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432)がん検診による過剰診断と過剰治療

図:がんによって進行の速度は異なる。①増殖の早い(Fast)がんは、早期に症状がでて死に至る。②増殖の遅い(Slow)がんは、症状が出て死に至るまでに長い年月がかかる。③増殖が非常に遅い(Very Slow)がんは、がんによる症状が出るレベルに増大する前に他の原因で死亡する。④病理学的にがん細胞の特徴を示しても、ある一定の大きさから増大しない(Non-progressive)がんがある。この場合は放置しても症状もでないし、死亡の原因になることもない。自然に縮小や消失することもある(点線)。(参考:J Natl Cancer Inst. 102: 605-613, 2010年

432)がん検診による過剰診断と過剰治療

【がん検診による過剰診断】
がん予防」は、がんによる死亡を減らすことを目的としています。その方法は、第一次予防と第二次予防と第三次予防の3つに大別されます。
第一次予防は、禁煙などのライフスタイル(生活習慣)の改善や食生活の改善によってがんになる率そのものを減らすことを目的にします。
第二次予防は、がん検診によって、早期の段階で見つけてがん細胞を取り除くこと(早期発見・早期治療)によってがんによる死亡を減らそうという戦略です。
第三次予防は、一旦がんを治療したあとに再発や転移を予防することを目標にします。がん生存者(cancer survivor)の新たながん(多重がん)の発生を予防したり、がん治療(抗がん剤や放射腺照射)によって発生する「2次がん」を防ぐこともがんの第3次予防になります。(下図)。

図:がん予防の手段には、がんにならないようにする第一次予防、早期診断により転移する前に治療を行ってがん死から免れることを目標とする第二次予防、がん治療後の再発や二次がん・多重がんの発生を予防する第三次予防がある。

がん死を減らす効果が最も高いのは第一次予防です。がんにならなければ、がんでは死にません。しかし、どんなに食生活や生活習慣に注意しても、発がんリスクを3分の1くらいに減らせるのが限度です。酸素呼吸をする限り体内では活性酸素が発生しDNAに変異を起こしています。毎日多くの数の細胞が分裂して新しい細胞に置き換わっていますが、ある一定の確率でDNA複製のエラー(変異)が発生します。宇宙線や紫外線や食品由来の発がん物質やウイルスなど、避けることが困難な発がん要因が多数存在します。
そこで、症状がまだでない小さい段階でがんを発見して除去すれば、がん死を防げる可能性が高くなります。それを理論的根拠にしているのが「がん検診」です。
画像診断法などの診断技術の発展によって数mmの小さい腫瘍性病変が数多く見つかるようになりました。例えば、ヘリカルCTを用いれば、胸部X線検査の10倍以上の異常を発見できます。しかし、これらの小さな病変の多くが放置してもよい病変であることが明らかになっています。
つまり、がんを早期に発見するために診断技術を上げれば上げるほど、治療の必要のない病変が見つかるというジレンマが発生しています。
がん検診は、「がんは放置すると進行し致死的となる」という前提を根拠にしていますが、放置しても致死的とはならないがんも多く存在します。
増殖が極めて遅いがんでは、症状が発現する前に他の原因で死亡してしまう可能性が高くなります。実際、老衰で死亡した人を解剖すると、がんが発見されることが多くあります。このようながんを診断し治療することは、受診者にとって不利益につながります。がん検診による「過剰診断(overdiagnosis)」が問題になっています。
最近のがん診療はがん患者を増やしたいのではと疑いたくなるほど過剰診断と過剰治療が増えているように思います。がん検診による過剰診断について十分に理解しておく必要があります。 

