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一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

「将棋フォーカス」でアカシヤ書店が紹介される

2025-08-04 23:00:56 | 愛棋家
昨年12月15日のNHK「将棋フォーカス」の巻頭特集は、「拝見将棋専門古本屋」だった。とくれば当然、「アカシヤ書店」の出番で、店主の星野穣氏が出演した。将棋ペンクラブの幹事としては、テレビ出演は木村晋介会長、湯川博士氏に次いで3人目だろうか。
番組は早速星野氏にインタビューをする。星野氏、ちょっと元気がなさそうだったが、歳も歳だし、仕方ないか。
創業は1968年で、蔵書は「家一軒が将棋本で埋まるくらい」あるという。古本は星野氏自身が古本市で買い付けたり、収集家から買い取ったりするという。
ちなみに2017年、私の頭がおかしくなって将棋本を処分しようとしたとき、アカシヤ書店に買取の電話を掛けた。ただそのときは、「在庫がいっぱいあるから」と断られた。私としては、大山康晴十五世名人や中原誠十六世名人の本など、かなりのヴィンテージものの自信はあったのだが、まあ仕方ない。私はそのまま、泣く泣く棄てたのだった。私の人生で十指に入る後悔である。
話を戻す。店には棋士や女流棋士も訪れる。中にはデビューしたての藤井聡太現七冠も来たそうで、詰将棋本を買っていったとのこと。
そもそも星野氏が将棋専門の古本屋を開いたキッカケは何か。
ある日星野氏がある古本屋を訪れたところ、1616年に発行された日本最古の将棋本が、15,000円で売られていたという。星野氏は「日本の伝統文化である将棋本がこんなに安いのはおかしい」と思い、それから星野氏は将棋の地位向上のため、将棋本を集め、売るようになったという。ちなみにこの最古本に付けた値は150万円だったという。
番組ではほかにも、木村義雄十四世名人、升田幸三実力制第四代名人の直筆扇子などが紹介された。ちなみにこれは、2本で100万円だった。私は口あんぐりである。
MCの山口恵梨子女流三段が「本の値段って、価値があると思う人がいるかどうかで変わってきますからね」と述べていたが、ブックオフで100円コーナーしか見ない私としては、アカシヤ書店は無縁となる。
もちろん、アカシヤ書店に行けば欲しい本は必ず見つかるが、私としては、町中にポツンとある古本屋に入り、掘り出し物を見つけるのが楽しいのである。これは私のポリシーだから仕方がない。
ちなみにだが、私がアカシヤ書店で買ったのは、松本清張「渦」で、100円だった。
まあそれはともかく、星野氏とは何度も酒の席で同席しているのに、なんでアカシヤ書店のことを聞かなかったのか。今度お会いしたら、いろいろ聞いてみたい。
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大崎善生氏、逝去

2024-08-05 23:35:14 | 愛棋家
作家の大崎善生氏が亡くなった。享年66歳。下咽頭がんだったそうである。
大崎氏は「将棋世界」の元編集長で、村山聖九段の生涯を描いた「聖の青春」、奨励会を退会した青年を描いた「将棋の子」は話題になった。
といっても私は大崎氏の小説はまったく読んだことがなく、2003年に上梓されたエッセイ「編集者T君の謎 将棋業界の愉快な人びと」くらいしか読んでいない。これは登場人物が面白いこともあるが、それを余すことなく活写した大崎氏の文章力が素晴らしく、将棋ファン必読の書である。
私生活では2003年に、高橋和女流三段と結婚した。どうであろう。将棋専門誌の編集長を務め、作家として多くの作品を発表し、極め付きは美人女流棋士と結婚する。将棋愛好家としてこれ以上ない人生だと思う。
だが、がん発症はその人生設計にはないイレギュラーなものだった。ネットで「藤井聡太七冠への祝辞」の記事を読んだが、これは半分「遺書」である。大崎氏はおのが命運を悟りながらも、冷徹な目で現状のすべてを綴った。
いまごろは、村山九段に挨拶をしているのだろうか。伝説の名編集者に、合掌。
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懐かしい名前

