アートプラス京めぐり

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石碑 平安京・三条烏丸御所跡

2015年12月20日 11時52分40秒 | 平安京

 

 

三条烏丸御所跡

当該地は、平安京左京四条三坊九町跡に位置しています。この九町は、北側を三条大路、南側を六角小路、西側を室町小路、東側を烏丸小路により四方を画された一町(約120m四方)の中にあり後世には三条南殿三条烏丸御所ともしょうされてまいりました。中右記 や 長秋記 など平安時代後期貴族の日記によると、同九町の地は、三条桟敷殿(床を持つ建物)として利用されたり、後には、左大臣にまでのぼりせー権勢をふるった藤原実能の邸宅があったことが記されています。昭和62年度に財団法人京都市埋蔵文化研究所が株式会社千總の委託を受けて発掘調査を実施しました。この調査によって、平安時代に造られた島を伴う玉石敷の遺水(庭園などに水を導き入れるための設備)と大小の景石で構成されている庭園跡の一部及び建物の柱跡などを検出しました。これらの遺構は一町規模の寝殿造による邸宅の一角をなすものと見られ、各遺構からは瓦類や土師器、須恵器の他に釉薬を施した緑釉陶器、灰釉陶器などが多数出土しています。中には中国から輸入された青磁・白磁などの、上級貴族の所有を思わせるものも含まれています。寝殿造は日本の庭園及び建築史を研究する上で重要な位置をしめていますが、現存するものはなく、御所、平等院などにその様式をうかがえるにすぎません。この宸殿造とみられる邸宅の一端を発掘調査によって検出したことの意義は大きいといえましょう。

平成元年7月   株式会社 千總 、(財)京都市埋蔵文化財

 

 関連記事 ➡ 三條南殿の遺址  三条烏丸  源頼朝はここで働いていた


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平安京 野寺小路跡

2015年11月23日 10時38分39秒 | 平安京

 

平安京の地図では 赤印のあたり

 

 


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白河院・法勝寺 址・・・・平安時代

2015年07月28日 07時35分21秒 | 平安京

白河院並びに法勝寺跡

白河院はもと藤原良房の別荘 白河別業であり、藤原氏北家によって代々受け継がれてきたが、

藤原師実(もろざね)の時、白河天皇(1053~1129年)に献上され、

承保2年(1075年)白河天皇によってこの地に法勝寺が建立された。

法勝寺は尊勝寺・最勝寺・円勝寺・成勝寺・延勝寺とともに六勝寺と総称された寺の一つで、

東は岡崎道より300メートル東、西は岡崎道、

南は現在の動物園の南、北は冷泉通より50メートル南に囲まれた広大な寺域を有し、

五大堂・八角堂・常行堂などの諸堂が立ち並んでいた。

中でも、池の中島に建つ「八角九重塔」は高さ約80メートルの壮大な塔であったといわれている

文治元年(1185年)の大地震により、九重塔以外の諸堂の大半が倒壊し、

承元2年(1208年)には九重塔も落雷により焼失したが、

この時は栄西禅師が大勧進となって一部再建した。

しかし、康永元年(1342年)の火災により残る堂舎も焼失し、

その後、覚威和尚によって一部再建されたが、衰退の一途を辿り、やがて廃寺となった。

 

京都市指定名勝  白河院庭園

 

 

 

 

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東三条殿址  平安京

2015年06月23日 16時21分50秒 | 平安京

東三条殿は,平安京左京三条三坊にあった平安時代の邸宅。

藤原良房(804~72)が創設し,摂関家嫡流に伝領され,

藤原兼家(929~90)は東三条殿と称された。

兼家の娘で一条天皇(980~1011)の母であった

詮子(961~1001)は,初めて女院号を与えられ,

居住地に因み東三条院と名乗った。

寛弘2(1005)年の内裏焼亡により一条天皇の里内裏として用いられた。

仁安元(1166)年焼失。

 

大正4年11月建立   大正の御大典と同じ年月だ

 

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閑院内裏址 平安京

2015年06月22日 01時35分45秒 | 平安京

 

 閑院内裏は,平安京二条にあった邸宅で,

藤原冬嗣(795~826)によって創建された。

庭内に泉が湧き,その閑雅な風情から「閑院」と名付けたと考えられる。

平安時代前半は,藤原氏の邸宅として用いられ,

後半は白河上皇・堀河天皇・高倉天皇・土御門天皇等の里内裏であった。

鎌倉初期まで存続し,正元2(1259)年の火災後,再建されることはなかった。

 

大正4年11月 建立  大正の御大典との関係はあるのだろうか

年月が一致

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石碑中0041  奨学院 平安時代

2015年04月23日 16時19分21秒 | 平安京

奨学院は,元慶5(881)年在原行平(818~93)が藤原氏の勧学院にならって,その西の大学寮南に創建した諸王・同族子弟教育のための大学。昌泰3年(900年)大学寮南曹となり,勧学院と並んで「南曹の二窓」と称されたここはその跡

コンビニの左端

 

石碑前回の記事 ➡  石碑上0040  聚楽第 東壕跡  

 

 


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