晴れのち平安

源氏物語を中心に平安な日々♪
※写真の無断転載禁止!!

【平安あれこれ】平安京の正門・羅城門

2022年09月25日 | 平安あれこれ

平安時代好きブロガー なぎ です。

 

平安京の正門だった「羅城門」は、朱雀大路の南端…平安京南辺の九条大路の中央南側に建てられていました。

 

 

現在、JR京都駅 烏丸口にある駅前広場の東側には「羅城門」10分の1 復元模型が に屋外に設置されており自由に見ることができます。

2022年5月の夜、「羅城門」復元模型を訪ねました。

あたりは暗かったのですがライトアップされていて綺麗でした。

 

京都駅前のシンボル 京都タワー と 平安京のシンボル 羅城門

現代と平安時代が交錯するのがおもしろいです。

 

 

ところ変わって

京都市南区唐橋羅城門町にある唐橋羅城門公園(旧 唐橋花園児童公園)には羅城門遺址の碑があり「源氏物語ゆかりの地 説明板 No.27 羅城門跡」が設置されています。

※唐橋羅城門公園は実際に羅城門があった場所とは若干ズレているのだそう。

 

(↓ 写真は2008年に撮影した唐橋羅城門公園。現況と変わっている可能性が大いにあります💦)

 


「源氏物語ゆかりの地 説明板No.27 羅城門跡」より

 

羅城門跡

 平安京のメインストリートである朱雀大路の南端に設けられた、都の表玄関にあたる大門で、この門を境に京の内外を分けた。弘仁七年(816)に大風により倒壊し、その後に再建されたが、天元三年(980)の暴風雨で再び倒壊した後は再建されることがなかった。11世紀前半に藤原道長が法成寺造営のため、門の礎石を持ち帰った記述が『小右記』にあり、この頃には門の礎石や基壇のみの姿となっていたと思われる。

 付近の発掘調査では、羅城門に関わる遺構は見つかっていないが、東寺の木造 兜跋毘沙門天立像(国宝)や三彩鬼瓦(重要文化財、京都国立博物館寄託)はこの門にあったものと伝えられている。

  

  平成二〇年三月 京都市

 

※なぎ注:一部の漢数字を算用数字に変えて表記しました


 

 

そういえば、

2019年9月12日に毎日新聞の記事で

 平安京「羅城」と「九条大路」を初確認 南端の位置が確定 

と報じられたことが思い出されます。→当時の記事

 

 ❝都の内外を隔てる築地(ついじ)塀「羅城(らじょう)」の跡を初めて確認したと発表した。都の最南端を東西方向に貫く九条大路の跡も初めて見つかった。平安京に羅城があったことが証明され、研究者の間で異なる意見があった南端の位置も考古学的に確定し、埋文研は「平安京の実態を知る上で画期的な成果」としている。

 

とても興味深いです!

 

 

 

 

 


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【平安あれこれ】平安京創生館 縮尺1000分の1の平安京復元模型

2022年09月23日 | 平安あれこれ

平安時代好きブロガー なぎ です。

 

平安時代に惹かれるひとりとして好きな場所のひとつは、京都アスニー内にある京都市平安京創生館。

見どころいっぱいの施設なのですがその展示物の中でも 縮尺1000分の1 の平安京復元模型は圧巻です!!

模型の大きさは南北11m、東西10メートル。

 

改めて、平安京は三方を山に囲まれていることを実感。

平安京は南北約 5.23㎞、東西約 4.48㎞ 長方形の都市でした。

 

平安京の正門である羅城門

 

羅城門の先には朱雀大路(幅約 84m)が真っすぐ伸びて…

 

朱雀大路が行きつく先は、朱雀門です。

平安宮(大内裏)は平安京の北、中央部に位置しており、東西約 1.2km、南北 1.4kmの規模。

朱雀門は平安宮(大内裏)内の南辺中央に建っています。

 

平安宮(大内裏)には

内裏、政治・儀礼が執り行われた朝堂院、饗宴施設であった豊楽院などの施設が造営されており、その他たくさんの官衙(役所)が並んでいます。

 

内裏は平安宮(大内裏)内の中央東寄り、朝堂院の北東に位置しました。

紫宸殿など公的な殿舎の北側に清涼殿など天皇の私的な殿舎があり、それらの北に後宮がありました。

 

 

写真の右中央から左下へ流れる川は、鴨川。

平安京復元模型を南東(法住寺殿あたり)から平安宮方面を眺めた様子です。

 

模型を見ながら「ここが〇〇殿」「あれが○○院」「そこが〇〇寺」など探すのも楽しいですよ!

