晴れのち平安

webサイト『花橘亭』の更新記録。
源氏物語を中心に情報発信&平安な日々♪

【滋賀県歴史探訪】 平宗盛・清宗胴塚<平家終焉の地>

2012年07月06日 18時00分00秒 | 滋賀県歴史探訪ブロガー
道の駅 竜王かがみの里でランチ♪の続き。


 たいらのむねもり・きよむねどうづか
平宗盛・清宗胴塚
<平家終焉の地>


所在地:滋賀県野洲市大篠原


平安末期、平家の大将だった
平宗盛と息子の清宗の胴が埋められたという塚を訪ねました。


国道8号沿いに胴塚への案内板があります。


矢印()の方向へ進むと
胴塚へ到着します。

 
↑クリックで拡大↑
塚の向かい側に平宗盛と清宗の首を洗った池があります。
あいにくあたりは笹が繁っており、池は確認していません。


「平宗盛卿終焉之地」という碑のそばに
胴塚がふたつ並んでいます。


左側の塚には仏像が彫られています。


右側の塚。
左右どちらが宗盛でどちらが清宗
というわけではないそうです。

静かに手を合わせました。(-人-)




■壇ノ浦の戦い後の平宗盛と清宗

平宗盛は、平清盛の三男で 母は平時子です。

壇ノ浦の戦い後、宗盛・清宗 父子は捕らえられ、京を経て鎌倉へと送られました。

そして、鎌倉から京へ戻る途中の6月、
鏡の宿を越えた近江国の篠原で首を斬られたのです。
(首は京へ運ばれました。)

宗盛は享年39歳。
息子の清宗はわずか16歳であったといいます。

【壇ノ浦の戦い後:略系図】




↑イメージイラスト。
クリックで拡大します。



 オススメの本。

平家は壇ノ浦で滅んだのか?
その後の平家について述べられた本です。


↑宗盛・清宗の最後についても書かれています。




北村季吟句碑へ続く


 <滋賀県歴史探訪記 INDEXに戻る




blogram投票ボタン
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 【滋賀県歴史探訪】 道の駅... | トップ | 【滋賀県歴史探訪】 北村季... »
最近の画像もっと見る

あわせて読む