新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

加齢現象だよ~

2010年02月27日 07時16分36秒 | 身辺雑記

 私はオオイヌノフグリが好きだ。これからの季節、しばらくは追っかけが始まる。

 それでいて、菜の花や桜の開花も、浮き立つ気分で待っている。

 秋になれば、コスモスを追いかける。彼岸花の前も、素通りできない。

 つまり、気が多いのだ。

 花どころか、女性に対しても同じ。あっちもこっちも欲しくなる。

 誰でもいいわけではない。多少は選びたい。

 ところが、いくら力んでみても、花を追いかける気分では、ことが進まない。

 それはそうだ。相手にも選ぶ権利がある。まして私は高齢の上に不細工。

 花の追っかけとは少し違う。いや、大いに異なってくる。考えなくても分かっている。

 女性に認められなければ、話が成り立たない。

 戌年の75歳、いつもここで行き詰まる。

 つまり、カミさんに一途を献げるほか、道を見出すことができないという次第。

 このブログをカミさんが見たら、果たしてどんな結末を招くだろうか。

「加齢現象だよ~」とでも言って、煙幕を張って逃げることにしよう。

 いや、「あなた、どなた様でしたっけ?」と言って、呆けてしまう手もありか。

 現在の日本は、重大な局面にぶち当たっています。

 しかし、政治指導者たちは、党利党略の論議に明け暮れ、与党の民主党ですら、「とにかく、参議院議員選挙に勝とう!」を、当面の重大課題に据えています。

 自民党は、敗北の原因をまだ掴めていない。

 重要な法案が軒並みなのに、寝ているなんて法はない。

 反対なのであれば、街頭に出て訴えるべきなのです。

 テレビと言えば、オリンピックばかりで、ノーテンキを晒している。

 いずれこの国に、手ひどい結果が待ち受けているに違いない。

 考え過ぎでしょうか。 

 外は雨。恒例の外出日です。

 別館として、写真俳句ブログの「ひよどり草紙」を開いてます。

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二・二六事件

2010年02月26日 06時52分44秒 | コラム・エッセー

 今日の2月26日は、二・二六事件があった日だ。 

昭和11年(1934)2月26日の午前5時、陸軍の青年将校たちが決起して、雪の首都中枢部を占拠した。さらには政府要人等を殺害した。謂わばクーデターであった。

 何事も知らされずに命令に従った兵士を含め、1400名余の反乱部隊であった。

 この事件によって、岡田首相、斉藤内大臣、渡辺教育総監など9名が殺され、鈴木侍従長官、高橋大蔵大臣などが負傷させられた。

 青年将校たちには、「昭和維新」の意気込みがあったようだ。

 この事実を知った天皇の怒りは激しかった。

「反乱軍を直ちに鎮圧せよ」との厳命が下された。

 青年将校たちとしては、農山村の貧しい現状に鑑み政治に不満を抱き、さらには軍上層部に対する憤懣もあったようだ。

 天皇の鎮圧命令により、青年将校たちは逆賊とみなされ、29日には鎮圧された。

 その後の裁判によって、反乱将校17名が死刑、5名が無期懲役、6名が禁固15年の刑に処せられた。

 当時初年兵だった五代目柳家小さん師匠は、演習のつもりで反乱軍に入っていたらしい。

 師匠が出かけた先は桜田門の警視庁。様子が変だなあと思いながら、機関銃を構えていたそうだ。

 CDによる「五代目柳家小さん全集」の中に、質問に答える形で、「二・二六」に参加させられた時の模様を語っていた。

 また同じような内容で、文藝春秋の昭和46年9月号に、「二・二六事件と私」という小さん師匠の回顧記が掲載されている。

 実は、昭和7年(1932)5月15日、海軍将校が中心となったクーデターがあり、当時の犬養首相が暗殺される事件があった。これは、「五・一五事件」と言われていた。

 当時、生活が苦しかった庶民の間で不満が鬱積していたため、この事件を支持するような雰囲気があった。

 そのような背景の中、事件首謀者に対する裁判の判決は、かなり軽かったようだ。

 だから二・二六事件が起きたとは言えない。

 しかしこの頃から、日本は危険サイドへ舵を切り始めたのだろうか。

 いつの世でも、庶民の反応は肝要なようだ。

 盧溝橋事件が起きたのは、昭和12年(1937)7月7日であった。

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遠慮がち

2010年02月25日 08時49分12秒 | 写真俳句・エッセー

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 春を待たずに、道や畑の端で、ホトケノザやオオイヌノフグリが咲き始める。

