hiyamizu's blog

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藤沢周平『橋ものがたり』を読む

2015年11月29日 | 読書2

 

藤沢周平著『橋ものがたり』(新潮文庫1983年4月25日新潮社発行)を読んだ。

 

橋にまつわる切ない江戸町人の恋愛模様、10編からなる短編集。

 

五年振りの男女の待ち合わせの場所が"萬年橋"(「約束」)、縁談が決まった女が偶然遭った殺人者への恋を自覚する場所が"思案橋"(「小ぬか雨」)、男が方向錯誤に陥るのが"両国橋"(「思い違い」)、永遠の人と二度目の連れ歩きをする場所が"永代橋"(「赤い夕日」)、少年に大人の心が芽生える場所が"小さな橋"(「小さな橋で」)。

 

「約束」
幸助は昨日で錺師の年季奉公が明け、実家に戻って来た。幼なじみのお蝶と5年ぶりに萬年橋で再会する約束をしていた。3つ下のお蝶はもう18の大人になっているはずだ。5年前、奉公先にお蝶が訪ねてきて、料理屋へ奉公に出ることになった、「もう、幸助さんには会えないわね」と告げた。そのとき、幸助から今日に逢瀬を約束したのだ。

お蝶は時刻を過ぎてもなかなか来なかった。幸助もこの5年の間にいろいろあったし、お蝶もそうなのだろうと思う。お蝶はこうなってはもう会いに行けないと思う。そして明日からは、萬年橋であたしを待つ人はいない。灰色の暮らしの中で一点の光は消えてしまった。

結局、お蝶は来ないのだろうか。長い長い別れの旅は終わるのだろうか。

 

 

「小ぬか雨」
一人暮らしで親爺橋近くで履き物の店を営む独り身のおすみのところに、「すみません、お嬢さん。声をたてないでください」と見知らぬ男が「追われてるんです。すぐに出ますから」と入ってくる。おすみの近くの男たちは口が汚いし、許婚の勝蔵は職人で野卑で、この男のようにきちんとした若者は知らない。男が去って、おすみは思う。まもなく下駄職人の女房になり、子を産むだろう。それが自分に相応の運命で、格別そのことに不満を持ったことはない。

しかし、逃げ切れず再び入ってきた男・新七は人を殺して逃げてきたのだった。・・・二人が思案橋にたどり着いたときに・・・。

 

 

「思い違い」
指物師の店で働く23歳の源作は、勤め先への行き帰りの両国橋ですれ違う女性・おゆうの顔を見られただけで幸せを感じていた。源作は女達が自分を見るとき二の足を踏むような表情をみせるほどの醜男だったが、親方に認められた腕の持ち主で、親方の放蕩娘・おきくの婿に望まれていた。そんなとき、源作は男たちにからまれるおゆうをみかけて、日頃の臆病を忘れておもわず助ける。川向うに家があって、朝、通い勤めで橋を渡ってくるのだろうと思っていたおゆうは・・・。

 

 

「赤い夕日」
夫・新太郎に女がいるらしいと手代の七蔵に囁かれた呉服屋の嫁であるおもんは、夫は子供が欲しいのかしらと思う。七蔵が金をごまかしていたとして店をやめさせられ、夫の女のことを嗅ぎ回っていたからではと思ってしまう。背中におぶさって見た赤い夕日の幼いときの記憶があるおもんの育ての父親、大好きな斧次郎が危篤だという知らせがやってきて、けして渡ることがなかった永代橋を渡って斧次郎の住む家に行くと、そこには・・・。

 

 

「小さな橋で」

まだ遊びたい盛りの広次は、父親が出て行ってしまい、母親が夕方から働いているので、姉・おりょうの勤めが終わる頃に迎えに行かなくてはならない。姉は米屋の手代重吉と“できて”しまったからなのだ。しかし、姉は重吉と駆け落ちしてしまう。

 

 