【がんの進行は極めて不均一】
がん検診によって過剰診断が起こる原因は主に2つあります。第一に、「がん」の中に非常に増殖の遅いものがあるという点です。そして第二に、画像検査や腫瘍マーカーなど腫瘍性病変を発見する診断法の検出感度が上昇していることです。その結果、診断法の検出感度が上がるほど、治療が必要ながんを検出する選択性が低下することになります。本来なら治療が必要でなかったがんを無理矢理見つけて、無駄な検査や治療を行っていることが多いということです。
画像検査や症状からがんが疑われても、最終的ながんの診断は、組織の病理検査によって行われます。組織を顕微鏡でみて診断する病理検査によって、がんの組織型や悪性度や浸潤・転移の有無などが診断されます。
経験のある病理医が顕微鏡で見れば、正常細胞とがん細胞は形態学的に簡単に区別できます。がん細胞の「顔つき(異型の度合い)」や周囲組織への浸潤の所見から、そのがん細胞の悪性度もだいたい見当がつきます。細胞分裂に関連するタンパク質の発現レベルから増殖活性を評価することもできます。
このような病理診断をもとに、適切な治療が行われることになります。つまり、増殖活性や浸潤が強いがんは手術後に転移や再発を防ぐために術後補助化学療法が勧められます。再発や転移のリスクが低いと判断できれば、術後の抗がん剤治療を避ける根拠になります。
ここで重要なことは、形態学的な異型の程度(グレード)や、増殖活性や、周囲組織や脈管への浸潤の程度は、がんによって極めて異なることです。
つまり、同じ「がん」という診断でも、進行の早いがんと進行の遅いがんがあります。放置しても寿命を全うできるような遅行性の腫瘍性病変もあれば、数mmの大きさの段階ですでに全身に転移するものや、1ヶ月で2倍以上に成長するような増殖速度の早いがんもあります。(トップの図)

【自然退縮する腫瘍もある】
幾つかの腫瘍は自然に退縮することもあります。その最も良い例が神経芽細胞腫(neuroblastoma)です。
歴史的には、神経芽細胞腫は尿中のカテコラミンの濃度を測定することによって簡単に検出できることから、神経芽細胞腫の発見のためのスクリーニングが始まりました。当初は、1歳になる前に診断された方が予後が良くなるように思われていました。
しかし、カナダのケベックで行われた大規模なスクリーニング(476 694人の子供が対象)の結果、このようなスクリーニングは予後を改善する点で有効ではなく、逆に有害であることが明らかになりました。
つまり、検診しても致死的な症例の割合が減ることはなく、死亡率も減らなかったのです。さらに、神経芽細胞腫S(neuroblastoma S)と現在呼ばれている自然退縮型の神経芽細胞腫の存在が明らかになり、手術や抗がん剤によって無駄に治療が行われていることが明らかになったのです。
このような自然退縮するタイプは症状がでない前に縮小するので、臨床的に見つかることは少なく、スクリーニングが実施される前は、その存在は認識されていなかったのです。
腫瘍の中には自然に退縮するものがある」ということと、「無害な遅行性の腫瘍を治療することは有害になることもある」ということを意味しています。
他の臓器でも、早期の腫瘍は自然退縮する例が知られています。このような症状を出すことも進行がんになることもない腫瘍を検診によって見つけて、無駄な治療が行われている例が多いことが指摘されています。

【検診が始まってから過剰診断が問題になった】
トップの図で、③(very slow)や④(non-progressive)の経過をとる腫瘍は、症状が出ないので、通常は見つかりませんが、がん検診で小さな病変を発見できるようになると、これらの無害な腫瘍性病変ががんと診断されて、治療が行われる可能性があります。
医学の教育では「がん(悪性新生物)は進行性に増大して致死的である」と教えられます。
この言葉は、検診によるがんのスクリーニングが始まるまでは真実でした。がんによる症状が出てから、がんの診断が行われていたからです。症状を起こすまで成長する(できる)腫瘍は、その後も進行性に増大して、致死的経過をとることはほぼ確実と言えます。
がん検診が行われなければ、症状の出る大きさに増大する腫瘍(トップの図の①と②)しか「がん」と診断されません。必然的に「症状がでる大きさまで増大しない腫瘍(トップの図の③と④)は検査も治療も行われることはありません。
つまり、「がんは進行性で致死的である」という考えは、検診によって初期のがんや腫瘍性病変をみつけるようになってから、真実とは言えなくなりました。がんの検診(スクリーニング)によって、放置してもよい腫瘍性病変まで治療の対象になってきたからです。
検診が無かった時代には、放置しても問題ない増殖活性の低い腫瘍は症状を出さないので、発見されることも治療されることもありませんでした。
しかし、検診が行われるようになると、この自然経過での選択が行われないため、治療しなくても良いものまで発見されて治療されるようになってきました。
このような放置しても問題ない腫瘍性病変が少数であれば、検診のデメリットは無視できるのですが、最近の多くの研究で、検診による過剰診断がかなり多いことが明らかになっています。
ある論文では、マンモグラフィーで発見された乳がんの25%、胸部X線検査や喀痰検査で発見された肺がんの50%、PSA検査で発見された前立腺がんの60%は過剰診断であると推定しています。(J Natl Cancer Inst. 2010 May 5;102(9):605-13.)

