岡田判事の訴追 つぶやく自由はどこに (2021年6月24日 中日新聞))

2021-06-25 13:37:04 | 桜ヶ丘9条の会

岡口判事の訴追 つぶやく自由はどこに

2021年6月24日 中日新聞
 「不適切な投稿」で仙台高裁の岡口基一判事が訴追され、今後は国会の弾劾裁判で罷免の可否が判断される。根底に裁判官にも「つぶやく自由」はあるかという論点を含み、慎重な議論が必要だ。
 裁判官にも一般市民の自由があることは自明の理である。政治的中立性や一定の自制が問われることはあるにせよ、国民の一人として政治や社会問題について自己の意見を持ち、見解を表明する自由はあるはずである。
 岡口氏はツイッターやフェイスブックに投稿する希有(けう)な裁判官だ。キリスト教会の家に生まれ、「人は皆平等」と教えられ、育ったことと関係するかもしれない。シングルマザーや性的少数者、知的障害者などに関する投稿が散見される。冤罪(えんざい)の話題もある。
 顔が見えない日本の裁判官とはどこか違い、数多くの投稿にはファンが付き、評判が良かった。
 だが苦情や抗議もあった。犬の所有権をめぐる訴訟や殺人事件に関する投稿では、当事者や遺族らから「傷ついた」「侮辱された」などの声が上がった。
 短い文言の意味より、公開された判決文へとアクセスできるようにした性質の投稿だが、東京高裁は厳重注意をした。さらに分限裁判にかけられ、最高裁は「国民の信頼を損ねる言動」として戒告の処分にした。今回は国会の裁判官訴追委員会での訴追である。
 いずれも遺族らの気持ちを重んじた判断であることは十分に理解する。だが、職務外の表現行為を問題にする以上は、許容されぬ根拠や限度が示されないといけない。どんな基準でどんな制約を受けるか論じられないと、表現の自由は限りなく萎縮してゆく。
 国会の裁判官弾劾裁判では「威信を著しく失う非行」にあたるかが判断される。罷免で法曹資格も失う。過去の罷免は少女買春やストーカー行為などのケースだ。
 投稿自体は犯罪には当たらない。内容が不適切ならば民事訴訟による解決で十分ではないか。訴追はやりすぎだという声が早くも識者から上がっている。
 岡口氏は昨年に廃案になった検察庁法改正案にも反対だった。もし政権や裁判所にとって「目障りな存在」という理由が背景にあるなら、個人への迫害に近い。岡口氏の訴追という事実だけで、もはや日本の裁判官には「つぶやく自由」はないに等しい。

 


接種「努力義務」なのに ワクチン、打たない自由を考える (2021年6月22日 中日新聞))

2021-06-22 11:59:16 | 桜ヶ丘9条の会

接種「努力義務」なのに ワクチン、打たない自由を考える

2021年6月22日 
 
    •  新型コロナウイルスのワクチン接種が本格化しているが、強制ではないことは忘れられがちだ。接種のメリット・デメリットは十分周知されているか、打たない選択をしても差別や偏見にさらされないか−。「打たない自由」を考える。 (石井紀代美、佐藤直子)

