伊勢崎市議会議員 多田稔(ただ みのる)の明日へのブログ

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鈴木惣太郎 日本プロ野球設立の功労者

2011-10-24 19:59:59 | Weblog
伊勢崎出身の鈴木惣太郎さんを取材しています。
以前、このブログでもご紹介しましたが、
鈴木さんは日本のプロ野球設立の功労者です。

鈴木氏の功績をたたえて、
鈴木惣太郎記念球場の脇に、胸像が立てられています。



現在では、鈴木さんの功績を後世に伝えるため、
鈴木惣太郎杯の野球大会が、3種類開催されています。

鈴木氏と親しく交流された、
「鈴木惣太郎を守る会」会長の新藤てるよしさんから
本日、詳しくお話をうかがうことができました。

ビデオカメラで撮影させて頂きましたので、
後日、ホームページで動画を公開します。

鈴木氏は明治23年に伊勢崎で生まれました。
鈴木さんは早大中退後、
大倉商業学校(現:東京経済大)を卒業。
その後貿易の仕事のため渡米し、
大リーグ関係者と親しくなりました。

帰国後は読売新聞社の社員として
アメリカの大リーグチーム招聘を担当しました。

当時、日米間は船で何週間もかかるので、
ベーブ・ルースは来日を渋りました。

鈴木氏はルース行きつけの床屋で待ち伏せし、
彼の似顔絵が大書された日米野球のポスターを見せ
「日本のファンはあなたがやってくるのを待っています」と説得。
ルースはポスターを見て破顔一笑、来日を快諾した
というエピソードがあります。



日米野球を機に、
野球の全日本軍が結成され、
後の巨人軍につながりました。

鈴木さんは日本のプロ野球創設に多大な功績があったので
レリーフが野球の殿堂に飾られています。
それと同じものが、鈴木惣太郎記念球場の玄関にも飾られています。

鈴木氏は、ベーブルースが来日した時に、
伊勢崎市の赤石野球クラブと前橋の医師会チームとの定期戦に
ベーブ・ルースの名前を冠したカップを寄贈してもらいました。
お返しにルースに送られたのが、
この掛け軸です。




後には、
同僚のゲーリックからもカップを寄贈してもらいました。
鈴木惣太郎記念球場には、この
ベーブ・ルースカップと、ゲーリックカップが並んで飾ってあります。
日本の野球の殿堂でも、こんな豪華な展示品はないのではないでしょうか。



鈴木氏は、
1982年5月11日、92歳で死去されました。
お墓は、伊勢崎市美茂呂町の退魔寺にあります。
野球ファンの方は、お参りして、
昔の時代に思いを馳せてはいかがでしょうか。



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