456)内因性カンナビノイド・システムとがん治療(その2):乳がん

図:①チロシンリン酸化型受容体にリガンド(増殖因子や成長因子)が結合し2量体化すると、受容体がリン酸化されて活性化する。②受容体が活性化されるとPI3Kのリン酸化活性からAktがリン酸化されて活性化する(PI3K/Akt経路)。③一方、受容体の活性化は、低分子量G蛋白質Rasを経由して、Raf→MEK→ERKとリン酸化反応するMAPK経路によりシグナルが伝達される。④NF-κBは細胞質に存在し、IκBと呼ばれる制御蛋白質と複合体を形成している。⑤炎症性サイトカイン(IL-1やTNF-αなど)や細菌由来のリポ多糖や酸化ストレス(放射線や活性酸素など)はIκBキナーゼを活性化してIκBをリン酸化する。⑥リン酸化されたIκBはユビキチンが結合してプロテアソームで分解される。⑦IκBが外れるとNF-κB分子内の核内移行シグナルが露出してNF-κBは核に移行し、目的遺伝子の転写を行う。⑧PI3K/Akt経路とMAPK経路とNF-κB経路の活性化は、最終的に核の転写因子の活性化を介して、がん細胞の増殖や転移や腫瘍血管の新生を亢進し、アポトーシスに抵抗性の性質を持つようになる。⑨大麻に含まれるカンナビノイドや生体に備わった内因性カンナビノイドシステムはこれらの経路を抑制する方向で作用することによって抗腫瘍活性を示す。

456)内因性カンナビノイド・システムとがん治療(その2):乳がん

【カンナビノイドはがん細胞の増殖を抑制する】
カンナビノイド受容体(CB1とCB2)は大麻の精神作用の原因であるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)が結合する受容体として1990年代に発見されました。
Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)は大麻に含まれる主要成分で、1964年に大麻から単離されました。大麻による精神作用(多幸感など)の原因物質として同定されましたが、カンナビノイド受容体(CB1とCB2)に作用して吐き気止め作用、食欲増進作用、鎮痛作用など様々な薬効を示すことが明らかになっています。
カンナビノイド受容体(CB1,CB2)の発見によって、内因性のリガンドであるアナンダミド2-アラキドノイルグリセロールが発見され、カンナビノイド受容体を中心とする生体機能の制御の仕組みが明らかになってきました。この仕組みを「内因性カンナビノイドシステム」と言います。
内因性カンナビノイドシステムというのは、Gタンパク質共役型受容体のカンナビノイド受容体のCB1とCB2(さらにGPR55やTRPV1なども存在する)、内因性のリガンドである内因性カンナビノイド(アナンダミド、2−アラキドノイルグリセロール)、内因性カンナビノイドの合成酵素と分解酵素から構成されています。
カンナビノイド受容体には作用せずに内因性カンナビノイドの合成や分解に影響して内因性カンナビノイドの活性に影響する物質も存在します。
CB1は主に神経系に発現し、CB2は主に免疫系の細胞の多く発現していますが、それ以外の細胞にも広く分布し、複雑なネットワークを形成し、様々な組織や臓器の機能を制御しています。
最近の多くの研究で、内因性カンナビノイドシステムは、がん細胞の増殖を抑制するように作用することが報告されています。
したがって、内因性カンナビノイド・システムをターゲットにした医薬品は、がん治療への応用が期待されています。
例えば、カンナビノイド受容体に作用するアゴニスト活性をもった物質や、内因性カンナビノイド(アナンダミド、2-アラキドノイルエタノールアミド)の分解を阻害する物質などが抗がん作用を目的とした医薬品として開発されています。
同様に、大麻あるいはその成分であるカンナビノイドやテルペン類などの抗がん作用が注目されています。わざわざ、新規のアゴニストを開発しなくても、大麻(マリファナ)を吸うだけで、目的が簡単に達成できるからです。
医療大麻は幾つかのがんの治療に期待されています。その第一の疾患がグリオブラストーマ(膠芽腫)で、これについては前回(455話)解説しています。
乳がんについても、内因性カンナビノイドシステムをターゲットにした治療の可能性が検討されています。

