゃ、歳の順ということで、私から先にクレームをつけます」と順番を決める。
小沼と大江組はじゃんけんで勝った大江がクレーマー役。
静雄・朋子組は
静雄「あなたが先に」
朋子「いえ、お先にどうぞ」
と譲り合って、なかなか進まない。
石上「何やってるんですか」
と、割って入って、
石上「では、青山さんが先にお客さん役です。役割が決まったら、はじめて下さい」
向かい合う朋子と静雄。
静雄「(ぴたっと朋子を見つめて)先生」
朋子「はい?」
静雄「うちの子供ですけれど、掃除させないで下さいませんか」
朋子「…(何とも応答のしようがない)」
静雄「うちの子は、喘息の気があるので。いえ、医者には診せてません。診せなくたってわかります。親なんだから」
朋子「えーと…」
静雄「掃除しなくていいですね」
朋子「…それは困ります」
静雄「なぜでしょう」
朋子「生徒は平等に扱わなくてはいけませんから」
静雄「生徒によって条件が違うでしょう」
朋子「(思わず)うちの子は特別ですっ」
石上「(注意する)ちょっと、あなたはクレームを処理する方ですよ」
朋子「ああ…すみません」
静雄「再開しますよ」
朋子「はい」
静雄「どうです。うちの子は掃除しなくていいですね」
朋子「う…(詰まる)」
静雄「いいですね」
朋子「はい」
静雄、してやったりの顔。
石上「そんな簡単にクレームに応じちゃ、ダメじゃないですか」
朋子「はい」
石上「もう一回」
朋子「いや、今度は役割を交代します」
石上「そうですか。ではそのように」
静雄「まだクレームの解決はしていません」
石上「解決はお帰りになって、実地になさって下さい」
静雄「いや、それが」
石上「何か」
朋子「では、私がクレームをつける側の役で」
石上「始めて下さい」
朋子「(役に入る)この間、こちらで買った睡眠薬ですけど」
静雄「(しぶしぶ)はい」
朋子「さっぱり効かないんですが」
静雄「それでは、量をふやしてみましょう」
朋子「(素に戻って)それじゃ困るでしょう。効く種類の薬に代えないと」
静雄「ああ…では、睡眠薬ではないのですが、眠りに誘う作用のあるたんぱく質を試してみますか」
朋子「効くんでしょうか」
静雄「うーん、あまり効きません」
朋子「人によると思うのですが」
静雄「効くかもしれません」
朋子「試したことは?」
静雄「あります」
朋子「効きましたか?」
静雄「いいえ」
朋子「おかげで血圧が上がりました」
静雄「え」
朋子「あなたのところで買った血圧計だと、正常値ですけれど、医者で計ったら高めに出ましたから」
静雄「だったら正常なんでしょ」
朋子「ですよねえ」
静雄「うーん」
石上「(首をひねりながら)なんか、変なやりとりですねえ」
他のペアも、それぞれ苦心してやりとりしている。
×      × 
中原、石上に代わって前に出てくる。
中原「みなさん、大変長い間、お疲れさまでした。今日のセミナーが問題のあるお客様に対処するヒントになれば幸いです。では、今日のセミナーの感想について、アンケートをお願いします」
それぞれあれこれ考えて書き込む受講者たち。
順々に仕上げて提出して出て行く。
静雄と朋子は、できない試験のようになかなか進まない。
頭を抱えてしまっている。
が、静雄が先になんとか書き上げて提出して出て行く。
静雄「(自然に口に出る)お先」
取り残される朋子。
何か急に腹が立ってくる。
腹立ちまぎれに、それまで書いていた短い文章をがしゃがしゃと塗りつぶし代わりに、
朋子の声「失礼ながら、どうも時間が足りないこともあり、中途半端で役に立つようには思えませんでした。これだったら、自分が正しいと思うからこそクレームをつけるのであり、その正しさを考え直すには、もっと徹底してクレーマー側に立ってどういう心境でクレームをつけるのか、実感させた方がよかったように思えます」
すらすらっと書いて、提出して出て行く。 ドラッグストア
伊崎「(いきなり)では、セミナーのレポートを書いて、明日までに提出するように」 赤沢家
また頭を抱えてレポートを書いている朋子。 小学校
また頭を抱えてレポートを書いている静雄。 ドラッグストア
伊崎「(レポートを見ながら)で、どうかね、役に立ったかね」
朋子「はい、多分」
伊崎「多分?」
朋子「役に立ちましたっ」
伊崎「む」 

