http://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/16/021000005/021500003/?waad=k5j61Kzk
男のストレス事情
落ち込んだ気分を回復させる誰でもできる方法
ストレスからの回復力「レジリエンス」の磨き方
2016/2/22 取材・まとめ:小泉なつみ=フリーライター
会社組織の変化から、「男らしさ」の呪縛に苦しめられている男性たちの現状を伝えた前2回。最終回の本稿では、海原さんが考えるストレスからの脱し方、そして心身症の予防法をお聞きした。
人は誰でも回復力《レジリエンス》を持っている
ほんのちょっとした行動でストレス状態から抜けられる。(©alphaspirit 123-rf)
――海原先生へのインタビューの第1回「『男らしさ』に追いつめられる男性が増加中!?」の中で、働き盛りの40~50代の男性が直面している深刻なストレスについてうかがいました。こうしたストレスに対し、心がけるべき予防策はありますか。
ストレス解消法といわれる方法はいろいろありますが、一過性の解消法に頼るのではなく、自分の人生を根本的に考えなければいけないと思います。女性は「自分らしい生き方」についてずっと考えてきましたが、男性は生き方というよりも「仕事の成功」に重きを置いてきましたから、特にその必要があると思います。
ストレスなどから回復する力のことを心理学用語で「レジリエンス」と言いますが、人は誰でもこのレジリエンス持っており、その力を鍛えることで心身症の予防は可能です。こんな風に言うと「じゃあ何か一つ方法を教えてください」と聞かれるんですが、一つですべてを解決することはさすがに不可能です(笑)。レジリエンスは性格要因やものの捉え方、サポートしてくれる人の有無といった総合力なので、人それぞれに強化のポイントは変わってきます。
「自己表現」が最強のストレス対策
ただしストレスに強い人の共通点として言えるのは、回復力を高めてくれるリソース、つまり自己表現の場をたくさん持っていることです。第1回の記事で、我慢強くコミュニケーション力が高い「良い人傾向」の人は心身症になりやすいとお伝えしましたが、もちろん元気な人はたくさんいます。そうした人は趣味が充実していたり、ペットを飼っていたり、広い意味での自己表現の場を持っていることが多いんですよ。
ストレスは怒りや不満を黙って抑え込むことによって生じることが多いので、レジリエンスUPには、抑え込んだ感情を表現する場を生活の中でどれだけ持てるかが肝要なのです。自己表現というと高尚な感じがするかもしれませんが、ジムに行って体を動かすことも立派な自己表現の一つです。また、自分の気持ちをノートに書くことはもちろん、買い物をする、マッサージを受ける、いつもと違うルートで帰ってみる、本屋さんに行く、温かい飲みものを飲むなど何でもいい。そうやって体を緩めたり、心のリラックスにつながることすべてが「自己表現」と言えます。
ですからまずは、自分が心地良いと感じられること――嫌なことがあったとき、これをやると元気になる――といったことを思い出して書き出し、リソースとして把握してみてください。それがひいては、「自分らしい生き方」にもつながってくるのではないでしょうか。ただし、お酒とタバコ、ギャンブル、歓楽街以外で楽しみを探してくださいね。
――自己表現というと敷居が高いイメージがありましたが、難しく考えず、自分が心地良くなることをやればいいんですね。自己表現以外で、意識すべきことはありますか?
