最後に、演奏について触れます。
【演奏について】
★カット、改訂について
前に触れましたが、この曲は、1936年に相当カットされた形で初演されました。
この曲をカットしたり改訂することについて、相当カットし、また一部改訂した形でこの曲の最初の録音を行ったヴァーツラフ・ノイマンは、「交響曲第1番は、いくつかの箇所をカットしなければなりません。それは、あまりにも多くのテーマがあって、これでいくつかの交響曲を作ることができるくらいですから。」と述べていたとノイマンのアシスタントをしていて、自身もさらにカットした形で録音したイヴァン・アンゲロフは回想しています。
実際、ドヴォルジャークは、自身が作曲した曲を後に改訂することを多く行っています。
例えば、第1交響曲と同じ年の1865年に作曲された第2交響曲は、作曲後20年以上経った1887年に出版をもくろんで相当なカットを行っています。それは五線紙でいうと260ページから212ページになっています。
そういう点から、ドヴォルジャークが実際、この曲を聴いたとすれば、同じようにカットをしたと思われます。そして、ドヴォルジャークがするであろうと思われるカットを施して演奏をするということは、自然ななりゆきです。
しかし、このことについて、レイ・ミンシャルは次のように警告しています。
「・・・そうした手術(改訂)に対する反対意見として、それはただ僭越であるばかりでなく、誤りを犯すことになるであろうということがいわれる。つまり、ドヴォルザークが自分の交響曲の演奏を聴いたあとで、その構成を充実させて行く時のやり方は、その長さを縮めるのと同時に、対立主題や関連楽句を強化して行く方法をとっているからであり、そうした操作は作曲者自身にしてはじめて可能な、全く個人的な行為であることは明らかである。」
そして、もう一つ、「名声を得る以前の、若いドヴォルザーク独自の方法論とその成果を盗み見する(多少うしろめたいとしても)またとないチャンスがここにある」ことも触れています。もし、ドヴォルジャークがこの曲を聴いて改訂したとすれば、「その生のエネルギーを修正してしまったと思われ」、それは大変もったいないことと思います。
長い間、行方不明であったことが、かえって幸運だったともいえるのではないかとも思います。
★商品化された録音について
これまでにリリースされたレコード、CD等は23種類あります。(ただし、ビエロフラーベクのCDとDVDの2種は、同一の演奏かも知れません。)
演奏時間やカットなどは、次表のとおりです。(クリックして拡大表示にして下さい。)
(カット箇所など漏れや誤りがありましたら、お知らせ下さい。→B番号に誤りがあり修正しました。)
演奏には、それぞれ一長一短があり、優劣つけがたい状況ですが、私的ではあるもののいくつかのお薦め盤を紹介します。まずは、ノーカット、ノー反復省略(1楽章主部の反復省略は除く)の演奏を紹介し、番外としてカット等はあるものの、捨て置けない演奏を紹介します。なお、私はフリッチャイの演奏を好んでいることもあり、彼の晩年のスタイルである緩徐楽章をゆったりしたテンポで演奏するのが好みなので、お薦め盤もそちらに偏りがちとなりますので、あらかじめご承知下さい。
●ロヴィツキ盤
私がこの曲を最初に聴いたのは、中学3年生頃、50年弱前のことです。
それが、このロヴィツキ盤でした。それゆえ、私にとって、この曲の基準となる演奏となりました。金管優位の演奏です。
今回、全ての演奏をじっくり聴くことにより、1楽章の再現部の手前でホルンが2回主要動機を吹くところが、弦楽器が全面に出過ぎてほとんど聴こえないという残念な箇所にも気づきましたが、それでも基準たる地位は揺るぎません。
●セレブリエール盤
総合的に見て、一番優秀な演奏ではないかと思っています。ゆったりとした壮大な演奏です。唯一残念なのは、第4楽章主部の第2主題が出る少し前のホルンにより第1主題を奏する箇所が、出だしの音量が低すぎるというところです。
●佐伯盤
日本初演時の録音。アマチュア・オーケストラではあるものの、この曲の本質を一番よくつかんだ壮大な演奏ではないかと思っています。弦楽器は若干弱く感じるなど精度において課題はあるものの、雄弁な金管、ティンパニ、そしてクラリネットが魅力的です。なお、自主制作盤です。
