「暴雪圏」佐々木譲 新潮社 2009年 (初出は小説新潮2008年1月号~2009年1月号)
北海道を舞台にした作品を次々と量産してくれる佐々木譲。川久保巡査部長シリーズの第2作目は大雪&嵐のホワイトアウトに入った北海道の町を描くミステリ。前作「制服捜査」は読んだような読んでいないような記憶が曖昧なのだが(よくあること)、どうやら「制服捜査」とは独立した長篇らしいので読んでみた。
物語はパラレルに進む。舞台は帯広の郊外の町。季節は3月のお彼岸。爆弾低気圧が道東を襲う。車を走らせても視界はほとんどなく、停電の恐れも出てきた。そんな中川久保が扱うのは変死体。雪に埋もれていたのが外に出てきたらしい。身元から判明する意外な事実・・・ 出会い系で知り合った男との交際を終わらせたくて男を殺そうとする女が一人。会社にこき使われるのに疲れ、会社の金を持ち逃げしようとする男が一人。暴力団組長が襲名披露のため家を空けている隙に、組長の自宅から金を強奪しようとする二人の男。母親の再婚相手からレイプされ家出をしようとする18歳の女の子が一人。
昼頃から始まって翌朝の7時には終わる物語。登場人物たちがある一つの場所に引き寄せられて来る。それは惨劇のはじまりなのか、ハッピー・エンドへの序曲なのか。
いやいや。こりゃ面白い。全く無関係に見える事件、人物たちが繋がる。そのまとめ方がなんとエレガントなこと。ラストまで全く飽きることなく読ませてくれた。佐々木譲に北海道を書かせておけば
安心して読むことが出来る。
最近はテッパンとか言うらしいが、何を書かせても何を読んでも間違いない、しかも違うテーマの作品でもと訊かれたら、佐々木譲の名前を挙げたい。世代的に近い逢坂剛や大沢在昌、志水辰夫らは好きな作家であるが、ここ数年で出た本全て好きであるとは言えない。比較するのも何だか変な話ではあるが。まあしかし佐々木譲に警察を書かせておけば
安心して読むことが出来る。
ちょっとした文章にも佐々木の意思、考えを感じる。
なぜ?
川久保は佐野美幸の背を見つめながら思った。
非行少年にはたまに、大人とのコミュニケーションをかたくなに拒む者がいないわけではない。大人への深い不信か嫌悪から、意味のある会話自体を避けるのだ。
少年係の捜査員から聞いた話がある。最近の非行少年たちは、警察官が危険行為や非行をとがめると、こう答えるというのだ。
あ、ぼくはいいですから。
注意への反発なら、警察官も言葉の接ぎ穂を探すことができる。次に取るべき対応を用意している。しかしこの手の答には、会話を絶対に成立させまいという意思しか感じ取ることができないという。少年係の捜査員たちは、このような言葉を吐く少年にこそ、性根を叩き直してやりたいという衝動を強く感じるのだとか(154頁おより引用)
川久保は佐野美幸の背を見つめながら思った。
非行少年にはたまに、大人とのコミュニケーションをかたくなに拒む者がいないわけではない。大人への深い不信か嫌悪から、意味のある会話自体を避けるのだ。
少年係の捜査員から聞いた話がある。最近の非行少年たちは、警察官が危険行為や非行をとがめると、こう答えるというのだ。
あ、ぼくはいいですから。
注意への反発なら、警察官も言葉の接ぎ穂を探すことができる。次に取るべき対応を用意している。しかしこの手の答には、会話を絶対に成立させまいという意思しか感じ取ることができないという。少年係の捜査員たちは、このような言葉を吐く少年にこそ、性根を叩き直してやりたいという衝動を強く感じるのだとか(154頁おより引用)
この捜査員たち、そしてたぶん佐々木譲に深く強く同意する。
しかし自分が北海道の地理を全然分かっていないということにちょっと呆れた。北海道の中で札幌と旭川と網走は分かるが、帯広や釧路、日高などがどこだか分からない。この作品を楽しむにあたって地理の理解は必須ではないが、何度なく地名が出てくるのでつい昭文社のなるほど日本知図帳を開いてみた。うーむ。帯広って上じゃなかったのか・・・
それと暴雪圏という言葉も知らなかった。北海道では人工に会社、いや人口に膾炙しているのだろうか?てっきり佐々木譲の造語かと思った。さらには関東に住んでいれば台風はあるけれど、雪+爆弾低気圧なんて体験したことがない。それもやはり北海道人にとっては明日のジョー式、いや常識なのだろうか。そうそう。冒頭で昭和30年台にあった昔話として春の爆弾低気圧のときに行方不明になった小学生たちのエピソードが出てくる。あれの意味は特にないのかなと思っていたが、読後改めて思い出してみると色々と考えさせてくれる。
※余談
色んなエピソードが並行して同時進行する話と言えば、何と言ってもR・D・ウィングフィールドのフロスト警部シリーズ。ファンは意外と多いらしい。しかし新刊がなかなかり出ない。こういう時にしびれを切らして、原書を買うと必ず翻訳本出版予定の知らせが入る。マーフィーの法則というのがあったが、「原書は待たずに速攻で買え。でなければ邦訳が出るまでずっと待っていろ」という教訓めいたモノがある。
※さらに余談
先日の日曜に朝日・日経・読売の三紙を読んだ。書評欄を含めてやはりどうも読売は私の肌に合わないらしい。敏感肌なのだろうか(どういう意味なのだろうか)
朝日が始めたTHE GLOBE 意欲的な特集が多く新聞本体より面白かったりする。3月2日は世界遺産をめぐるパワーゲームでこれもまた面白かった。その中で、園部哲さんという人が書いたBestseller in Londonが良い。前回はイタリアのベストセラーに同一作家の作品ばかりランクインしているのを見て、うーむ、と唸ってしまったが。今回の英国のベストセラー9位にランクしているThe Suspicions of Mr Whicherがめちゃめちゃ面白そう。園部さんの文章が上手いんだと思う。
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単一の事件を追うタイプのミステリに対して同時に起こる事件を並行して
解決するようなタイプをモジュラー型とか複合犯罪小説などと言うようです。
また事件を追うものが単一でなければ集団主人公型とか。
私見ですが、一見バラバラに見える事件が最後に一つに収束していく様は
アクロバティックでスゴイと思わせてくれる(くれないこともありますが)場合、
読書から得られるカタルシスがより大きいように感じます。また現実の世界、
現実の犯罪捜査は一つの事だけを追っているのではなく同時並行で様々な
問題が起こっているように思いますのでこのような形式の小説の方がリアルとも言えるかも知れません。
とうだうだと言いましたが、結局面白ければいいし、つまらなければダメだ
ということなのでしょう。長文駄文にて失礼。
おっしゃる通りですね。