ふるやの森
地球文明の再生に向かう
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Alien message live in 1977 (ITN, UK TV station).flv

1977年11月26日にロンドンを始めとするイギリス南(西)部をカバーするITVテレビが放送していた夕方のニュースを5分半の間さえぎって、不思議なメッセージが流れた。このメッセージは、ニュースキャスターの放送をスーパーインポーズする形で放送された。

広大な範囲をカバーするためには少なくても5つの送信機をハイジャックしなければならないが、この独立系テレビ局の幹部は放送にメッセージがインポーズされていることにさえ気づかなかった。おそらく、このメッセージは地球外のソースから流されたものだと思われる。

ニュースキャスターはまったく状況に気づかなかったようで、いつも通りに放送を続けた。その声はゆっくりと静かに、まるで水を通してエコーがかかっているような音質でメッセージを伝え続けた。メッセージのスクリプトは以下である。

こちらはグラマハ。アシュタル・ギャラクティックコマンドを代表してメッセージをお伝えします。

長い年月にわたって皆さんは空を流れる光として私たちを見てきました。私たちは、これまで地球上の皆さんの兄弟・姉妹たちにそうしてきたように、平和と知恵を持って話しかけています。

私たちは皆さん地球人類と世界の運命について警告をするために来ました。皆さんの世界を脅かしている災害を避けるために進まなければならないコースについて、皆さんの仲間に伝えてください。さらに、皆さんの惑星がアクエリアスのニューエイジに移行しようとしていることに早く目覚めてください。ただ、その移行は皆さんの支配者が自分たちの判断を曇らせている邪悪な軍事力の危険性に気づかない限り困難なのです。

静かに耳を傾けてください。皆さんのチャンスはもう2度とやってきません。長い年月にわたって、皆さんの世界の科学者、政府、将官たちは私たちの警告に耳を傾けようとせずにきました。彼らは核エネルギーという邪悪なテクノロジーの実験を続けてきました。原子爆弾は地球を破壊するかもしれないのです。そして一瞬にして地球上の生物を死滅させてしまうのです。原子爆弾が爆発した後も、その放射能は何千年もの間地球上から消えることはないのです。

私たちは皆さんよりはるかに長い年月をかけて進化を続けてきました。そしてはるか過去に、核エネルギーが生命に反する危険なテクノロジーだと気づいたのです。原子力には「平和利用」などありません。だからその利用方法の研究はただちに中止しなければなりません。さもなければ人類は絶滅する危険を冒すことになるのです。
あらゆる邪悪なテクノロジーはただちに地球上から放棄しなければならないのです。

紛争の時代はもう終わろうとしています。皆さんがそれにふさわしく行動するなら、地球人類は進化の最高段階に到達する可能性があるのです。しかし、平和に共存することを学ぶ時間はもう、それほど残されてはいません。

1977-Alien Voices from Space, 2

参照:

1945年8月、第二次世界大戦敗戦後、日本では連合国から原子力に関する研究が全面的に禁止された。しかし、1952年4月にサンフランシスコ講和条約が発効したため、原子力に関する研究は解禁されることとなった。

日本における原子力発電は、1954年3月に当時改進党に所属していた中曽根康弘、稲葉修、齋藤憲三、川崎秀二により原子力研究開発予算が国会に提出されたことがその起点とされている。この時の予算2億3500万円は、ウラン235にちなんだものであった。

1955年12月19日に原子力基本法が成立し、原子力利用の大綱が定められた。この時に定められた方針が「民主・自主・公開」の「原子力三原則」であった。そして基本法成立を受けて1956年1月1日に原子力委員会が設置された。初代の委員長は読売新聞社社主でもあった正力松太郎である。正力は翌1957年4月29日に原子力平和利用懇談会を立ち上げ、さらに同年5月19日に発足した科学技術庁の初代長官となり、原子力の日本への導入に大きな影響力を発揮した。このことから正力は、日本の「原子力の父」とも呼ばれている。
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