 

 

 

さて。

2021年に『平安京百景ー京都市平安京創生館展示図録』が発行されました。

平安京復元模型の細部が写真と解説とともに掲載されていてよくわかるのが嬉しいです。

全体的に充実した内容でお得感があります。

(購入後、透明のブックカバーをかけたので写真を撮ると光が反射してしまいました💦)

 

[内容]

 Ⅰ 平安京創生館展示解説
 Ⅱ 平安京のようす
 Ⅲ 復元模型でめぐる京都
 Ⅳ 重層する京都
 附)平安京講話(平成19年1月発行,令和2年3月絶版)

 

[仕様]

 A4版 202頁 オールカラー

 

[定価]

 1,980円

 

[編集・制作]

 公益財団法人 京都市生涯学習振興財団

 

[発行」

 山代印刷株式会社出版部

 

[販売]

 京都市生涯学習総合センター (京都アスニー)1階,2階事務室

 山代印刷ホームページ

 Amazon 平安京百景

 

 

 


 

 京都アスニー 京都市平安京創生館

  京都市中京区聚楽廻松下町9-2 (京都市中京区丸太町通七本松西入)

 

  京都アスニーホームページ 

   https://asny.ne.jp/

  京都市平安京創生館

   https://heiankyosouseikan.asny.ne.jp/

 


 

 

 


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【情報】風俗博物館 2022年の展示は10月31日まで

2022年09月21日 | 情報

平安時代好きブロガー なぎ です。

 

京都市下京区にある風俗博物館では、『源氏物語』の様々なシーンを選び具現展示をされています。

平安時代や源氏物語が好きな人々にとっては聖地とも呼べる博物館。

 

現在の展示内容での展示期間は

 令和 4年(2022年)9月20日(火)から10月31日(月)までのようです。(日曜・祝日は休館)

 ※令和 4年(2022年) 8月 1日(月)から 9月19日(月)までは展示替えのため休館されていました。

 ※次の展示替え期間(=休館)は、11月 1日~令和 5年 2月 3日の予定とのこと。

 

 

【展示内容】

五節供のルーツをたどる・平安時代の年中行事

  1. 一月七日 人日の節供 ~七草粥のルーツ・平安時代の若菜摘み~(『百人一首』より)
  2. 三月三日  上巳の節供 ~ひなまつりのルーツ・曲水の宴~
  3. 五月五日  端午の節供 ~こどもの日のルーツ・端午~(『源氏物語』「蛍」より)
  4. 歳暮の衣配り  ―源氏ゆかりの女君達への歳暮―(『源氏物語』「玉鬘」より)
  5. 女房の日常・局  ~王朝女性の身嗜み・黒髪~
  6. 平安の遊び  ~偏つぎ~ ~碁~
  7. 四季のかさね色目に見る平安王朝の美意識
  8. 九月九日 重陽の節供  ~菊まつりのルーツ・重陽~

 



令和 4年 4月 4日(日)から 7月31日(日)までの展示内容とほぼ同じようですが、今期の展示ではサブタイトル4のみ変更があります。

 

 4.七月七日 七夕の節供 ~七夕のルーツ・乞巧奠~(『源氏物語』「幻」より)

   ↓ ↓ ↓ 変更後 ↓ ↓ ↓

 4.歳暮の衣配り  ―源氏ゆかりの女君達への歳暮―(『源氏物語』「玉鬘」より)

 

4は、丸ごと展示内容が異なってるようですね。

他にも細部が変更されていそうな気がします。

 

可能ならば今期も博物館へ展示を見に行きたいものです…!

