prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

ビューティ・パーラー(5)

2004年10月07日 | ビューティ・パーラー(シナリオ)
○ 店
携帯が鳴る。
誰のか、と思うと卯川のだった。
卯川「(パックしたまま出て)もしもし…あ、社長」
笈出、ぴくっとする。
卯川「いえ、今は困ります。…どこにいらっしゃるんですか…え? なんですって? 困ります。それは早い方がいいですけど」
と、笈出を目で誘う。
笈出「ちょっと失礼します」
と、卯川の顔の前に耳を寄せる。
他の者もさりげなく聞き耳を立てているが、音楽が邪魔で聞こえない。
卯川「(ひそひそ声で)入れてくれって」
笈出「え?」
卯川「裏口に来てる。マスコミに見つかるといけない、早く入れて」
笈出「(小牧に)すみません、ちょっと」
と、言い捨てて更衣室に向かう。

○ 更衣室
裏口の鍵を急いで開ける。
卯川の事務所の社長の和田がするりと入ってくる。
サングラスをかけ、人相をわからなくしている。
和田「(声を潜めて)失礼、彼女いますね」
笈出「見られてませんか」
和田「事務所の人間まで変装しなきゃいけないとはね」
笈出「マスコミ、まだいますか」
和田、小型ビデオカメラを出して見せてから、床にたたきつけて踏みにじる。
和田「こんなものが物陰に仕掛けてあった。今のところは人はついていないみたい」
笈出「なんで社長は彼女の居場所がわかったんですか」
和田、いきなりモバイルのパソコンを出してがっと開いて見せる。
町内の地図のど真ん中に、光点が点滅している。
笈出「(それを見てぼそっと)…これ、うちだ」
和田「持たせてある携帯で場所をこれで検索したんです」
笈出、ずっこけそうになる。
和田、パソコンをしまう。
笈出「場所を知られているって、彼女は知ってるんですか」
和田「普段は知らせてませんよ。そうでないと、警戒されていざという時に役にたたない」
サングラスをかけっぱなしなのでひどく怪しく見える。
和田「(いやに気張って)今が、そのいざという時だ」
と、店に出そうになる。
笈出「(それを押しとどめ)ちょっと待ってください。今、他の客がいるので」
和田「休業日じゃないの?」
笈出「卯川さんをかくまったら、他の客にも押し掛けられちゃって」
和田「だったら、ばれてるんじゃないの?」
笈出「それが、不思議なことにばれてないみたいです」
和田「ほんとに?」
笈出「本当です」
和田「ふむ…意外と、役者だからな、あいつ」
笈出「意外と、ですか」
和田「?…何か」
笈出「人だますの、うまいですよ」

○ 店
和田と笈出がさりげなく入ってくる。
和田「(畠山に)やあ」
畠山「お久しぶりです」
そして、和田はするすると畠山が世話している秋月に寄る。
和田「探したぞ」
パックしていた卯川、和田が秋月を自分と間違えたのでびっくりする。
畠山「(あわてて)違います」
和田「何が違うんだ?」
卯川「…信じられない」
和田、きょとんとしている。
笈出「違いますって」
和田「何が?」
笈出「だから、だますのうまいって言ったでしょ」
卯川、自分でパックを急いで拭き取る。
卯川「社長っ」
和田「(やっと気づいて)あっ」
卯川「あ、じゃないわよ」
憤慨している。
卯川「気がつかないんですか、短いつきあいじゃないのに」
笈出「(小声で)騒ぐと、まずいですよ」
卯川「ちょっとひどくない?」
和田「悪い、悪い」
畠山「お静かに。そんなに興奮することないでしょう。自分で正体を隠したのに」
小牧、この騒ぎを妙な顔をして見ている。
卯川「自分で隠れるのはいいけど、無視されると腹が立つのっ」
笈出「そんなもんですか?」
小牧「(気づく)あ」
笈出、どきっとする。
小牧「(ぴたっと卯川を指さし)アッ、アッ、アッ、アーッ」
大声で叫び、けたけたけたと笑い出す。
あまりの態度に毒気を抜かれる一同。
小牧「(叫ぶ)やっぱり、本物じゃない!」
秋月「(仰天する)えーっ!」
卯川「(あわてて)違いますっ」
小牧「おかしいと思ったんだっ。いやあ、光栄です、卯川つばさと一緒に美容院で席を並べられるなんて」
笈出、頭を抱える。
畠山、撫然とする。
小牧「サイン下さいっ」
秋月、椅子に座ったままぶるぶる震えだす。
畠山「?」
突然、秋月がわっと泣き出す。
畠山「どうなさいました」
秋月「憧れの人に、こんなすぐそばにいながら気がつかないなんてっ」
大泣きに泣き出し、大粒の涙が顔を伝う。
畠山「ちょっと、メイクが落ちます」
秋月「かまうもんですかっ。この馬鹿この馬鹿」
秋月が自分をぶちだす。
それを止める畠山。
そしてあわてて涙を脱脂綿に染み込ませてメイクが崩れないように食い止める。
小牧「(ひとごとのように)おかしなことになってきたわねえ」
和田「なんの騒ぎだ、一体」
卯川「(和田を詰問するように)余計なことをして。
おかげでばれちゃったじゃないですか」
和田「ばれたって、おまえがふらふら逃げ回るから、こっちも少し強引にでも探さないといけなくなったんだろうっ」
卯川「ふらふらって言い方はないでしょう」
和田「独立したいなら、したいって、ちゃんと俺に言うのが筋だろう。それを隠れてこそこそ工作するから、話がこじれたんだ」
卯川「こじれたって、まだろくに話しあってもいないのに」
和田「話し合おうとしないからこじれたんだ」
小牧「(口をはさむ)卯川さん、独立するんですか」
卯川「そのつもりだったけど、もう無理だと思います」
笈出「あきらめが早すぎるんじゃありませんか」
卯川「表に出ればつぶれます。こういう話は」
笈出「それじゃ困ります。初めから表立って独立を宣言できないというのでは」
畠山「(やや皮肉気に)似た立場同志で団結か」
笈出「(言い返す)そうかもしれない」
小牧「(早合点する)あ、だから、芸能記者がうろうろしてたんだ」
笈出「何が、ですか」
小牧「なるほど、そういうこと(一人合点)」
卯川「(その口調にカチンときて)そういうことって、どういうことですか」
小牧「なんか、いやに気張ってかばおうとしてたから、どうしてかと思ったら」
和田「なんだ?」
小牧「いけませんよ、社長さん。看板タレントのロマンスは把握してないと」
和田「ロマンス?」
じろっと笈出と卯川の間に視線を往復させる。
笈出「(うんざりしたように)何を言ってるんだか」
畠山「なんだ、おまえ。できてたのか」
笈出「(むきになって)冗談じゃない」
畠山「そういうことか(一人、納得する)」
和田「そういうことなのか?」
卯川と笈出、げんなりした様子。
卯川「冗談じゃありませんよ」
畠山「だったら、なんで私が留守の時に来たんです」
卯川「狙ったわけじゃありません」
小牧「手に手をとって駆け落ち、と」
卯川「(むきになって)あなたは口を出さないでっ」
笈出、この騒ぎにだんだん疲れてくる。
言い争う、あるいは勝手に発言する一同の姿からすうっと音が消え、べちゃべちゃ混乱している形だけが残るのをぼんやりと眺める。
…その中で、ふっと卯川を本気の目を見つめる笈出。

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