小説家井上光晴をモデルにしたドキュメンタリー映画だが、しょっぱなから
度肝を抜かれてしまった。
人を喜ばすためなら、いかなるタブーをも厭わない宴会での怪演ぶり。
さらには人を笑わせ、怒鳴りつけ、女であれば60代であろうと70代であろうと
声をかける。成功率3割、まさに3割バッターの異名をもつ。
小説を教える場を伝習所と称し、生徒を伝習生と呼ぶ。
彼女たちは、「女で井上さんを好きにならない人はいない」、
「井上さんは永遠に私の心の中の夫」、「私は井上教信者」、と
うっとりとした表情で語る。
まさに人たらしなのだろう。
声がセクシー、肌がきれい、4歳で母に捨てられた幼少期、過酷な少年時代。
殺し文句の上手い人、ロマンスグレーでハンサム、さらには人を喜ばせるためなら
平気で嘘をつく。
埴谷雄高に「嘘つきみっちゃんが小説家になった。小説家は彼の天分」と
言わしめる。井上光晴とは、いかなる人物なのだろう。
私は『地の群れ』の作者ということしか知らなかったし、本は1冊も読んでいない。
差別や権力に抗い、弱者の立場の人たちを作品に書いてきた人のようだ。
瀬戸内寂聴は彼を、「誰にも言えない真実を守るために、嘘をついてきた人」と言う。
人間が好きな反面、誰をも寄せつけない闇を抱えて生き抜いて来た人なのだろう。
女たちに喜びと苦しみを同時に与えてきた男。
身近にいたら、さぞや心を搔き乱されたことだろう。
彼の次の言葉が一番気に入っている。
「自由とは人に期待しないこと」だ。
映画の最後に、井上光晴原作の映画(DVD)の予告篇が入っている。
その数の多さに驚いた。以前に観た「十九歳の地図」も、彼の作品だった。
日本よりも海外で高く評価されているようだ。
(どういうわけか全て、2015年にDVD化されている。)
映画を観るかぎり、傍にいて欲しくない人だが、井上光晴という人に興味を覚えた。
まずは『地の群れ』を読んでみようと思う。
※書店に予約したところ、河出書房の文庫本は絶版になっていた。
Amazonでは中古の文庫本に数千円の価格がついている。
こうなったら図書館で古い本を借りるしかない。
「ほるぷ出版」から出ている『日本の原爆文学 5 井上光晴』に、
『地の群れ』など多くの作品が載っています。