【THCはAkt活性を阻害して乳がん細胞の増殖を抑制する】
細胞の増殖は、増殖因子受容体が細胞外ドメインで増殖シグナルを受け取ることから始まります。
細胞内で機能している多数のシグナル伝達経路の中で、がん細胞の増殖と生存で最も重要なのが、PI3K-Akt経路(生存シグナル経路)ERK-MAPK経路(増殖シグナル経路)です。
細胞膜の増殖因子受容体にリガンド(増殖因子)が結合し2量体化すると、PI3Kのリン酸化活性からAktのリン酸化を通して、アポトーシス(細胞死)の誘導を阻害します。(PI3K-Akt経路
増殖因子による刺激は、低分子量G蛋白質Rasを経由して、Raf→MEK→ERKとリン酸化反応するMAPK経路(MAPKカスケード)によりシグナルが伝達されます。活性化したERKは最終的に核へ移行し、転写因子が活性化され、細胞増殖関連の遺伝子が発現します。(ERK-MAPK 経路

図:①チロシンリン酸化型受容体にリガンド(増殖因子や成長因子)が結合し2量体化すると、受容体がリン酸化されて活性化する。②受容体が活性化されるとPI3Kのリン酸化活性からAktがリン酸化されて活性化する(PI3K/Akt経路)。③一方、受容体の活性化は、低分子量G蛋白質Rasを経由して、Raf→MEK→ERKとリン酸化反応するMAPK経路によりシグナルが伝達される。④PI3K/Akt経路とMAPK経路の活性化は、最終的に核の転写因子の活性化を介して、がん細胞の増殖や転移を亢進し、アポトーシスに抵抗性(死ににくくなる)の性質を持つようになる。

大麻のΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)Akt活性を阻害して乳がん細胞の増殖を抑制する作用が報告されています。以下のような報告があります。

Cannabinoids reduce ErbB2-driven breast cancer progression through Akt inhibition.(カンナビノイドはAkt活性の阻害によって、Erb2で誘導される乳がん細胞の進行を抑制する)Mol Cancer 2010 Jul 22;9:196. doi: 10.1186/1476-4598-9-196.

【要旨】
研究の背景:ErbB2陽性の乳がんは浸潤性が高い性質を持ち、通常の治療に対して抵抗するのが特徴である。ErbB2をターゲットにした特異的な治療法もあるが、治療に反応するのは少数で、一時的に効いても多くは再増殖する。このような、浸潤性が高く、治療に反応せず、再発しやすいErbB2陽性の乳がんに対して、新規の治療法を開発することが切望されている。 本研究の目的は、ErbB2陽性乳がんの治療にカンナビノイドが有用かどうかを検討することである。
方法:ErbB2陽性乳がんの実験モデルとして確立されているMMTV-neuマウス(ErbB2を過剰に発現するように遺伝子改変したマウス)を用いて、カンナビノイドの抗腫瘍効果を検討した。さらに、87例のヒト乳がんの組織を用いてカンナビノイド受容体の発現を解析した。
結果:大麻に最も多く含まれ、最も効果が高いカンナビノイドであるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)、精神作用の無いCB2受容体に選択的なアゴニストのJWH-133は両方とも、MMTV-neuマウスの腫瘍の体積や数や、肺転移の程度を減少させた。 腫瘍の組織的な解析で、カンナビノイドはがん細胞の増殖を抑制し、がん細胞のアポトーシスを誘導し、腫瘍血管の新生を抑制した。
カンナビノイドの抗腫瘍効果は、少なくとも部分的には、腫瘍増殖性に作用するAktシグナル伝達系の阻害が関与していた。臨床例の乳がん組織の検討では、ErbB2陽性の乳がんの91%で精神作用を引き起こさないカンナビノイド受容体のCB2の発現を認めた。
結論:以上の結果より、ErbB2陽性の乳がんの治療にカンナビノイドを用いる根拠が強く示された。

ErbB2というのは上皮細胞増殖因子(EGF)の受容体で、チロシンリン酸化型受容体です。リガンドのEGFが結合するとPI3K/Akt経路やMAPK経路が活性化され、細胞の増殖や浸潤や転移が亢進され、アポトーシス(細胞死)に抵抗性になります。
「ErbB2をターゲットにした特異的な治療法」というのはEGFRをターゲットにした抗体医薬品の「ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)」や「タイケルブ(一般名ラパチニブ)」を指しています。 ErbB2とHER2は同じものです。
つまり、HER2陽性の乳がんではカンナビノイド受容体のCB2の発現が亢進しており、CB2のアゴニスト(受容体に作用して活性を高める物質)は乳がん細胞の増殖活性を抑制する可能性を報告しています
PI3K-Akt経路は、乳がん、卵巣がん、大腸がん、前立腺がん、神経膠芽腫など多くの腫瘍において恒常的機能亢進が認められています。PI3K-Akt経路の活性抑制は多くのがん細胞の増殖や転移を抑制します。
医療大麻や大麻製剤や合成THCやカンナビジオールなどは乳がんの治療に役立つ可能性が示されています。