2024-06-08 19:55:50 | 愛棋家
最近、アレッ?と思ったこと。日本将棋連盟、4日の公式戦の結果に、懐かしい名前を見つけたことだ。「立石径」氏である。第14期加古川青流戦1回戦で、貫島永州三段に勝っていた。
立石氏といえば、いまを去ること30余年前、17歳のときに奨励会を三段で退会したことで知られる。その理由が振るっている。なんと、医師を目指したいというものだった。
奨励会に入るような少年は、小さいころから将棋三昧で、まあ勉強もそこそこやっただろうが、寝ても覚めても将棋将棋で、ほかの夢が入る余地がないと思っていた。
ましてや立石氏は「17歳三段」で、四段の保証はないものの、その後も精進を重ねれば、かなりの確率で四段になれる。それを蹴って医師になる、と。これが大いなる野望で、誰でもなれる職業でないのに、それを志したのがすごい。当時将棋界では「そんなに将棋界は魅力がないのか」の嘆きも聞かれたものだった。
立石氏の師匠は有吉道夫九段。有吉九段もビックリしただろうが、快く送り出したと思われる。少年の夢をつぶす権利は誰にもないからだ。
それにどうであろう、棋士と医師だったら、医師の方が、より多くの人に感謝されるのではないか? 私は、立石氏の奮闘を願わずにはいられなかった。
その後の立石氏の消息はまったく分からなかった。ただ、立石氏の離脱で、代わりに四段になれた棋士がひとりいたことは事実だ。
そんな立石氏が、突如加古川青流戦に出場し、現役三段に勝った。この棋戦に参戦する三段は四段の実力がある。そこで勝ったのだから、立石氏の実力に衰えはなかったのだ。これが地味にすごい。
そこでいろいろ調べてみると、退会後立石氏は夢を実現し小児科の医師になり、結婚し、子供を2人もうけていた。そしてその子らに将棋を教えたところ、自身も触発され、将棋熱が再燃したらしい。
しかも立石氏は昨年の全日本アマチュア将棋名人戦にも兵庫県代表で出場し、ベスト16に入っていた。なるほど、昨年すでに、一定の結果を出していたわけだ。
加古川青流戦のアマ参加は、今期は3名。もちろんアマ予選を勝ち抜かなければならないが、たぶん兵庫県の開催だったため、そこまで参加者が多くなかったと思われる。そこで立石氏は結果を残し、今回の出場に至ったものである。
ちなみに立石氏は2回戦で、井田明宏四段に屈した。立石氏の視線はいま、どこにあるのか。現在49歳の立石氏が棋士を目指しているとは思わぬが、もし棋士編入試験を受けることになったら愉快だ。先は長いが。
ちなみに、第5期で優勝した稲葉聡アマ(稲葉陽八段の実兄)は今期も出場し、3回戦に進出している。
稲葉アマにも注目したいが、今回はちょっと、霞んでしまった。
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A氏のブログ

2021-01-07 00:29:30 | 愛棋家
昨年12月24日、PCを見ていたら、私のことが書かれているブログにたまたま当たった。それは将棋ペンクラブ幹事・A氏の某ブログで、昨年8月19日にアップされたものだった。サブタイトルは
「ブログを毎日更新できる人は『技』を持っている」
だった。
読むと、私が毎日ブログを更新していることを持ち上げていたのだがその一方、
「しかし大沢さんのブログを読んでいると、毎日更新することのコツというのも見えてくる。サボりというか、力を抜いた(と読者が思ってしまう)エントリーがぽつりぽつりと挟まれているのだ。」
と、なかなかに核心を衝くところもあって、私は苦笑を禁じ得なかった。
記事はそこから発展し、A氏自身の過去記事ベスト5を選出するに至っていた。

