じゅんむし日記

心は急いでいる。それなのに、何も思い通りの形にはなっていかない。がまんがまん。とにかく、今できることから始めよう。

コワい履歴書の行方

2019-04-25 | つぶやき
今のところ、
履歴書を書くことはもうないとは思うのですが…

しかしですね、
あるNPO法人の会員になることを決めていて、
「そこではどういう個人情報を出すのかな?」

なんてふと考えました。

会員になるかならないかという返事は催促されたのですが、
いまだに何ヶ月過ぎても「まだ設立に至らない」とのお話で、
ついつい余計なことを考えてしまいます。

ホントつまらない余計なこと。

もう十数年も前ですが、
子供が生まれてから少しのブランクのあと、
パートをしようといろいろ面接に行きました。

そこでは…

自分の履歴をさらけ出しているのに、
相手(面接官やその会社の役員)の履歴はおろか、年齢さえもわかりません。


そののち、
郵送で履歴書を返してくれるところは、まだマシというものです。

私のたくさんの履歴書は、いったいどこに行ってしまったんでしょうね。

シュレッダーにかけてくれればいいのですが、
ファイルや引き出しに入れたままになっていないでしょうね!!

たとえ面接を受けたところに就職したとしても、同じことです。

退社した時の履歴書の行方はわからないし、
その時の上司の年齢さえも知りません。
学歴も。


私はさらけ出しているのに。

(昔の話ですが)
会社の上の人がワタシの履歴書をコピーして、その部署の社員に回覧していたということをあとで知り、
人のプライバシーを何だと思っているんだ(ノ`Д´)ノ
という話です。

もう面接とかで履歴書を出したくありませんねッ!!
(あー思い出した!プンプン)

そこで…
NPO法人の会員になるときの手続きは、どうなるのかなー( ̄-  ̄ )
と考える…。

履歴書とはいかないまでも、
ある程度の個人情報を提出した時、
「あなたさまのも教えてくださいませ(^.^)」
と言っていいのでしょうか…(-.-)

うん、それそれ。
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コワい“盛る”写真

2019-04-18 | つぶやき
今はスマホのアプリなんかで、
簡単に顔や体の修正なんか出来ちゃいますよね。

プリクラ感覚で、遊びでかわいくする分には楽しいと思います(^-^)

あるとき、ある記念写真を見て驚きました。

当然いるはずの“その人”がいないのです!
写真を見ながら、
そこにいた“その人”に、思わず「ねえ、○○さんどこにいるの?」

と聞こうとしたところで…
口をつぐみました。

あーよかった(-。-;)ホッ
“その人”はいました。

たぶん、その人。

服装で気付いたものの、違和感だらけです。

顔が修正されているんでしょうかね?
写真は“その人”の手配ですからね…
さもありなん…( ̄-  ̄ )

たぶんご本人は、これこそが自分と思っていることと思います。

それをのん気に「あれ?○○さん、いなーい」などと言おうものなら…
結末を想像しただけで、
ああ、こわッ!

ワタクシも、最近では写真に撮られることも少なくなりましたが、
確かに見たくない!
ですわ(-.-)

年齢は写真に表れまーす。
それが、周りの皆さんが見ている“私”“あなた”なのよ。
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歯医者さんは教えてくれない その3

2019-04-11 | 今日の出来事
歯のお掃除早くしなくちゃ。
今度こそ歯医者をゼッタイ替えてやる!

と思いつつ何ヶ月も経ち…
やっと先日、歯医者さんに行ってきました。

30年以上通っている歯医者さんから別の歯医者さんに替えましたよー。

(ヘンな歯医者さんだったら替えないほうがマシだよな)
とビクビクしていましたが、
まぁフツーの歯医者さんでした。

穏やかな語り口ですが、
「いや~~これは重症の歯周病ですよー(^^)」
などとオソロシイことを言いました。

噛むと右上に違和感があります。
もう10年ほどになりますか…。

前の先生からは、
「歯茎の問題だからどうしようもない」
と言われたり、

ある時は、
(そういえば先生、掃除だけして右上の違和感については何も言ってくれなかったわ)と、治療が終わってから気付いたり…。

左で噛む癖がついていたり、
出血もまったくなかったりで、
まあいいかみたいな感じで何年も経ってしまっていました。

ところがよ?
重症の歯周病になっていたなんて思いもしなかったですよ!
(歯周ポケットが、右上の2箇所8ミリと言われました)

私の認識としては、
重症というのは、出血したり歯がぐらぐらし始めたりする症状とばかり思っていたので、ビックリでした。

おまけに
「歯周病は治りませんからね。どんどん進行してくだけです(^^)」
と言われた日にゃ、
ガックリ肩を落としましたよ。

じゃあ、どうしたらよいの?

