キノコが知らせる放射能汚染 核実験とキノコ
5章 キノコが知らせる放射能汚染
核実験とキノコ
一九八九年、筑波の森林総合研究所の組織改編が一段落して、ほっとしていたころ、科学技術庁放射線医学研究所の村松康行さんと吉田聡さんが訪ねてこられた。動植物の体にとりこまれた放射性物質、正しくは放射性核種、の量を測定してきたが、キノコについても調べてみたいので、名前や生態について教えてほしいということだった。「いいですよ」と安請け合いしたが、二、三度相談にのっただけで、関西総合環境センターの生物環境研究所へ移ってしまったので、ほとんどお役に立たず申し訳ないことをした。
ちょうどそのころ、「シイタケから放射能が検出されたそうですが、そんなことってあるんでしょうか」という電話が二度ほどあった。一度は九州の原木栽培のシイタケから、もう一度は横浜の市場で売られていたものからという話だった。検出されたのはいずれもセシウムで、野菜に比べるとかなりの量だったため、問題になったらしい。「十分ありうることですよ」と答えておいたが、ずっと気になっていた。そんなわけで吉田さんたちの調査の手伝いを安請け合いしてしまったのである。
一九六〇年代、アメリカやソ連をはじめとする核保有国が、原爆実験をまだ盛んにおこなっていたころから、ドイツやオーストリアでは核実験による土壌や作物、動物、食品などへの影響を調査研究し、公表していた。原子爆弾によって大きな被害を受けた日本でも、人体や環境への影響はくわしく調査されていたと思うが、その結果が十分公開されていたかどうか、疑わしい。少なくとも、植物やキノコについての調査は不十分だったように思う。
最近知ったことだが、一九四五年から一九九〇年までのあいだに、核保有国がおこなった核実験の回数は、なんと四二三回にものぼるそうである。しかし、いまでもまだ反対の声を無視して、核実験がつづけられているというのだから、人間とは救いがたい生き物である。村松さんたちによると、大気中に放出された放射性核種のうち、多くのものは半減期が短く、短期間で減衰してしまうが、セシウム137は三〇年、セシウム̶134は二・〇六年と半減期が比較的長いので、自然界のなかでの動きが問題になるという。放出された放射性核種は大気中に拡散して、世界中に広がり、主に北半球に落ちてきた。北半球に落ちた量は南半球の約三倍になり、日本では一九六三年に最大値が検出されている。
西ドイツでは一九六三年から野生植物やキノコについても調査が進み、キノコでセセシウム137の値が異常に高いことが報告された。その後ヨーロッパの各地からも同様の調査結果が出はじめた。当時、最も高い値を示したキノコは食用にならないヒダハタケだったが、食用にするアンズタケやヤマドリタケなどでもかなり高い値が検出されたために、観測が強化されるようになった。西ドイツでは野生のキノコを食べる人が多いので、すでに一九六六年から国の食品管理局によって主なキノコの放射性核種の値が継続して調べられていた。
このようにヨーロッパでは、チェルノブイリの事故以前から野菜に比べて、キノコの放射性セシウムの濃度がかなり高いという事実が一般によく知られていた。当時の測定データによると、その最高値はヤマドリタケで、生重量一キログラム当たり、一一三〇Bqであった。セシウム137の濃度が高かったキノコはヒダハタケやカノシタの一種、ヌメリイグチ属のキノコ、ニセイロガワリ、ヤマイグチなどの菌根菌で、ハラタケなどの腐生菌では低いことが知られていた。ただし、食用にした場合でも、その値がすべて許容量以下だったので、さほど問題になることもなかった。なお、一九八六年までにキノコなどから検出された放射性セシウムの多くは過去の核実験からきたものだった。
チェルノブイリ原発事故とヨーロッパのキノコ