【成人のほぼ100%に潜在性の甲状腺がんが見つかる】
診断法の進歩が過剰診断と過剰診療を引き起こしている最もよい例が甲状腺がんです。
エコー検査などの診断法の進歩が増殖活性の低い甲状腺がんの発見を増やしていることが指摘されています。
1975年から2009年までの間にアメリカ合衆国では甲状腺がんの罹患率が約3倍に増えています(10万人あたり4.9人から14.3人に増加)。しかしながら、甲状腺がんによる死亡者の数はほぼ一定です(10万人当たりの甲状腺がんに死亡は0.56から0.52とほぼ一定)。
この罹患率の増加の原因は2cm以下の小さい乳頭がんの発見によるものであることが指摘されています。この小さい乳頭がんは甲状腺がんの中で最も増殖活性のひくい腫瘍です。
フィンランドの成人の研究では、剖検において甲状腺を2.5mmの間隔でスライスして病理検査をすると、生前に甲状腺疾患の既往がない人の36%において、一つ以上の乳頭がんが発見されました。
2.5mmのスライスでは2.5mm以下の小さな乳頭がんの見逃しもあるので、実際の頻度はもっと高いと言えます。
この論文の著者は、甲状腺のスライスの間隔をもっと短くして徹底的に検査すると、100%近くに乳頭がんが見つかると結論づけています(Cancer.56(3):531-538, 1985年 )
アメリカ合衆国の成人人口のうち、甲状腺に触知できる結節性病変が見つかる率は4~7%に過ぎませんが、超音波で検査すると約50%の人に小さな結節性病変が見つかるという報告があります。
他の報告をまとめると、50~70歳の人には、潜在性の小さな甲状腺がんを含めて、甲状腺がんを持っている確率は36~100%で、一生の間に転移を起こす甲状腺がんか甲状腺がんで死亡する確率は0.1%と計算されています。
つまり、放置してもよい潜在性の甲状腺がんを全て検出して甲状腺がんと診断すると、99.7~99.9%が過剰診療になる計算です。
1980年代中頃からの超音波検査と針生検の急速な広がりによって、検診による小さな甲状腺がんの発見が増えましたが、その多くは治療の必要ないものであることが指摘されています。
超音波で始めて検出されるような触知できないレベルの甲状腺がんのほとんどは、非常に増殖活性が低い腫瘍性病変であるので、超音波による検診は中止すべきだという放射線専門医の意見があります。つまり、甲状腺がんをエコーで検出する検診はほぼ無駄な医療行為だと結論づけられます。

【高齢者の前立腺がんの半分以上はほとんど進行しない】
前立腺がんはがんの中でも過剰診断と過剰治療のリスクが最も高い腫瘍です。
剖検では多くの男性の前立腺に腫瘍がしばしば見つかり、高齢者ほどそれらの腫瘍の増殖活性は低く、60歳以上では50~60%はほとんど進行しない「潜在がん(occult cancer)」と言われています。
事故で亡くなった人や他の病気(前立腺がん以外の疾患)で亡くなった男性の剖検では、60歳以上では30~70%の率で前立腺がんが見つかっています。しかし、男性において一生の間に転移を有する前立腺がんが発見されたり前立腺がんで死亡する率は4%程度です。これは、潜在がんを含め全ての前立腺がんを検出すると、その87~94%が過剰診断になることを意味します。
PSAを頻回に測定し、前立腺から10~12カ所のバイオプシー(生検)を行い、場合によっては何回もバイオプシーを行うことによって、小さな低悪性度の腫瘍がしばしば発見されます。
このようにして発見された前立腺がんの場合、単に経過観察を行い、明らかに悪性度のグレードが高くなったり腫瘍体積が大きくなった時のみ治療を行うという治療方針で、5年生存率は99%、10年生存率は97%であったという報告があります。この結果は、これらの前立腺がんの増殖活性が極めて低いことを示唆しています。
PSAによる前立腺がんの検診では、67%が過剰診断という報告があります。
このような前立腺がんは増殖活性が極めて低いのに、90%以上で放射線治療や手術が行われ、治療に伴うなんらかの合併症や後遺症(性機能や排尿機能の障害、胃腸障害など)は15~20%の患者で起こっています。さらに、放射線治療による2次がんの発生リスクや、治療に伴う費用も増えています。
頻回にバイオプシーを行えば、費用や不安が増えるだけでなく、細菌感染によって敗血症を引き起こすリスクもあります。
低悪性度の前立腺がんは直ぐに治療を開始するのではなく、経過観察をしてその増殖活性を見極めてから治療を選択すれば、過剰治療による合併症や後遺症の発症リスクを低下できることは確かです。

