防衛費補正予算 膨張に歯止めをかけねば (2021年11月29日 

2021-11-29 11:26:59 | 桜ヶ丘9条の会

防衛費補正予算 膨張に歯止めかけねば

2021年11月29日 中日新聞
 政府が二十六日に閣議決定した二〇二一年度補正予算案で、防衛費は七千七百三十八億円と過去最大となった。補正としては異例の規模だ。第二次安倍内閣以降、増額が続く防衛費を、補正でさらに積み増せば、膨張に歯止めがかけられなくなる。再考を求めたい。
 補正予算案には、通常当初予算に盛り込む主要装備品の新規購入が計上された。哨戒機や輸送機、ミサイル、機雷・魚雷の取得などで計二千八百十八億円に上る。
 防衛省は中国や北朝鮮の軍備増強を踏まえ、南西諸島防衛やミサイル対処能力の強化を急ぐ必要があると説明する。
 しかし財政法は補正予算について、当初予算編成後に生じた理由で「特に緊要となった経費」などに限ると規定する。中朝の軍備増強は最近、突然始まったことではない。補正予算による主要装備品購入がなぜ緊要か、防衛省は合理的な説明ができるのだろうか。
 補正予算と、過去最大を更新した当初予算と合わせた二一年度防衛費の総額は六兆一千百六十億円。国内総生産(GDP)比約1・09%に当たり、歴代内閣が目安としてきた1%を超える。
 防衛政策は、安全保障環境の変化に応じて柔軟に対応する必要があるとしても、防衛費の急拡大は日本に軍事大国化の意思ありとの誤解を周辺国に与え、逆に軍拡競争を加速する「安全保障のジレンマ」に陥りかねない。
 防衛費増額の背景に、同盟国に軍事費をGDP比2%以上に増額するよう求める米国への過剰な配慮があるのなら見過ごせない。
 政府は、二一年度補正予算と二二年度当初予算を一体の「防衛力強化加速パッケージ」と位置付ける。補正予算による主要装備品の新規購入は、二二年度概算要求に盛り込んだ調達計画を前倒ししたものでもある。
 当初予算案なら通常、衆参両院で約二カ月間審議されるが、補正予算案の場合、衆参合わせても数日間にすぎない。本来、時間をかけて慎重に審議すべき防衛装備の調達案件を、審議時間が限られる補正予算案に計上する手法自体が適切とは、とても言えない。
 主要装備品の新規購入を二一年度補正で先取りしたのなら、二二年度当初予算案から大幅に減額しなければつじつまが合わない。厳しい財政状況の下、防衛費の歯止めなき膨張は許されない。
 

 


中日春秋 (2021年11月27日 中日新聞)

2021-11-27 13:59:25 | 桜ヶ丘9条の会

中日春秋

2021年11月27日 中日新聞
 直径十キロという巨大な岩の塊が火の玉になって落ちると、熱と衝撃の波が地球に広がる。恐竜絶滅の原因ともいわれる六千五百万年前の小惑星衝突の脅威を映画『アルマゲドン』は描いて始まる。「同じことが、必ずもう一度起こる…問題はいつ起こるかだ」。不気味な言葉も添えられていた
▼実際には、これほどの小惑星が衝突する恐れは極めて小さいそうだ。ただ、八年前にロシアに落ちて大きな被害を出した隕石(いんせき)は十数メートルであった。まだ見つかっていない小さな小惑星も多いという
「いつか」に備える意義は大きいようで、米航空宇宙局(NASA)などが、将来の地球衝突を防ぐための取り組みを始めた。無人の探査機が先日、無事に打ち上げられた
▼映画では、ブルース・ウィリスさん演じる石油採掘のプロが、迫る小惑星を爆破する任務を託される。「地球の人口は六十億。なぜ俺に」と言いながら、宇宙での決死の作戦に向かった
▼打ち上げられた探査機は来年秋、小惑星の衛星に猛スピードでぶつかっていくそうだ。人類のための犠牲も少々連想させるこの体当たりで、衛星に生じる変化などを見る。軌道をずらす技術を開発するのに役立てるという
▼宇宙をめぐっては、このところ大国の競争や軍拡の場としてのニュースが目立っている。「いつか」が訪れれば、それは人類が結束する機会になるのかもしれない。
 