    副反応紹介に猛バッシング

     「アメ横や日本橋に出かけると、一日歩き回って夜まで家に帰ってこないぐらい元気な人だったのに…」。信州大特任教授で、若者マーケティングの第一人者、原田曜平さん(44)は声を落とす。
     やや糖尿の傾向はあったものの、ぴんぴんとしていた父親(83)に異変が起きたのは五月十日だった。新型コロナワクチンを接種し、帰宅後に体調が悪化。その後、高熱が出続けた。
     母親が東京都の副反応相談センターに電話すると「熱が出ることはよくある」と言われた。しかし、接種三日後、熱が約四〇度まで上がり、原田さんも自宅へ駆けつけた。
     父親は布団にうつぶせになり、意識は朦朧(もうろう)としていた。着替えのためシャツを脱がせると、体中に発疹があり、なぜか右のわきの下が、ぼっこりはれ上がっていた。父親は救急車で病院へ運ばれ、集中治療室(ICU)に入った。全身に赤い斑点が出て「一時は赤鬼のような状態だった」。
     「ワクチンが原因の可能性が高いと考えます」。医師の診断書にはそう書かれていた。このまま進行した場合、敗血症や多臓器不全となり「致死率が20〜30%に至ります」とも。
     父親は現在も入院したままだが、熱は下がり、命に別条はないという。ただ、以前のように体は動かず「よちよち歩きで、階段は五段上るのがやっと」。今後、自立した生活は困難とみられ、看護師の助言で要介護認定の審査を受けた。
     こうした一連の経緯から、ワクチンの副反応に関する情報が少なすぎると感じた原田さんは、ツイッターやユーチューブなどで父親について発信した。だが、「持病が悪化しただけ」「接種の不安をあおるな」などと猛烈なバッシングを浴びた。「私は反ワクチン派でも何でもない。目の前の事実を伝え、一つの判断材料にしてもらおうと思っただけなのに」と原田さん。
     一方、重篤化する父親を間近で見ていた母親は、意外にも、迷わず接種を選んだという。原田さんは「ちょっと様子を見よう」と声をかけたが、最終的には「孫を抱っこしたいし、変異株もこわい」という母親の意思を尊重した。
     「ワクチンを打つも打たないも個人の選択。『副反応がこわいから打たない』という人がいてもいい。打たない人が、生きづらくなる社会にしてはいけないと思う」
     父親の一件を受け、原田さんは国の情報公開に不信感を抱くようにもなった。厚生労働省が副反応事例をまとめた報告症例一覧に、いまだ父親のケースが記載されていないからだ。
     厚労省医薬安全対策課の担当者は「医療機関から報告があれば記載されるはずだ。患者が退院後に送ってくることもあるし、副反応ではないと判断されれば、そもそも報告が来ない」と説明するが、原田さんは「ワクチンへの社会不安が高まれば、接種が思うように進んでいかないと思っているのかもしれないが、それは逆効果。包み隠さずすべての情報を出した方が社会不安は抑えられる」と訴える。

    同調圧力 米では解雇も

     ワクチンを打たない選択をした人をめぐる状況は厳しい。日弁連は五月中旬、コロナワクチンに関する「人権・差別問題ホットライン」を実施したところ、二日間で二百八件の相談があった。多くは先に接種が始まった医療従事者や介護施設職員、看護学生、医学生、高齢者たちからだった。
     内容は▽ワクチン接種をしないと実習を受けさせない。単位を与えられないと言われた(看護学生)▽ワクチン接種をせずにいたら医学部の寮の担当教授から呼び出され、自主退寮を勧められた(医学部生)▽ワクチンを『受ける』か『受けない』かにチェックする表が職場に張り出されている(医療関係者)▽病院から、ワクチンを打ってコロナにかかった場合は七割の給与を補償するが、受けずにかかった場合は自己責任と言われた(看護師)▽職場で自分だけが接種していない。上司に『コロナにかかったらあなたのせい』などと言われた(介護施設職員)−などだ。
     実際に相談を受けた日弁連人権擁護委員会委員長の川上詩朗弁護士は「予想以上に多かった。接種はだれのためにあるのか。まずは自分の身を守るためにあるはずだが、『他人に感染させないために打て』という同調圧力が働いている」とみる。
     世界的にもワクチン接種歴を身分証のように使う考え方が広がっている。欧州連合(EU)は加盟国間の移動について空港などで接種を終えたことを証明するワクチンパスポートを提示する仕組みを導入しようとしている。国内でも出入国手続きをスムーズにするため、羽田空港でワクチン接種歴をスマートフォンで確認する実証実験が始まった。ワクチンパスポートの導入も検討が進む。
     米国では南部テキサス州を拠点とする病院グループ「ヒューストン・メソジスト」が、新型コロナウイルスワクチンの接種を完了していない職員百七十八人を停職処分にしたと明らかにした。停職二週間以内に接種しなければ解雇するという。従業員ら百人余りが病院側の義務付けは不当だとして訴訟を提起したが、連邦判事は訴えを退けた。
     ワクチンを打たない人の解雇事件が今後、日本でも起きうるのか。労働事件に詳しい戸舘圭之(とだてよしゆき)弁護士は「日米を単純には比べられないが、少なくとも日本の法律で新型コロナワクチン接種は強制でなく努力義務。接種は本人の同意に基づくので、接種しない自由はある」とする。
     雇用側が接種を義務付けたり、接種しないことを理由に解雇や配置転換などをすれば違法とされ、損害賠償責任が生じる可能性があるという。「打つのも打たないのも、どちらを選んでも配慮や支援があることが大事。リスクと効果をてんびんにかけた上で一定数の人は接種しない選択をすることを前提に考えておく必要がある」
     ただ、現場の医師にとっては「打たない自由」は難しい問題だ。ワクチン接種の合間に取材に応じた福島県立医大災害医療支援講座助教の原田文植医師は「医師の立場から言えば接種に協力してほしいと思う。アレルギーがあるなど接種しない方がいい人はいて、その場合は主治医が一筆書いて接種を見合わせるのがベターなやり方だろう」と語る。
     ワクチンの感染抑制効果は世界各国の実例から明らか。打たない選択の尊重の一方、非科学的・陰謀論的な反ワクチン論が広がることも避けねばならない。「政府は、因果関係が分からなくても接種後の副反応や死亡例の詳細などを隠さずにむしろきちんと公表していくべきだ。その方が結果的に接種に対する人々の信頼が高まっていく。隠せば陰謀論を助長しかねない」 

