一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

クッシーの名局

2016-12-09 12:56:35 | 名局
今日12月9日は櫛田陽一七段の誕生日。おめでとうございます。…と祝うほどの年齢でもなかろう。私もそうだが、誕生日が来るのが恐ろしい年代である。
あまり知られていないが、櫛田七段はLPSA駒込サロンで一時期、手合い係を務めていたことがある。前任の植山悦行七段が水を得た魚のように生き生きと動いていたので櫛田七段のそれは存在感が劣ったがそこはそれ、指導対局などはしっかりやってくれた。
私も櫛田七段の着任早々、指導対局を受ける幸運に恵まれた。手合いは角落ちで、それは私が56手で快勝。これは櫛田七段が手を緩めすぎたのだが、私の評価は妙に上がってしまった。
数年後、将棋ペンクラブ関東交流会に櫛田七段が指導棋士として参加してくださり、再び角落ちでお願いした。が、2度はいい思いをさせませんぞとばかり、今度は寄り倒された。
私は交流将棋会で4勝か5勝し3敗したのだが、櫛田七段は「大沢さんが3敗もするなんて、将棋ペンクラブは何てレヴェルが高いんでしょう」と、盛大なホメ殺しをされたものだった。

改めて櫛田七段は、1987年プロ四段。その年の全日本プロトーナメントでいきなり決勝三番勝負に進出し、大いに名を上げた。
さらに1989年度のNHK杯トーナメントではあれよあれよという間に勝ち進み、決勝では島朗前竜王に勝ち、うれしい優勝となった。紛れもなく、日本一強い四段であった。
その櫛田七段がフリークラス宣言をしたのは1995年。NHK杯優勝後はパッとしなかったがまだまだ活躍が期待されており、あり得ない選択だった。
一説には「過度の飲酒でやる気がなくなった」とのことだが、それなら休場すればいいわけで、フリークラス転出の整合性がない。結局、この真相はナゾである。
2012年6月引退。まったく、訳の分からない引退だった。
その櫛田七段の名局を紹介する。上記のNHK杯トーナメントの決勝戦である。
島前竜王の居飛車明示に、櫛田七段は四間飛車。島前竜王が穴熊に組むと、櫛田七段は銀冠で対抗し、以下むずかしい展開を制した。

第39回NHK杯テレビ将棋トーナメント決勝戦
1990年2月19日対局
於・NHK放送センター
持ち時間:10分(ほかに考慮時間10分)
▲前竜王 島朗
△四段 櫛田陽一

▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲4八銀△3二銀▲5六歩△4二飛▲6八玉△6二玉▲7八玉△7二銀▲5七銀△5二金左▲7七角△7一玉▲8八玉△4三銀▲2五歩△3三角
▲9八香△5四銀▲6六歩△6四歩▲5八金右△7四歩▲9九玉△7三桂▲8八銀△8二玉▲7九金△9四歩▲9六歩△8四歩▲3六歩△4五歩▲6八金右△8三銀▲7八金寄△7二金
▲5九角△6三金▲3七角△2二飛▲1六歩△1四歩▲6八銀△6六角▲5五歩△6五銀▲3八飛△5六銀▲7七銀左△4七銀成▲6六銀△3八成銀▲5四歩△3七成銀▲5三歩成△同金
▲3七桂△9五歩▲同歩△9七歩▲同香△8五桂▲8八金寄△9七桂成▲同金△9二香打▲8六銀△4八角▲5五角△1二飛▲4九歩△3九角成▲6五銀△3八馬▲5六歩△5四歩
▲4五桂△6三金左▲6四角△同金▲同銀△4六角▲5三桂成△6四角▲6三金△9五香(図)

▲6四金△9七香成▲同桂△9八歩▲8八玉△5六馬▲6七歩△9九銀▲7七玉△9七香成▲5九香△6五桂▲同金△同馬▲9七銀△8五金▲7八玉△7六金▲7三歩△同金
▲9五香△6六歩▲同歩△8七金▲6九玉△4七馬▲5八角△4六馬▲6五桂△7五飛▲7三桂成△同玉▲7八歩△9五飛▲7六角△9七飛成▲6五桂△8二玉▲6三成桂△6七歩
▲7三桂成△9二玉▲8三成桂△同玉▲7三金△9三玉▲9四歩△同竜▲8七角△6八歩成▲同金△6七歩▲8三金打△同竜▲同金△同玉▲7三成桂△同馬▲5四角△6八歩成
▲同玉△4六馬▲5七銀△5六桂▲6七玉△6八金▲7七玉△8八銀打
まで、158手で櫛田四段の勝ち

櫛田七段の対イビアナの指し方を見ていると、「アナグマ恐れるに足らず。将棋は強い方が勝つ」のメッセージが込められているようで、私も心強くなる。
コメント (3)
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