 


内田博文 国立ハンセン廟資料館長 (2021年10月29日 木 中日新聞)

2021-11-25 23:14:17 | 桜ヶ丘9条の会

内田博文 国立ハンセン病資料館館長

2021年10月29日 中日新聞
差別の歴史認め 再発防ぐ施策を
 ハンセン病患者や家族への人権侵害を国が検証し、再発防止策をまとめたはずなのに、新型コロナウイルスの登場によってこの国で再び感染症患者らへの差別が起きている。コロナ禍の七月に国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)の館長に就任した内田博文九州大名誉教授(75)は、「教訓が生かされていない」と危機感を強める。 (石原真樹)
 -資料館はどういう場所ですか。
 誤った国の強制隔離政策によって、ハンセン病患者や家族は深刻な人生被害を受けました。一方で当事者は被害を受けるだけでなく、人間回復を目指して勇敢に闘い、今も闘い続けている。そういったハンセン病問題の歴史や教訓を現在、そして次の世代にバトンタッチする場です。
 たとえば「結婚、断種、中絶」という展示。入所者は子どもを持つことは許されず、断種(強制不妊)手術が結婚の条件でした。ある女性入所者は赤ちゃんも持てないというのは疑似夫婦だ、と私に話しました。他方で、心から支え合った夫婦もいます。
 岡山県の療養所「長島愛生園」にあった療養所内で唯一の高校「県立邑久(おく)高校新良田(にいらだ)教室」を紹介する展示。療養所の子が授業を受けられるようになったことは進歩ですが、管理する側に都合の良い入所者に育てる教育でした。ここから患者運動のリーダーになる方もいて意義は大きかったですが、良かったね、だけではない。今の展示はそういった複雑さを伝え切れていない部分があります。
 療養所はどういうところかと入所者に尋ねると、半数は地獄、半数は天国、と言います。療養所に入る前に家族がその人を守り、社会の偏見から守られた患者にとって、家族との関係が絶たれる療養所はつらい。他方で、家族が守ることができず社会の差別偏見に直接さらされた患者は、療養所は天国のようだ、となる。それぞれの話す意味を理解するには、背景を考えないと駄目なのです。
 -「国立」資料館の意義は。
 近代国家の役割は人々の暮らしと権利を守ることですが、逆のことを行うことがあり得る。その場合に自ら過ちを認め、繰り返さないための施策を講じることで国民の信頼を得る、それが近代国家です。ところが日本はなかなか過ちを認めず、再発防止の取り組みも弱い。例えば熊本県で一九五〇年代に起きた「菊池事件」。ハンセン病患者とされた男性が、裁判所ではなく療養所内に設けた特別法廷で、まともな審理を受けられないまま死刑判決、執行となった。
 熊本地裁は昨年二月、隔離された法廷での審理は「人格権を侵害し、患者であることを理由とした不合理な差別」として憲法違反との判断を示しました。ところが、男性の名誉回復に不可欠な再審の必要性は認めず、検察も後ろ向き。国が、被害の回復をしようとしないのです。
 国の役割に、被害を回復し、検証し、再発防止することを盛り込む必要があります。「国立」の資料館が国の過ちを展示できるのかと疑問を持たれることがありますが、国立の施設として「昔こんな過ちをした」と伝えることは、国が国として正しく機能を果たすために必要なことです。
 -新型コロナウイルスで差別が起きています。