     

     新型コロナウイルスのワクチン接種が本格化しているが、強制ではないことは忘れられがちだ。接種のメリット・デメリットは十分周知されているか、打たない選択をしても差別や偏見にさらされないか−。「打たない自由」を考える。 (石井紀代美、佐藤直子)

副反応紹介に猛バッシング

 「アメ横や日本橋に出かけると、一日歩き回って夜まで家に帰ってこないぐらい元気な人だったのに…」。信州大特任教授で、若者マーケティングの第一人者、原田曜平さん(44)は声を落とす。
 やや糖尿の傾向はあったものの、ぴんぴんとしていた父親(83)に異変が起きたのは五月十日だった。新型コロナワクチンを接種し、帰宅後に体調が悪化。その後、高熱が出続けた。
 母親が東京都の副反応相談センターに電話すると「熱が出ることはよくある」と言われた。しかし、接種三日後、熱が約四〇度まで上がり、原田さんも自宅へ駆けつけた。
 父親は布団にうつぶせになり、意識は朦朧(もうろう)としていた。着替えのためシャツを脱がせると、体中に発疹があり、なぜか右のわきの下が、ぼっこりはれ上がっていた。父親は救急車で病院へ運ばれ、集中治療室(ICU)に入った。全身に赤い斑点が出て「一時は赤鬼のような状態だった」。
 「ワクチンが原因の可能性が高いと考えます」。医師の診断書にはそう書かれていた。このまま進行した場合、敗血症や多臓器不全となり「致死率が20〜30%に至ります」とも。
 父親は現在も入院したままだが、熱は下がり、命に別条はないという。ただ、以前のように体は動かず「よちよち歩きで、階段は五段上るのがやっと」。今後、自立した生活は困難とみられ、看護師の助言で要介護認定の審査を受けた。
 こうした一連の経緯から、ワクチンの副反応に関する情報が少なすぎると感じた原田さんは、ツイッターやユーチューブなどで父親について発信した。だが、「持病が悪化しただけ」「接種の不安をあおるな」などと猛烈なバッシングを浴びた。「私は反ワクチン派でも何でもない。目の前の事実を伝え、一つの判断材料にしてもらおうと思っただけなのに」と原田さん。
 一方、重篤化する父親を間近で見ていた母親は、意外にも、迷わず接種を選んだという。原田さんは「ちょっと様子を見よう」と声をかけたが、最終的には「孫を抱っこしたいし、変異株もこわい」という母親の意思を尊重した。
 「ワクチンを打つも打たないも個人の選択。『副反応がこわいから打たない』という人がいてもいい。打たない人が、生きづらくなる社会にしてはいけないと思う」
 父親の一件を受け、原田さんは国の情報公開に不信感を抱くようにもなった。厚生労働省が副反応事例をまとめた報告症例一覧に、いまだ父親のケースが記載されていないからだ。
 厚労省医薬安全対策課の担当者は「医療機関から報告があれば記載されるはずだ。患者が退院後に送ってくることもあるし、副反応ではないと判断されれば、そもそも報告が来ない」と説明するが、原田さんは「ワクチンへの社会不安が高まれば、接種が思うように進んでいかないと思っているのかもしれないが、それは逆効果。包み隠さずすべての情報を出した方が社会不安は抑えられる」と訴える。

