病気は恐い。罹りたくない。なんとか逃げたい。
「死」につながって行くから病気が恐いわけではない。病気自体が、「死」よりも恐ろしいし、逃げたい。理屈になっていないのは、もとより承知。
男性の平均寿命は、78歳程度だそうだ。平均まで行くとしても、そんなには残っていない。まして病気がちだった私が、平均に達しなかったとしても、文句はない。「そりゃあそうだよなあ、あれだけ病気してたんだもの。もともと体質的に弱かったんだよねえ」と、傍の人も思う。私もそのような他人の感想に、特別の異論はない。納得するところありだ。
しかし、病気は厭だ。死よりも恐い。矛盾だね。「死に対する恐怖を、病気に置き換えているんじゃないの。素直じゃないねえ」と、皮肉られるかもしれない。でもこれは、私の実感なんだ。死ぬことより、病気にかかることのほうが恐い。
病気を恐れれば恐れるほど、病気のほうから近寄ってくる。このごろ、そんな気がして仕方がない。
「ピンピンコロリ」を目指し、年に一度は人間ドックに入って、健康管理をしようと思う。しかしその都度、病気が増える。病気とは言わないにしても、管理項目が増えてくる。人間ドックで病気を作っているような次第となる。「ピンピンコロリ」のために、病気を増やしているのではどうにもならない。こんな話ってあるもんか。
病気は通常、病人に苦痛を強いる。その苦痛が堪らない。苦痛は人格すら破壊する。当然、周囲の人たちにも大変なご苦労を願うことになる。それが厭なんだ。
まだ言い足りない。死より病を嫌う説明になっていない。直感的に言っているだけで、論理性がない。だから、説得力もない。
また考えます。