prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「ビアンカ」

2005年03月31日 | 映画
1961年作品。
家の財産を分割させないためにトスカーナの田舎からフィレンツェに出てきた青年(ジャン=ポール・ベルモンド)が娼婦ビアンカ(クラウディア・カルディナーレ)に入れ揚げるようになり、雇われている伯父の金に手をつけて一族から勘当され、娼家の用心棒になってビアンカの客と争いになって刺される。

娼家の描写がムードたっぷり、フィレンツェの街もまことに美しく描かれている。
その一方で「若者のすべて」あたりと通じる家族の崩壊の予兆と、アナーキズムあるいはマルキシズムの台頭も匂わされている。

忘れられている感じが強いけれども、マウロ・ボロニーニというのもおよそ今では作れない映画を作っていた人。



「ロング・エンゲージメント」

2005年03月30日 | 映画
戦場から戻ってこない恋人を待つ女性の話といったらメロドラマの王道みたいなものだが、この場合待つだけではなく恋人を捜して死んだとされる状況を徹底して調べる探偵役になっていて、半ばミステリ。そのはずで、宣伝には全然出なくて後で知ったのだが、原作はセバスチャン・ジャプリゾ(「長い日曜日」)。ただ、映像で見ると誰が誰だか一回で頭に入るというわけにいかず、しばしば混乱する。

オープニング、雨がびしょびしょ降る塹壕を移動する死刑判決を受けた兵士たち、という図を見てキューブリックの「突撃」を思い出したが、おそらくあれもここで描かれる第一次大戦に実際にあった、凄惨さで有名なヴェルダンの戦いをヒントにしているので、自然似てきたのだろう。

メロドラマ的な筋が通っている以外は、戦場や野戦病院ほかの凄惨な描写が大半を占める。監督の体質とするとそっちの方がやりたかったのかも。
凄惨な戦場と芳醇な野山と、映像的にはともに壮麗をきわめる。

ジョディ・フォスターにいやに似た人が出ているなあと思っていたら、御当人。ちゃんとフランス語で芝居していて(特技のはず)、特にタイトル上で特別扱いしているわけではない。ただし、エンドタイトルを見たらアシスタントはついていた。
(☆☆☆★★)



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横山大観展

2005年03月30日 | Weblog
日本橋三越の横山大観展に行く。
墨絵のモノトーンと華やかな色彩との混淆の妙。葉の色あいが変わっていく絶妙な描写が、見た目にリアルという以上に違う時間が一つ画面に同居しているよう。
竜の絵で体の大半が雲の中に潜って見えないという描き方の大胆さ。

コインロッカーが100円玉が戻る形式のもの。展覧会場だけでなく、喫茶コーナーなどにも設置されているのは、リニューアル以前からあったものか?

大観の複製が60万円といった価格で売られている。いい値というより、客層からするとリーズナブルな感じ。
ちなみに、別の場所で売られていた同じくらいの大きさの藤城清治の作品が、30万円。





「スパイダー・フォレスト 懺悔」

2005年03月30日 | 映画
2時間という長尺でものものしいテンポ、冒頭の下草がガサガサいう森の映像などタルコフスキーの「サクリファイス」みたいだなと思ったが、どうも空中に浮かぶ少女だの、トンネルの向こうに鉄扉がある造型(「ストーカー」の肉挽機)など、けっこうマジでタルコフスキーしてるのかも。色彩や光の使い方など大いに凝っている。

謎解き映画ではないにせよ、ちょっと?がつく結末。意味はわかるけど、こういう記憶をモチーフにした作品ではズルがしやすいので、ちょっと辛めに見たい。

試写会ではどういうミャクラクか、川島なお美がゲスト。映画に合わせて緑のイメージでコーディネートしたファッションで、記憶に関するクイズをやって優勝者にはワインをプレゼントという趣向。なんですか、コレ。
(☆☆☆★)



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「シャーク・テイル」

2005年03月29日 | 映画
冒頭で水の中になぜか花が咲いているという設定で、同じ場面で水中と地上を混ぜ合わせた演技をできる設定にうまく持っていっているのが「ファインディング・ネモ」とはまた違ったマリンもの。
魚のヒレを手足みたいに見立てた演技の面白さ。なんでもないようにやっているけれど、どんな膨大な手間ひまがかかっているのか、見当もつかない。

ストーリーは、もう定石・定石で堅め、細かいヴェジタリアンのサメというナンセンスな設定で笑わせる。だけど、何を食べているのだろう、という疑問はいやでも持つ。

ハリセンボンがモデルの監督と顔だけでなく膨れたりしぼんだりといった落ち着かない感じまで、特に先日オスカーを逃しただけにそっくり。
アニメにスターの声をあてるというやり方は好きではないのだが、デニーロとのかけあいなどの楽屋落ちなどお楽しみ。

エンドタイトルの見せ方に工夫らしい工夫がないのは残念。
時節がら子供連れの客が多く、騒ぎはしないかと思ったらおとなしく見ていた。アメリカなら逆にみんなで騒ぐ映画なのだろうが。マナーが悪いのは、クライマックスが終わっただけでまだフィナーレが続く前に携帯のメールチェックをした大人の方。
(☆☆☆★★)