同調圧力 米では解雇も

 ワクチンを打たない選択をした人をめぐる状況は厳しい。日弁連は五月中旬、コロナワクチンに関する「人権・差別問題ホットライン」を実施したところ、二日間で二百八件の相談があった。多くは先に接種が始まった医療従事者や介護施設職員、看護学生、医学生、高齢者たちからだった。
 内容は▽ワクチン接種をしないと実習を受けさせない。単位を与えられないと言われた(看護学生)▽ワクチン接種をせずにいたら医学部の寮の担当教授から呼び出され、自主退寮を勧められた(医学部生)▽ワクチンを『受ける』か『受けない』かにチェックする表が職場に張り出されている(医療関係者)▽病院から、ワクチンを打ってコロナにかかった場合は七割の給与を補償するが、受けずにかかった場合は自己責任と言われた(看護師)▽職場で自分だけが接種していない。上司に『コロナにかかったらあなたのせい』などと言われた(介護施設職員)−などだ。
 実際に相談を受けた日弁連人権擁護委員会委員長の川上詩朗弁護士は「予想以上に多かった。接種はだれのためにあるのか。まずは自分の身を守るためにあるはずだが、『他人に感染させないために打て』という同調圧力が働いている」とみる。
 世界的にもワクチン接種歴を身分証のように使う考え方が広がっている。欧州連合(EU)は加盟国間の移動について空港などで接種を終えたことを証明するワクチンパスポートを提示する仕組みを導入しようとしている。国内でも出入国手続きをスムーズにするため、羽田空港でワクチン接種歴をスマートフォンで確認する実証実験が始まった。ワクチンパスポートの導入も検討が進む。
 米国では南部テキサス州を拠点とする病院グループ「ヒューストン・メソジスト」が、新型コロナウイルスワクチンの接種を完了していない職員百七十八人を停職処分にしたと明らかにした。停職二週間以内に接種しなければ解雇するという。従業員ら百人余りが病院側の義務付けは不当だとして訴訟を提起したが、連邦判事は訴えを退けた。
 ワクチンを打たない人の解雇事件が今後、日本でも起きうるのか。労働事件に詳しい戸舘圭之(とだてよしゆき)弁護士は「日米を単純には比べられないが、少なくとも日本の法律で新型コロナワクチン接種は強制でなく努力義務。接種は本人の同意に基づくので、接種しない自由はある」とする。
 雇用側が接種を義務付けたり、接種しないことを理由に解雇や配置転換などをすれば違法とされ、損害賠償責任が生じる可能性があるという。「打つのも打たないのも、どちらを選んでも配慮や支援があることが大事。リスクと効果をてんびんにかけた上で一定数の人は接種しない選択をすることを前提に考えておく必要がある」
 ただ、現場の医師にとっては「打たない自由」は難しい問題だ。ワクチン接種の合間に取材に応じた福島県立医大災害医療支援講座助教の原田文植医師は「医師の立場から言えば接種に協力してほしいと思う。アレルギーがあるなど接種しない方がいい人はいて、その場合は主治医が一筆書いて接種を見合わせるのがベターなやり方だろう」と語る。
 ワクチンの感染抑制効果は世界各国の実例から明らか。打たない選択の尊重の一方、非科学的・陰謀論的な反ワクチン論が広がることも避けねばならない。「政府は、因果関係が分からなくても接種後の副反応や死亡例の詳細などを隠さずにむしろきちんと公表していくべきだ。その方が結果的に接種に対する人々の信頼が高まっていく。隠せば陰謀論を助長しかねない」 

 


バラ色❓ いばら❓ 「週休3日」 街ゆく会社員たちの反応は (2021年6月18日 中日新聞))