「氷雨降る」
女房のおまさと共に、長年働きに働いてきた吉兵衛は、商いは順調だったが、50を過ぎ空しさが募るようになった。商売を任せた息子・豊之助は抜け目なく、父親を相手にしなくなり、ねちねちと奉公人を叱りつける。女房は太り、厚化粧して芝居見物。

毎夜、飲みに出かけるようになった吉兵衛は大川橋で思い詰めたような表情の若い女を見かけ話しかけたが、欄干をつかんで離さない。泣きつかれて、行きつけの店に女を預ける。美しい女はおひさという名前以外、何も事情を話さない。目つきの良くない3人組が店にやってきて・・・。

 

 

「殺すな」
船宿の船頭をしている吉蔵は船宿のおかみのお峯に誘われて駆け落ちした。世間から隠れて楽しく暮らしていたが、徐々にお峯が退屈で落ち着かなくなる。お峯は駆け落ちを後悔し、家に戻りたがっているんじゃないだろうかと、吉蔵は疑心暗鬼に…。二人の隣に筆を作っている喘息持ちの浪人・小谷善左ェ衛門が住んでいた。過去を悔やむ左ェ衛門が永代橋で吉蔵に言う。「いとしかったら、殺してはならん」

 

 

「まぼろしの橋」
おこうは小さいころに美濃屋の主人和平に拾われ呉服屋の娘として育てられ18歳になった。兄としてきた跡取りの23歳の信次郎の嫁になり、幸せな暮らしを送るようになる。そんなとき、おこうの実の父親と知り合いだったという男が尋ねてくる。

 

 

「吹く風は秋」
いかさまをして江戸を離れていた博奕打ちの弥平は猿江橋を渡って6、7年ぶりに江戸に戻ってきた。その日に女郎屋の前で夕日を眺めている23、4の女郎・おさよに出会い、一晩を過ごす。吉蔵は賭場の親分に詫びを入れ、ツボ振りをして、期待以上の腕を見せて30両を得る。おさよをうけ出そうと一生懸命金をかせいているという亭主を探し出すが、・・・

 

 

「川霧」 
蒔絵師の新蔵は早朝の永代橋で倒れた女・おさとを助け、一時自分の家で休ませてやった。おさとは半月ほどして礼にやっていきた。新蔵の質問に、「あたしはそんなふうに気にかけてもらうほどの女じゃない」、仲町の花菱の飲み屋の酌取りだと言う。新蔵はおさとを探し出し、一緒に暮らすようになるが、3年ほど経ったある日おさとは居なくなる。

 

初出:昭和55年4月単行本刊行

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

謎を秘めたミステリアスな美人が男に苦労をかけられながら、けなげに生きている。心やさしい男が、見返り目当てではなく、助けようとする。基本的筋立ては同様な作品が多いが、それだけに逆に安心して登場人物にどっぷり感情移入して楽しめる。

 

井上ひさしの「解説」によれば、藤沢周平の小説は、

第一に『一茶』『檻車墨河(かいしゃぼくが)を渡る』のような史伝もの

第二に『暗殺の年輪』のようなお家騒動もの

第三に『鱗雲』のような下級武士の恋を描いた青春もの

第四に職人人情もの

そして第五が、この本のような市井(しせい)人情ものに分類できるという。植草甚一は「雨の静かに降る日は、藤沢周平の職人人情もの、市井人情ものが一番ぴったりだ」と言ったという。

 

 

「小さな橋で」の最後が微笑ましい。

 男と女が“できる”ということがどうゆうことなのか分からなかった子どもの広次が原っぱで一人泣いていると、遊び仲間のおよしが来て、一緒に泣いてくれて、手を握り合った。もう少しそのままでいたいと思う一方では、心が落ち着きなく弾むようだった。

突然に、広次は理解した。

――おれ、およしとできた

 

 

藤沢周平の略歴と既読本リスト

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