伊勢崎市議会議員 多田稔(ただ みのる)の明日へのブログ

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天草五橋

2009-01-14 21:53:54 | Weblog
なんだ、この上り坂は!
これから天草五橋を渡わたって、島へ行くのに、
なんでこの道は、山のてっぺんへ登るんだ!

高知大学には5年通いました。
サイクリング部だった私は、
卒業の3月に、阿蘇の牧場を自転車で訪ねました。

そして、
分水嶺を確かめるべく、牧場の丘から、
自転車で西へ西へ走り、
たどり着いたのは、熊本県の西のはずれ。
海へ突き出した宇土半島。

宇土半島の北側ののどかな道を、
自分の人生で二度とこの場所にはこないよな、
と思いながらペダルをこいだのでした。

宇土半島の先端まで来ると、
天草諸島へむかって、地図によれば橋がかかっているはずです。
しかし、橋を示す道路標識は山の上を示しています。
間違いでは無かろうか、
と思いつつひたすら坂道を登った先に、
天草五橋の第一番目の橋があったのでした。

この橋は、九州と島をつなぐ橋です。
その下を大きな船が通れるように、
山の上から、山の上を結ぶように橋がかかっているのでした。

3月の九州は、春の気配。
そしてここ天草は、さらに穏やかで、風光明媚なところ。
私の水色のランドナー(旅行用自転車)は、
一つ目の島を快調に過ぎました。

二つ目の島に来ました。
「のどか」なのは、いいけれど、
ひとたび集落をすぎてしまうと、山ばかりでひとけがありません。
うっかりすると、食料の買い出しもできないかも。
少し心配になってきました。

人家のある場所で、
今夜の宿泊場所を見つけよう、
と思い自転車で走りながら探しました。

島では、平坦な土地は貴重で、
空き地や公園などは見あたりません。
国道沿いは、とてもテントを張れそうな場所がないので、
集落の中の細い道を走りました。

そして見つけたのが、
小さなお寺。
山門の前に、車数台分の駐車スペースがありました。
今夜はここにテントを張らせてもらおうと思い、
庫裡を訪ねました。

その夜は、広い本堂に泊めて頂けることになりました。
夕食までごちそうになり、
目の前に鎮座する仏様に感謝しました。

そろそろ寝ようかと思った頃、
住職さんから庫裡へ来るように誘われました。

部屋にはピアノがあり、
住職さんが激しくジャズを弾いてくれました。
当時はジャズ素人の私でも、相当うまいと感じました。
住職は、学生時代東京のお店で、
仲間と演奏していたそうです。セミプロです。

その後十数年を経て、
再び訪れる日が来ました。
阿蘇の牧場を再訪した後、レンタカーで再びこのお寺を探したのです。

記憶では、
道のすぐ脇に立っていたので、すぐ見つかると思っていましたが、
なかなか見つからなくて苦労しました。
おもったより、細い道沿いにありました。

見覚えある山門と、泊まったはずの本堂があったので、
ここだろう、と思ったのですが、
どうも様子が違うのです。

山門の西側は、
広大な駐車場があり、大きな鉄筋コンクリートの建物が
そびえているではありませんか。

おそるおそる事務所を訪ねてみると、
やはりこのお寺でした。
学生時代にサイクリングで泊めてもらったお礼を言い、
お土産を渡しました。

私が学生時代に泊めて頂いたあと、
この和尚さんが、説法に得意の音楽を取り入れた結果、
大ブレイクし、テレビで放映されたり、
全国から観光バスが押し寄せて、
大きなビルが建ってしまったのでした

年間数万人の参拝者が来るといいます。
特にお年寄りに大人気。
狐につままれたような不思議な感覚です。

和尚さんに新しくできた博物館に連れて行かれ、
特別に著書と色紙を無料で頂きました。

考えれ見れば、天草の観光ルートでは、
島を巡っても、風景以外にこれと言った観光地はありません。
休憩場所もかねて、
お寺で仏像を拝み、おもしろくてありがたい説法が聞けるなら
お年寄りの観光ツアーにはもってこいです。

片田舎のなんの変哲もなかったお寺が、
説法にギターを取り入れただけなのに、
大ブレイクして数万人の参拝客。
世の中何が起こるか分かりません。

観光事業に限らず、
あたらしい仕事の芽は、
いがいとあるものだと感じました。






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2 コメント

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ビジット・ジャパン・キャンペーン (sikenhisya)
2009-01-17 11:50:06
久しぶりです。
同級生のSです。

向陽寺の住職とは良い出会いをしましたね。
君は、昔から物怖じしない&フレンドリーな性格なので、これまでいくつもの良い出会いがあったことでしょう。

そして、一期一会。
その出会いを大切にされてきたのでしょうね。

さてさて、君の学生時代のことに触れた記述を読んで、私が君の下宿先N荘に転がり込んだ時のことを想い出しました。

高知の中心からはそんなに離れていない場所だったと記憶しますが、2人して自転車で少し走ると日本の原風景が広がりなんだかとても懐かしい気持ちがしたものです。

東京の学生だった私にとって、見るものすべてが新鮮でした。
当時では珍しい、ちんちん電車も走っていましたね。まだ走っているのでしょうか?

