新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

予想通り

2007年04月30日 00時21分04秒 | 身辺雑記

 一昨日から、わが家にはチッチャな怪獣が来ている。パワー全開で動き廻るので、すっかり翻弄され、ブログにまでエネルギーは残っていない。
 明日に備え、体制を整えなければならない。

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ちっちゃな怪獣の襲来

2007年04月27日 20時08分37秒 | 身辺雑記

 明日からゴールデンウイークに入る。
 調査によれば、サラリーマンの休日取得日数は、7.2日だそうだから、平均的には、暦通りの休暇を取得するということのようだ。しかし、業種や階層によってまちまちだ。その時期に焦点を合わせて商戦を繰り広げる商売もあろうし、休日に家庭を訪問しなければならない業種もある。平均7.2日の話を聞いただけで、「結構な世の中」とばかりは言えない。
 ライフラインにかかわる業種では、家庭での取り付け仕事などもあり、休日の来訪を望む人も多い。「主人のいる日に来て下さい」というケースだ。わが家でも、しばしばそのようにしていた。担当する人にしてみれば、せっかく休めるのに迷惑なことだが、「厭なら結構。ほかの会社に頼むわ」と言われれば従わざるをえない。お客様は神様なのだ。
 自由競争社会は、そこから社会全体のメリットを生み出そうとしている。それを嫌ったら、脱落することになってしまう。
 先日のある新聞に、「40代50代の男性ホルモンは、60代の男性ホルモンより弱い」という記事が載っていた。血液検査のデータによる比較だったと記憶している。
 それだけ働かされているという論調だった。今の40代50代が大変な苦労をしていることは事実だ。反論の余地はない。しかしこの傾向、あるいは形態は、今に始まったことではない。昔から、その年代が一番働かされていた。果たして男性ホルモンはどうだったのだろうか。知りたいところである。
 昔と今とで、男性ホルモンの強弱が異なっているのだとしたら、原因はどこにあるのだろうか。
 極く偏った私見は思いついているが、科学的データも論拠もないので、書くわけにはいかない。
 少子化の原因だなどという話になるのだったら、異見がある。

 わが家には、明日から、チッチャな可愛い怪獣(孫です)がやってくる。
 楽しみでもあるし、苦労でもあるし・・・・。

 
 

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天気予報のあたりはずれ

2007年04月25日 13時09分07秒 | 身辺雑記

 朝から雨。少し寒い感じかな。
 この頃、テレビを観ていて、面白いシーンにお目にかかることがある。
 昨夕もそうだった。
 男のニュースキャスターがお天気姐さんに、
「今日、長い傘を持ってきたのに、降って来ないじゃありませんか」と抗議めいた口調で言った。もちろん、「気象情報」に入るためのイントロの「掛け合い」だ。
 にこやかなお天気姐さんの弁。このお姐さんは、気象予報士だ。(白状すると、日本的美人型ではないかもしれないが愛くるしいこのお天気姐さんを、私は好きなんだ。ついでに言えば、孫もこのお姐さんが好き。実は孫の影響で、私も好きになった)
「これから明日にかけて、冷たい雨が降るんです」と言いながら、天気図を使って、雨の降り出しが遅かった理由やら、これからの予報を伝え始めた。
「予報がはずれたわけじゃなく、チョット時間がずれただけよ」と、言いたげだ。
 ニコニコしながら、詫びてはいない。本気になって詫びる人もいるが、このお姐さんは詫びたりしない。ニコニコ顔で押し通す。
「そりゃあそうだ、上空の風の強さや向きが変われば、時間がずれる程度は、しょうがないよ。まして、予報は気象庁がしてるんだもンね。君は関係ないよ」 
 この姐さんの話に、私はすぐに納得。素直なもンだ。
 以前は、「当たるも八卦当たらぬも八卦」が天気予報で、はずれてもみんな文句は言わない。いや、文句は言ったが、
「お天気のことは、はずれてもしょうがない」とすぐに諦めていた。
 しかし今は違ってきた。高い予算を使って気象衛星を上げ、そのデータで予報しているにしては、当たりはずれがあり過ぎではないか、と思い始めている。
「雲の動きを空から見てるくせに、なぜはずれるんだ!」となる。
 天気具合いに関係ない行動の時には、あまり文句は言わない。傘を持って行かなかったら、350円か500円の傘を調達する。もったいないけれど濡れるよりいいか。
 ところが、お天気の善し悪しに影響される行動予定の時は、はずれたら大変だ。昔のように「今日は運が悪かったなあ」では済まなくなる。
「高い金で打ち上げた衛星で見ているくせに!」と怒り心頭。
 気象情報によって営業規模に影響が出る事業の場合は、空振りの補償を求めたくなる。
 短期的な予報が狂うんだから、中期的に当たらないのは当たり前。桜の開花予想は混乱だった。イベント屋さんや弁当屋さんは大変だったろうな。
 会社の花見の幹事さんにとっても、受難の年でしたネ。
 