2021-06-20 09:38:01 | 桜ヶ丘9条の会

バラ色?いばら?「週休3日」 街ゆく会社員たちの反応は

2021年6月18日  中日新聞
 
 希望者は週三日の休日が得られる「選択的週休三日制」が、月内にもまとまる政府の「骨太の方針」に盛り込まれる。育児・介護との両立や兼業、スキルアップなどを後押しする狙いがあり、多様な働き方の推進につながるとの見方がある一方、給与は減る可能性が高い。コロナ禍に伴い、人件費削減の口実にされる懸念も残る。街の人たちはどう考えているのか聞いてみた。(大平樹、中山岳)
 ビジネスマンらが行き交う東京都港区のJR品川駅前。ランチを終えて職場に戻る途中だった商社勤務の男性(34)は「給与が多少減っても休みを増やしたい」。春に第一子の長女が生まれた時、職場に気兼ねして育休を取らなかったため、子育てに時間をかけたいとの思いがある。
 妻も正社員として働き、育休が終わればフルタイムで職場復帰する。「自分は残業が当たり前になっていて、妻に負担をかけていると感じる。子育ての負担は、できるだけ平等にしたい。お互い週休三日になれば、子どもと向き合う時間が持てる」と期待した。
 外回り中という医療機器メーカーの女性会社員(28)は「今もそんなにもらってないのに、給料が減ったら住んでいるマンションを引っ越さないといけない。休みが多いと友達と会う機会が増え、出費もかさむかもしれない」と否定的な見方を示す。一方で「いつまでも安泰の企業なんてない。会社がなくなっても路頭に迷わないよう、週休三日にして資格でも取ろうかな」と前向きに捉えた。
 JR新橋駅前にいた会社員山本和輝さん(52)は「選択肢があるのは良いこと。母親の体調が悪くなったら考えたい」と話した。関西の実家で八十近い母親が一人で暮らす。介護が必要になれば、仕事との両立に不安がある。
 一人息子が大学を卒業し、子育ては一段落した。老後の資金は十分とはいえないものの、給与が減ってもやっていけそうだという。ただ、「余裕がないと選べない。若者に限らず、中年でも生活が厳しい人は多い。先に賃金の底上げがないと広がらないんじゃないか」と指摘した。
 子育て中の女性は、どう見るのか。東京都中央区月島で長女(2つ)と散歩をしていた主婦(39)は「夫が週休三日になっても私の負担は変わらないと思う」とこぼす。育児と家事に協力的な同い年の夫は、細かいところが抜けている。「初めから自分でやった方が早い時もある。会社に行っている間は夫の世話をせずに済むし、休まず働いて稼いでくれる方がいい」と苦笑いした。
 長男(1つ)を連れて公園を訪れていた育休中の女性会社員(33)は、秋に職場復帰を控えている。「子どもが小さいうちは休みがほしい。でも、仕事に早く慣れたいし、給与も減らしたくない。週休三日を選ぶかどうかは悩ましい」
 制度が定着して週休三日が当たり前になれば、人の流れが変わる可能性もある。品川駅前で居酒屋「三平」を経営する大嶋利一さん(50)は「客の波を読んで、従業員のやりくりをするのが難しくなりそうだ」と漏らした。