【マンモグラフィー検診で発見される乳がんの4分の1は過剰診断】
がん検診の有効性を評価するために、検診を受けた群と受けなかった群に無作為に分け、長期間に渡って追跡調査する研究が行われています。
検診が有効であれば、「検診群は初期のがんの発見が増え、進行したがんの発見数は減る」という結果になるはずです。
もし、検診で見つかったがんが全て進行がんになるのであれば、長期間追跡すれば、検診を受けなかった群と受けた群ではがんの発生数は同じになるはずです。(ただし、検診群では初期のがんが多いという違いはあるはずです。)
45~69歳の約42000人を対象に、マンモグラフィーによる検診を受けた群と受けなかった群に分けて、ランダム化二重盲検試験を行った結果が報告されています。
15年後の乳がん発生数は検診群が741例、非検診群が626例で、非検診群に比べて検診群では115例多くの乳がんが見つかっています。
単純に計算すると、検診群で見つかったがんの約16%(741例中115例)が過剰診断ということになります。
しかし、マンモグラフィーによる検診群に分けられた人のなかには、マンモグラフィーではなく、臨床症状で見つかった人たちがいます。
つまり、検診群でも、検診で見つかったのは477例で264例は症状が出てから乳がんの診断がついています。
つまり検診のみで見つかった477例中の115例(24%)が過剰診断という計算が正しいということになります。
つまり、「45~69歳の女性をマンモグラフィーで検診するとがんと診断された4人に一人が過剰診断の可能性がある」という結果です。(BMJ. 2006 Mar 25;332(7543):689-92.)
米国からの報告では、1983年以降、浸潤性乳がんの罹患率は増加しているそうです。特に、低悪性度の性質をもった浸潤性乳がんの発生頻度が増えています。
低悪性度の乳がんの診断数の増加は、検診による過剰診断が原因であることは十分に認識されていますが、その程度は過小に見積もられているという指摘があります。検診によって過剰診断されている症例は、前述のように25%程度ではなくもっと多いという指摘があります。
検診で発見された浸潤性乳がんのうち、30%くらいは極めて悪性度の低い(ultra-low risk)腫瘍であることが、腫瘍組織の分子解析が示されています。

