感染症診療の原則

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50年前の先天性風疹の文献を読んでみました

2013-10-13 | 毎日いんふぇくしょん(編集部)
いろいろなところから風疹関連の質問がきていています。

通常私たちがあてにする、他の先進国での先行研究とか妥当性の評価にたえたガイドラインなどがあれば出だしがラクチンなのですが、なにせワクチン接種率の高い国ではCRSじたいは問題になっていない。
先日、感染研が出したQ&Aの引用文献もすごく古いものが並んでいました。
まあ、根拠とまでいえるような最新の知見なんてないでしょ、とヨーロッパの専門家にもいわれました。
(今回日本から出してよ、、、とか)

調査時のバックグラウンドデータとか、検査技術とか併せて読まないといけないのですが、感染症対策の歴史を学ぶ(古典から学ぶ)という意味では面白い作業でもありました。

まず通常の文献入手ルートからは手に入りませんでした。購入するか(全部入手すると数万円・・・)アクセスのある図書館の手を借りるかしないといけません。編集部には、現在、ホノルル特派員がいるので相談にのってもらいました。

ひとつ紹介。

GM Shiff & MS Dine:Transmission of rubella from newborns. Acontrolled study among young adult women and report of an unusualcase.(Am J Dis Child 110;447-451,1965.)
JAMA Periatricsの枠で探せます。

これは、風疹が大流行した1964-5年当時のはなしです。
大人もたくさん感染→CRSの赤ちゃんが生まれたということであります。

その赤ちゃんたちをケアした人に風疹はうつるのかどうか?です。
単純に考えれば、ワクチンをしていない未発症の感受性者がいたらうつるかもね、です。
現在これが諸外国で問題にならないのは、職場での労働衛生としてワクチン接種などの管理が行われているためです。

日本では厚労省がせっかく保育所における感染症対策ガイドラインを出しているのですが現場のコンプライアンスが悪い。
誰の責任かといえば経営者ですよね。アドバイスをしてなければ園医にも責任ありますね、

hazard in work placeとかsafety manegementというカテゴリーの話であります。

さて。この当時の文献、いろいろ疑義が残りまして、これでもって人権問題につながるような行動規制を言うには根拠がとぼしすぎます。

そもそも、この事例の当時、地域でもアウトブレイク中。
誰からどうやってうつったのかということの証明は難しい時代(今でも難しいですが)。

登場するのはシンシナティの病院で病棟実習をしにきた若い看護学生(全員女性)35名。
各地からあつまってきました。病棟実習はトータルで6週間。

当時、病棟にいたCRS児は6名。
看護学生の35名中7人が風疹中和抗体陰性(20%)。

実習中に7名中の5名が風疹ウイルスに感染しました(3名が顕性感染、2名は不顕性感染)。

そして、風疹を発症した学生のいたグループとは別のグループの看護学生も感染。
他のCRS児と接触のないグループでも風疹患者が4名発生。

ワクチンが十分普及していない時代に、どこで感染するかわからないほどに流行していると検討が難しいですね。


日本の風疹は1965年前後の沖縄でのアウトブレイクは有名ですが、もっと古い時代の流行を検討している文献も複数あります。

入手するには少し工夫がいりますが、ネットで読めるものを紹介します。
昭和33年(1958年) 「風疹の傳染力に關する研究」 日本伝染病学会雜誌 第32春 第3号
"昭和29年3月 か ら7月 に至る間に埼玉県吉川保健所管内に発生した風疹の流行事例から得た患者は4,091名 "
についての疫学的な検討をおこなった報告です。

冒頭に年次の整理がありました。
1786年 Fritsch 「麻疹と風疹は別」
1829年 Wagner 「風疹と麻疹、猩紅熱は別」
1881年 ロンドンで 風疹は独立した感染症という認識に
1896年 Koplikが麻疹独特のコプリック斑を指摘
1938年 Berkefeld及びSeitzが病原体が濾過性の病原体であると指摘
1941年 Greggが妊婦が風疹になると奇形児の発生頻度があがることを指摘
1942年 Habelが 風疹患者は発疹出現後30 時間迄血液中にウイルスを保有 していることを証明
      発疹がないホストからもウイルスを証明
1951年 Langmuirが「相当の頻度において不顕性感染が存在」することを指摘