自己表現と重なるものもありますが、メンタルヘルスを維持する上では、当然、「深呼吸」「適度に体を動かす」「睡眠」「気持ちを話せる家族や仲間」「自然との触れ合い」の5項目は基本となります。これらを意識的に整えるだけでもかなりストレスが軽減されるので、ぜひ覚えておいてください。
《ストレス予防の基本5項目》
1 深呼吸
2 適度に体を動かす
3 睡眠
4 気持ちを話せる家族や仲間
5 自然との触れ合い
――海原さんがSNSを盛んに活用しているのも、自己表現の一環なのでしょうか。
米国ハーバード大学にいらしたニコラス・A・クリスタキス教授は著書『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』(講談社)の中で、「“つながり”の多さが健康に影響する」と述べています。
また、米国のある地域で行った研究では、がんの死亡率が貧困層ほど高い傾向にありました。これは金銭的な事情で検診を受けられないということもありますが、教育が受けられず医療情報が不足している、インターネットアクセスがなくネットワークが少ないといったことが原因だという分析もあります。今やSNSによる人と人の「つながり」は、ヘルスコミュニケーションにとっても大きな情報源といえるでしょう。
レジリエンス向上のリソースとしても、TwitterやFacebookはオススメです。
ただしのめりこまない、それだけを自分の唯一のネットワークにしない、時間を決めて使う、適度な距離感を保つ、投稿する前に自分の思いを客観的に見つめる、などが上手な使い方です。
SNSの優れた点は、違う世界の友達を作りやすいところです。同じ業界の人としか接していないと視野が狭くなりがちですが、全く違った視点から話をしてくれる人がいると、悩みを客観的に見ることができるものです。
――そんな予防をする前に、もし心身症になってしまった場合はどうすればいいでしょうか。
まずは体をケアしましょう。休んでおいしいごはん食べる、マッサージをしてもらうといったことから始めてみてください。もちろん精神科や心療内科に行ってもいいですが、自分に合う医者かどうかなんて初めてじゃわからないですよね。そうしたらかかりつけの歯医者でも内科でもいいので、話しやすいお医者さんに相談してみてください。その人に専門医を紹介してもらったほうが、闇雲に飛び込むよりもよっぽどいいと思いますよ。
うつの人に「治してあげたい」はNG
――一方で、周りの大切な人がうつになってしまった、なんてこともよくあります。そういったときに周囲はどんなことをしてあげるべきでしょうか。
「元気づけることを言ってあげなきゃ」とか「助けてあげよう」などと思うのは相手の負担や心の重荷になります。周囲がしてあげられる最善策は、その人のそばにいることだけ。それも、本当にそばにいてあげることだけが助けではなく、「いつでもそばにいるよ」という態度が相手の重荷にならない支援といえます。
また、うつになると買い物や電話などができにくくなるので、そういった手助けなども助かります。
支援の仕方には「直接支援」「情報支援」「共感支援」「援助への期待への支援」の4種類があって、「いつでもそばにいる」という態度は「援助への期待への支援」になる。「困ったときあの人がいれば、最悪の状態をなんとか乗りきれる」と思えるだけで、それが支援になるのです。
* * * * * * *
「いつもと違うルートで帰る」「本屋に行く」といった、ほんの少しの行動の変化が気分を変え、ストレスからの回復につながると教えてくれた海原さん。自分の心をワクワクさせる術を身に付けることは心身の健康のみならず、人生そのものを豊かにしてくれるはず。ちょっとクサクサしたなと思ったらそのサインを見逃さず、ぜひ“楽しみ発見”に活かしてみてほしい。
『男はなぜこんなに苦しいのか』
(朝日新聞出版・朝日選書、780円+税)
「優秀にみられるのに、実はアルコールに頼る毎日」「やたらと攻撃してくる上司がいる」「妻の機嫌がいつも悪い」など、心の不調を訴える男性たちの様々なケースを紹介。ストレスに強い自分になるための実践的な方法についても丁寧に解説している。