【ヘリカルCTによる肺がん検診は過剰診断が多い】
肺がんは多くの国でがん死亡原因のトップに位置しています。
診断時に70%の患者はステージ3か4の状態にあり、このような進行した場合の5年生存率は10%以下です。
一方、ステージ1の5年生存率は70%前後で、ステージ2の5年生存率は40%程度です。
この事実は、肺がんを早期に診断して治療を行う方法が肺がんによる死亡を減らすことを示唆しています。
しかしながら、肺がん検診や剖検の研究結果は、検診で見つかった肺がんの多くは「増殖活性が低い(indolent)」腫瘍であり、増殖が早いと診断された肺がんでも、その20~25%は過剰診断(overdiagnosis)と推定されています。
米国での肺がん検診(胸部X線と喀痰細胞診)の臨床試験では、検診で見つかった90例中46例(51%)が過剰診断と報告しています。(J Natl Cancer Inst 98(11): 748-756, 2006年)
日本における低線量のヘリカルCTを用いた検診では、胸部X線検査の約10倍の検出感度が報告されています。
この検診を開始して3年後の時点で、喫煙者と一度も喫煙したことのない人(never-smoker)の2群間で肺がんの検出率はほぼ同じでした。
多くの疫学研究から、喫煙者の肺がん発生率はnever-smokerの15倍高いという結果が得られているので、このヘリカルCTの検診で、喫煙者とnever-smokerの肺がん発見率が同じというのは、かなりの数(90%以上)が過剰診断の可能性が示唆されます。
実際、低線量ヘリカルCTの検診を受けたグループでは、39%が何らかの異常所見を指摘され、精密検査でその96%が偽陽性(実際はがんでないということ)であったという報告があります。
直径が1cm以下の結節の場合、がんである確率は1.5%に過ぎないという結果が報告されています。
そのため、米国予防医学専門委員会(US Preventive Services Task Force)は、「低線量ヘリカルCTによる検診は、一般的には有益性が有害性が勝っているという判断が正当化されているが、これはがん専門の医療機関で、肺がんのリスクが非常に高い集団を対象にした場合しか当てはまらない」と結論しており、さらに「低悪性度の病変を見つけることの有益性のみでなく、その有害性(検査行為による合併症、放射線被曝、QOLに対する影響など)」について患者に説明することを推奨しています。

【がんには増殖活性の低いものや自然退縮するものが存在する】
転移がない場合は、その原発巣を切除すればがんを根治できます。しかし、転移が発生すると、現在の医学では根治は困難です。したがって、がんが転移する前に発見して切除すれば、がん死亡を減らせるというのががん検診の根拠です。
「がんは進行性に増大する」という仮説が真実であれば、がん検診はがんによる死亡を減らせることになります。
子宮頚がんや大腸がんにおいては検診が始まってからこれらのがんの罹患率は減少しています。子宮頚がんの前がん病変である子宮頚部上皮内腫瘍(cervical intraepithelial neoplasia)を切除すれば子宮頸がんの発生率を減らすことができ、大腸内視鏡で腺腫性ポリープを切除すれば大腸がんの発生率を減らせます。
このような病変のスクリーニングの頻度は子宮頸がんの場合は3年に1回、大腸がんの場合は5から10年程度に1回と考えられています。
腫瘍の成長が遅くても、着実に進展し増殖していくのであれば、早期に発見して切除することは有益と言えます。
しかし一方、乳がんや前立腺がんにおいては、検診が始まってからこれらのがんの罹患率が増加しています。乳がんや前立腺がんにおいては、スクリーニングはがんによる死亡数を減らす効果や、ステージIIやIIIのがんを減らす効果は、予想されたほどの効果は得られていません。
乳がんと前立腺がんにおいては、罹患率が増加して、死亡率が減少していることが明らかになっています。この死亡率の減少は、検診による寄与は極めて少なく、多くは治療法の進歩によると考えられています。
そして、症状が出る前に治療を開始しても、症状が出てから治療を開始しても、治療結果(予後)は同じだという指摘もあります。つまり、わざわざ検診して小さい腫瘍を見つけるメリットは極めて少ないというのが、多くの専門家の意見です。
「検診による過剰診断」が問題になるのは、「がんは進行性に増大する」という仮定が間違っていることを示唆しています。増殖活性が極めて低い「がん」や、自然退縮するような「がん」が存在するこことが、がん検診による過剰診断の原因になっています。
がん検診の検出感度を高めれば高めるほど、増殖活性の低い「がん」が多く見つかります。増殖活性の高い(増殖の早い)がんは検診とは関係なく症状の発症で発見されることが多く、検診では増殖活性が低いものが見つかりやすいという理由もあります。
症状が出て見つかったがんは「進行性に増大する」のは正しいのですが、検診で見つかった小さいがんには「放置しても増大しない」ものが多くあるというのが妥当な考えになります。
検診の有効性はがんの進行の様式によって異なります(下図)。ただ問題は、どの様式なのかは見つかった段階では判定が困難だという点です。いろんな分子マーカーの検査などで、増殖活性や進展様式を診断の時点で評価する診断法の研究が進められています。つまり、増殖活性が低いと評価された小さい病変は放置して経過をみるという治療法が正しいと言えます。
現在では、見つかったがんは全て切除する方針なので、過剰な治療が行われていることが問題になっています。