一九八六年四月二六日、ウクライナにあるチェルノブイリ原子力発電所で事故が起こると、放射能を含んだ粉塵が一五〇〇メートルの高さに達し、風に乗ってヨーロッパ全土に広がった。ポーランドやロシアへは翌日に、ドイツとオーストリアへは四月二九日に、北欧やイタリアへは四月三〇日から五月一日にかけて降下し、カナダへは五月六日に達したという。この事故が確認されると、ヨーロッパ各国でただちに調査がはじまり、一九八七年以降、キノコにたいする影響についても報告があいついだ。なぜか、アメリカ、ソ連、フランスなどの報告は見当たらない。
オーストリアでは事故直後の七月から九月にかけてキノコを集め、その放射性核種の量を測っている。その値を一九七四年のものと比べると、キノコが放射性セシウムを選択的に吸収する傾向は変わらなかったが、その量が急増し、三・〇から四・八倍も高くなり、茎よりも傘に多いことがわかった。フウセンタケ属のキノコとショウゲンジで高い値がでたが、アンズタケやチチタケの仲間など、食用にしているキノコでもかなり値が高くなったので、野生キノコに気をつけるよう注意をうながしている。これからすると、放射性核種のキノコへの移動はかなり早かったらしい。また、一九八六年以前からあったセシウム137にチェルノブイリの事故から出たセシウム137とセシウム134が加わり、総量が増えた。さらに、事故から一年たつと、キノコに含まれる量がさらに増加し、許容量を超えた。
ユーゴスラビアでは元からキノコのセシウム137の量が多かったが、事故後は場所によっては一〇倍にもなった。アンズタケやヤマドリタケは輸出されていたので、問題になったが、その値は低く、やはり食用にしているハラタケやカラカサタケでも値が低かったので、安心したという。測定したキノコの種類について見ると、量の違いはあるが、一般に菌根菌で高く、ことに、ショウゲンジなどの食用菌を含むフウセンタケ科のキノコで高くなった。また、放射性銀の量もハラタケやホコリタケの仲間で増えていた。
ベルギーでも一九八六年以後、土壌や樹木、草本植物、蘚苔類、シダ、地衣類、キノコ、家畜、ミミズなどについて調べているが、ここでも同じように、キノコのセシウムの値が一九八六年以降、異常に高く、三年後もそのままの状態がつづいた。なかでもツバフウセンタケなどのフウセンタケ属やアワタケの一種で高かった。また、シカでは多少高かったが、イノシシでは低く、ミミズではもっと低かった。また、キノコがもっているセシウムの量は生えている場所でかなり違っていた。
イタリア北西部では雨といっしょに降下したために、雨量の違いによって、その量も大きく変化した。キノコのなかで放射性セシウムの量が多かったのは、新鮮な落ち葉を分解するカヤタケの仲間や菌根菌のイグチ属、アンズタケ属などのキノコだった。また、汚染がひどい場所に出たキノコで濃度が高いというより、むしろキノコの種によって吸収する能力に違いが見られた。翌一九八七年には針葉樹林のトウヒ、マツ、カラマツ、カンバなどの枝や葉、土、地衣類、キノコなどについて調査し、一年後でもかなりの量が残ると報告している。
スウェーデンでも同じように、ショウゲンジやアミタケの仲間で放射性セシウムの値が高くなったが、より毒性の高いストロンチウム90の量は少なかった。北の寒い地方ではリスなどの小動物やシカがキノコを食するので、その影響が問題になっていた。
ノルウェーでも汚染のひどかった地点で、植物から土へ、キノコから動物へとセシウムの移動する様子が調べられたが、やはりフウセンタケ属やショウゲンジ、チチタケやベニタケ属で多いことがわかった。これらのキノコはいずれも落ち葉がたまった層に住んで菌根を作る性質があるので、地表に落ちたセシウムを集めやすいのだろう。