 差別の理由は感染したくない、避けたいという人間の自然な動機。つまり誰でも加害者になり得る。そして集団意識が形成され、個人の判断よりも、なんとなく流されてしまう。防ぐには個人が個人で判断することと、集団に対して啓発の取り組みが必要です。
 差別は加害者が多数派なので、被害者が訴えても多数派が「それは違う」といったら終わり。被害を客観的に判断するために、道徳ではなく、何が差別なのかを定めた法律が必要です。
 らい予防法は違憲だとの判断を示した二〇〇一年熊本地裁判決を受けて「ハンセン病問題に関する検証会議」がまとめた最終報告書に、再発防止への提言として患者の権利の法制化などが盛り込まれています。
 「感染症患者の人権を保障し感染の拡大を防ぐ唯一の方法は、患者に最良の治療を行うことであって、隔離や排除ではないとの認識を普及させること」であり、やむを得ず強制隔離が必要な場合も患者の人権の制限は必要最小限にしなさい、と。提言には被害者を救済する人権擁護の仕組みの整備などもありますが、実現していません。
 -専門は刑法です。
 巨悪をなんとかしたいと思って京都大で刑法を専攻しました。大学院に進み、指導教官が忙しかったため、立命館大の佐伯千仭(ちひろ)先生に学ぶことに。戦前に京都帝国大に国家が介入した滝川事件で、学問の自由を守ろうと抵抗して辞職した先生です。弁護士としても冤罪(えんざい)事件などに熱心に取り組まれていました。
 いつも語っていたのは、歴史に学ばなければ駄目だということ。人間はいっぱい過ちを犯してきた。過ちを二度と犯さないために、教訓を学ばなければならない。それも座学だけでなく、具体的な事件に生かさないと本当に生かしたことにならないのだと。
 -ハンセン病問題と関わり続ける理由は。
 法学界、法曹界の責任です。人権を守ることが責務なのに、一貫して傍観という態度をとった。加害者だった。これ以上傍観し続けることは許されない。
 ハンセン病問題は国や社会、一人一人を映し出すきわめて精巧な鏡。自分自身の生き方やあり方を示してくれる。中でも法律の研究者にとって、日本国憲法を映し出す鏡です。ハンセン病の当事者たちのように日本国憲法の埒外(らちがい)の人がいるのではないか、と。憲法はあるけれど、機能しているのか。そういう問いかけを絶えずしてくれます。
 戦後に憲法ができて社会は良くなったと思う方が多いですが、本当にそうでしょうか。国と市民が一体となってハンセン病患者を療養所に隔離した「無らい県運動」は、戦後に強化されました。
 入所者の断種や堕胎は戦前も行われていましたが法的には禁止されており、戦後に優生保護法で合法になった。神奈川県の障害者施設「津久井やまゆり園」事件が起きたように、優生思想は今、むしろ拡大傾向にあると思います。
 戦前は検察官や警察官には、家宅捜索や勾留を行う「強制処分権」を認めない建前でした。拷問などの恐れがあるからです。一九四一年の改正治安維持法等は検察官に強制処分権を与え、戦後は廃止どころか、令状主義と引き換えに警察官にもこれを認めました。現憲法下も、治安維持法は引き継がれているのです。
 小林多喜二を死亡させたような露骨な拷問はなくても、志布志事件での自白の強要など、精神的拷問といえる事案は起きています。戦前や戦中の出来事を検証し、過ちがあれば被害者にきちんと手当てし、再発防止策を講じることは戦後世代の責任です。
 今、十分果たしているかどうか。加えてハンセン病問題では加害者の側面があり、今も差別が続いている。その事実を頭に置き、一人一人が考え行動することが必要です。