 

 

以下、令和 4年(2022年) 5月に撮影した展示の様子。

一月七日 人日の節供

 

三月三日 上巳の節供

 

五月五日 端午の節供

 

四季のかさね色目に見る平安王朝の美意識

 

九月九日 重陽の節供

 

 


 風俗博物館

   https://www.iz2.or.jp/

   京都市下京区堀川通新花屋町下る(井筒左女牛ビル5階)


 

 

 

 

 

 

 

 

 


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【平安あれこれ】中秋の名月 2022年

2022年09月10日 | 平安あれこれ

平安時代好きブロガー なぎ です。

 

2022年 9月10日(土)は、旧暦における 8月15日。

毎月訪れる旧暦15日の夜の月(=十五夜)のうち、旧暦 8月15日の夜に見える月(=十五夜)を「中秋の名月」と呼びます。

2022年の場合、9月10日(土)午後6時59分ごろ満月となったのだとか。

 

[2022年 9月10日(土)午後 7時30分頃 自宅から撮影]

 

「中秋の名月(十五夜)」と「満月」は必ずしも一致しませんが、2021年と2022年と2023年は連続して一致し、再来年以降は、「中秋の名月」と「満月」は1日~2日程度ズレが生じるそうです。

次回、「中秋の名月(十五夜)」と「満月」が一致するのは2030年だそうですよ。

 

 

十五夜というと、以下の『源氏物語』須磨巻の一場面が思い出されます。

 


『源氏物語』「須磨」より

 

  月のいとはなやかにさし出でたるに、「今宵は十五夜なりけり」と思し出でて、

 

 [現代語訳:月がとても明るく差し出たので、「今夜は十五夜であったのだなあ」とお思い出しになって、

 

 

【本文と訳はwebサイト『源氏物語の世界』より引用】


 

須磨にいる光源氏がとてもはなやかにさし出た月に、八月十五夜(=中秋の名月)であったと思い出し、京を想う場面です。

 

 

『源氏物語』は、石山寺(滋賀県大津市)に参篭中の紫式部が琵琶湖の湖面に映える美しい八月十五夜の月を眺めて、「今宵は十五夜なりけり」と書き出したという「源氏物語起筆伝説」があります。

 

現在もまた石山寺は月見の名所であり、「中秋の名月」にあわせて毎年「秋月祭」を開催されています。

 

[2017年 3月 4日 石山寺 源氏の間 にて撮影した紫式部像]

 

 

「今宵は十五夜なりけり」…『源氏物語』の古今の読者たちはそれぞれの胸中で美しい月の姿を思い浮かべたのでしょうね。

 

[2022年 9月10日(土)午後 7時40分頃 自宅から撮影]

 


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【平安あれこれ】重陽の節供(節句)菊の着せ綿と菊酒

2022年09月09日 | 平安あれこれ

平安時代好きブロガー なぎ です。

 

旧暦9月9日は「重陽の節供(節句)」。「菊の節供(節句)」とも。

(2022年の場合は10月4日にあたります)

 

月と日が「陽(よう)」[=奇数] の最大の数字 九 を重ねることことから「重陽(ちょうよう)」と呼ばれます。

 

平安時代、宇多天皇の時代に始まった「菊の着せ綿[被せ綿](きせわた)」という習慣では

  1.  9月8日の夕方に真綿を菊の花にかぶせる
  2.  翌朝9日、菊の露に濡れた綿で肌を撫でる

そうすると、老いを棄てられる・延寿の効き目があるのだとか…  

 

 

また、重陽の日には、菊の花を浸したり花びらを浮かべたりした酒…「菊酒」を飲んで長寿を願ったそうです。

 

 

さて。

平安時代の菊の着せ綿

菊の花に綿をかぶせること以外、細かい規定はなかったのですが…  

 

  ↓↓↓

江戸時代の菊の着せ綿

 白い菊には黄色の綿

 黄色の菊には赤色の綿

 赤い菊には白い綿  という決まりに。

 

平安時代も江戸時代も素敵ですよね!!

 

平安時代の菊の着せ綿といいますと、紫式部が藤原道長の正妻・源倫子から菊の着せ綿を賜ったエピソードが有名です。

それについては、別記事で書いていますのでご興味がおありの方はどうぞ。

 

 

この記事の掲載写真は、風俗博物館の展示[2022年 5月撮影] の一部です。

記事本文は展示レジュメを参考にしています。

 

  五節句のルーツをたどる・平安時代の年中行事

    九月九日 重陽の節供  ~菊まつりのルーツ・重陽~

  


 風俗博物館

   https://www.iz2.or.jp/

   京都市下京区堀川通新花屋町下る(井筒左女牛ビル5階)


 

 

 

 

 

 

 

 

 


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