〇 小学校・校長室
静雄「「役に立ちましたっ」
長野「そうかね、そのようだな(レポートを見ながら)よく書けている。これなら、どこに持って行っても大丈夫だろう」
静雄「ありがとうございます」 ショッピングモール(休日)
混雑したエレベーターに乗り込む静雄。
「乗りまーす」
と言って飛び込んでくる朋子。
「開」のボタンを押して待つ静雄。
階が進むにつれて順々に他の客が降りていく。
やがて、二人だけになってしまう。
静雄・朋子「(同時に)なんで」
思わず、言葉が止まってしまうが、
静雄・朋子「あんなところにいたん…」
朋子「いたんですか」
静雄「だからこっちが聞きたい。人をからかっているのですか」
朋子「人をクレーマー扱いするんですかっ」
静雄「クレーマーじゃないかっ、そうじゃなかったらモンペだ」
朋子「モンペって、モンスターペアレンツのことですか」
静雄「わかってるじゃないですか」
一気に両者の感情が爆発する。
朋子「バカ言っちゃいけない。モンスターはあなたの方でしょう」
目標の階に着き、二人ならんで降りる。
あまり人が周囲にいないこともあって、そのまま喧嘩口論が続く。
静雄「まったくなんて世の中だ。どいつもこいつも」
朋子「自分以外はバカばかり?」
静雄「わかってるじゃないか」
朋子「なんであんな講座にいたんですか。なんて挨拶していいか、わかりゃしない」
静雄「そっちこそ」
朋子「まったく…もっと、人の痛みを知りなさいよ」
静雄「なんだとっ。いつもはまわりの目もあったから遠慮もしていたけれど、言わせてもらうぞ。あんたみたいな人がいるから、世の中悪くなる」
朋子「先生やってるからっていって、そういう具合に人を決め付けていいんですか。これだから日本の教育はますます信用できなくなる」
静雄「母親だからって、子供に対する要求が全部通ると思ったら大間違いだ。学校はサービス業じゃないんだから」
朋子「何をテレビのコメンテーターみたいなこと言ってるの。あなた当事者でしょう。私がいつサービスを要求した。無茶な要求しているのは、あなたの方でしょう」
あまり大きな声でののしりあっているため、だんだん遠巻きに人が寄ってくる。
「いやねえ」
とかいうひそひそ声が聞こえてくる。
それにつれてセリフも小さくなり、断片的に意味をあまりなさないもの言葉しか聞こえなくなってくる。
その場の責任者が割って入って、一応別れる二人。 

〇 学校
以前のように一方的に朋子が攻めるのではなく、静雄も同時に言い返しているので、何を言っているのかわからない。
周囲も引いている。 ドラッグストア
ここでも朋子と静雄が周囲そっちのけで口論している。