制度設立へ政府の議論加速

 選択的週休三日制は、政府の経済政策の方針を議論する経済財政諮問会議で四月、経団連の中西宏明会長(当時)ら民間議員が提言した。菅義偉首相は「新たな職場に移るスキルを身に付けるチャンスを拡大する」と後押しを表明。自民党の一億総活躍推進本部(本部長・猪口邦子参院議員)も同月に提言を出し、制度設立に向けて議論が加速した。
 今月九日の経済財政諮問会議に示された「骨太の方針」原案には、「選択的週休三日制度について、育児・介護・ボランティアや、兼業での活用などが考えられる。企業の導入を促し、普及を図る」と盛り込まれた。原案をとりまとめ、月内にも政府が閣議決定する流れになる。
 既に導入している企業も少なくない。衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング(山口市)は二〇一五年十月から、転勤がない社員を対象に週休三日を認めた。選んだ社員には、勤務日の労働時間を増やすことで週休二日の時と同額の給与を支給する。社員の間では「仕事をこなしながら、母の通院のサポートなどができて助かる」「夫婦でバランス良く家事と育児を分担できるようになった」などと好評という。
 みずほフィナンシャルグループ(FG)傘下のみずほ銀行などでは昨年十二月から、希望する社員が週休三〜四日を取っている。広報室によると、給与は勤務日数を基に計算するため、下がる。担当者は「私生活と仕事のバランスを取りやすくなるのがプラス面」と話す。
 かつては週休一日で、土曜も午前中だけ仕事の「半ドン」と呼ばれる勤務をするのが一般的だった。過労死を招くような長時間労働が問題になり、一九八〇年代後半から週休二日が普及。働き方改革が叫ばれる近年、週休三日を望む人が増えるのは自然な流れとも考えられる。
 その半面、制度の悪用を懸念する声も上がる。日本総合研究所の山田久・主席研究員は「従業員が選択できるのが大前提なのに、人件費カットを狙って、週休三日を社員に無理強いする企業も出かねない」と危ぶむ
 実際、昨年から続くコロナ禍で多くの企業で業績が悪化している。東京商工リサーチの調査では、今年一〜三月に早期・希望退職を募集した上場企業は四十一社あり、合計人数は九千五百五人で前年同期の二倍を超えた。
 厚生労働省によると、コロナ禍を原因とする解雇や雇い止めは今月四日時点で、見込みを含めて約十万六千人に上る。山田さんは「政府は望ましいケースを具体的に定めたガイドラインを作り、労使の合意で運用されるようにするべきだ」と唱える。
 立命館大の筒井淳也教授(計量社会学)は「週休三日制を企業が悪用しないよう、罰則を設けて監視することが求められる」と述べ、さらに「今のまま週休三日制を普及させようとしても、余裕がある一部の大企業が取り入れるだけで、導入できない中小企業との間で待遇の格差が広がりかねない」と指摘する。
 筒井さんは、週休三日制を議論する前に「いまだに体を壊すほどの長時間労働を強いている企業も残っている。こうした企業を減らす施策が不可欠」とし、こう続けた。「失業手当の増額や再就職支援を強めることで、劣悪な環境の企業で働く人が辞めやすくなる仕組みも必要。安心して働ける社会の実現に向けて、政府はもっと知恵を絞ってほしい」

専門家提言「骨抜き」 五輪、G7サミットで開催公約 (2021年6月19日 中日新聞)

2021-06-19 09:40:50 | 桜ヶ丘9条の会

専門家提言「骨抜き」 五輪、G7サミットで開催公約

2021年6月19日 
 
 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長ら専門家有志が東京五輪・パラリンピックの無観客開催を「望ましい」とする提言を政府、大会組織委員会に提出した。コロナに打ち勝つ「世界団結の象徴」(先進七カ国首脳会議=G7サミット=声明)として観客を入れた開催にこだわる菅政権は、専門家の動きに神経をとがらせ、組織委とも足並みをそろえて「骨抜き」を図った。コロナ禍での開催に危機感を募らせる専門家と、政府のせめぎ合いの舞台裏を探った。

▽政府側の圧力

 「科学的な考えを述べるのは専門家の責務。それをしないのは責任放棄だ」。尾身氏は六月初旬に大会開催について独自の提言をまとめることを表明。十八日の記者会見では、提言作成の過程では「五輪開催の有無を含め検討してほしいという文言があった」ことも明らかにした。
 ただ公表のタイミングはずれ込んだ。その間に菅義偉首相はG7で支持を取り付け、開催は事実上の「国際公約」に。菅首相が観客を入れる方針を示した翌日となった提言提出に「遅いのではないかというご意見は分かります」と苦渋の表情だった。
 ある専門家は「分科会で提言を出させないような圧力が政府側からあった」と不満を漏らす。専門家側の動きは封じられた。関係者によると、政府側が受け取りやすいように水面下で表現を和らげる作業が繰り返されたが、思惑の異なる両者の溝は埋まらなかった。「案はできているが、国が受け取りから逃げ回っている」。イベントの観客制限を議論する十六日の分科会で提出する動きもあったが、立ち消えになった。

