元応2年(1320)了源が山科に一宇を創建したのが起こりといわれ、
のち東山渋谷に移って仏光寺と改めた。後醍醐天皇より仏光寺の寺号を賜る。
文明年間(1469~1487)、14世経豪は本願寺の蓮如上人に帰依し同志を率いて仏光寺を脱し、
山科の旧地に一宇を建立し、旧名によって興正寺と称した。
それより、山科本願寺と行を共にし、大阪天満に移り、
次いで天正19年(1591)現在の地に移った。
承応年間(1652~1655)、本願寺と論争が生じたことから不和となり、
明治9年(1876)分離独立した。
今の堂宇は明治35年(1902)の出火後の再建で、大師堂・阿弥陀堂以下多くの建物がある。
御影堂 明治45年(1912)建立 親鸞聖人の御真影を安置
阿弥陀堂 大正4年(1915)再建
中央に阿弥陀如来像、左右に 七高僧、聖徳太子の御影を安置
鐘楼 安永3年(1774) 桃園天皇の忌にあたり、皇太后恭礼門院から梵鐘とともに寄進された
経蔵 嘉永元年(1848)建立
興正文庫
北隣にある 西本願寺の飛雲閣 が見えます
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