〇  学校
他の児童と交じって、普通に掃除をしている翔太。 

〇 赤沢家
パソコンを操作している朋子。
朋子「(ふと気づき、健太に)あなた、あたしのパソコンのパスワード知ってる?」
健太「知ってるわけないだろう」
朋子「そうよねえ」
健太「なんで」
朋子「いつもパスワードを残さないようにしているのに、残っているから」
健太「よせよ。人のメールなんか覗くもんか。最近、おまえちょっとおかしいぞ」
朋子「おかしいってどこが」
健太「いやにとげとげしている」
フリーメールをチェックする朋子。
その中に、「クレーム指南」「勝つクレームのつけ方」と銘打った広告メールが混ざっている。
その文字に思わず吸い寄せられる朋子の目。
クリックして、内容を読んでいく。
「クレームは悪いことではありません」「サービスを進歩させるのはクレームです」「クレームにこそ交渉力が試されます」といった文字が躍る。
クリックしていくと、申し込みページに案内される。
ちょっと考え込む朋子。 クレーム指南会場
古いビルの一室。
やってくる朋子。
受付にいる男を見て、あれっと足を止める。
クレイマー撃退セミナーの主催者だった中原だ。
中原「(慇懃に)いらっしゃいませ。クレーム指南セミナーの方ですか」
朋子「前にお目にかかっていませんでしたっけ」
中原「クレーマー撃退セミナーにいらっしゃいましたか」
朋子「はい」
中原「では、お目にかかっているでしょう。何を見てお申し込みされましたか」
朋子「広告メールを見て」
中原「うちでは、撃退セミナーにいらっしゃったお客様には、クレーム指南セミナーのご案内も差し上げてますから」
朋子「相手の立場も理解できるように、と?」
中原「さようでございます。より、積極的な、要求を通すための交渉術とうたっておりますが」
朋子「メールで見ました」
中原「またお役に立てればと思っております」
朋子「失礼ですが」
中原「はい」
朋子「スタッフの方は何人いらっしゃるのですか」
中原「決まっておりません。そのたびに、私が編成します」
朋子「はあ。ではお一人だけで」
中原「基本的には。何かご不審でも」
朋子「いえ」
中原「では、中でお待ちください」
朋子、おそるおそる会場の中を覗く。
前とはまったく別のメンバーで、静雄も、もちろんいない。 

〇 学校・校長室
長野「青山先生。先日、あなたはクレーム対策の講座に行って、得るものがあったというレポートを提出しましたよね。それでなんですか、校内にもかかわらず言い争いをするとは。私には売り言葉に買い言葉としか思えません。何のために講座を受講したのですか」
頭を垂れてひたすら聴いている静雄。

 ○ 青山家
戻ってくる静雄。
理美はまだ帰ってきていない。
暗い中、電話が鳴る。
静雄「(出て)もしもし」 会場
中原「(携帯をかけている)先日はお世話になりました。先日クレーマー撃退セミナーを主催いたしました中原でございます」
静雄、黙って電話を切る。
疲れている様子。
×     × 
中原「(別に気にかけるでなく、また別の番号にかけ)もしもし、先日はお世話になりました…」 

○ 青山家
すうっと静雄の後ろで襖が開いて、パジャマ姿の理美が現れる。
静雄「(気づいて)どうしたんだ」
理美「どうしたって、朝から風邪ひいて寝てたんだけど」
静雄「え、…そう」
理美「え、じゃないわよ。自分の身体ばかり心配して家族のことまるで考えてないんだから。頼りにならない人」
静雄「(弱弱しく)そうかな」
理美「そうよ」 

○ ドラッグストア・事務室
伊崎「赤沢さん」
と、朋子に呼びかける。
伊崎「先日、あなたはクレーム対策の講座に行って、得るものがあったというレポートを提出しましたよね…」 

○ 赤沢家
帰ってくる朋子。
翔太がパソコンをいじっている。
朋子「ただいま」
翔太「おかえり」
朋子「あまりパソコンにつがみついてちゃダメよ」
翔太「わかってる」
と、すぐパソコンから離れて自分の机に向う。
代わって同じパソコンに向ってメールチェックする朋子。
と、「仲直り」「仲直り」という件名のメールがずらずらっと並んで出てくる。
何十通も、数限りなく、いつ果てるともなく並ぶメールの群れ。
朋子「何これ」
本文はブランク。
差出人も〝フー〟になっている。 学校
メールチェックする静雄。
と、「仲直り」「仲直り」という件名のメールがずらずらっと並んで出てくる。
何十通も、数限りなく、いつ果てるともなく並ぶメールの群れ。
静雄「なんだ、また喧嘩を売るつもりか」 

〇 赤沢家
メールをまとめて削除する朋子。 翔太、勉強している。
朋子「(何かの予感を感じて)翔太」
翔太「何」
朋子「パソコン、もっと大きくなったら、使わせてあげるから」
翔太「わかってる」
×       × 
翔太、もう眠っている。
朋子「あなた、パソコンの私の領域に入ってきてないわよね」
静雄「当たり前だ。第一、パスワードを知らない」
×       ×
 イメージ。
キーを叩く朋子。
パソコン画面には、*******としか表示されないが、叩いているキーのアップをつないでいくと、「S」「Y」「O」「T」「A」という文字が浮かび上がる。
× × 寝ている翔太。
朋子「…翔太」 

