アートプラス京めぐり

京都の探索、記事数4200 ミニ・テーマで京都をめぐります 随時記事更新中

応天門  

2015年07月29日 21時47分25秒 | 平安宮

地図の場所に 1200年前にはこのような建物が建っていたことがわかっています

 

 

 

 


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1200前の京都 大極殿

2015年07月29日 21時21分39秒 | 平安宮

平安神宮の大極殿は1200年前に ここから見えるところにありました

 


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平安宮 朝堂院跡  大極殿がよみがえった

2015年07月29日 00時22分20秒 | 平安宮

 朝堂院とは大内裏の正庁で,即位等の国家的儀礼や諸政を行う場であった。

大極殿と14棟の殿舎から構成されていた

朱雀門の正面,内裏の南西に位置する。

応天門の変(866)で創建後初めて炎上し,その後も再三の被災で修復再建が繰り返されたが,

安元3(1177)年の大火で焼失して以降,再建されなかった

 

 西向き

 

北向き

 

 

平安宮と 現代を 地図で重ねると  赤丸が 石碑のある所になります

 

 

大極殿は 平安神宮に 5/8の大きさで復元されています

この建物が 1200年前にあったということです

 

 

  


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内裏 と 大内裏  平安時代  歩いてみませんか

2015年07月27日 15時09分10秒 | 平安宮

内裏(だいり)と大内裏(だいだいり)

 

 内裏とは,天皇が住み,儀式や執務などを行う宮殿のことで,

禁中・禁裏・御所などともいいます。

平安宮内裏は延暦年間(782~806)に造営されました。

内裏の周囲には朝堂院(ちょうどういん)・豊楽院(ぶらくいん)や

二官八省をはじめとした官庁が並び,

諸官庁のまわりは大垣(築地)で囲まれていました。

その囲まれた区域を大内裏あるいは平安宮と呼んでいます。

 

平安時代の内裏大内裏がどこにあったかは判明しています

グリーンは現在の道

 

 

左下(南西角) ➡ 朱雀門  道順1

朱雀門  ➡  右下(南東角)  道順2

         ゴールが二条城の中なので 途中省略

右下(南東角) ➡ 右上 (北東角) 道順3

 

右上(北東角) ➡ 左上(北西角)  道順4

左上(北西角) ➡ 左下(南西角)  道順5

 

平安宮を歩いて回れば 体感出来るのではないでしょうか

今は暑いのでやめといた方がいいです

 気候が歩くのに適するようになれば 歩いてみたいと思っています

   


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