新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

神の留守

2010年11月30日 06時59分29秒 | 写真俳句・エッセー

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 陰暦の十月、神々は出雲大社に集まるのだそうだ。

 どのような論議がなされるのか、知り合いに神様がいないので、私には見当がつかない。

 八百万の神が出雲に集まれば、それぞれの地方では神様がいなくなる。

 人によっては、とても不安に陥入るかもしれない。みんなの重石になってくれていた神様がいなくなるのだ。少し心配になって当然だ。

 一方、「シメシメ」と思うムキがあったもおかしくない。重石が除かれればやりたい三昧。

 今日は陰暦の十月二十五日。神様も帰り支度を始める頃だ。

 あと僅かで神様が戻ってきなさるよォ。さァ大変だァ~、その前に……。

    神の留守少女になぜか耳飾り   鵯 一平

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自棄になってはいけません

2010年11月28日 07時48分30秒 | 身辺雑記

 鳩山前首相との会談で、菅首相の強気発言が出たようです。

「たとえ支持率が1%になっても辞めない!」

 気概を述べたにしても、ひどすぎる発言ですね。

 支持率が1%とは、ほとんどの国民にソッポを向かれたということです。

 それでも辞めないとは、まるで民主主義を否定。

 重大な決意を披瀝するに値する政策が、今の民主党にあるのでしょうか。

 あっ、そうか、つまり「政権交代」の実を上げるということなのでしょうね。つまり、マニフエストの実現を目指すと言いたいのでしょう。

 しかし、それらの多くは、実現が不可能に近い。「普天間の移転」、「コンクリートから人へ」など、政権の表看板が破れてしまったのです。その上、「尖閣問題」の処理の拙さがありました。

 だから支持率が下がったのでしょう。強行突破する正当性は失われています。

 今日から米韓の合同演習が、黄海で展開されます。何事も起こらないことを、切に望んでおります。

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女性には敵わない

2010年11月26日 18時48分52秒 | 身辺雑記

 今日、外出のついでに、耳鼻科へ行った。

 かなり混み合っていた。風邪気味の人が多いらしい。

 待合室はマンパイの状況だった。

 二歳くらいの男の子と若いママさんが来ていた。男の子は活発だ。じっとしていない。

 待っている人たちの足元にも寄ってくる。追いかけるママさんは大忙し。

 そんなとき、女性たちは実に頼りになる。

「ボク、元気ねェ」と男の子に声をかけたり、「どこが悪いの?」とママさんに声をかけている。

 男の子は、ますます活発になる。外へ走り出ようとしたりする。

 そのような場合でも、女性たちが子供を抑えてくれる。

 男性も幾人かいた。しかし、ひと言も言葉を発しない。各々が、新聞を見たり、本を広げたり。私もその中の一人だ。

 やがて、その母子が診察室に入った。みんなホッとした様子。

 すぐに女性たちの会話が始まった。男の子に声をかけていた雰囲気のまま、新しい話題に入った。

「どなたかの付き添いでいらっしゃったのですか?」

「いいえ、私、耳が痛かったものですから……」などと、会話が進んでいく。

 男性はダメだ。今までの姿勢を崩さない。崩せないのだ。男と女の違いを、今日も実感させられた。 

 社会性という一般論で言うとき、女性よりも男性のほうが有りそうに見えるが、男は社交的ではない。自分の殻の中に閉じこもっている。

 それでいて、周囲の事柄に興味がないわけではない。絶えず見ている。無関心を粧いながら、しっかり見ているのが男性だ。

 この世の中に、女性が存在してくれてよかった。今日もまた実感させられた。

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矜恃と気概

2010年11月25日 07時26分53秒 | 写真俳句・エッセー

 北朝鮮が、またやらかしました。

 報道で知るかぎり、ひどい話だと思います。

 国連の安保理に提訴するそうですが、きっとラチが明かないでしょうね。

 中国が反対するに違いないからです。

 かかる事件や軍事行動について、北朝鮮は必ず、「南朝鮮の謀略」と主張します。あるいは、「先制攻撃は南朝鮮」と嘯きます。

 中国はそれを信じなくても、信じたフリをし、制裁には慎重姿勢をとります。

 中国は「拒否権」を有しているので、国連としての制裁はできないかもしれません。

 日本国憲法は、その前文において、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」と掲げ、「平和憲法」を制定しました。

 北朝鮮は果たして「信頼」できる國でしょうか。中国は「公正」な國でしょうか。 

 仮に日本が攻撃されたら、自衛隊は反撃するでしょうか。同盟国のアメリカが、一緒に戦ってくれるでしょうか。

 菅内閣が即断できるでしょうか。

 国民が、誇りある行動をとるでしょうか。

 私はひどい覚束なさを感じています。

 今の日本にとって必要なことは、「日本国の矜恃」であり、「国民の気概」です。

 その点、菅内閣では無理です。

 国家とは如何なるものであるべきか?

 その論点をまったく欠いているからです。菅直人氏から、国家観を聞いたことがありません。ことが起きると、目が泳いでしまいます。

「不幸最少内閣」なんて、こんなミミッチイ小市民感覚では、誇りある日本を造れません。

   

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言葉の軽さは心の問題

2010年11月23日 08時12分57秒 | コラム・エッセー

 柳田法務大臣が辞任した。

 軽い言葉が追及された。単なる軽口として見過ごすことはできなかった。紛れもなく国会軽視の発言だった。人間性の問題でもある。

 菅総理としては、苦々しく思ったことだろう。任命責任が問われて当然だろう。今後における国会論議で、追及されるに違いない。

 ほかの閣僚の言葉にも、幾度かの論議があった。野党が追及できなかっただけだ。

 菅総理には、施政方針演説に関し、『大風呂敷を広げる』があった。

「できないかもしれないけれど、いろいろやりたいと思って……」

 なんぞとグダグダ言いながら、なんとか逃げ切ってしまった。

 言葉の持つ真意は、『大言壮語する』とか、『法螺を吹く』といった意味合いの言葉だ。施政方針演説が、大言壮語や大法螺であっては困るのだ。

 仙谷官房長官には、『柳腰外交』や、自衛隊に対する『暴力装置』発言があった。

 いずれも大問題なのだが、特に『暴力装置』には驚いた。『暴力』とは、『乱暴な力、無法な力』なのだ。我が国の自衛隊の武力に対し、『乱暴で無法な力』という表現は、言い間違いという弁明で済ませられる事柄ではない。

 ところが、野党は強い追及をしていない。国際的にも大きな影響が出る。これぞ「罷免」に値する発言であったと思う。

 仙谷由人なる政治家が、如何なる政治信条の持ち主であるか、自ずから出てしまった言葉だった。

 彼は自衛隊を、「憲法違反」と断じたのだ。これを許していいはずはない。単に、「自衛隊員へのお詫び」で済む話ではない。

 自民党をはじめ野党の奮起を促したい!

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