●ビエロフラーベク盤
全体的に速いテンポですが、とても充実した演奏です。1楽章主部の終わり頃のティンパニの強打、3楽章スケルツォ部終わり頃のティンパニの連打、そして終楽章展開部終わり頃のティンパニの強打は、雄弁で弾力に満ちており、アンチェル時代のティンパニの音を思い起こします。
●ペシェク盤
ティンパニが雄弁で、1楽章、2楽章のヴィオラ・ソロも実施しています。
ただ、ノイマン盤(2回目録音)と比べると、ノイマン盤の方が、オーケストラが格上と感じざるを得ません。
●カンゼンハウザー盤
この演奏はちょっと特徴があります。全体にわたって金管楽器が控えめでちょっと物足りなさを感じます。(音量を上げることによって少しは緩和されますが。)1楽章のティンパニの立ち上がりなど他の指揮者では聴かれないティンパニの雄弁な箇所があります。また、なんといっても1楽章、2楽章のヴィオラ・ソロが絶品です。
●クーベリック盤
ヴァイオリンを対向配置にした演奏。1楽章ゆったりとして、2楽章を早めテンポにする演奏ですが、私自身としては好みではありません。(このようなテンポ設定をしているのは、スイトナー、A.デイビスです。下野さんも、こんな感じの演奏でした。)
しかし、演奏自体はさすが、ベルリン・フィル、素晴らしい演奏です。
対向配置で面白いのは、第4楽章の最初の頃に、第1と第2ヴァイオリンが同じようなフレーズを交互にピチカートと弓で弾く箇所が左右に分かれて聴こえるところです。普通の配置ですと交互に演奏しているのに気づきにくく、ただ同じフレーズを反復しているだけのように聴こえます。
番外
●ボッシュ盤
一番新しい録音。第1楽章主部の反復、1楽章、2楽章でのヴィオラ・ソロと全てオリジナルのとおり演奏しており、演奏自体も素晴らしいことから、ようやくこの曲の決定盤かと思ったのですが、2楽章を聴いているとなんか違和感があったのです。ぼーっとしていて聴き逃したのかなと思っていたのですが、同じようなことが続いたので、よく聴いて見たら、なんと1小節カットされている部分があったのです。
他のどの指揮者もカットしておらず、信じられないような箇所でのカットなので、録音時になんらかのトラブルがあったのではと思いたくなります。
●ノイマン盤(2回目録音)
正直言って、3楽章の反復省略がなければ、最高の演奏として最初に紹介したかったところですが、残念です。きりりと引き締まった演奏で、1楽章序奏は一般好きです。全体を通じてティンパニが雄弁で、各楽器の音色もアンチェル時代に近いものを感じます。
ノイマンは、この曲を3回録音していますが、3回目の録音は3楽章の反復の省略もなく、演奏も素晴らしく模範盤的ではありますが、2回目の録音と比べると安全路線に行ってしまったように感じます。
★日本での初演
日本では、2009年1月18日、日野市民会館で行われたアマチュア・オーケストラのナズドラヴィ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏(佐伯正則指揮)が初演になります。そして遅れること5ケ月、2009年6月9日に東京芸術劇場で行われた読売交響楽団の演奏(下野竜也指揮)が、プロ・オーケストラでの日本初演になります。
世界初演から70年余り、楽譜出版から50年弱経っての日本初演です。
【最後に】
ドヴォルジャークの交響曲第1番は、作曲コンクールに応募後、長い間、楽譜が行方不明になっていましたが、現在、NHKで放送されている連続テレビ小説「エール」の主人公、小山裕一のモデル、古関裕而も、1929年、イギリスの作曲コンクールに舞踊組曲「竹取物語」ほかの作品を応募(こちらは2等に入賞したとの本人からの報告がありますが、詳細はわからず、本人の勘違いではという説もあります。)しており、現在、その楽譜は行方不明とのことです。(楽譜が本人のもとに返却されたのかどうかはわかりませんが、原稿か写譜かが、一時、古関の手許にあったようです。)
コンクールに応募した作品が行方不明というのは状況が似かよっていますが、ドヴォルジャークの場合、楽譜は幸運なもとに保管され、作曲後、約60年を経て発見されました。古関の「竹取物語」もいつか発見されるのではと期待しています。
(終わり)