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「Re:プレイ」

2005年03月28日 | 映画
ほとんどアートシアター映画(「スローターハウス5」)並みに複雑に時制が交錯し、過去の場面に未来からの記憶を持ち込まれたり現実に幻想が入り込むのだから、ほとんど絶え間なく頭を使って最後まで息をつかずに見た。
猛烈に複雑なカット構成で、一見映像的だが、原作は「アイデンティティ」のマイケル・クーニー作の舞台劇。
なるほど、舞台の方がむしろこういう錯綜した表現は向いているだろう。
映像にするとどこに軸足を置いて見ていいのか、ちょっと戸惑うところがある。過去の情景に現在の主人公が入り込んで眺めているあたり、元は舞台の技法の翻訳だろうし。

とはいえ、こういう頭を使って見せる映画は全然内容知らなくて見た分、拾い物。
(☆☆☆★)



舞台のような映画のような夢

2005年03月26日 | Weblog
ずうっと舞台みたいに平面的な場面が続いているのを見ているような、自分がその場面の中にいるような状態が続いて、最後にぐうっとムービーカメラが視界に入ってきて実は今まで見ていたのは映画の中の出来事なのだ、とわかる、妙な仕掛けの夢を見る。
最後に今までのは映画の出来事でした、とバラす仕掛けの映画というのはいくつか見ていたけれど、それを夢で再現したようなもの。







写真はなぜか風避けみたいなものを作っていると思ったら、竹を組み合わせた何か装飾のつもりらしい。



長谷川伸と寅さん

2005年03月25日 | 重箱の隅
「男はつらいよ 寅次郎物語」で、寅が物陰に隠れてマドンナをやりすごす大詰めの場面って、長谷川伸の「関の弥太っぺ」のクライマックスがもとじゃないんですか。「続・男はつらいよ」は長谷川伸の「瞼の母」のパロディだったのだし。



落とし物

2005年03月24日 | Weblog

ある落とし物を拾って、警察に届ける。
ほとんど感心したのは、警官の書類作りがよくもまあと思うくらい細かい手順に乗っ取っていること。こっちの名前の書かせ方(いったん、メモ用紙に書かせてから)から、拾った場所の特定の仕方(ちゃんと、地図を見せる)まで、いーかげんにやってはいけませんと決まっているみたい。
ちゃんと、持ち主が見つからなかった時も上着の所有権を放棄しますという欄に署名して、ただしハンコは押さない。悪用された時の用心ということだろう。

以前に、落とし物をした時に拾得者を見ようとしたらすうっと紙を立てて隠したのはなぜという疑問にも丁寧に応対。

本田博太郎に似たおまわりさん、ご苦労様。



「香港国際警察 NEW POLICE STORY」

2005年03月24日 | 映画
このシリーズは、ちょっとマジになりすぎる傾向があるみたい。
ジャッキーらしい愛嬌があまりない。
だけど、当人は一番愛着があるというインタビューを読んだ記憶がある。マジメじゃないと、あれだけ動ける体は維持できないのだろうけど。

ニコラス・チェーのコート姿が「踊る大捜査線」そのまんまなのには、驚いた。
とはいえ、体の張り方は相変わらずすごい。



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マークス=マルクス?

2005年03月23日 | 重箱の隅
「マークスの山」で凶器になるのはアイスハーケンだが、ロシア革命の時権力闘争に破れてキューバに亡命したトロツキーがスターリンの指令で暗殺された時の凶器がアイスピッケル。形はまるで違うが、冬山登山に使うものには違いない。同作は昔の左翼の内ゲバが事件の発端になっているわけで、とすると、マークスはマルクスにかけているのか?

マークスの山

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ナンバ

2005年03月22日 | 重箱の隅
「切腹」で侍たちが歩く時、手を振らないでぐっと拳を握って歩いているのに感心。相撲と一緒で右手と右足を同時に出すか、動かさないかが武芸をやっている人間の習慣。右手と右足、左手と左足を同時に出す。いわゆるナンバ走りというのは日本以外ではアイヌくらいしか見られないらしい。
。伊福部昭・東京音楽大学学長のお話によると、エイゼンシュタインが「イワン雷帝」を撮った時、日本の歌舞伎を演技術にとりいれて、こんな動きがあるかとヨーロッパの批評家に言われたとか。
大河内伝次郎など昔の時代劇スターはなんば走りをしていることが多い。頭がぶれないので、顔がよく見えるという利点もある。

「アナコンダ2」

2005年03月19日 | 映画
原題がTHE HUNT FOR THE BLOOD ORCHIDとあるように、不老不死の妙薬になる蘭を探して探検に出るという、よく考えてみるとものすごく古めかしい設定。
それが一応ちゃんと意味があって、なんであんなバカでかいアナコンダがぞろぞろいるんだ、という理屈づけになっているあたりが、B級といえども(と、いうか逆にB級だからよく見える)アメリカ映画らしいスジの通し方。
全然期待しないでみたら、けっこうイケるじゃない、という出来。ただし、まともに期待してはいけません。
何しろ、ボルネオが舞台。ボルネオは、アジアだろう。アナコンダがいるのは、南米。ひどいね、どうも。

CGバリバリではなくて見せ場をちびちび節約してつないでいる。セコくもあるが、今どきCG製のアナコンダを得意げに見せられても始まらないので、かえって新鮮。

軽薄な男が「ジョーズ」のテーマをふざけてハミングして女の子を脅かすシーンなんてのがあるのだが、その曲の権利がちゃんとエンド・タイトルに出る。うるさいなぁ、もう。
(☆☆☆)