私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

キューバでの社会主義の再定義(2)

2015-10-30 10:48:57 | 日記・エッセイ・コラム
 ギャリー・リーチ(Garry Leech)の『Redefining Socialism in Cuba』の内容の要約の続きです。
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 具体例の一つ。国営レストランから解雇された5人の労働者は協同組合を作り国有の場所を借りて私営のレストラント商売を始め、成功を収めた。大多数の米国人の目には、これは公共部門の縮小、資本主義経済への移行と映るであろうが、一方では、このシフトは実際には社会主義の強化と解釈できる。職場で働く人々の発言権が国営の店の場合よりも遥かに強化されるからである。こうした小規模私企業の数の増加がキューバの社会主義実践の再定義を意味するのは、それが、労働者を国家社会主義の階層的構造から解放し、彼らが自らのボスになる機会を与えるからである。キューバ政府は各個人に一つの場所での店舗経営を許すだけで、チェーン・ストアの展開は許していないから、大資本の連鎖店舗による独占傾向の恐れはなく、大部分の商業活動は地域の生活共同体に根ざしている。
 キューバの賃金事情も米国のメディアが歪曲的に報道する事柄の一つだ。国家が支払う月給の平均は25USドルと言われている。その通りだが、報道は事情の全体像を滅多に伝えないから、キューバの一般市民は厳しい貧困生活を強いられているものと米国では信じられている。勿論、この60年間、一貫して行してカストロ政権の転覆を試みてきた米国の影響下で、キューバ市民の生活状況は困難の連続であった。しかし、彼らはいろいろな形の生活補助を享受している。教育費と医療費は原則としてゼロであるし、80%以上の市民は自宅を保有していて、家賃も住宅ローンも払う必要がない。電気料金は政府の補助のおかげで、月に約1ドル。食料も配給カード制度が必要最低限を保証してくれる、店頭の食料価格も政府の補助が徹底していて、例えば、卵は一個5円、パンは一斤10円~20円、トマトは500グラム50円、ジャガイモ500グラム5円、大きなアボカド一個25円、などなど。交通費について言えば、ハバナの市バスは何処へでも5円で行ける。1日100円の暮らしは勿論楽ではないが、人間としての尊厳を失う恐れはない。ホームレスは事実上皆無。
 キューバの医療制度と教育制度については贅言の必要はないだろう。WHO(世界保健機関)の2010年の統計によれば、146カ国中、人口千人当たりの医師数の順位は、キューバ第2位(6.723人)、米国第51位(2.422人)、日本第55位(2.297人)となっている。ベレン地区でも、家庭医、専門医、救急施設へのアクセスは極めて良好である。
 この五十数年間にキューバで行われてきた社会主義の再定義のプロセスの成果は、外貨獲得を目指したハバナの著名観光スポットの変貌ではなく、外人観光客が滅多に足を踏み入れないベレン地区のごく普通のキューバ人たちの生活状況の変化に目を凝らすことによって看取することができる。ギャリー・リーチの文章はその実情と歴史的意義の優れた報告になっている。
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以上で、ギャリー・リーチ(Garry Leech)の『Redefining Socialism in Cuba』の内容の要約を終わりますが、私(藤永茂)としては、それに加えて、このキューバにおける社会主義実践のパターンの方向性とオジャランの目指すクルド人社会の草の根的生活共同自治体の連邦化の方向性との間に、明らかな一致があることを指摘したいと考えます。
 キューバの場合は、いま現在も続行されている米国の経済制裁をはねのけて、農民革命的な革命の初心を貫き続けてきたカストロ兄弟を核とする革命指導者たちの、いわば上からの懸命な創造的発想と指導によって、社会主義の再定義が行われているわけですが、クルド人の場合には、少なくとも現状としては、カストロ兄弟に当たる擬独裁者的人物がいませんから、自治生活共同体の連邦形成は、下からの力によって成し遂げられなければなりません。その実現がほとんど絶望的に困難であることは、現在のトルコの政情を見るだけでも明らかですが、キューバの社会主義施政の実質的変貌は、クルド人のロジャバ革命にとって、メキシコのサパティスタ運動の存在よりも、より大きな励ましとなり得るのではありますまいか。

藤永茂 (2015年10月30日)

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