昨日開催されました、仏教大の小野田教授の講演会に行って来ました。
会場に入りますと、大半がスーツ姿の男性で、いかにも学会と言った雰囲気で、ちょっと焦りました(苦笑)
小野田先生の専門はチベット仏教ですが、仏教全体の精進食について歴史や流れを教えていただきました。
お釈迦様の戒律では、お坊さんは自分で食事は作らず、民衆のお宅を回り残り物を布施していただくルールでした。
いわゆる乞食(こつじき)ですね。
ですから、動物性のものも入っていた可能性はあります。時には全く布施をいただけ無いこともあるわけです。
食の時間は朝と昼のみで、午後から次の日の朝までは飲み物だけになります。これを非時(ひじ)と言います。
このようにして食に対する貪欲を制御することを目指した訳です。
インドから中国へ仏教が伝わりますと、修行の場所が村付近では無く山奥にて修行するスタイルになりますので、村人から布施してもらうのは不可能で、自給自足のスタイルに変わります。
また仏教だけではなく、仙人の行者も山奥にいたのですが、辟穀(へきこく)と言い農耕した五穀を絶ち、野生の物を食べてたようです。
日本の行基など山岳行者も同じく野生の物を採取して食べてたようです。
今現代我々が知っている日本の精進料理は、中国の禅宗の五葷抜き菜食になります。
日本人なら誰もが知っている、インゲン豆は隠元禅師が中国から伝え、弟子の了翁道覚禅師は福神漬けを考案しました。
和食には少なからず仏教との関わりがあるようです。
日本の僧侶が肉食に墜落していく切っ掛けとしては、親鸞が肉食妻帯をして公然と戒律を破ったことが大きく、追い討ちをかけたのは明治五年の太政官布告第132号『僧侶の肉食妻帯および畜髪は勝手たるべし』でしょう。
このようにしてお釈迦様の予言の経典、』法滅尽経』は残念ながら現実となりました。
以上、簡単レポートでした。
その後はお馴染みグリーンアースさんでの懇親会に移ります。