イギリスの報告は少ないが、やはりキノコへの濃縮をみとめており、菌糸が土のなかでセシウムのたまり場になっているのではないかという。チェルノブイリ事故のあとに測定されたヨーロッパ産キノコの放射性セシウムの最高値を見ると、つぎのようになる。スウェーデン:カノシタの一種で四万Bq/kg(生重)、アミタケの一種で四万Bq/kg(生重)、オーストリア:ニセイロガワリで一四万二〇〇〇Bq/kg(乾重)、ポーランド:ニセイロガワリで一五万七〇〇〇Bq/kg(乾重)、チェコスロバキア:ヤマイグチで三万三三〇〇Bq/kg(乾重)となっている。日本での最高値はワカフサタケの一種の一万六三〇〇Bq/kg(乾重)だったので、ヨーロッパでは日本の一〇〇倍近い量が吸収されていたことになる。もっとも、キノコがもっている放射性セシウムの量にはばらつきが大きく、同じ種類でも濃度がかなり違っていることがある。
チェルノブイリ原発事故と日本のキノコの測定値
日本のキノコについては、村松さんや吉田さんたちが一九八九年から一九九一年にかけて、各地から二八四種類、一二四種のキノコを集め、そのなかに含まれる放射性セシウムとカリウムの量を調べている。それによると、乾したキノコ一キログラム当たり、セシウム137の値は三から一万六三〇〇Bq/kgの範囲にあり、中央値は五一Bq/kgであった。最高値を示したワカフサタケ属のキノコはヨーロッパでもやはり高い値を示したという。この他、高い値を示したのはチリメンチチタケ、ハナホウキタケ、キシメジ、コウタケなどで、なかには結構人が好んで食べるキノコも含まれている。場所による違いははっきりしないが、降下量の多い日本海側の北寄りの地方で高くなるようである。もっとも、これらのキノコは日常手に入るものではないので、過剰な心配は無用である。なお、カリウム40についても測定しているが、セシウムにくらべるとかなり低く、キノコでの値は一〇〇〇Bq/kg程度だった。
このほか、一九八九年から一九九〇年にかけて富士山のキノコを調べた例をみると、セシウム137の濃度範囲は一七~一〇七〇Bq/kg(生重)だった。北海道の野生キノコと栽培キノコについて調べた例では、野生キノコで〇・八~四五一二Bq/kgと高く、栽培キノコでは一・八~五四〇Bq/kgと低かった。乾シイタケについて測定したものでは、濃度範囲が三・四~三三・六Bq/kgと、かなり低かった。
キノコに含まれるセシウム137の濃度は、どの国でも普通の植物に比べてはるかに高く、ダイコンやホウレンソウの濃度に比べると、キノコのほうが数桁高いという。ただし、植物の場合も種類によって異なり、野生のベリーやカシュウナッツ、茶の葉などは少し高いそうである。
東海村で事故があったときに、周辺の野菜の放射性核種が測定されたが、そのときもお茶が話題になっていた。
核実験から発生する放射性セシウムはセシウム137が主で、半減期の短いセシウム134は少ない。一方、チェルノブイリ事故から出たものにはセシウム134が多かったといわれている。日本のキノコからもセシウム134が検出されたが、その量が少なかったことから、日本のキノコに含まれるもののほとんどは、チェルノブイリからきたものではなく、それ以前の核実験に由来すると考えられた。一九六〇年代におこなわれた核実験から出た放射性物質が数十年経ったいまもなお、森林のなかで動いており、キノコに出てくるというのも、気味の悪い話である。キノコ雲からキノコへ、などは洒落にもならない。
キノコ好きの人や栽培している人には、食用キノコでの値が気になることだろう。心配な人は『ラヂオアイソトープ』四六巻、一九九七年七号の「キノコと放射性セシウム」という村松さんたちの総説を見ていただきたい。そのなかにエノキタケ、シイタケ、ブナシメジ、ヒラタケ、ナメコ、ツクリタケ、マイタケ、キクラゲ、マツタケ、乾シイタケなどのセシウム137とカリウム40の量と摂取量が出ている。それによると、マツタケや野生のナメコでは多少高い値が出たが、ヒラタケ、エノキタケ、ブナシメジ、ツクリタケなどの栽培キノコでは低い値が出ている。