【カンナビジオールはトリプル・ネガティブの乳がんの治療に役立つ可能性がある】
カンナビジオール(CBD)Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)と並んで大麻の主要なカンナビノイドです。
CBDはカンナビノイド受容体のCB1とCB2には作用しないため、精神作用はありません。その他の受容体(セロトニン受容体の5-HT1Aなど)やイオンチャネル(TRPV1など)に作用して多彩な作用を発揮します。
カンナビジオールはTHCとは異なる作用機序で乳がん細胞の増殖を抑制することが報告されています。最近の論文で以下のような報告があります。

Modulation of the tumor microenvironment and inhibition of EGF/EGFR pathway: novel anti-tumor mechanisms of Cannabidiol in breast cancer.(腫瘍組織の微小環境の調整とEGF/EGF受容体経路の阻害:乳がんにおけるカンナビジオールの抗腫瘍効果の新規のメカニズム)Mol Oncol. 9(4):906-19. 2015年

【要旨】 精神作用のないカンナビノイドの一種であるカンナビジオール(CBD)のがんに対する作用とそのメカニズムについてはまだ十分に研究されていない。特にトリプル・ネガティブの乳がん細胞についての研究は少ない。 本研究では、トリプル・ネガティブ乳がん細胞を含めて高度に増殖活性と悪性度の高い乳がん細胞株に対するCBDの抗腫瘍活性を解析した。
その結果、上皮細胞増殖因子(EGF)によって誘導される乳がん細胞の増殖と移動をCBDが顕著に阻害することを初めて明らかにした。 さらに、CBDはEGFによるEGF受容体(EGFR)の活性化を阻害し、ERKシグナル伝達系、AKTシグナル伝達系、NF-κBシグナル伝達系の活性化を阻害することを明らかにした。
さらに、マウスの移植腫瘍の複数の実験系において、乳がん細胞の増殖と転移をCBDが阻害することを示した。
分子メカニズムの解析によって、原発巣の腫瘍間質や肺転移巣における腫瘍関連マクロファージの動員をCBDが顕著に阻害することを示した。
培養細胞を使った実験では、CBDを投与した乳がん細胞の培養液は、マクロファージ細胞(RAW 264.7)の移動を低下させた。 CBDで処理した乳がん細胞を培養した後の培養液では、マクロファージの動員と活性化に重要な役割を果たすGM-CSFとCCL3サイトカインの濃度の低下を認めた。
以上をまとめると、CBDはEGF/EGR受容体シグナル伝達系と腫瘍組織の微小環境を調整するという新規のメカニズムによって乳がん細胞の増殖と転移を阻害することを初めて示した。
これらの結果は、増殖能や悪性度が高い乳がん細胞の増殖や転移の阻止にCBDが新規で有効な治療法になる可能性を示唆している。特に予後が悪く生存率が低く、限られた治療法しかないトリプル・ネガティブの乳がんの治療に役立つ可能性がある。

がん組織に浸潤したマクロファージをTAM(tumor-associated macrophage;腫瘍関連マクロファージ)と言い、血管新生、増殖因子産生、免疫抑制、転移促進などのさまざまな機能により発がん・悪性化を促進する働きをしています。
以前は、マクロファージが活性化するとがん細胞を攻撃してくれると考えられていたのですが、むしろ逆で、腫瘍内にマクロファージの数が多いほど予後が悪いことが報告されています。
活性化したマクロファージから産生されるプロスタグランジンE2炎症性サイトカインはがん細胞を悪化させ、抗腫瘍免疫を抑制してがん細胞の増殖を促進し、転移や再発を促進することが明らかになっています。
この論文では、乳がん細胞がGM-CSF(顆粒球・マクロファージコロニー刺激因子)やケモカインのCCL3を産生して腫瘍関連マクロファージをがん組織内に動員するのをカンナビジオールが抑制する作用を指摘しています。
カンナビジオールはこのようながん細胞の増殖を促進するような微小環境を変えて、がん細胞の増殖や悪性進展を阻止する作用が期待できるということです。

【CB2受容体の活性化はパクリタキセルの神経障害を抑制する】
以下のような論文があります。

Chronic cannabinoid receptor 2 activation reverses paclitaxel neuropathy without tolerance or cannabinoid receptor 1-dependent withdrawal. (カンナビノイド受容体CB2の長期の活性化は、耐性やCB1依存性の離脱症状を引き起こすことなく、パクリタキセルの神経障害を抑制する) Biol Psychiatry. 2015 Mar 1;77(5):475-87.

