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【世界遺産・益山王宮里遺跡】百済歴史遺跡へのFAM⑬2017/10/28

2017年11月27日 | 2017/10百済歴史遺産へのFAM
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『益山王宮里遺跡展示館』 を見学させてもらって、一旦外に出て

今度は、『王宮里遺跡』 に向かいます。



どこまでも続く広い敷地…

歩いても歩いてもまだまだ 『王宮里遺跡』 は、続きます。



その広い敷地をガイドさんを先頭に参加者が並んで続きます。

「大型建物址」

正殿だったと推定される大型建物址 (東西35m、南北18.3m) は、第1東西石築のすぐ前で確認されました。

この建物址は、王宮の中心軸上に位置しており、王宮内で最も規模が大きかったそうです。



後に王宮から寺院に変わったため、現存する五層石塔がそれを示しています。



「建物址」

広々と広がる芝生の大地なので、その上に王宮があったと想像しながら

頭の中でイメージを膨らませて…



大きな看板が立ててあったので、見てみると

「庭園遺跡 整備 予定地 2017~2018」 と。

まだまだこれから整備されていくようです。



「後苑 王宮里遺跡 発掘現場」

のパネルが展示してあったので、発掘現場の様子がどんなだったか理解できます。



「百済王宮 後苑は こちら ↑ 」

百済の庭園が日本の庭園に多大な影響を与えたことは記録に残っているそうですが、

詳しい内容までは分かっていなかったとか…

ところが、王宮里遺跡から泗沘時代の王宮庭園が発見されたことで、

中国から百済、そして日本へ庭園文化が広がっていった様子が分かってきたそうです。



「曲水路」

王宮の北側では、庭園と思われる遺構が発見され、そこに水が流れるようにしていたと想像されます。

庭園の北側の後苑では、給水のためのU字型の環水溝と曲水路が見つかりました、まさにここがそうです!



ここに、その昔広い広い王宮があっただなんて…

その場に私が立っているだなんて…

なにか不思議な感じがします。



「後苑 中心  建物

建物地 36、36-1」

の案内板がありました。



これから夜に向けて行われるパレードの人たちがスタンバイ中でした。

若い人から、そうでもない人まで…

みんなニコニコと笑顔でお祭りを楽しんでいる雰囲気がこちらにも伝わってきましたが、

パレードを見学する時間はなく、後ろ髪を引かれる思いで、この場を後にしました。



こちらも 「ユネスコ世界遺産」 に登録されています。

【익산왕궁리유적 (益山王宮里遺跡)】
전라북도 익산시 왕궁면 궁성로 666 (全羅北道 益山市 宮城路666)
ホームページ : こちら

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