シイタケでも、のこ屑を使った菌床栽培では低く、原木栽培では多少高くなったという。ひとり当たりのキノコ摂食量を年間二・七六kgとして計算すると、キノコを通してとるセシウム137の量は一年で約六Bq/kgになる。この量は自然界から受ける量の〇・五パーセント以下にすぎない。よほどのキノコ好きならいざ知らず、通常の食べ方では被曝線量は問題にするほど大きくはない。放射性セシウムは煮ると、かなり抜けるそうだから、ゆでこぼしもよいかもしれないと書かれている。
畑や牧草地よりも森林の汚染が激しいのはなぜか
ヨーロッパでの例でみたように、雨が降った地域ほど放射性核種の降下量が多く、畑や牧場に比べて、森林ではそのたまる量が多かった。それは空中に浮遊した放射性核種が雨滴といっしょに降下し、樹木の葉や枝に付着しやすいためである。付着したものは雨や風や落ち葉にのって次第に地表へ落ち、地上の草や苔、シダ、地衣類などにもたまる。しかし、その量はキノコに比べて少ない。放射性核種が蘚苔や地衣類の地上部に付着されやすいためで、キノコのように積極的に土壌から吸収しているせいではない。
時間がたつにつれて、放射性核種は土のなかへ移動し、セシウムのような半減期の長いものは時間をかけて深い層へと移ってゆく。セシウムは粘土鉱物に吸着されやすい性質をもっている。
そのため粘土の少ない砂質の土壌で移動しやすく、キノコやカビ、植物の根などによって吸収されやすい。土壌がやせていて、酸性がつよいほどキノコの吸収する量が多くなるといわれているが、それは菌根菌がやせた酸性土壌を好み、ミネラルを選択的に集める性質をもっているためである。
キノコのなかでも放射性核種を吸収しやすいのは木材や落ち葉を分解する腐生菌よりもむしろ樹木の根に共生する菌根菌である。腐生菌のなかでも木材のなかに住んでいる木材腐朽菌が土のなかへ菌糸を伸ばすことはまれで、菌糸が直接セシウムに接触する機会は少ない。落ち葉を分解する落葉分解菌は地表に落ちた放射性核種と触れるはずだが、さほど吸収しない。くわしいことはわからないが、落葉分解菌は元来金属塩を吸収する能力が低く、菌根菌に比べて、岩石を溶かしたり、砂からリンやカルシウムを取り出したりする力が弱いためかもしれない。
一方、菌根菌のなかには菌糸を広い範囲に伸ばし、根について土のなかへ深く入る性質をもったものが多い。また、元来菌根菌は金属塩を選択吸収しやすい性質があって、重金属などを子実体に集めている例も多いので、放射性核種を集めるものが多いのも不思議ではない。
土壌中のセシウム137の濃度は土の表層、いわゆるA0層に多く、深くなるにつれて急激に少なくなる。一方、キノコの菌糸が成長している土のなかの位置は種によって異なっているが、菌根を作るキノコのほとんどは、落ち葉の層に近い表面の土に菌糸を広げており、もっとも吸収しやすい場所に住んでいる。セシウムの濃度が高いとされたフウセンタケ属のキノコの多くは、よく腐った落ち葉の層に菌糸を広げ、伸びてくる若い根に菌根を作る。ヒダハタケやショウゲンジも落ち葉と土の境目の腐植層にすんで菌根を作る性質があるので、この条件に合っている。
キノコの種類によってセシウムやその他の放射性核種の集め方が違っていることは、野外の調査結果からもはっきりしている。このことは実験によっても確かめられており、植物やエノキタケ、ザラミノヒトヨタケなどに比べて、フウセンタケ科のアカヒダワカフサタケがセシウムをきわだって吸収したという例がある。おそらく、これらの微量要素を吸収して、どこかで使う性質はそれぞれ遺伝的に決まっているらしいが、くわしいことはわからない。