 うちだ・ひろふみ 1946年、大阪府生まれ。京都大大学院法学研究科修士課程修了。88年九州大法学部教授、2000年法学部長。10年に退官し、名誉教授。専門は刑事法学(人権)、近代刑法史研究。
 らい予防法廃止(1996年)直後に学生と国立ハンセン病療養所菊池恵楓園を訪問したことなどを機にハンセン病問題と関わり、2001年に原告側が勝訴した「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」で弁護団の顧問、厚生労働省第三者機関「ハンセン病問題に関する検証会議」で副座長を務めた。今年7月から現職。主な著書に「ハンセン病検証会議の記録」(明石書店)、「治安維持法の教訓」「医事法と患者・医療従事者の権利」(ともにみすず書房)。

あなたに伝えたい

 国立の施設として「昔こんな過ちをした」と伝えることは、国が国として正しく機能を果たすために必要なことです。

インタビューを終えて

 らい予防法を憲法違反だと訴えた国家賠償訴訟は、判例に照らせば「勝てるわけがない」裁判だったという。社会の関心も支持もなかった。そのような中で弁護団の顧問として共に闘った歴史と、「ハンセン病に学ばせてもらっている」との姿勢が、内田先生への当事者の厚い信頼につながっていると感じる。
 元患者たちが高齢化し、当事者なきあとに歴史を修正させないために、よりどころとなる資料館の存在意義は大きい。新型コロナで、ハンセン病の教訓が生かされていない実態も浮き彫りになり、これまで以上に発信、啓発が求められる。館長としての手腕に期待しつつ、自分も何ができるか考え続けたい。
 

 


消費こくと産油国、深まる溝 (2021年11月25日 中日新聞)

2021-11-25 12:06:01 | 桜ヶ丘9条の会

消費国と産油国、深まる溝

2021年11月25日 中日新聞
 日本や米国など六カ国が、原油価格の高騰を抑えるため石油備蓄を協調放出することになった。背景には新型コロナウイルス禍からの回復に伴う需要増を巡る、石油の消費国と産油国の思惑の不一致がある。史上初の価格調整のための協調放出を主導した米バイデン政権だが、効果は疑問視されるほか、産油国との対立が一層深まる懸念もある。 (ワシントン・吉田通夫、金杉貴雄)

■直撃

 
 「米国民が高いガソリン価格に直面している主な原因は、産油国と石油元売り企業が需要に見合うだけの供給を迅速に増やしていないからだ」。バイデン大統領は二十三日の演説で、経済活動再開で燃料需要が急増しているにもかかわらず、生産量を増やさない産油国への不満を隠さなかった。

 二十二日の全米レギュラーガソリンの週間平均価格は一ガロン当たり約三・四ドル(一リットル当たり約百三円)。二〇一四年九月以来七年二カ月ぶりの高水準で、一年前から上昇を続けている。米国では、ガソリンなどの交通費は住宅費に次ぐ二番目の支出項目で、国民の生活を直撃。政権の支持率下落にもつながっている。
 このためバイデン政権は、三カ月以上前から石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟国の産油国でつくる「OPECプラス」に増産を求めてきた。しかし産油国側は、新型コロナの再拡大で再び需要が落ち込む可能性を懸念。アラブ首長国連邦(UAE)のマズルーイ・エネルギー相は米テレビで、来年一〜三月には石油が余るとの予想があるとして「私たちを信頼することを勧める」と、増産に難色を示している。

■圧力

 焦る米政権が業を煮やして打った強硬策が今回の備蓄放出だ。同じくエネルギー価格高騰を心配する同盟国の日本や韓国、英国に同調を呼び掛けた上、インドや中国といった主要消費国も巻き込んだ。
 米国は備蓄放出を、一一年にリビア内戦で石油生産が滞った際など生産体制に問題が起きた場合に限定してきた。日本も東日本大震災直後などに限っており、価格調整のための協調放出は史上初。原油価格への影響力強化を目指して拡大した「生産国カルテル」とも言えるOPECプラスに対し、「消費国カルテル」をつくることで産油国に圧力をかけた形だ。
 だが、米ブルームバーグ通信によると、OPECプラス側は反発して減産など対抗措置を検討するといい、むしろ亀裂が深まり譲歩を引き出せなくなる恐れもある。

■矛盾

 石油消費拡大を促す今回の対応は、米国内の保守派から気候変動対策と矛盾しているとの批判があるが、再生可能エネルギーを増やすには時間がかかるのも事実。「物価高への一番の対策は米国自身の石油増産だ」との皮肉も聞かれる。
 バイデン氏も二十三日、「われわれの行動は一晩で問題を解決しない」と矛盾を認めつつ「時間がかかるが、やがて価格が下がるのを見るはずだ」と国民に忍耐を求めざるを得なかった。
 放出量も米国分五千万バレルを中心に計六千五百万〜七千万バレルで、世界一日の消費量の半分強にすぎないとされ、価格抑制への効果を疑問視する声が出ている。