〇 ドラッグストア
客として、静雄が店内を歩いて買い物を籠に入れている。
レジから、その姿に気づく朋子。
店内を巡回していた伊崎も気づき、緊張する。
レジに近づいてくる静雄。
表情を変えずに「いらっしゃいませ」
黙って籠をレジに出す静雄。
黙って会計して、「2198円になります」 

〇 学校・廊下
歩いている翔太の後ろに、男子生徒がするすると近づいて突き倒して走り去っていく。
翔太、さほど気にしないですぐ立ち上がって歩いていく。 スーパーマーケット
大きな食料品売り場を歩く朋子と翔太。
前から静雄と理美が歩いてくる。
朋子「(にっこり笑って)あら、先生もお買い物ですか」
静雄「(曖昧に笑って)はい…(翔太に)」
理美「学校の(教え子とその保護者)?」
静雄「そう」
理美「(翔太)買い物の手伝い?、えらいねえ」
翔太、黙ってぺこりと頭を下げる。
朋子「じゃ」
と、別れる。
朋子「今日、何食べる」
翔太「なんでもいい」
朋子「カレーにしようか」
翔太「うん」
×      × 
理美「今日、何にする?」
静雄「カレーにしようか」
理美「そうね」
静雄、ふとエッグカッターを取って籠に入れる。 赤沢家
カレーを作っている朋子。
ルーを割り入れ、かきまぜて味をみる。
朋子、ふとウスターソースの瓶を取り、中身を少し加える。
翔太「何やってるの」
朋子「カレーにソースを入れると、おいしくなるんだって」
翔太「どこで聞いたの」
朋子「どこだったかしらね」

 ○ 青山家
理美、カレーがよそる。
静雄、皮がうまく剥けないでぐずぐずになったゆで卵がエッグカッターで強引に切られてトッピングする。
理美「何それ」
静雄「ゆで卵」
理美「ゆでてから水で冷やすの忘れたでしょ。ただゆでればできるってものじゃないのよ」
静雄「うん…」
理美「なんでまた、急に作る気になったの」
静雄「なんでかなあ」 カレーライスの一皿
大勢の声「いただきます」
【終】    

 



「ジャックは一体何をした?」

2020年04月29日 | 映画
デヴィッド・リンチがNetflix用に作った17分の白黒短編。
ほぼ全編リンチ自身が扮する探偵と、猿(!)との対話劇。
リンチも猿も首までぴったり嵌めていて、たたずまいが似ている。

なんとかいうか、毎度のことながら何考えてるんだろと思わせる面妖な作品。対話の内容はわかったようなわからないな、対話が続くこと自体の奇妙さを体験し、居心地の悪さと宙づりになった感じ。現代美術的というか。

猿の口の動きがCGで英語のセリフとぴったり合わせている。「ベイブ」の豚のセリフと同じですね。







「ジム & アンディ」

2020年04月28日 | 映画
ジム・キャリーがテレビコメディアンのアンディ・カウフマンを演じた映画「マン・オン・ザ・ムーン」の撮影中の記録と、後年のキャリーのインタビューと、実物のカウフマンがテレビで演じたコントとを交錯させる構成のドキュメンタリー。

キャリーが異様に役に没入して虚実の皮膜が破れていくのが見もの。
特に、実際にカウフマンのショーに出演したプロレスラーのジェリー・ローラーその人とキャリーが共演する再現シーンの後、なぜか昏倒して病院に運ばれるくだりは、なぜそうなったのかが省略されていることもあって、なんとも異様な印象を受ける。

カウフマンという人は役者の仕事もいくらかしているが、基本的にはテレビ出演が主なので、どんな芸をしていたのか今一つわからない。
(余談だが、テレビは国内で知名度を上げるには役立つが、国をまたぐとかなり伝播力が落ちる、特に笑いは)
そのため、ますますキャリーが演じたカウフマンの方がカウフマンその人みたいに見えてくる転倒が起きる。