そうそう、魚市場でアンコウを仕入れてきて、口を水道の蛇口に突っ込み「アンコウの 骨まで凍てて ぶちきらる」などと言いながら調理し、鍋にしました。
おいしかったです。

プライバシーの侵害なんていう言葉を知らないようなN荘に入居している学生たち。
彼らの、これまたフレンドリーなもてなしについ長居をしてしまい1ヶ月も居候してしまいました。

君の食費に寄生するのも申し訳なく、他学生ながら図々しくも高知大学にて短期バイトを紹介してもらい、小さなお菓子工場で働きました。

あの時の1か月は、いままでの私の人生で最も楽しい旅行だったと感じております。

君のとっては日常生活だったのでしょうが、一緒に行動した私にとっては旅行でした。

そこに住んでいる人には日常だが、訪れる人には非日常。

旅行なんてそんなもんじゃないでしょうか?

私は、商業的に無理やり作ったような観光施設よりありきたりな町並みや史跡、自然風景が好きです。
みやげ物もしかり、きれいに包装された保存料がたくさん入ったお菓子より、普段食べないような地の物がほしい。

観光庁が出来て、2010年には外国人観光客を1000万人迎え入れる目標があるらしい。

うまいこと地域活性化、雇用創出に結びついてくれると良いが、観光業のあり方が難しいと思うな。

私個人としては第二のシーガイヤは要らない。




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久しぶりです (多田@群馬県庁)
2009-01-18 12:06:46
S君、コメントありがとう。
自分の過去を知っている人からのコメントは、
緊張します。
今読んでいる一行先には、
なんて書いてあるんだろうと、
ドキドキします。

君が高知に来てくれた時は、楽しかった。
1週間くらいだったように
思いましたが、1か月でしたか。

私もアパートの住民も大歓迎で、
酒とマージャンでもてなしました。
君はマージャンで生活費を稼いでいたのではないかな。
下宿の後輩は、君が強かったので尊敬してました。

その後、
大学にあったアルバイト情報を見て、
地元の企業に通い始めた君を見て、
生活力があるのに驚きました。
地元のおばさんに、かわいがれたようですね。

高知大は高知市の西のはずれでした。
「あんこう」を買うため、
市の東のはずれにある卸売市場まで
冬の早朝、自転車で行きました。
当時は、市民でも買えました。
「学生」とわかると、おまけをいっぱいくれました。

高知大時代の下宿。それは沢村荘です。
月7千円の家賃の、おんぼろアパートの生活は、
今でも夢に見ます。

もと社宅だった2階建てのアパート。
6畳の部屋に、押し入れと、半畳ほどの
踏み込みがついた部屋。

2階への外階段をだれかが上ると、
廊下の突き当りにある
私の部屋はガタガタ揺れました。

トイレは共同の汲み取り式で、
満杯になってくると、
1階ではお釣りがきたようです。

共同風呂は、日本瓦が乗った庭の一戸建て。
脱衣所がないので、裸にタオルを巻いて、
洗面器を抱えてアパートの外階段を
下りて行きました。

ひと風呂浴びて出ようとしたら、
浴槽のすぐわきに、
15センチくらいの大ムカデが
張り付いていたのに気づき、ぞっとしたことも
ありました。

水道は井戸水。
使いすぎると涸れて出なくなります。
黄色い泥水が出ることもあり、
住民以外の者が飲むと、腹痛になりました。
ちなみに住民は、
サイクリング部員と、ワンゲル部員しか
住んでいませんでした。

超特大のゴキブリも活発に動きまわり、
手のひらくらいの大きさの黒いクモが
それを口にくわえて食べています。
足高グモという名前だったと思います。
高知人にとっては、普通のことです。

押し入れのゴキブリホイホイに
小さい蛇がかかって、とぐろを巻いていたことも
ありました。

部屋の押し入れの壁には、
歴代住民の想いが、ぎっしり書かれていました。
当時の高知大は、「南冥寮」をはじめ、
剛毅な気風が残っていました。
先代住民の名付けた私の部屋の名は「臥龍窟」。

感激あれ 若人よ!
 感激なき人生は 空虚なり

 汝らが前に 
 高く高く理想を掲げよ

 さすれば道は 坦々として
 汝らが前に 開けん

 ただ 歩めば至る

 (高知大学「豪気節」より)
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