以前も当ブログに記したが、A氏は「文章はスピードである」、私は「文章はリズムである」を標榜し、よく文章談義をしたものだ。それはややもすると、将棋を指すより楽しかった。
しかも作家のA氏はなぜか私の文章の大ファンで、それゆえなのか、私の存在が脅威?に映っていたようだ。私が図らずも無職になったとき、「大沢さんがこの機会に本気になって小説を書いて、どこかに入賞したらどうしよう」と恐れていたという。これを取り越し苦労という。
むかし脚本家の長坂秀佳がテレビのプロデューサーと衝突して干されたとき、時間ができたからと小説を書き、江戸川乱歩賞を獲ったことがあった。才能がある人は、谷川浩司八段がそこにあるミカンを取るがごとく名人を獲ったように、意識せずとも傑作をモノにできるのである。
作曲家の宇崎竜童は作曲の際「音符が天から降ってくる」と言ったがこれこそ天才の言葉であって、凡才の私には無から有を作り出すことなどとうてい出来ない。天から文章など降ってこない。
当ブログも毎日のネタ探しに苦労しているし、文章もかなり推敲を重ねている。しかし旬日が経ち読み直すと、ところどころ瑕疵が見える。文章の途中で微妙なつっかえがあり、平坦な道に石ころが転がっている感じだ。どう整備しても、がたつきが残っているのだ。
そこへいくとA氏の文章はうまい。さすがプロというかその文章は、潮が引いて真っ平になった砂浜のごとくで、何のストレスもなくスラスラ読める。A氏が将棋のプロなら私はせいぜいアマ有段で、ここに彼我のレベルの差を痛感するのだ。
それなら私がA氏の文章を熟読し勉強すればいいのだが、そこまで私は向上心を持ち合わせていない。だからA氏のブログも積極的に読んでいない。ここが私の甘いところである。
ブックマークだけでもしとこうか。
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2019年九州旅行(おまけ)

2020-03-03 00:15:58 | 愛棋家
私たちはお互い確認する。間違いでないようだ。
「おお、どうしてここに⁉ 私は長崎県に行ったんだけど」
「オォ、私ハサッキ、サッポロカラ来マシタ」
彼はドイツ人の教授で、かつてLPSA芝浦サロンで指したこともある。負かされたこともあり、強豪のひとりだ。ただ、その彼の名前が思い出せない。
「あ、ああそうなんだ。え、いま日本にいるの?」
「エエ、来年ノ3月マデ、サッポロノ大学デ講義ヲヤリマス」
当初、私は彼の職業を知らず、何かの拍子で「人生、一生勉強ですよ」と言ったことがある。そしたら植山悦行七段に
「大沢君、彼は大学の教授だよ」
とたしなめられたものだ。
今回は一休みで東京に戻ったようだ。
「キョウハホッカイドウノ将棋連盟ニ行ッテ来マシタ」
「いや私は毎年この時期に、長崎県の喫茶店でマジックを見ることになっていてさ」
私はそう言うと、ぐにゃぐにゃに曲がったスプーンを見せた。
「コレハ……モウ使エマセンネ」
「あ? ああ、そうだね」
どうも彼とは、視点が違うようだ。
「ナガサキノ気候ハドウデシタカ?」
「暑いね。この格好でも汗が出たよ」
「私モコノ格好デ、寒カッタデス」
2人は同じような服装をしている。
「ワハハハ、そうだね、日本は縦に長いからね」
私は彼に何か聞きたいのだが、名前が思い出せないので、ついよそよそしくなってしまう。
「最近将棋ハヤッテマスカ?」
「ああ、アプリの将棋をやってるくらい。勝率は2割くらいだね。このくらいの勝率がちょうどいいよ」
「勝チスギテモ面白クナクナッチャイマスネ」
私たちは京浜東北線に乗った。彼は次の新橋で降りるとのこと。私はボロを出さなくて済んで、ちょっと、ホッとした。
私は最寄り駅で降りた。しかし、彼は何という名前だったか。カタカナで4文字だった気がする。「ルイスポ」とか「ケイント」とか。
私は帰宅しても、思い出せなかった。
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