いくつかのキノコは受動的にセシウムを取り込んでいるというより、むしろ積極的に吸収しているように思える。セシウムが何に役立っているのかわからないが、キノコが子実体を作るときがくると、土のなかの菌糸に蓄えられたセシウムがほかの栄養物といっしょに移動し、軸から傘、ひだへと濃縮されていく。セシウムの濃度の割合は、茎:傘:ひだで、〇・四:〇・七:一・〇になったというが、おそらく、最後は胞子に集まるはずである。また、キノコが大きくなるにつれて、その濃度も増加するらしい。ひだでは減数分裂をへて胞子が作られるので、放射能をもった物質があると、なにか遺伝的影響が出るのではと心配になる。このあたりもまったく研究されていない。
菌根菌が働いている場合はその一部が樹木の根に吸収され、地上部の葉や花へも移行しているかもしれない。キノコは小動物によってよく食べられるので、ナメクジやトビムシなどでもセシウムの量が増えているかもしれない。落ち葉に含まれたものや動物の死体、菌糸やキノコなどにたまった放射性セシウムが土のなかで、あまり下方へ移動せず、地表で循環することによって、つねに表層土壌にとどまっている可能性が高い。どうやらキノコは放射性物質が地表にとどまるのに大きな役割をはたしているようだと吉田さんたちはいう。
土のなかにはキノコの本体である菌糸が成長しているので、それが蓄えている量を加えると、キノコや微生物などが放射性核種を捕まえている量は相当なものになるだろう。土壌中の菌糸の量をはかって、菌糸に蓄積されるセシウムの推定値を出した人もいるが、正確なことはまだわからない。菌糸と子実体の細胞質の組成は同じではないし、セシウムも菌糸にはさほど残らず、子実体へほとんど移ると思われるからである。森林から長期間にわたって出ていかないとすると、どんな影響があるのか、まだ誰も見ていない。
こういう性質をうまく利用すると、キノコを放射能物質に鋭敏な指標生物として使うこともできるはずである。どこかで事故があったとき、特定のキノコの放射能を調べて、その影響がどれほどかわかるとすれば、キノコにも出番がまわってくるだろう。ところが、気まぐれなキノコはシーズンがこなければ、顔を出さず、いつでも手に入るわけでもない。長期間の影響を見るのには適しているが、急場に間に合わないというのが欠点である。
キノコから動物、人へ
数年前、フランスから輸入したアンズタケの放射性物質の濃度が高かったので、成田空港からキノコを送り返したことがあった。このキノコはまぎれもない菌根菌で、セシウムの濃度が高いことも知られていたので、水際でひっかかったのだろう。フランス料理の鹿肉の皿にはアンズタケがつきものだが、この鹿肉にも高濃度の放射性セシウムが含まれている。スウェーデンではトナカイやノロジカの肉を好んで食べるために、一時問題になったことがある。調査結果によると、ノロジカなどシカの仲間は好んでキノコや地衣類をにしているため、セシウムがたまりやすい。
デンマークの例では秋になると肉や糞のなかの濃度が高くなったが、これはノロジカが秋にキノコを食べたためだそうである。どうやら放射性セシウムは葉についたり、地表に落ちたりしながらキノコや地衣類などに吸収され、シカなどの動物に食べられてさらに濃縮され、森林のなかでえんえんと長期間にわたって循環しているらしい。