キャリーが子供の時に失業した(そのためジムの学歴は中卒)父親が息子の大成功のあとも失意のうちに失くなり、キャリーは父親の棺に1000万ドルの小切手を入れたというのも異様な感じがする。

「マン・オン・ザー・ムーン」そのものはミロス・フォアマンの演出が融通が利かない感じでどうも面白みがなかった記憶があるが、このバックステージの混乱をさばくのはおよそ困難だったろう。





4月27日のつぶやき

2020年04月28日 | Weblog


「嵐の中の男」

2020年04月27日 | 映画
三船敏郎主演の「姿三四郎」というのはありそうでなかったのだがその代わりみたい(「赤ひげ」の翌年の加山雄三が三四郎で、三船が矢野正五郎というのはあった)。

もっともドラマとすると成長物語であるところの姿三四郎と違い、三船のキャラクターが最初と最後で変わらず、敵役の小堀明男や田崎潤との戦いはあるものの、ずうっと同じような好漢であり続けているのと、香川京子との淡い恋も淡いままでなかなか発展しないものだから、どうも全体とすると平板。

柔道というのは飛び技がある打撃系格闘技と比べると派手さに乏しく、それを見せ場にしようとしてところどころほとんどプロレスみたいになっている。

脇役で平田昭彦、佐藤充、中島春雄といった人たちが出てくるのはお愉しみ。
明治時代のセットが立派な出来。三船主演となると東宝としても当然一級作品だったのだろう。



4月25日のつぶやき

2020年04月27日 | Weblog

「6アンダーグラウンド」

2020年04月26日 | 映画
Netflixのおすすめによく出てくるので、なんとなく監督を知らないまま見だしてマイケル・ベイみたいなおそろしくハデハデしい演出だなと思ったらマイケル・ベイでした。

いつもの見せ場てんこ盛りがデカ盛りギガ盛りの域に達していて、トランスフォーマーシリーズではまだ機械がぶっ壊れるのがここでは人体の破壊描写をもろに描いているのがどぎつく、このあたり描写の制限が緩いネトフリらしい。

トランスフォーマー一作目であまりに画面の情報量が多く音がでかくて生理的に辟易して途中でロビーに出て休んだものだが(それで戻っても見せ場がえんえんと続いていた)、配信で疲れたらときどき休めるというのも意外と合っている。




「ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝」

2020年04月25日 | 映画
ツイ・ハークとジェット・リー(組んでいた当時はリー・リン・チェイ)というと「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズのコンビの18年ぶりの再現なわけだが、その間の両者の状況の変化は良くも悪くも大きい。

1963年北京生まれのリーはもともと並外れた武道家として「少林寺」でデビューし、単純素朴な役と共に体技の凄さひとつで見せきる素材そのものの魅力で売ったわけだが、タレントとして商業的に売っていくにはそれ以上の味付けが必要になってきて、ワンチャイシリーズ(1990~97)では香港で商業映画精神の塊のようなハークと組むことで体技をワイヤーワークなどの派手な仕掛け、大セット、めぐるましい編集などで増幅し、かつてないスペクタクルとして大いに楽しませてもらった。
一方でこのシリーズは中国ナショナリズムの色も濃かったのだが、当時は今のように中国が帝国化するとは想像しておらず、気にしないで楽しんでいた。

香港返還、リーとハークのアメリカ映画進出、中国映画の大資本化と世界進出と勢力分布はめぐるましく変わった後とあって、3D、CGを取り入れてアトラクション化は一段と進んだわけだが、正直進みすぎて初期に見られた体技の凄さは映像技術と資本力アピールの飾りに埋もれてよくわからなくなった感が強い。
ずいぶん変わったものだし、いい方に変わったとは思えない。



「アンカット・ダイヤモンド」

2020年04月24日 | 映画
まあ、主演のアダム・サンドラーが喋りづめに喋りっぱなし。

原題はuncut gemでダイヤモンドではなくオパール。
超大型のオパールがさまざまな色の箇所が組合わさっているように、妻、ギャング、スポーツ選手などやたら大勢のキャラクターが登場しサンドラーとアミダくじのように絡み合う独特の展開。