▽いら立つ首相

 「五輪と関係ない尾身会長がなんでそんなことをするんだ」。菅首相は尾身氏らの動きにいら立ちをあらわにした。官邸筋は、秋に見込まれる衆院選をにらみ「政治決戦を制するため、五輪成功は欠かせない要素だ」と、観客を入れての開催にこだわる姿勢を強調。専門家の提言が世論を刺激しないか、警戒感を強めた。首相は提言前日の十七日に「機先を制して」(政府筋)観客を入れた形で開催する方針を示し、既成事実化した。
 政府高官は「無観客がリスクが低いことぐらい、素人でも分かる」と冷ややか。官邸幹部は提言について「あくまで参考。観客の有無や、人数自体を左右することはない」と言い切った。

▽想定の範囲内

 組織委も周到だった。提言を受け取った直後に始まった組織委の会議後に公表した資料には、提言に対する見解をまとめた「対照表」を準備。「プロ野球やJリーグで千五百試合以上、クラスター(感染者集団)発生の事例はない」など項目ごとに対応策を明示し、根拠となる専門家の分析、論文も列挙した。
 専門家提言の「無観客の推奨」は想定の範囲内で、開催可否に関する言及がないことが漏れ伝わり始めると、組織委幹部は「専門家に言いたいだけ言わせて、やれることはやる。そうすれば尾身さんも格好がつくだろう」と余裕をのぞかせた。
 観客上限は二十一日にも開催される政府、東京都、国際オリンピック委員会(IOC)などとの五者協議で正式決定する。専門家の警鐘は響きそうもない。専門家の一人は「提言を採用しないなら(主催者側が)どう責任を取るかの問題だ」と突き放した。
 提言に名を連ねた専門家有志は次の通り。
 阿南英明(神奈川県)、今村顕史(東京都立駒込病院)、太田圭洋(日本医療法人協会)、大曲貴夫(国立国際医療研究センター)、小坂健(東北大)、岡部信彦(川崎市健康安全研究所)、押谷仁(東北大)、尾身茂(地域医療機能推進機構)、釜萢敏(日本医師会)、河岡義裕(東京大医科学研究所)、川名明彦(防衛医大)、鈴木基(国立感染症研究所)、清古愛弓(全国保健所長会)、高山義浩(沖縄県立中部病院)、舘田一博(東邦大)、谷口清州(国立病院機構三重病院)、朝野和典(大阪健康安全基盤研究所)、中沢よう子(全国衛生部長会)、中島一敏(大東文化大)、西浦博(京都大)、長谷川秀樹(国立感染症研究所)、古瀬祐気(京都大)、前田秀雄(東京都北区保健所)、吉田正樹(東京慈恵会医大)、脇田隆字(国立感染症研究所)、和田耕治(国際医療福祉大)

 


中日春秋 (2021年6月18日 中日新聞))

2021-06-18 09:42:39 | 桜ヶ丘9条の会

中日春秋

2021年6月18日 中日新聞
 そのまま訳せば「ロシア人」である。英ロック歌手スティングさんの『ラシアンズ』が米ヒットチャートの上位に入ったのは一九八〇年代、冷戦の終盤であった。曲は、核武装してにらみ合う米ソに融和を訴えていた。今聞けば、歌詞の表現に少々びっくりする
▼<イデオロギーは別として/同じ生体組織を持つ僕らなんだ/僕は心の底から願う/ロシア人も子供を愛していることを>。同じ人間じゃないか、子供を愛さないのか。そんな問い掛けが成り立ったのは、彼らはまったく異質かもしれないという思いや疑問が、西側社会の片隅にあったからだろう
▼永遠に分かり合えないのではないかという空気はたしかにあったようにも思う。東と西が絶望的に遠かったあの時代以来、現代の米ロ関係は「最悪」の状況ともいう。そのなかで開催された米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領の会談である
▼大きな具体的成果があったようにはみえない。ただ、今も核大国である両国の首脳が核軍縮などで話し合うことで一致した
▼プーチン氏は主要国の会議から排除され、トランプ前米大統領は核軍縮に後ろ向きの姿勢をみせた。その後、最悪に向かった流れが変わったなら歓迎だ
▼同じ生体組織ではないか、などと言わなければならなかったあの時代の空気。吸っていた首脳たちが、戻ってはいけないと知っているはずだ。