「歯石を取って歯周ポケットの掃除を繰り返す形で普通やりますが、
終わりにしたいならそれでもいいし、じゅんむしさん次第です」

ああ、希望も何もありません…(-_-;)

しかし、
いろいろ言葉を投げかけます。質問します。
そして、
「進行を遅らせることは出来ます」
という言葉をやっと引き出しました。

(誘導しないとそう言ってくれないんかいッ)

今回、歯周病に対して危機感を持てたことだけはよかったと思います。

前の歯医者さんは何も教えてくれませんでしたわ。
教えてくれない歯医者さんがいることを知りましょうー。
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喪主内田也哉子さんの挨拶がよかった

2019-04-04 | つぶやき
前回のブログで、
「報道番組見るのイヤになりチャンネル替えちゃう」
と言いながら、きのうも報道ステーションを見てしまいました。

ニュース報道で何を選ぶか?
という疑問は常々ありましたが、きのうはその疑問が隠れました。
(現金なもので、私にとってはよかったということです…)

内田裕也さんお別れの会の模様…
内田也哉子さんの挨拶が全部放送されたのです。

内容もさることながら、話し方がとても好きでした。

ヘンな抑揚もなく、
低音ボイスも心地いいです。


内容、素晴らしいですよ…

挨拶の言葉がずっしりと心に沁みてきました。

父親との関係、また死を迎えるにあたって、
さまざまな感情があったとは思いますが、
とてもいい表現をしていると思いました。

美化もせず、なるべく正直に、的確に、思いを語ろうとしていたように感じます。

心に残ったことの数々、
わざわざ心の奥底から引っ張り出してきたこと、
自分の人生の時間の分の関わりと、それ以外の多くの関わりと、短い時間で語れるようにきれいにまとまっていました。
とても文学的な感じでもありました。

最後の英語も締まりました!

ことさら強調するような発声じゃなかったのに、強かった!
(これは文字だけではわからないです!!)


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190403-00000111-nataliee-movi

(yahoo!ニュースより)