異例の協調 世界消費0・7日分

 
 ガソリンなどの高騰に歯止めをかけるため、政府が初めて各国と協調して石油の国家備蓄を放出します。どんな効果を狙っているのでしょうか。 (岸本拓也、妹尾聡太)
 Q 石油の備蓄とは。
 A 資源の乏しい日本は石油を輸入に頼っています。中東をはじめ産油国の政情不安で輸入が途絶えた時に備え、国と民間企業で分担して原油と石油製品を備蓄しています。法律は国に国内需要の九十日分、民間は七十日分の備蓄を義務付け、九月末時点で国が百四十五日分、民間が九十日分を保有しています。
 Q これまでに備蓄を放出したことは。
 A 二〇一一年の東日本大震災の際など、緊急時の供給不足に対応する形で民間分を放出しています。国家備蓄も油種を入れ替えるため年数回売却していますが、国際協調で売却することは初めてです。法律上、原油の値下げを目的に備蓄を売却することはできないため、政府は表向きには「油種入れ替えの一環」と説明。ただ、「(原油価格引き下げを狙う)国際協調のために売却時期を前倒しした」と、異例の対応であることを認めています。
 Q 放出方法と効果は。
 A 年内にも石油元売り会社など向けに入札を行い、数日分の数十万キロリットルを売却する予定です。世の中に供給される石油が増えることで、原油高に歯止めをかける効果が見込まれます。原油はガソリンや灯油のほか、化学品や繊維などの原料でもあり、生活に身近なプラスチック製品や衣料品の値上げを抑え、市民生活の負担増をやわらげる可能性も期待されます。
 Q うまくいきますか。
 A SMBC日興証券によると、米国や日本が協調して放出する石油は約七千万バレル。世界の消費量の〇・七日分にとどまる見込みで、市場では「原油価格を大きく押し下げる効果は期待できない」(エコノミスト)との見方が出ています。
 

 


日大の背任事件 理事長の沈黙許されぬ (2021年11月23日 中日新聞)

2021-11-23 21:59:42 | 桜ヶ丘9条の会

日大の背任事件 理事長の沈黙許されぬ

2021年11月23日 中日新聞
 日本大学=写真=の元理事らが、大学の資産を流出させたとして東京地検に背任罪で起訴された。しかし、田中英寿理事長は沈黙を続けたままだ。私学といえども、大学は公共性の高い機関である。説明責任を果たすべきだ。
 事件では元理事の井ノ口忠男被告や医療法人「錦秀会」前理事長の籔本雅巳被告らが、日大の付属病院の建て替えや医療機器納入をめぐり、大学の子会社を使い、計四億二千万円の資産を流出させ、一部を私物化したとされる。
 籔本被告は井ノ口被告を通じ、田中氏に数千万円を謝礼として渡したと供述。田中氏は授受を否定しているが、検察は所得税法違反の疑いも視野に捜査している。
 田中氏は日大相撲部出身で、アマチュア横綱にも三回輝いた。二〇〇八年に理事長に就任後、今回問題となった子会社を設立。井ノ口被告に運営を任せてきた。
 井ノ口被告は一八年、コーチを務めていたアメリカンフットボール部での悪質タックル事件で、一度は理事を引責辞任したが、田中氏の判断で一年二カ月後に復帰。籔本被告も大相撲の日大出身力士の後援会長を務めるなど、「田中ファミリー」の一員だった。
 理解しがたいのは親密な元理事らが起訴され、自らへの謝礼疑惑が浮上しているにもかかわらず、田中氏が公の場での説明を一切避けている点だ。理事会や評議会のメンバーも田中氏の絶大な権力を恐れてか、口を閉ざしている。
 アメフト部事件でも、調査した第三者委員会が「組織統治の機能不全」を指摘し、田中氏に説明を求めたが、同氏は無視した。
 日大では一九六八年に二十億円に上る使途不明金が発覚し、学生たちが追及。大学側は一度は経営の全面公開や理事の総退陣を約束したが、後に覆し、改革は頓挫したという歴史的経緯もある。
 ゆがんだ経営がいつまでも放置されてよいはずがない。日大は国から年九十億円の私学助成金を受け、税法上の優遇措置も受けている。経営の透明化は当然だ。
 田中氏の沈黙は許されない。不健全な経営を長く放置してきた文部科学省も、監督責任を問われなければならない。