海原 純子(うみはら・じゅんこ)さん
医学博士
海原 純子(うみはら・じゅんこ)さん 東京慈恵会医科大学卒業、1986~2006年女性の為のクリニック所長、2006~2013年白鴎大学教育学部教授、2012年昭和女子大学国際学部客員教授、2008~2010年ハーバード大学客員研究員、2013年日本医科大学特任教授、2007~2012年厚生労働省「健康大使」。復興庁心のケア事業(2013-2014)統括責任者、復興庁県外自主避難者支援事業心のケア担当(2014-2015)、日本医科大学健診医療センターストレス健診外来担当。著書に『こころの格差社会』(角川書店)、『男はなぜこんなに苦しいのか』(朝日新聞社)などがある。
男のストレス事情
落ち込んだ気分を回復させる誰でもできる方法
ストレスからの回復力「レジリエンス」の磨き方
2016/2/22 取材・まとめ:小泉なつみ=フリーライター
会社組織の変化から、「男らしさ」の呪縛に苦しめられている男性たちの現状を伝えた前2回。最終回の本稿では、海原さんが考えるストレスからの脱し方、そして心身症の予防法をお聞きした。
人は誰でも回復力《レジリエンス》を持っている
ほんのちょっとした行動でストレス状態から抜けられる。(©alphaspirit 123-rf)
――海原先生へのインタビューの第1回「『男らしさ』に追いつめられる男性が増加中!?」の中で、働き盛りの40~50代の男性が直面している深刻なストレスについてうかがいました。こうしたストレスに対し、心がけるべき予防策はありますか。
ストレス解消法といわれる方法はいろいろありますが、一過性の解消法に頼るのではなく、自分の人生を根本的に考えなければいけないと思います。女性は「自分らしい生き方」についてずっと考えてきましたが、男性は生き方というよりも「仕事の成功」に重きを置いてきましたから、特にその必要があると思います。
ストレスなどから回復する力のことを心理学用語で「レジリエンス」と言いますが、人は誰でもこのレジリエンス持っており、その力を鍛えることで心身症の予防は可能です。こんな風に言うと「じゃあ何か一つ方法を教えてください」と聞かれるんですが、一つですべてを解決することはさすがに不可能です(笑)。レジリエンスは性格要因やものの捉え方、サポートしてくれる人の有無といった総合力なので、人それぞれに強化のポイントは変わってきます。
「自己表現」が最強のストレス対策
ただしストレスに強い人の共通点として言えるのは、回復力を高めてくれるリソース、つまり自己表現の場をたくさん持っていることです。第1回の記事で、我慢強くコミュニケーション力が高い「良い人傾向」の人は心身症になりやすいとお伝えしましたが、もちろん元気な人はたくさんいます。そうした人は趣味が充実していたり、ペットを飼っていたり、広い意味での自己表現の場を持っていることが多いんですよ。
ストレスは怒りや不満を黙って抑え込むことによって生じることが多いので、レジリエンスUPには、抑え込んだ感情を表現する場を生活の中でどれだけ持てるかが肝要なのです。自己表現というと高尚な感じがするかもしれませんが、ジムに行って体を動かすことも立派な自己表現の一つです。また、自分の気持ちをノートに書くことはもちろん、買い物をする、マッサージを受ける、いつもと違うルートで帰ってみる、本屋さんに行く、温かい飲みものを飲むなど何でもいい。そうやって体を緩めたり、心のリラックスにつながることすべてが「自己表現」と言えます。
ですからまずは、自分が心地良いと感じられること――嫌なことがあったとき、これをやると元気になる――といったことを思い出して書き出し、リソースとして把握してみてください。それがひいては、「自分らしい生き方」にもつながってくるのではないでしょうか。ただし、お酒とタバコ、ギャンブル、歓楽街以外で楽しみを探してくださいね。
――自己表現というと敷居が高いイメージがありましたが、難しく考えず、自分が心地良くなることをやればいいんですね。自己表現以外で、意識すべきことはありますか?