 どちらかと言えば、ひ弱そうに見える花たちだが、実はそんなことはなさそうだ。

 まだ枯れ枯れとしている中で、いち早く咲いてくれる愛おしい花たちだ。

 オオイヌノフグリは、私の好きな花の一つ。あの花弁の色に魅せられてしまう。

 それにしても、「犬のふぐり」とは、如何にも気の毒な名前。

 しかもその上、「大」をかぶせているのだから、命名者の気がしれない。

 明治初期にヨーロッパから渡来し、今では全国に繁茂している。

 今年も早くから咲いてくれていた。

 オオイヌノフグリは、春先こそ遠慮がちに咲くのだが、いずれは大きな群れとなって咲き乱れる。

 地表に小さな宇宙を作り、満天に星をちりばめてくれる。

  いぬふぐりまず手始めの遠慮がち   鵯 一平

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まずは浄土へ

2010年02月24日 07時15分41秒 | コラム・エッセー

 縁あって、わが家の菩提寺は、浄土宗の末寺です。

「縁あって」と言いましたが、カミさんと結婚したことも、その縁の一つです。

 カミさんの父親が、そのお寺を建てたことに遡ります。

 大東亜戦争の末期、東京がアメリカ軍による大空襲に遭いました。民家も工場も、神社もお寺も、みんな焼けてしまいました。

 終戦直後、大工の棟梁であったカミさんの父親が、お寺の再建をしたのだそうです。

 その縁によって、その後墓地を得ることが出来たのですから、ありがたいことだったと思っております。

 浄土宗は承安5年(1175年)、法然上人によって開宗されました。

「往生するためには、阿弥陀様の御名を唱えなさい」

 法然上人は、そのような教えを広げたのだそうです。

 つまり、『南無阿弥陀仏』と唱えれば、極楽浄土へ往生できるのです。

「浄土へ行った後、改めて修行に勤め、成仏すればいいではないか」というのですから、横着者の私にとって、とてもありがたい話ではありませんか。

 しかも、「悪人ほど往生できる」というのですから、なおさら結構な話なのです。

 今さらそのようにけしかけられても、私はこれ以上の悪い男にはなれません。もはやそんな元気はないのです。

 小心翼々として、人に嫌われないように生きております。

 もちろん、毎朝、ご本尊様の御名を、「南無阿弥陀仏」と唱えております。

 しかもその上、「般若心経」を読んでいる次第です。

 極楽浄土へ行った後、さらに自分を高めて、成仏させていただく所存です。

 これとて、ほんの知ったかぶり。真の道は、外にあるのかもしれません。

 今はこの道を進んでいる私です。

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怒らない不思議

2010年02月23日 11時38分09秒 | コラム・エッセー

 昨日、確定申告を済ませた。

 受付が始まったてから、まだ日が浅いのだが、それでも行列ができていた。

 手続きに来ている人は、意外に女性が多い。

 家で準備をしてきた人もいるし、説明を受けながら記入してる人もいる。

 ほとんどの人はパソコンの前に座らされ、オズオズとキーを叩いていた。

 一昨日、長崎県知事選と町田市長選が行われた。

 双方とも、与党推薦の候補が敗北した。

 その選挙結果に関し、鳩山総理は記者の質問に対し、「政治とカネの問題が影響した。真摯に受け止める必要がある」と、答えていた。

 一方の自民党は、党の臨時役員会を開き、「首相の関係者や小沢氏らの証人喚問などに応じない限り、国会審議を拒否する」と決めたのだそうだ。

 過去にも見せられた構図だ。「政治ごっこ」めいている。

 しかし、私は、鳩山総理も小沢幹事長も、国民に説明をしきっていないと思っている。その点から、自民党の姿勢には理解を示したい。

「本当に知らなかったんです」の一点張りで過ごしてきた総理にも、「すべては秘書のしたこと」とうそぶいている幹事長にも、私は納得できていないのだ。

 鳩山総理の問題で言えば、「なぜ母親が総理の資金団体に送金したのか」が、もう一つ得心がいかない。

 国民がら受けている疑惑を晴らさない限り、外国の信頼を受けることだって出来ない。

「trust me」と言われても、私は信じない。

「みなさんは信じられないでしょうが、本当なのです」と百万遍答えても、私は納得する気にはなれない。

 不正な裏金をもらうのも大罪だが、「脱税」のほうが国民の心理に及ぼす影響は大きい。

 国は税金で運営されている。徴税のトップは総理大臣なのだ。トップ本人が税を免れていては、善意の納税者が浮かばれない。

 ナケナシの財布をはたいて納税している身として、「知らなかった」で済ますことだできない。

 政治的な状勢もあるから、直ぐに辞任しろとは言わない。しかし、「知らなかった」というセリフは置くとして、「なぜ、どんな仕組みで、月に1500万円の資金が、母親から息子に渡ったのか」を、しっかり知りたい。

「法廷の問題となっているので、現段階では明らかにできない」と言うのなら、もはや総理の資格はない。議員も辞任してもらうしかない。

 三大義務の一つである「納税義務」を、鳩山由紀夫氏は果たしていなかったのだ。

 徴税側のトップとして、責めを負うのは当然だ。

 小泉内閣の時、年金を支払っていなかったことで、閣僚たちが辞任したことがあった。今回の問題は、それをはるかに大きく越えているではないか。

 国民が怒らないのが、私には不思議で仕方がない。

「こだわりを捨てなさい」とは、般若心経の教えらしい。

 でも私には、このこだわりを捨てられない。凡人には無理なのだ。

 納税者のモラルも、徴税側のモラルにも悪影響を及ぼすことになるではないか。

 決して、感情的に言っているわけではない。 

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