図:がん検診の有用性はがんの進行の様式によって異なる。
(A)がんが早期の段階(変異細胞や上皮内がん)から進行性に悪化して転移や死につながる「線形モデル」では早期診断・早期治療はがん死を減らすことができるので、検診は有益。
(B)がん進行の「変形モデル」では、がんの進行のパターンは様々である。①増殖活性が極めて低いがんの場合は、検診は過剰診断を引き起こし有害になることがある。②増殖速度が遅くても着実に進行する場合は検診のメリットがある。③増殖速度が早かったり、早い段階で転移を起こすような腫瘍に対しては、スクリーニングのメリットは少なく、病気の予後を改善する効果は低い。
 
【過剰診断が無駄な治療(過剰治療)を増やしている】
経済的に貧しい国では、適切な検査も治療も受けられないという「過小診断(underdiagnosis)」や「過小治療(undertreatment)」が問題となっています。
一方、米国や日本のような経済的に裕福な国では「過剰診断overdiagnosis」と「過剰治療(overtreatment)」が問題になっています。
がん検診はがんによる死亡を防ぐことを目的に、がんによる症状が発現する前に発見し、治療するために行われます。
これには、「がんは放置すると進行し致死的となる」という前提が存在しますが、放置しても致死的とはならないがんも一定割合で存在します。
例えば、がんの成長速度が極めてゆるやかであったり、がんが発見された人が高齢者であったり、あるいは重篤な疾病を有する場合、がんが進行して症状が発現する前に他の原因で死亡してしまう可能性が高いので、このようながんを診断し治療することは、受診者にとっての不利益につながることになります。
過剰診断によって、不必要な検査や治療が行われ、人的および経済的なコストが増えています。
病気を予防し健康を追求する目的の検診が、病気を作っている可能性も指摘されています
画像検査の検出感度が上がるほど、増殖活性の低い病変が多く見つかることになります。
これらの病変の多くは放置しても、症状を引き起こすことも、寿命を短くすることもなく、自然に縮小や退縮することもあります。
このような病気でない病変を、通常の治療法で治療することは、有害でしかありません。
検診によって治療の必要のない偽病人を増やし、医療費高騰の原因になっているという指摘があります。
 
【増殖活性の低い「がん」の病名を変える提案がなされている】
様々なレベルの腫瘍性疾患が「がん」という病名に包括されています。放置すれば(あるいは治療しても)確実に致死的に進行する悪性度の高いものから、極めて増殖活性や転移能が低いため放置しても死に至らないものもあります。
「がん」という病名を告げられると、ほとんどの患者は、そのがんは進行性に増殖し、他の臓器に転移し、そして死につながると思い込みます。
多くの医者も同様に考えているので、その考えに従って、患者の治療を行います。
しかしながら、すべての腫瘍が進行性に増殖し死につながるような結果を引き起こすわけではないので、現行の「がん」という病名で一括されている不均一な疾患を適切に区別する必要性が指摘されています。
2012年3月8~9日に、米国がん研究所(National Cancer Institute)で「がんの過剰診断(cancer overdiagnosis)」に関する問題を検討する会議が行われ、「上皮起源の遅行性病変(indolent lesion of epithelial origin)」という用語が提案されています。
以下のような論文があります。
 
Addressing overdiagnosis and overtreatment in cancer: a prescription for change. (がんの過剰診断と過剰治療への対応:改善のための処方箋。The Lancet Oncology. 2014;15(6):e234-e242. doi:10.1016/S1470-2045(13)70598-9.
 