自己表現と重なるものもありますが、メンタルヘルスを維持する上では、当然、「深呼吸」「適度に体を動かす」「睡眠」「気持ちを話せる家族や仲間」「自然との触れ合い」の5項目は基本となります。これらを意識的に整えるだけでもかなりストレスが軽減されるので、ぜひ覚えておいてください。
《ストレス予防の基本5項目》
1 深呼吸
2 適度に体を動かす
3 睡眠
4 気持ちを話せる家族や仲間
5 自然との触れ合い
――海原さんがSNSを盛んに活用しているのも、自己表現の一環なのでしょうか。
米国ハーバード大学にいらしたニコラス・A・クリスタキス教授は著書『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』(講談社)の中で、「“つながり”の多さが健康に影響する」と述べています。
また、米国のある地域で行った研究では、がんの死亡率が貧困層ほど高い傾向にありました。これは金銭的な事情で検診を受けられないということもありますが、教育が受けられず医療情報が不足している、インターネットアクセスがなくネットワークが少ないといったことが原因だという分析もあります。今やSNSによる人と人の「つながり」は、ヘルスコミュニケーションにとっても大きな情報源といえるでしょう。
レジリエンス向上のリソースとしても、TwitterやFacebookはオススメです。
ただしのめりこまない、それだけを自分の唯一のネットワークにしない、時間を決めて使う、適度な距離感を保つ、投稿する前に自分の思いを客観的に見つめる、などが上手な使い方です。
SNSの優れた点は、違う世界の友達を作りやすいところです。同じ業界の人としか接していないと視野が狭くなりがちですが、全く違った視点から話をしてくれる人がいると、悩みを客観的に見ることができるものです。
――そんな予防をする前に、もし心身症になってしまった場合はどうすればいいでしょうか。
まずは体をケアしましょう。休んでおいしいごはん食べる、マッサージをしてもらうといったことから始めてみてください。もちろん精神科や心療内科に行ってもいいですが、自分に合う医者かどうかなんて初めてじゃわからないですよね。そうしたらかかりつけの歯医者でも内科でもいいので、話しやすいお医者さんに相談してみてください。その人に専門医を紹介してもらったほうが、闇雲に飛び込むよりもよっぽどいいと思いますよ。
うつの人に「治してあげたい」はNG
――一方で、周りの大切な人がうつになってしまった、なんてこともよくあります。そういったときに周囲はどんなことをしてあげるべきでしょうか。
「元気づけることを言ってあげなきゃ」とか「助けてあげよう」などと思うのは相手の負担や心の重荷になります。周囲がしてあげられる最善策は、その人のそばにいることだけ。それも、本当にそばにいてあげることだけが助けではなく、「いつでもそばにいるよ」という態度が相手の重荷にならない支援といえます。
また、うつになると買い物や電話などができにくくなるので、そういった手助けなども助かります。
支援の仕方には「直接支援」「情報支援」「共感支援」「援助への期待への支援」の4種類があって、「いつでもそばにいる」という態度は「援助への期待への支援」になる。「困ったときあの人がいれば、最悪の状態をなんとか乗りきれる」と思えるだけで、それが支援になるのです。
* * * * * * *
「いつもと違うルートで帰る」「本屋に行く」といった、ほんの少しの行動の変化が気分を変え、ストレスからの回復につながると教えてくれた海原さん。自分の心をワクワクさせる術を身に付けることは心身の健康のみならず、人生そのものを豊かにしてくれるはず。ちょっとクサクサしたなと思ったらそのサインを見逃さず、ぜひ“楽しみ発見”に活かしてみてほしい。
『男はなぜこんなに苦しいのか』
(朝日新聞出版・朝日選書、780円+税)
「優秀にみられるのに、実はアルコールに頼る毎日」「やたらと攻撃してくる上司がいる」「妻の機嫌がいつも悪い」など、心の不調を訴える男性たちの様々なケースを紹介。ストレスに強い自分になるための実践的な方法についても丁寧に解説している。
海原 純子(うみはら・じゅんこ)さん
医学博士
海原 純子(うみはら・じゅんこ)さん 東京慈恵会医科大学卒業、1986~2006年女性の為のクリニック所長、2006~2013年白鴎大学教育学部教授、2012年昭和女子大学国際学部客員教授、2008~2010年ハーバード大学客員研究員、2013年日本医科大学特任教授、2007~2012年厚生労働省「健康大使」。復興庁心のケア事業(2013-2014)統括責任者、復興庁県外自主避難者支援事業心のケア担当(2014-2015)、日本医科大学健診医療センターストレス健診外来担当。著書に『こころの格差社会』(角川書店)、『男はなぜこんなに苦しいのか』(朝日新聞社)などがある。