WHOによりますと、風疹の不顕性感染は20ー50%と高率ですので(日本だと15-30%と書かれていることが多いです)、そもそも風疹に感染した人たちを隔離したり行動制限をかけることじたい根拠に乏しい。
感染症対策において重視される人権問題コードにひっかかるような記載や発言はもちろん許容されません。

(感受性者がいる職場などに出勤しないで自宅にいてください、という日常生活レベルのアドバイスはあっても、「絶対に外出しないでください」とまではもちろんいわないわけで、マスクをする、混雑の時間帯を避けるなどの日常生活のための助言をしています)

このあたりは、語る人の日常ヘの理解とか、倫理観とか人権センスの問題にもなりますし、そもそも根拠文献を全部読んでのことなのかアブストラクト程度しか読んでないのか(話をすればすぐわかります)でもかわってくるように思います。

お母さんが妊娠中に風疹のウイルスに感染したことに気づかず、赤ちゃんも感染はしたけど、特別な症状が出ないCRI(Conigenital Rubella Infection)の子も尿や咽頭ぬぐい液を細かく調べれば検出はされるわけですが、全員を検査することはそもそも現実的ではないので、スタンダードプリコーション、ウイルスが2回検査で陰性になることを確認というCDCの医療機関レベルでの対策の基準(を日常にあてはめることがそもそも妥当か不明ですが)がわかるまでの接触の際の注意はあるとしても、「外出するな」「他を受診してください」と言われたりするのはひどい話だと思います。
そのような誤解を与えるような情報を流さないこと、表現に十分配慮することも専門家の課題ですね。

まあ、0歳前半の赤ちゃんの尿を調べて(調べられる国だからですが)ウイルスがいることと、そこから誰かに感染するかってことの話の乖離はすぐに気づけると思いますが。

風疹の流行を国や専門家がとめられなかったために犠牲となった人たちが、2013年にもいることに心を痛めつつ、今後できることは、早期診断によって必要なケアにつなげることであります。

昔はどうだったか。

綜合的な教育支援の広場「琉球と風疹の流行」の買い査閲。
"1965年からCRSによる聴覚障害の子どもが多く生まれた。1968年は沖縄小児科専門医会と那覇保健所が九州大学との協力でCRSの発生調査をしたところ、琉球本島と石垣島、西表島で282人の子どもになんらかの聴覚障害があることが判明した。この調査団はさっそく琉球政府に対して「難聴児教育の緊急性」の請願書を出している。
CRSによる聴覚障害が社会問題となったのは、「風疹による聴覚障害児を持つ親の会」の結成である。琉球政府は日本政府に援助を要請し、1969 年より日本と琉球政府による調査・医療・教育対策が開始された。CRSによると思われる心身障害児の実態調査の結果、出生数の2%にあたる408人が聴覚障害と診断された。"

今回の流行のせいで音や光を奪われるお子さんが生まれるのかわかりません。
そのことを心配しつつ、次のシーズン(春夏)に、今回の流行で感染しなかった感受性者にウイルスが広がらないよう、自治体の公費支援情報が対象の人たちに伝わるような広報をして行く必要があります。


海外でのケアやサポートは、国だけでなく民間でも行われています。
"deafblind"(でふぶらいんど)というタームでピア&サポートの活動があります。

英国のSENSE
米国のHelen Keller National Center

イタリア、ポーランド、ルーマニア、ベトナム、ブラジルでの最近の成人の風疹流行についての文献はGoogle翻訳をつかってそれなりに読むことができます。英語文献にはないこともたくさんかいてあり、勉強になります。

Subclinical Maternal Rubella and Congenital Deafness N Engl J Med 1968; 278:809-814April 11, 1968

Subclinical Rubella in Pregnancy The Lancet, Volume 325, Issue 8430, Page 700, 23 March 1985



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