【要旨】
増殖活性の低い遅行性(indolent)の腫瘍から、増殖の早い(fast-growing)腫瘍が、同じ「がん(cancer)」という名称で呼ばれている。
したがって、がんの検診や治療においては、遅行性腫瘍や前がん性病変に対して別の名称を使うなど、幾つかの修正が行われるべきだと我々は考えている。
現状では「がん」と呼称されているが、増殖活性が低く、治療せずに放置しても生命に危険が及ばないような遅行性の腫瘍を「上皮起源の遅行性病変(indolent lesion of epithelial origin)」、略してIDLEという用語を用いることを提唱したい。
さらに、前がん病変(precursors of cancer)やがん化しやすいハイリスク病変(high-risk disorders)の名称の中に「がん(cancer)」という用語を用いるべきでないと考える。
このような修正が必要な根拠は、悪性度や増殖活性の低い遅行性病変は比較的多く見つかり、がん検診でこれらの遅行性病変を臨床的ながんと過剰診断して、それが過剰治療を引き起こしているからである。
このような過剰治療を避けるためには、IDLEs(上皮起源の遅行性病変)の定義や治療のための新しい戦略を検討する必要がある。
検診(スクリーニング)による本物のがんの検出感度を高めるための努力と同じくらいに、低悪性度のIDLEs(上皮起源の遅行性病変)や放置しても進行しないような潜在的がんを検出しないように、スクリーニングのガイドラインを訂正されるべきである。
「がん」という診断になれば、医者はそれを早期に検出し治療する責任がある。しかし、「がん」と呼ばれている腫瘍性病変の中には、実際はがんとしての性質(進行性に増大したり転移する性質)を持っていないようなものもある。このような遅行性の腫瘍性病変の名前を変えれば、医者はそのような病変に対して生検(バイオプシー)を繰り返したり治療をすぐに開始する必要が無くなり、経過観察や非浸襲的な治療によってより賢明なアプローチができる。
患者に対する利益を高めながら有害なことを避けることを重視すれば、がんの検診や治療の有効性を高めることができ、がんによる死亡を減らすことができる。
 
がん細胞の遺伝子異常の状況は、がんの種類(原発臓器)の違いによって異なり、同じ種類でも個人間で違いがあり、さらに同じがん組織の中でも極めて不均一性(heterogeneity)があります。
がんの進行の状況もがんの種類によって異なります。増殖速度が非常に遅い腫瘍から早期に転移する腫瘍もあります。
遅行性病変か進行性腫瘍かといった腫瘍のタイプを見極め、過剰診断や過剰治療を避けて適切で有効な治療を行うことができれば、がんによる死亡や検診による副作用を減らし、スクリーニングの総合的な有効性を高めることができます。
しかし、腫瘍のタイプを区別できなければ、スクリーニング自体が有害になる場合もあります。
 
スクリーニングで検出される腫瘍の増殖活性が低い(indolent)場合(グリソンスコアが3+3以下の前立腺がんのような場合)、スクリーニングの有益性は恐らく全く無いと言えます。むしろ、治療に伴う合併症や副作用の出現を考えると、総合的には有害とさえ言えます。問題は、検診ではこのような増殖活性の低い腫瘍が見つかる確率が高いということです。
その理由は増殖活性の高い腫瘍性病変はスクリーニングの間の期間に増殖して症状が出て見つかりますが、増殖の遅い腫瘍性病変ほど、検診でひっかかりやすいと言えます。つまり、検診によるスクリーニングは増殖活性の低い腫瘍を多く見つけている可能性があります。
このような増殖活性の低い腫瘍は、腫瘍の種類によって頻度は異なりますが、全てのがんの15~75%を占めていると考えられています。
したがって、がんの検診とその後の精密検査は、一般に過剰診断(overdiagnosis)になる傾向にあり、検診を受けなければ避けれた過剰治療(overtreatment)の原因となり、検診の有効性を減少させることになります。
このような増殖活性が低く転移を起こすリスクが極めて低い腫瘍性病変の検出が増えているので、このような病変に対しては「がん(cancer)」という用語の代わりに「IDLE(上皮性起源の遅行性病変)」という用語を使用することを提案するという趣旨の論文です。
最近、PSAによる前立腺がんの検診やヘリカルCTでの肺がん検診などで、小さながんが発見されて、どのようにするべきかという相談が増えています。このような検診では、治療しなくても良いものが多いという医学的根拠を認識しておくことが大切です。
検診で見つかった「がん」で無駄な心配をしている方が増えている印象です。
がん予防を長く研究してきて、最近は「早期診断・早期治療でがん死が少なくなる」というのは間違っているように思っています。臨床的ながんを治す治療法の研究の方が重要だと思います。
 
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