日本と同様、カナダではチェルノブイリ原発事故の影響は少なかったが、森林や泥炭地などで植物やキノコ、小動物、ハタネズミの一種などを集めて、季節ごとに放射性核種の量を測定していた。それによると、森林の植物やキノコ、地衣類などに含まれるセシウム137の量や分布の様子はヨーロッパのものと同様だった。おもしろいのは広葉樹林のハタネズミよりも、針葉樹林から採ったハタネズミの腸の内容物にセシウム137が多く含まれていたことである。これは木の実が少ない針葉樹林ではが不足するため、ハタネズミがセシウムの入ったキノコを主食にしたためである。アメリカ大陸の北のほうでは、春先になると冬眠から覚めたネズミやリスなどの小動物がをあさり、キノコを食べて暮らしている。春先には胃や腸の内容物の八五パーセントがキノコで占められているほどだから、セシウムもたまるはずである。
地上の植物体から土へ、そしてキノコや微生物からキノコを食べる哺乳動物や昆虫、小動物へと食物連鎖がつながり、森林がその生態系に入ってきたものをすべて抱え込んで循環させている姿がよく見えてくる。半減期が長いセシウム137を追いかけると、森林生態系のさまざまな問題が浮き彫りになってくるかもしれない。
チェルノブイリで思い出したが、筑波の森林総合研究所にいたころ、ウクライナとロシアから二人の医学博士が訪ねてきた。なんの用かと思ったら、炭のことを教えてほしいという。「日本で木炭の変わった使い方を研究していると聞いたので、やってきましたが、なかなか見つかりませんでした。諦めかけていたら、農水省かもしれないという人がいたので来ました」ということだった。
彼らの話によると、チェルノブイリ事故の後、周辺住民の治療にあたってきたが、食物や水を通して取り込まれた放射性核種を取り除く方法がなくて困っていたという。とくに子どもたちの甲状腺にたまった放射性核種をヨードの溶液を飲ませて除こうとしたが、子どもが嫌がって吐くので、うまくいかなかった。そのうち老人たちが消し炭をすりつぶした黒い粉をみんなに飲ませだした。ロシアでは昔から民間療法で、毒物を誤って食べたり、お腹をこわしたりしたときは炭の粉を飲ませれば治るという言い伝えがあったそうである。日本でも豚や牛などが下痢をすると、炭の粉を飲ませる習慣があったのを思い出した。彼らは不思議なことをすると思って、真っ黒になった便の検査をしたところ、放射能が異常に高く、放射性核種も検出されたので驚いたそうである。炭の粉がセシウムやストロンチウムなどの放射性核種を吸着したらしい。そこで、もっとよい材料が日本にあるのではと思ってやってきたのだがという話だった。
こちらはダイズの栽培やマツの再生に木炭を使っているので、ほとんどお役に立たないが」といったが、あまり熱心なので、しばらく話をすることにした。そのころ私は木炭のような無数の小さな孔をもった物体、いわゆる多孔質体が特殊な微生物をひきつけるという現象をみつけて喜んでいたので、その仕事をくわしく説明した。医学にはほとんど参考にならないと思ったが、下手な英語の説明を聞きながら、熱心にメモをとっていた。
すでに彼らは孔の大きさの異なる炭がどんな物質を吸着するのか、よく調べており、炭の表面積と孔の微細構造によって吸着される物質がかわるという事実を知っていた。オングストローム単位の小さな化学物質から、ミクロン単位の細菌やカビの菌糸まで大きさの違うものを並べてみると、炭の孔のサイズにみごとに比例し、一本の直線にのるほどだという。役に立ったかどうかよくわからなかったが、とにかく喜んで帰っていった。
いまではよく知られていることだが、そのころ放射線医学研究所の人たちから聞いていたキノコと放射性セシウムとのつながりが、また炭に結びついたので、この話は私にとってひどく印象深かった。活性炭は放射線から体を防護するのにも使われているらしく、米軍のベストやマスクにも入っているという。中性子も吸着するらしく、東海村の事故のときも活性炭入りのマスクが使われたとか。いずれ自然界に放出された放射性物質を取り除くのに、キノコや炭が使われる時代がくるかもしれない。