いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

次々消えゆく札幌老舗書店、アテネ書房、リーブルなにわ

2013年06月19日 19時45分44秒 | 札幌

ネットで知ったょ、 アテネ書房今月で店終い。 そして、リーブルなにわは既に消えたのだ。


ソース 現在リンク切れ

  

  
ペグマンに撮ってもらったアテネ書房(左)。 この前札幌に帰ったときは、まさかアテネ書房がなくなるなんて思いもしなかったので、画像採取なし。画像を採取したのは、「●変わらない札幌の風景」の玉屋だ(右)。 雪印パーラーも残っていた。

おいらは、中二病に罹患した時に、よく行った。 いや、アテネ書房やリーブルなにわなぞに行ったから、中二病に罹患したのかもしれない。

上記画像は、おいらが本なぞ50冊ももっていなかった頃買った本だ。 特に、左の本は中二病に罹患の瞬間の本だ。 カバーを外して、中身をお見せするのが恥ずかしい。今後、厚顔の程度が高くなっていくと、晒して、ブログのネタにするのだろう。 右の本もかなりはずかしい本だ。

 1980年台前半、おいらが中二病に罹患し、こじらせていた頃、アテネ書房には「極左」の党派の機関紙の販売コーナーがあった。店に入って、左奥。そして、そのコーナーを観察するに、しばしば、背広姿の人が「機関紙」を読んでいた。当時は、おじさんにみえたが、今思うとまだ30-40代だろう。何にびっくりしたかというと、背広姿。中二病に罹患し、こじらせていたおいらには、背広姿=何の因果か落ちぶれて、いまじゃすほん(資本)の手先、というものに見えたからだ。
 1980年台前半、おいらが中二病に罹患し、こじらせていた頃、おいらは、背広着て、仕事に行く「サラリーマン」というものだけにはなりたくないと念じていた。 当然、"書物に傍点をほどこしてはこの世を理解して行こうとした"と考えていたのだ。左翼なぞに全く魅力を感じなかったおいらは、世界を変革しようなどという考えを嗤い、ただ、"書物に傍点をほどこしてはこの世を理解"できれば、この世なんぞ滅びてもいいと考えていただけであった。

 そして、なったょ。 背広着て、仕事に行く「サラリーマン」 (愚記事;資本の文明化作用; A day in my life for Marunouchi-Sadistics)になっちまったのだ。月に数度だけど。がきんちょの頃、生意気なことを考えたばっかりに、バチが当たったのだ。

 そして、上記画像の彼らも、罹災者なんです→ 愚記事 

● まとめ; がきんちょの頃、生意気な口をきくと、歳をくって、バチがあたる。

 

 

 



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