本日は大変お忙しいところ、父、内田裕也のロックンロール葬にご参列いただきまして、誠にありがとうございます。親族代表として、ご挨拶させて頂きます。
私は正直、父をあまりよく知りません。「わかりえない」という言葉の方が正確かもしれません。けれどそれは、ここまで共に過ごした時間の合計が数週間に満たないからというだけではなく、生前、母が口にしたように「こんなにわかりにくくて、こんなにわかりやすい人はいない。世の中の矛盾をすべて表しているのが内田裕也」ということが根本にあるように思えます。私の知りうる裕也は、いつ噴火をするかわからない火山であり、それと同時に、溶岩の狭間で物ともせずに咲いた野花のように、清々しく無垢な存在でもありました。
率直に言えば、父が息をひきとり、冷たくなり、棺に入れられ、熱い炎で焼かれ、ひからびた骨と化してもなお、私の心は、涙でにじむことさえ戸惑っていました。きっと、実感のない父と娘の物語が、はじまりにも気付かないうちに幕を閉じたからでしょう。けれども、きょう、この瞬間、目の前に広がる光景は、私にとっては単なるセレモニーではありません。裕也を見届けようと集まられたお一人、お一人が持つ、父との交感の真実が、目に見えぬ巨大な気配と化し、この会場を埋め尽くし、ほとばしっています。
父親という概念には、到底、おさまりきらなかった内田裕也という人間が叫び、交わり、噛みつき、歓喜し、転び、沈黙し、また転がり続けた震動を、皆さんは確かに感じ取っていた。
「これ以上、お前は何が知りたいんだ」
きっと、父もそう言うでしょう、、、。
そして、自問します。私が唯一、父から教わったことは、何だったのか? それは、多分、大袈裟に言えば、生きとし生けるものへの畏敬の念かもしれません。彼は破天荒で、時に手に負えない人だったけど、ズルイ奴ではなかったこと。地位も名誉もないけれど、どんな嵐の中でも駆けつけてくれる友だけはいる。
「これ以上、生きる上で何を望むんだ」
そう、聞こえてきます。
母は晩年、自分は妻として名ばかりで、夫に何もしてこなかった、と申し訳なさそうに呟くことがありました。『こんな自分に捕まっちゃったばかりに、、、』と遠い目をして言うのです。そして、半世紀近い婚姻関係の中、折り折りに入れ替わる父の恋人たちに、あらゆる形で感謝をしてきました。私はそんな綺麗事を言う母が嫌いでしたが、彼女はとんでもなく本気でした。まるで、はなから夫は自分のもの、という概念がなかったかのように。勿論、人は生まれもって誰のものでもなく個人です。歴とした世間の道理は承知していても、何かの縁で出会い、メオトの取り決めを交わしただけで、互いの一切合切の責任を取り合うというのも、どこか腑に落ちません。けれども、真実は、母がその在り方を自由意志で選んだのです。そして、父もひとりの女性にとらわれず心身共に自由な独立を選んだのです。
二人を取り巻く周囲に、これまで多大な迷惑をかけたことを謝罪しつつ、今更ですが、このある種のカオスを私は受け入れることにしました。
まるで蜃気楼のように、でも確かに存在した二人。私という二人の証がここに立ち、また、二人の遺伝子は次の時代へと流転していく、、、。
この自然の摂理に包まれたカオスも、なかなか面白いものです!
79年という永い間、父がほんとうにお世話になりました。
最後は、彼らしく送りたいと思います。

Fuckin' Yuya Uchida,
don't rest in peace
just Rock'n Roll!!!
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報道番組アナウンサーのニコニコが気になる

2019-04-02 | つぶやき
報道番組も様変わりしてきていますね。

昔…
ワタシが子供の頃のニュース番組は、
アナウンサーが真面目に原稿を読むだけだったような記憶があります。

キャスターと呼ばれる人たちによるニュース番組が台頭してくると、
原稿を読んだあと、キャスターが独自の見解や感想を言ったりするようになります。
(という記憶です…)

何十年か前の、
久米宏さんの「ニュースステーション」を初めて見たときは、
なんかショックでしたね。
驚きというより違和感?かな?

“テレビ”でニュースを伝えるということにこだわりがあった…
というのは、のちのち理解できることではありますが、
若かったその頃は、妙な…ヘンな感じを持ったものでした。

余談ですが、
ニューヨーク9.11同時多発テロが「ニュースステーション」で生中継となってしまったのをふと思い出しました。
こんなことってあるのか…と思って。


古舘さんの「報道ステーション」はけっこう好きで見ていました。
古舘さんの意見を聞くのも好きだったし、
サブキャスターや他の出演者の方々の話も好きでした。

報道番組にして心地よい、という印象でした。

さて、
今の報道番組ですが…

「報道ステーション」に限らず、多くのニュース番組でアナウンサーがニコニコし過ぎているのが気になります。
NHKだってそうだもん。

視聴者に心地よく感じてもらう、
受け入れてもらえるように、
きっと努力されているのだと思います。

だけど、あのはち切れんばかりの笑顔に抵抗感があるのです。
スポーツキャスターの方々にも感じます!
(あ、修造さんだけは違和感ないけどね)

なんか苦痛になってきて、
最近はチャンネルを替えてしまうこともあります。

そして思い出してしまうのね…

女性アナウンサーでは、
新元号の有識者会議でも有名になった、元NHKアナウンサーの宮崎緑さん。

元千葉県知事で元TBS記者の堂本暁子さん。
報道番組のコメンテーターとして(記者として?)出演していた頃、
話し方が流れるようで語尾がていねいで、

このお二方は好きだったわ。
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