【要旨】
研究の背景:Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)はカンナビノイド受容体CB1とCB2のアゴニスト(受容体に特異的に結合して活性化する作動薬)で、耐性や身体依存やCB1介在性の中枢神経系の副作用を引き起こす欠点がある。CB2受容体の選択的アゴニストの長期投与がCB1受容体に作用したり、CB1介在性の副作用を引き起こすかどうかは知られていない。
方法:CB1遺伝子欠損マウス、CB2遺伝子欠損マウス、正常マウス(wild type)を使い、パクリタキセルで神経障害を引き起こす実験モデルで、異痛症(正常では痛みを感じない刺激で痛みを感じる状態)を軽減する効果、耐性獲得、副作用に関して、長期のCB2受容体選択的アゴニストのAM1710の作用を検討した。対照はCB1とCB2に作用するTHCを使用して比較検討した。さらに、AM1710の作用点と作用メカニズムを検討した。
結果:パクリタキセルの神経障害で引き起こされる異痛症(機械刺激および寒冷刺激で誘発)の程度はCB1ノックアウトマウスもCB2ノックアウトマウスも正常マウスも同じレベルであった。 正常マウスでは、AM1710とTHCはパクリタキセル誘導性の異痛症を軽減した。 THCとは異なり、AM1710を長期投与しても、CB1活性に影響したり、鎮痛効果に耐性ができることは無かった。さらに、CB1介在性の離脱症状や低体温や運動障害も認めなかった。 異痛症を軽減するAM1710の効果はCB2ノックアウトマウスでは認められなかった。また、正常マウスにCB2受容体のアンタゴニスト(受容体の働きを阻害する物質)であるAM630を投与すると、異痛症を軽減するAM1710の効果が認められなくなった。
正常マウスでは、パクリタキセルによって生じる異痛症はAM1710の髄腔内投与によって軽減した。しかし、CB2ノックアウトマウスでは軽減しなかった。これはAM1710による異痛症を軽減する効果が脊髄のCB2受容体を介することを示唆している。
パクリタキセルを投与した正常マウスの腰部脊髄の組織の検討で、AM1710は腫瘍壊死因子α(TNF-α)と単球走化性タンパク質-1のmRNAレベルを低下させた。
結論CB2受容体のアゴニストの長期投与は抗がん剤による神経障害性疼痛の軽減に有効であり、鎮痛効果の耐性や、身体的依存や、CB1介在性の副作用を認めなかった

つまり、CB2受容体をCB2に選択的なアゴニストで長期間活性化しても副作用はなく、神経障害の予防や治療に役立つという結論です。
パクリタキセルは乳がんなど多くのがんの治療に使用されていますが、副作用として末梢神経障害によるしびれや痛みがあります。この神経障害を予防したり治療する有効な方法はありません。
パクリタキセルなどの抗がん剤による末梢神経障害の予防や治療にCB2のアゴニストは有望です
THCはまだ日本では利用でいないので、CB2のアゴニスト作用のあるベータ・カリオフィレンが乳がんの治療に役立つ可能性が示唆されます。抗がん剤の副作用軽減だけでなく、抗腫瘍効果の増強にも有効です。 ベータ・カリオフィレンは大麻だけでなく植物に広く含まれる精油成分で、CB2受容体の選択的アゴニストです。(434話参照)
また、精神作用のないカンナビジオールとベータ・カリオフィレンが相乗効果を発揮することも報告されています。(436話参照)
また、内因性カンナビノイドのアナンダミドを分解する酵素(脂肪酸アミド・ハイドラーゼ)を阻害する作用があるパルミトイルエタノールアミド(PEA)はアナンダミドの活性を高めて、抗腫瘍作用を発揮する可能性があります。(441話参照)
さらに、NF-κBの活性化を阻害するオーラノフィンの併用も有効です。(431話参照)
つまり、ベータ・カリオフィレンとカンナビジオールとパルミトイルエタノールアミドとオーラノフィンの組合せは乳がんの治療に効果がある可能性があります。副作用はほとんどありません。抗がん剤治療との併用で、副作用軽減と抗腫瘍効果増強の効果が期待できます。試してみる価値はあると思います。

 
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