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正蔵の申告漏れ

2007年04月23日 18時59分27秒 | 身辺雑記

 大看板の「正蔵」を襲名した林家正蔵が、所得隠しをしていたのだそうな。襲名披露の際の「ご祝儀」を、こっそり隠したのだそうだ。申告漏れの総額は、3年間で一億二千万円余というのだから、豪儀なものである。
 「芸」は好きずきだからなんとも云えないが、襲名するために二百ほどの古典落語を習っていたと聞いていた。そんなもので「大看板」を襲名できるなんて、チョット変だねえ。落語好きの私にとっては、大変ショックな話で、しばらくは落語を聞く気持ちが失せてしまった。
 そこへ持ってきて、襲名披露のご祝儀を隠していたと聞かされては、不愉快この上ない。やっぱりあの語り口は、「芸の虫」ではなく、今日的なのかなあ。
 これでは伝統芸能も廃れます。

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写真

2007年04月22日 10時56分30秒 | 写真

Simg_0069  私のカメラ歴は長くない。一眼レフを持って、せいぜい20年だ。
 当時はまだデジタルカメラが十分でなく、銀塩カメラだった。風景写真に熱を入れ、著名なプロ写真家の教室に通ったこともあった。しかし、写真展に出展する自信もなく、地味に独りで楽しんでいた。せいぜい社内報の表紙に使って貰う程度だった。今思うと、それは職権乱用だったかも知れない。
 デジタルカメラを使うようになって、まだ数年程度だ。デジタルカメラは全ての工程が自分の作業となる。それが楽しい。
 銀塩カメラの場合は、撮ってきたら写真屋に現像を発注し、仕上がったフイルムをルーペで見て、再び写真屋に焼き付けを発注する。
 デジタルの場合は、ほとんど全ての工程を自分で行う。撮影から戻ったら、プリントするまでのパソコン作業が待っている。その作業を楽しいと思わなければ、デジタルカメラは辛いだけとなるかも知れない。
 
カメラを楽しむタイプにはいろいろある。グループで撮影に行き、批評会を開いている人たちも多い。写真を楽しみつつも、社交的な行動を楽しんでいる様子なのだ。プロの先生を中心に、ワイワイとはしゃいでいる連中。
 私は単独行動が多かった。自分を偏屈人と思ってはいないが、数人以上が集団になって、三脚を持ち歩いている様子は厭だった。好みが合わないのだから仕方がない。単に景色を楽しんでいるほかの観光の人々にとって、三脚グループは迷惑だろうなと思ってしまう。

 私の撮影ペースが、他の人々と合わないのではないかということも気になった。きっと合わないに違いない。他の人がこだわらないポイントにこだわったり、他の人がこだわっているポイントに淡泊だったり・・・。自分勝手な我が儘行動になってしまったらグループの迷惑になる。別に孤独を好むタイプではないが、写真に関しては、独りが気楽でいい。
 私の撮影フイールドは、奥日光や裏磐梯が主だった。奥日光の場合は、早朝に家を出て午前中だけ楽しみ、昼過ぎには帰途に着くようなペースだった。
 日光に向かう車が延々と渋滞している対向車線を見ながら、私はのんびりと引き上げる。なんともいい気分である。
 裏磐梯の場合は、二泊三日を定常ペースとし、日の出と夕日の撮影を楽しんだ。二日目と三日目の朝は日の出。一日目と二日目の夕方は夕日となる。日中は付近の滝だったり草花だったり・・・。楽しいことこの上ない。
 掲げた写真は、秋元湖の朝焼けである。全天がここまで焼けてくれることは、まったく珍しい。僥倖この上ない。
 この頃は、日光へも裏磐梯へもご無沙汰している。億劫になってきたようだ。加齢現象なのだろう。
 花はいい。高山植物は別として、滝や雲海のように、山を登ったり沢を下ったりしない。特に植物園の花は、車利用だけでこと足りる。
 退化したのだろうが、事実なのだから仕方あるまい。


 


 

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