その間、終始ホラとハッタリとで塗り潰した喋りがラップのように一種うっとうしいリズムを刻み続ける。
普通だったら共感しにくいキャラクターにずうっと引きずり回されるちょっとマゾ的な快感が湧いてくる。




「野獣教師」

2020年04月23日 | 映画




トム・ベレンジャーの傭兵がキューバの麻薬組織の襲撃に失敗して国内に戻り、教員の恋人が不良生徒に襲われて脚を折ったのでハイスクールの代用教員(原題 The substitute=代用)として赴任するのだが、学級崩壊している教室を立て直すのではなく、校内の麻薬汚染を暴くというスジは外さない。

ベレンジャーはムチャクチャに強くて、ワルたちを制圧すると同時に恵まれた育ちではないので荒れている生徒たちの心も掴むというあたり、クサいがもっともらしい。
不良も学生の領域ではなく完全な犯罪者と割り切った扱いになっている。武装して麻薬取引に関わっているのだから当然だが。

誰が黒幕なのかは出てくると共にわかるのだが、黒幕がはめている腕時計でそれと察すると同時に、黒幕の方でもベレンジャーの手の甲の火傷に気づくといったあたり、いい感じ。





積ん読

2020年04月23日 | 
本棚にびっしり本が詰まっているのを、あれ全部読んでるのかと揶揄する発言をときどき見る気がするけれど、あたしの場合はまあ読んでいるのは半分くらい。いわゆる積ん読です。

ひとつには手元に置いておく本は読むのに手間と時間がかかる、買っておかなくては読まない本だから。割りと簡単に読める本は図書館で済ますことが多い。

手元に置いて何度も読み返すとなると、ごく限られたものになる。

で、そうやって長いこと積ん読状態になっていたのを最近やっと読み通したのが「マルコムX自伝」。1992年に公開された映画「マルコムX」に合わせて出版されたのを買うだけ買っておいてやっと読めた。

自伝といってもインタビュー・構成は「ルーツ」アレックス・ヘイリーによるもの。
聞き書き、それもテープレコーダー(当時は録音機といえばそれだった)を回さないで耳で聞いて覚えたものを書き起こし、あとでマルコムが読んで修正するという手順を踏んだ。

機械的に録音されていると思うと警戒して話さないようなことも、人と人同士で話すと口がほぐれるというところもあったらしい。

マルコムの大きな転機が刑務所で大量の本を読みまくって勉強したことだというのが面白い。




4月22日のつぶやき

2020年04月23日 | Weblog

「ハンター」

2020年04月22日 | 映画
なんとなく見逃していたスティーブ・マックイーンの遺作(1980)。
監督がテレビ畑のバズ・キューリックということもあって、なんとなく70年代テレビ・ムービー的なこじんまりとした作り。エンドタイトルのデザインなど典型。今みたいにローリングタイトルが長々と出ない。

バウンティハンターという役柄からして、出世作の「拳銃無宿」に回帰した感あり。考えてみると、イーストウッド同様テレビ西部劇出身だったのだな。テレビから映画に出世するという階層感覚がまだあった時期かと思う。

ベン・ジョンソンの出演は「ゲッタウェイ」の楽屋オチ的。
オープニングでマックイーンに捕まる黒人少年が「ルーツ」のレバー・バートン。

運転がすごくヘタだったり、年下の愛人が妊娠していて体操の手伝いをさせられたりといった格好のよくないところを自然に見せる。
パパと異名をとる主人公が本当にパパになる作品を遺作にしたというのは、やはり思うところあってだろう。

ひとつの事件や犯人を追っていくのではなく、複数のエピソードやキャラクターが混ざって行き来しながら展開していく随想的な展開。

マックイーンは走る列車の屋根の上に乗ってパンタグラフにしがみつくなどのアクションシーンを見せるけれど、アクションシーンが人間の速度というか、まだ人間が操れる機械の速度の範疇に収まっている。